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桜井静香の奇妙(?)な1日 後編

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桜井静香の奇妙(?)な1日 後編

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第4章 撃退――そしてリタイア

 部屋から脱出したナタリーは人間の集団による圧迫感から解放されたが、安堵する時間は与えられなかった。目の前を突然、刃が掠めていったのである。
「わきゃあっ!?」
 顔面を切り裂かれる寸前で回避し、何とか体勢を立て直すと、刀を持った冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)と、「戦乙女の心」と名付けられた盾を展開させた崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)の2人が立ち塞がっているのが見えた。
「小夜子、顔面への切りつけは駄目よ? 当たり所が悪かったらさすがに死んじゃうわ」
「……そうですね。となると、ここはやっぱり峰でしょうか」
「そっちの方が良さそうね。刃は当てないようにしなさい」
「はい、御姉様」
 亜璃珠の指示を受け、小夜子は栄光の刀の握りを変え、峰の部分をナタリーに向けた。
「ちっ、こんなところにも契約者か!」
 牽制のためにナタリーはポケットから鉄板のカードを取り出し、投げつけるが、それは亜璃珠の盾によって難なく防がれる。その隙を見計らい2人に向かって突撃するが、ナタリーの格闘攻撃は全て亜璃珠が受け流すようにして防ぎ、ナタリーに隙が生まれればそこを小夜子が「粘体のフラワシ」で捕縛を試み、また刀で峰打ちをはかる。
 徒手空拳を得意とするナタリーだが、2対1である上に相手が盾や刀を使ってくるのではなかなか優位に立てない。次第に彼女は押されていった。
「それにしても……」
 刀を振り回しながら小夜子がひとりごちる。
「てっきり停電を狙ってくるものと思ってたんですが、何もしてきませんでしたね」
「あら、小夜子もそう思ったの? 私もよ」
「ついでに言えば、依頼主のセクハラ……」
「結局、何もしてこなかったわね。それなりの応対は考えていたのだけれど……」
 屋敷を停電させ、その間に盗みに来るものと思っていたのだが、相手はなぜか明るい状態で、しかも真っ向から盗みにやってきた。小夜子はノクトビジョンを、亜璃珠はダークビジョンのスキルを覚えてきたのだが、どちらも不要になってしまった。煙幕等の目くらまし対策に、殺気を感じ取れるようにもしてきたのだが、それも無駄に終わったらしい。
 さらにアントニオのセクハラである。こちらはこちらで、亜璃珠は別途報酬を要求することを考えていたが、相手が微妙に常識人――依頼をした相手に下手に手を出せば、さすがに信用問題に関わるとして、目だったことはしてこなかったため、杞憂に終わったのである。小夜子の方はセクハラなぞされようものなら、攻撃はしないまでも全力で拒否するつもりでいた。敬愛する「御姉様」からのものであれば、喜んで受け入れたのだが……。
「うぐぐ……、戦ってる最中に雑談なんて、やけに余裕じゃない!」
 時々ダークネスウィップを繰り出す、防御中心の亜璃珠。時々ミラージュによる幻影で相手の攻撃をかわす、攻撃中心の小夜子。2人を同時に相手取っているナタリーは、2人分の攻撃をギリギリで避けながら毒づいた。
「そりゃあ2対1ですもの。余裕もかなり生まれますわ。おかげでその狐の耳や尻尾の感触を想像する程度に気分は楽ですわよ」
「罠対策が無駄になりましたからね。その分戦闘に全力を注ぐことができる、というわけです。殺しはしません、捕縛はさせていただきます」
 戦闘中に悠長に会話しながら小夜子と亜璃珠は思う。「狐の目」は、バカなのか……?
 そう思った時だった。
「大丈夫ですか、桜井校長?」
「な、なんとかね……」
「はあ、ようやく脱出できました……」
「おや、お疲れさん。こんな所で満員電車を体験できるなんてラッキーだね」
 金庫の部屋から何とか抜け出すことに成功したロザリンド、静香、弓子の3人。そしてこの状況下においても弓子の観察をやめない桐生円――彼女だけ部屋には入らず、外で待機していた――がナタリーの後方に現れたのである。
「あっ……」
