シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

桜井静香の奇妙(?)な1日 後編

リアクション公開中!

桜井静香の奇妙(?)な1日 後編

リアクション


第15章 あなたを忘れない

 ファイローニ家での依頼を成功させ、写真撮影も済み、静香たちは屋敷の門をくぐって外に出た。
 先ほどの騒動のせいもあって、依頼はほとんど時間ギリギリに終わったというところだった。いまだ肌寒い季節ゆえか、日は沈みかけ、辺りは夕焼け色に染められていた。
「これで、完全に終わっちゃったね……」
 敷地外へ出た後、静香はそうもらした。
「ええ、終わっちゃいました……」
 弓子もそれに同意する。
 そう、弓子が成仏し、ナラカへと向かう時間が、すぐそこまで迫っていたのだった。
「楽しかった……。この3日間、本当に楽しかった……」
 大勢の人間と共に1つの何かを成し遂げる。生前の17年間において、彼女はそのような経験をすることが無かった。だからこそ、学園生活を楽しみ、泥棒を退治して、猫を捕まえる、というここ数日の出来事は、彼女にとって本当に充実したものとなっていた。
 集まった全員が敷地の外へと出た辺りで、弓子は振り返り、全員に向かって頭を下げた。
「皆さん、今日は……、ううん、ここ数日間、本当にありがとうございました」
 これでもう、思い残すことは無い。後はこのまま成仏するだけ。
 そう思った時だった。
「弓子さまー!」
 遠くから弓子を呼ぶ声が聞こえてきた。声のする方を向くと、赤いマント形態となったカレイジャス アフェクシャナト(かれいじゃす・あふぇくしゃなと)を纏った真口 悠希(まぐち・ゆき)が、全力で走ってくるところだった。
「悠希、さん……?」
 なぜあの「男の娘」が息せき切ってやってくるのだろうか。その疑問を胸に、弓子は悠希が到着するのを待った。
「はあ、はあ……! よ、よかっ、た……、間に合って、は、はぁ……!」
「どうしたんですか悠希さん、そんなに息を切らせて?」
「ゆ、弓子、さま……! ちょっと、ま、待って……」
「はい、待ちますから、まずは息を整えてください」
 息も絶え絶えに肩を上下させる悠希を、弓子は何とか落ち着かせる。
 そうして、悠希の呼吸が元に戻ったところで、弓子の方が切り出した。
「悠希さん、そんなに慌ててどうしたんですか? もしかして、成仏の見送りに来てくれたとか?」
 半ば冗談めいた口調で言うが、聞く方である悠希はどちらかといえば真剣な表情をしていた。
「弓子さま」
「はい」
「弓子さま、あの……あんなボクのことを察してくれて、本当に嬉しくて……」
「…………」
「その、恩返ししたかったけど、息切れ寸前の今のボクじゃ無理かもで……お言葉通り、少し休んで……」
 うまく言葉が出てこないのか、悠希の話はどことなく要領を得ていない感じがする。だが弓子はそんな悠希の言葉を黙って聞いていた。
「あの、弓子さま」
「はい、何ですか?」
「実はボク、貴女みたいな優しい方を1人知っていて、その方を……待っていていただけますか?」
「……いいですよ。それじゃ、ちょっと待ちましょうか」
 成仏寸前だったのだが、あまりにも真剣な悠希の目を見ていると、無視して行ってしまうのも忍びない。弓子は悠希の言葉に従って、しばらく待つことにした。

 それから15分ほど経った頃だろうか。
 遠くの方から悠希や弓子を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あ……」
 悠希が声のする方を振り返り、弓子たちもそれに倣って声の方向に神経を集中させる。
「お待たせして申し訳ございません、弓子さま。……あの方です」
「……歩さん?」
 悠希や弓子の姿を認め、胸の前で何かを抱えて走ってくるのは、先日、弓子に両親との思い出を聞き出した少女――七瀬歩であった。
 悠希と歩の付き合いはそれなりに長い方で、その関係は言うなれば、「大抵、精神的に参っている悠希を、歩が慰める」というものである。例えば昨年イルミンスールで行われた、通称「白銀の雪祭り」の最中に悠希が実性別を打ち明けられる程度の信頼。「ろくりんピック」の小型飛空艇レースにて飛空艇を2人乗りし、当時の歩が弓子と似たような言葉で悠希を励ます程度の間柄。静香に想いが届かず、失恋のショックの大きかった悠希を、先日のバレンタインにて歩が優しく抱き締めてあげる程度の、そんな関係。今の悠希が最も信頼できる相手である――もちろん他の人間が信頼できないわけではないが。
 悠希による引き止めが成功したのがわかったのか、歩は走る速度を少しずつ落とし、その過程で息を整える。弓子の前にたどり着く頃には、その足は「歩き」となり、呼吸は正常を保っていた。
「こんばんは、弓子さん。よかった〜、悠希ちゃん、間に合ったんだね」
「はい、結構ギリギリだったみたいです」
「こんばんは、歩さん。それで、成仏寸前だった私を捕まえて、一体何を企んでいるんです?」
 言葉こそ不穏なものではあったが、弓子の目と口は完全に笑っているため、それが冗談であることは誰の目にも明らかだった。
「う〜ん、企みっていうか……。そうですね、もしかしたら企みかもしれません」
 言いながら、歩はその腕に抱えていた物――何枚もの色紙と、硬質プラスチックでできた1つのヨーヨーを弓子に差し出した。
「え、これって……」
 歩からヨーヨーを受け取り、その表面を確認する。そこにはアルファベットの「Y」を斜めに交差させ、「Yumiko Yoshimura」を表した彼女のマークが刻まれていた。
「うそ……私のヨーヨー……? それに、この色紙って……――!」
「……地球から持ってきました。弓子さんの大事なヨーヨーと……、弓子さんを想う人たちからのメッセージです」
 色紙に書かれていたのは、弓子に対するメッセージ――寄せ書きだった。