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桜井静香の奇妙(?)な1日 後編

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桜井静香の奇妙(?)な1日 後編

リアクション

「……すみません、ちょっと出ますね」
 祥子はそう言い残し、部屋を出る。後にはアントニオ、みこと、静香、弓子、そして先ほどから弓子にまとわりついて離れない桐生円と、パワードスーツに身を包みその場に存在するだけで存在感をかもし出しているロザリンド・セリナが残された。
「……あの、円さん、さっきから何やってるの?」
「ん? 観察に決まってるじゃないか」
 質問に円はしれっと答えるが、質問した方である静香の心中は穏やかではなかった。何しろ先日、静香はこの隣にいる黒いロリータ服を着た少女に脅されたのだ。そんなのに目の前で堂々といられると、いつ何をされるやらわからない。
「ああ、昨日のことはあんまり気にしなくていいよ」
 静香の顔が引きつっている理由に思い当たったのか、円はニヤリと笑った。
「確かに『死ぬよ』とか言ったが、ボクが殺すとは言ってない。まあボクが足を引っ張って結果的に死ぬことはあるかもしれないけどね」
「……円さん、さすがに私の前でそれを言うのはどうかと思います」
 挑発とも取られかねない笑みの持ち主に、ロザリンドがパワードマスク越しに睨みをきかせる。もっとも、円に向けられたのはロザリンドの目ではなく、マスクにつけられたアイパーツ部分だったが。
「……うん、わかってる。わかってるからその量産型モビルスーツみたいな目を動かすのはやめてくれないかな、ロザリンドくん。マジ怖いです」
 その内大型の斧でも振り下ろされるかもしれない、と円は内心で汗をかいた。だが実際にロザリンドから飛んでくるのは斧ではなく槍である。【ハイパーランサー】なる彼女の二つ名が示すように、ロザリンドが基本的に操る得物は実は槍なのだ――先日はウルクの剣を2本持っていたが、あの時は戦闘を想定していない装備だった。そして今日はきっちりと「幻槍モノケロス」を手に持っていた。
「っていうかロザリンドさんも、どうしてそんな物々しい格好なの?」
 円に対するものとは別の意味で、静香は引きつった笑みを見せた。
「乙女のたしなみです」
「……その超合金メカなフル装備が、ですか?」
「超合金メカって……、そんな表現する人、初めて見ました」
 弓子からの問いかけに、今度はロザリンドが苦笑する番だった。
「基本的に白百合団は契約者ばかりで構成されていますから、今日みたいな戦いのある仕事もあります。しかし、そこはか弱い乙女ばかりですから、こうして防具に身を固める必要があるんですよ」
 言いつつロザリンドはその場で足踏みをする。パワードスーツのパーツが擦れ、金属が打ち合わされる音が部屋内に響いた。
 ロザリンドの主張は間違ってはいない。白百合団はあくまでも百合園女学院の生徒会の一部であり、軍隊ではない。そのためたとえ契約者の集まりであるといっても所詮は学校の生徒会メンバーに過ぎず、それなりに実戦経験を積んだ者からしてみれば「か弱い乙女たちによる軍隊ごっこ」等という認識を持たれることがあるのだ。
 だからこそロザリンドは、身を守るための防具に気を使う必要があると考えており、時にはこのようなスーツを持ってくることも辞さない。ロザリンド自身は「か弱い乙女」に分類されるような女ではないが……。
 しかしそれにしても、パワードスーツ一式をもって「乙女のたしなみ」とは、さすがに違うのではないかと弓子は感じていた。第一、それがたしなみだと言うのなら、隣にいる「乙女同然」の桜井静香をはじめ、他にも来ていた百合園生全員がパワードスーツに身を包んでいなければならないはずである。他の百合園生が間違っているのか、それともこのフルアーマーが間違っているのか――おそらくは後者だ、と弓子は結論付けることにし、