 戦っていた亜璃珠と小夜子の口から同時に声が漏れた。ロザリンドと円はともかくとして、契約者が相手では戦闘力がほぼ皆無の静香と、完全に戦闘力ゼロの弓子に出てこられては、状況はかなり危ない方向に転がってしまう。
 そしてそれは現実のものになってしまった。目の前の女コンビには到底勝てないと判断したナタリーが、後ろへと振り向きざまに鉄板カードを投げつけたのである。その狙いは、弓子だった。当てるつもりで投げたわけではなかったが、カードは真っ直ぐ弓子に迫っていく。
「しまった!?」
「くっ、駄目、間に合わない!」
 距離的な問題で、亜璃珠の鞭も小夜子のフラワシも届かない。飛んできたカードに反応してロザリンドが盾になろうと動くが、間に合うかどうかわからない。
 まずい、当たる。誰もがそれを覚悟した。
 だがカードは弓子に命中しなかった。鉄板と彼女の間に別の人間が立ち塞がり、カードを受け止めたのである。いや「受け止めた」というのは表現としてふさわしくないだろう。カードを止めた「それ」が見えていたのは、操っていた本人と、円だけだったのだから。
「あ、あなたは……」
 カードを止めた人物は葛葉 杏(くずのは・あん)。自身が操るフラワシ「キャットストリート」の手で、鉄板を掴んだのである。
 実は杏は、この依頼にひそかに参加していた。その目的は「弓子の化けの皮を剥ぐ」こと。円同様に弓子をフラワシだと思っていた彼女は、百合園に持ち込まれたこの依頼を利用して、弓子の正体を探ろうとしていたのである。
「……別に、私は、あなたが本物の幽霊だと信じたわけではないわ。だが――」
 戦闘が起きても、隠れ身の技で近くの物陰に隠れて、しばらくはその成り行きを観察するつもりだった。無理に参加すると、先日のように変なちびっ子――円のことである――に邪魔されてしまうかもしれない。怪盗からの護衛依頼であれば間違いなく戦闘が発生する。その現場で弓子の化けの皮を剥ぐことができると思っていたが、攻撃が弓子自身に飛んでいくのなら話は別だ。
「目の前で弱者が困っているのを見捨てるほど、私は終わっている人間ではない」
 自分はフラワシ使いの前にアイドルスターを目指す者。どことなく猫を思わせる人型に、鉄板を潰させて、床に落とす。姿を現した以上、杏もこの戦闘に参加することを決めた。
「よく言うよ。その弱者に攻撃を仕掛けたのはどこの誰だい?」
 杏に挑戦的な目を向けたのは円だった。所持しているフラワシ――2メートル以上の背丈に氷のゴシックドレスを着た女性「ティアーズ・ソルベ」を呼び出しながら、杏の隣に立つ。
「……なんだいたの。また私の邪魔をするつもり? っていうか、そのフラワシ、昨日のと違うわね」
 並んできた円を軽く睨みつけ、杏は身構える。
「いやいや、そう身構えなくていいと思うよ。今日のボクは観察に来ただけなんだ。そこのフラワシのね」
「観察、ね……」
「ああ、昨日のフラワシっていうのは、これのことだろう? 一緒に持ってたらこうなるんだよね」
 言って円は、「ティアーズ・ソルベ」の左手部分を持ち上げ、そこに収まった――いや、一体化している赤い拳銃を見せた。
「で、そんなキミはボクの邪魔でもするのかい?」
「あなたがそこの幽霊っぽいのを攻撃するならね」
「なら大丈夫だね。今のボクに彼女を攻撃する意思は無い。キミは?」
「奇遇ね、私もよ」
「それじゃあ、敵は定まったわけだ」
「同感ね。ここは共同戦線といきましょうか」
 ロザリンドに静香と弓子を任せ、円と杏は2人揃って前に出た。
「『ティアーズ・ソルベ』と『ハバネロ・タイラント』。円。名乗らしていただこう、桐生……円!」
「フラワシは『キャットストリート』。葛葉杏。私のことはそう呼べッ!」
 互いに名乗りあったかと思うと、2人は即座にナタリーへと殺到した。
「これで4対1ね。小夜子、行くわよ!」
「ええ、御姉様!」
 静香や弓子の安全が保障されたのを理解し、亜璃珠と小夜子も突撃する。
「『ティアーズ・ソルベ』ッ! 1発キッツい冷気をお見舞いしてやれッ!」
「袋叩きにさせてもらうわよ! 『キャットストリート』ッ!」
「ふふ、大丈夫。痛みが快感に変わるまでビシバシ引っぱたいてあげるわッ!」
「残念ですが、あなたはここで再起不能です。というわけで、覚悟ッ!」
「ぎ、ぎにゃあああああああああ!?」
 2対1だけでも大変だったのに、4対1、しかも前後からの挟み撃ちに対し、鉄板カードと格闘以外にこれといって戦う手段の無いナタリーが、彼女たちに袋叩きにされるのは、確実な未来だった……。