「どう考えても、それが乙女の姿とは思えませんが……」
「…………」
 やんわりとロザリンドのパワードスーツを否定した。
「……まあこのような姿ですが、アントニオさん、今日はよろしくお願いします」
「は、はあ……、こちらこそ」
 中身が見えない機械鎧にお辞儀され――ロザリンドの顔は見えなかったが、もしかしたらこっそり泣いていたかもしれない――、アントニオもまた引きつった笑顔を見せた。
「……まあロザリンドくんもいることだし、昨日みたいに攻撃するようなことはないから安心してよ。ボクはじっくりと『観察』したいだけなんだからさ。そう、『桐生円』はじっくりと『観察』する」
「……できれば危険から守ってくれると嬉しいんだけどね」
「静香校長なら別に大丈夫じゃない? そこのフラワシがいるんだからさ」
「…………」
 この発言を考える限り、どうやらこの円という少女は、いまだに幽霊の弓子を新手のフラワシであると勘違いしているらしい。果たしてこのロリータ少女に本当のことを話して、信じてもらえるかどうか。静香も弓子も、またロザリンドやみことも揃って疑問に感じた。
(大体にして、フラワシ使いは引かれ合う運命にある。そう、ボクというフラワシ使いに引かれて静香校長、そしてこの弓子とかいうフラワシが、今、ボクの目の前にいる。このフラワシの能力が何なのか、ボクはそれを確かめなければならないんだ)
 なぜならば、自らの「平穏」を勝ち取るために。静香と戦うことこそしないが、円は必死にならざるを得なかった。
「っていうか、さっきから気になってたんだけど、みんなキミと普通に喋ってるよね。ひょっとして、みんなコンジュラー?」
 この時点でようやく弓子が全員とコミュニケーションがとれることがわかったらしい円は、その場にいる全員を指差した。回答はもちろん「違う」であったが。
「コンジュラーじゃないのに見えるし、喋れるのか……。なるほどね」
 今頃になって納得してくれたのか。弓子はそう思ったが、円はさらに期待を裏切った。
「まあ普通のフラワシじゃないってことは認めよう。……だけど、だからといって特別なフラワシじゃないという証拠は無い!」
「はぁ、そうですねぇ……」
 意地でも弓子をフラワシにしたいのか、円はさらに続けた。
「そもそもフラワシはつい最近発見された技術であり技だ。実体化し、喋れるフラワシがあっても、そう不思議ではないだろ」
「はぁ……」
 円の言う通り、確かにフラワシというものは最近になって明らかになった存在であり、いまだ未知数的な部分が多い。そのため、そのような「普通じゃないフラワシ」がいてもおかしくないと考えるのは、むしろ当然というべきである。
 だが円のその認識は実は間違いなのだ。
 フラワシというものは「コリマの霊槍」で突かれた人物だけが操ることを許される「守護指導霊」とも言うべき存在である。その姿はほぼ一定しており、例外はあるが基本的には「人間型」をしているものである。
 円を含めた一部のフラワシ使いには、ある共通した認識があった。それは「特殊なフラワシが存在しているかもしれない」ということである。彼らの思う特殊なフラワシとは、例えば、
・物と一体化しており、一般人にも見えるもの
・独自のキャラクターを持ち、本体であるフラワシ使いと会話ができるもの
・服として着るタイプのもの
・多数の小人のチームによって構成されるもの
・本体の意思とは無関係に動く「遠隔自動操縦」と呼ばれるもの
 といったものだろう。
 だが残念ながら、このようなフラワシはどこにも存在しないのだッ!
 フラワシとは、同じフラワシ使いであるコンジュラーにしか見えず――フラワシの上から何かをかぶせることで「見えない何かがいる」というのを演出することはできるが――、会話はできず、服のように着るものは無く、1人「1体」であり、必ず本体の意思に従って動くものッ! ついでに言えば、写真やビデオにさえ写らないッ!
 このような「真実」を円が知れば、さて彼女はどうなるのか、それは誰にも想像がつかない。
「まあいいさ。とにかく今日は攻撃はしないから、観察させてよね」
「……いくらでもどうぞ」
 弓子はもう、色々と諦めるしかなかった。
「そういえば、桜井校長……」
 ふと何かを思い出したかのように、ロザリンドが静香の耳元に口を近づけた。
「こんな時に聞くのもなんですが、昨日の夜は、何も無かったですよね……?」
「……まあ、おかげさまで、何も無かったよ」
 周囲に人がいるためロザリンドと静香は声を潜めて話すしかない。
「……幽霊ですが物に触れたりできるそうですし、本当に何も無かったですよね?」
「心配してくれてありがとう、ロザリンドさん」
 苦笑しながら静香はパワードマスク越しにロザリンドの頭をなでた。
「大丈夫。弓子さん、僕がお風呂に入ってる間とか、ずっと目を閉じて耳をふさいでくれてたし、寝る時も何も無かったから、本当に大丈夫だよ」
「ふふ、それは良かったです」
 もちろん、何も無いだろうとは思っていたが、やはり何も無かったのだと知ると、ロザリンドは完全に安心できた。
 しばらくしていると、祥子が戻ってきた。彼女は帰還の報告もそこそこに、部屋の隅に陣取って光学迷彩の布をかぶった。これで何かしらの事態が起きない限りはその身は誰にも見えなくなる。祥子はそのまま犯人が捕まるのを待つつもりでいるらしい。もちろん潜伏がばれて戦うことになった場合の備えもあるが。

「こんばんは。吉村弓子がこちらにいると聞いたのですけれど……」
 さらにそこへ、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)影野 陽太(かげの・ようた)を伴ってやって来た。
「あらエリシアさん。こんばんは」
「こんばんは弓子。突然ですけど、ちょっとお時間いただきますわ」
「……は?」
 エリシアは弓子の手を掴むと、そのまま部屋の外へと引っ張り出してしまった。もちろん、静香も一緒に、である。

「携帯、ですか?」
「そう、せっかくですからお持ちなさいな。ああ言っておきますけど『貸す』だけですわよ。今晩の仕事が終わったら返してもらいますわ」
 部屋のすぐ外でエリシアは弓子に魔法の携帯電話――なんでも魔法の国から連絡があるらしいという曰くつきの携帯電話を差し出した。これで今日集まった面子とアドレス交換を行えということらしい。
「その、どうしてアドレス交換を……?」
「単純な話ですわ。弓子がナラカへ行った時に話し相手がいないのもつまらないでしょう? 向こうの電波塔が今どうなっているのかはわかりませんけど、電波が通っているならメールとか電話くらいできますし……」
 それなら寂しくはならないだろう。エリシアは言外にそう伝えていたのだが、本人の口からそのような言葉は出てこなかった。
「……優しいんですね」
「……単なる気まぐれですわ」
 だから弓子のそんな言葉に、彼女はそっぽを向くしかできなかった。
 実際にエリシアの行動は単なる気まぐれだった。この後エリシアたちはナラカに行く用事がある。先を急ぎたいはずの陽太に無理を言ってここまで来たのだ。多少は縁のできた相手であるのだし、多少は骨を折っても損にはならないだろう。
 先日まで療養中だった恋人が、今度は自ら決着をつけにナラカへ行く。その話を聞いた陽太はいても立ってもいられず、その恋人の力になりたいと大急ぎで準備してきた。そんな彼にエリシアは、ナラカの前にヴァイシャリーへ行きたいと申し出た。
「ナラカに行く前に、やっておきたいことがありますの。拒否権はありませんわ」
 そんなエリシアの意図が読めない陽太ではない。復活してきたとはいえ、一度恋人を失ったことがある彼としては、エリシアの頼みを断る理由はなかった。パートナーの承諾を得たエリシアは、すぐさま陽太名義で魔法の携帯電話を契約し、それを持って弓子のところまで駆けつけたのである――実際に使ったのは陽太が駆る小型飛空艇エンシェントだったが。
「って、そんなことしていいんですか、その、他人名義なんて……?」
「他人、というかパートナーですわ。別にこれくらいはお安い御用というものですわよ」
 差し出された携帯を手に、弓子は陽太を見やった。
「ああ、俺とは初めてですね。影野陽太。エリシア・ボックのパートナーです」
「あ、どうも、吉村弓子です」
 目の前にいるどことなく頼りなさそうな男が、この気の強そうなエリシアのパートナーなのだろうか。そんなことを思った弓子は、当然ながら陽太のことを知らなかった。【御神楽校長終身専属SS】という立場にいる彼は、確かに一見頼りなさそうだが、ひとたびその手に銃を握れば、蒼空学園屈指のガンナーに早変わり。彼の放つ鉛弾の餌食になった敵は数知れず、今では彼の名を知らぬ者はほとんどいない。もっとも、今彼が持っているのは銃ではなくテクノコンピューターだったが……。
「俺もエリシアと共に、この事件が終わるまではお付き合いしますよ。携帯についても気にしないでください。お金については、多少はどうにかできますから」
「それは……ありがとうございます」
 名義登録した本人がそう言うのなら仕方がない。弓子は大人しく従っておくことにした。
 だが次の瞬間、エリシアの計画は頓挫する。
「……あれ、なんで……?」
「ん、どうしたの、弓子さん?」
 せっかくエリシアに勧められたのだから、携帯電話で近くの者とアドレス交換を行おうと思ったのだが、なぜか弓子は携帯を開くことができなかった。右手に携帯を乗せ、左手で本体を開くはずが、その左手がなぜか動かないのだ。
「け、携帯が開けません……!」
「へ?」
 この展開はエリシアにも想定外だった。そんな馬鹿なことがあるはずがない。「魔法の携帯電話」は確かに曰くつきだが、契約さえすれば普通の携帯電話として使うことができる――ウソかと思うかもしれないがこれはマジである。物に干渉できる弓子ならば携帯を使うこともできるはずだとエリシアは思っていた。
 まさか携帯が故障したのだろうか。そう思ったエリシアは弓子から携帯を返してもらい、操作してみた。携帯自体は正常に作動した。今度は開いた状態で弓子に渡してみたが、今度はボタンを押すことができなかった。押そうとしても体が勝手にそれを拒むのである。
「ど、どういうことですの、これは!?」
 エリシアは驚愕したが、これに関しては実はある意味で仕方のないことだった。
 弓子は幽霊である。幽霊である以上、肉体を持たない。肉体が無いということは、肺や横隔膜といった「発声器官」を持たないということなのである――目の前で会話しているように見えるのは、魂を通じた一種のテレパシーのようなものであり、空気を震わせて音を発しているわけではない。そのため、空気振動による音声を電波化して飛ばす「電話での通話」は不可能なのだ。弓子はそれを本能によって拒否していたのである。
「……無理みたいです」
「うわぁ、これは想定外でしたわ」
 ボタンを触るということが無理なら、隣にいる静香にそれをやってもらってもいいのだが、そもそも「使う」ことができないのであれば文字通り話にならない。弓子に携帯を貸し、アドレス交換を促し、それを回収してナラカへと持っていく。ナラカエクスプレスの車掌に「別の駅への届け物」として扱ってもらい、ナラカに行った後の弓子へと送る、というのがエリシアの計画だったのだが、そもそも携帯が使えないなら意味が無いではないか!
 それ以前に、ナラカエクスプレスの車掌がそのような宅配を承ってくれるかどうか、その時点でかなり確実性の無い計画ではあったのだが……。
「これだと電話を耳に当てて、『とおおるるるるるる。もしもし、弓子です』ってボケかますくらいしかできなさそうですね……」
「……まあ、それでは仕方がないですわ。この際、携帯の操作はそっちの桜井静香に任せて、持つだけお持ちなさいな。まあ記念品代わり、ということですわね」
「色々とすみません」
「まあナラカに送れなかったら、その時はこっちで使わせてもらいますわ。いっそ陽太に使わせて魔法少女にするのも一興かもしれませんし」
「……ちょっと待ってください、エリシア、今すごく不穏なこと言いませんでしたか?」
 聞き捨てならないといった風に陽太はパートナーに食ってかかった。
「あら、携帯は陽太名義ですのよ? 弓子が使えないなら名義人の陽太が使うのが筋ですわ」
「いや携帯の名義の話じゃなくて……」
「ああ、魔法少女? 別にいいんじゃありませんの? だってあなたメイドの技術も持ってるんですし」
 パラミタにおいて「魔法少女」とは、ウィザードとメイドの技術を一通り習得した上で「魔法の携帯電話」を使えばなれる、という話なのだが、実は陽太はそのメイドの技術を少々学んでいた。
「な、な、何を言ってるんですか! 嫌ですよそんなの! っていうかメイドの技って、ちょっとしか知りませんよ!」
「別にいいじゃありませんの、この際。使い道が無いのなら別な方法で使うまでのことですわ」
「それならエリシアが使えばいいじゃないですか!」
「わたくしが使ったって面白くないですわよ」
「だからって――!」
「まあそんなわけですから、この仕事が終わるまではお付き合いいたしますわ」
「ちょ、人の話を――!」
 魔法の携帯電話を静香に預け、エリシアは陽太を連れてその場を離れていった。
「……せっかくだし、アドレス交換でもしとく?」
「……じゃあ、お願いします」
 半ば取り残された形となった静香と弓子は、ひとまず金庫の部屋を中心に、知り合いに片っ端からアドレス交換をはじめることにした。携帯が使えない以上、交換それ自体が無駄に近かったが、せっかくの好意を無にするのも忍びなかった……。