 怪盗3姉妹・狐の目。獣人のナタリー。集団によるラッシュを食らい再起不能(リタイア)。

 そしてこの現場において隠れている人間は杏だけではなかった。
「ふふふのふ……。いやぁ、これはなかなかいい画が撮れて撮れて……」
 この状況下において、その人物はデジカメを手に必死でシャッターを切り続けていた。そんなことをする人物といえば、おそらく1人しかいない。
 そう、毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)である。
「しかし結構派手に暴れるのだなぁ。これならビデオカメラの方が良かったか?」
 大佐がこの依頼に参加したのは、何と言ってもこれが理由だった。
 参加した学生たちと怪盗とのバトル。それで皆が奮闘したり、おろおろしたりする姿を撮らない毒島大佐など毒島大佐ではない! キャラシートを見れば実は実性別が男性である大佐は自分にそう言い聞かせて、この「撮影」に臨んだのである。
 撮影に対する準備は、それは念の入ったものだった。流星のアンクレットに込められた魔力を利用して自らの速度を上げ、超感覚を発動させ虎の耳と尻尾を生やして感覚を上げ、相手の居場所は戦闘中に放たれる殺気を感じることで察知し、相手に見つからぬ死角からカメラを構え、そして被写体を撮影(スナイプ)する。
 まさに無駄に洗練された無駄の無い動きとしか言いようのないほどに、しかもついでに無駄に「ポロリ」や「パンチラ」の類を撮ろうとするその姿は、もう無駄に神々しかった。
「まあ、期待してたものはなかなか撮れなかったがな。どいつもこいつもなんだあの格好は。桜井校長、は狙うと後で色んな連中に殺されるかもしれないから却下として。あの天学の女はどうせ中身はパイロットスーツだろうし。円は……、ロリータ服だから狙ってもなぁ。あっちの2人は……、狙うのはやめといて正解だな、後々がやばそうだ。まあその前に服装から考えて無理そうだし。っていうかロザリンド、あいつは何を考えているのか。この状況下で全身パワードスーツとはお前『需要』ってものを理解してないだろう全く……。弓子が狙い目だったのだが、あいつあんまり動かないからなぁ……」
 などと他人に聞こえない程度にぼやきつつ、大佐はデジカメのメモリーを取り出した。求めていたものはあまり撮れなかったが、それでも臨場感のある写真は手に入った。これはこれで、いいアルバムが作れそうだ。
 だが大佐が安心するのはまだ早かった。この時点で別の危険がその身に迫っていたのである。
「で、そこでこっそり盗撮しているの。さっさと出てきたらどう?」
「はうっ!?」
 見つからないようにしていたはずの大佐だったが、ぼやきが聞こえたのか杏に存在がばれてしまったのである。
「やっぱりいたわね、盗撮魔さん」
 ナタリーを完全に叩きのめした杏は、「キャットストリート」を発現させた状態で大佐に迫っていった。
「な、何で我の居場所がわかったのだ……?」
「こう見えても私、『元』とはいえアイドル。パパラッチには敏感なのよね。勝手に写真撮ってたでしょ! そのデジカメが何よりの証拠よ!」
 その声で静香たちも大佐の存在に気がついた。
「え、大佐さん、そんなとこで何を……?」
「え、あ、あ〜、いやその、皆様の勇姿を記念に残させていただこうと思いましてねぇ……?」
 目の前に怒りの形相をした杏、遠くでは疑惑の目を見せてくる静香たちに、ドライで冷酷と評判のはずの大佐は声を震わせ、何とかその場をごまかそうとする。
「そのデジカメよこしなさい。どうせいかがわしいものでも撮ってるんでしょ!」
 杏がまた1歩迫り、それに合わせて大佐も1歩退いた。
「いや本当、心が痛むけど……もう無いのだよ。もうとっくにメモリーは別の場所に保管してしまってなぁ、気の毒だけど――」
 そして大佐は足に力を込めた。
「だからもう追ってこないでもらおうッ!」
 そしてその場で回れ右をして走り出した。
「だからって逃がすもんかッ!」
 当然のことながら杏も追いかける。この場でカメラを破壊して、あの盗撮魔に一撃くれてやらねば気が済まない!
「ちっ、仕方が無い。本来はトラップで使いたかったものを……」
 追ってくる杏に対し、大佐は片手を差し向ける。すると、大佐の服の袖の辺りから、何やら小さなものが大量に吹き出してきた。それは小さな毒虫の群れだった。
 大佐は最初、この毒虫の群れを金庫の中に放ち、扉を開けた者が虫にやられる、というトラップを作ろうと考えていた。だがビーストマスターの操る毒虫の群れというものは、本人から一瞬という速さで飛び出すものであり、持続性のあるトラップとしての運用は実は無理なのだ。それに、実際に使えたとしても、採用されるとは言い難かった。10人も入れば身動きの取れなくなる部屋で毒虫が大量に散らばってしまったら、さてどのような惨状となるだろうか……。
 トラップ作戦に使えないのであれば、別の何かで使ってしまおう。そう思った大佐は、今この瞬間、杏に対する牽制として放つことにしたのだ。
 だがそれを黙って食らう杏ではない。彼女はフラワシ「キャットストリート」に命じ、毒虫を全て拳で叩き落した。
「うにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃ!!」
 猫の鳴き声を発しながら「キャットストリート」は拳を何発も繰り出し、ひとしきりそれが終わると、目の前には何も残っていなかった。
「くそ、フラワシか。目の見えない攻撃は本当に厄介――おう!?」
 そして今度は大佐が牽制を受ける番だった。毒虫を全て潰した杏は、片手をかざし、大佐の動きを止めたのである。それは彼女が操る「サイコキネシス」によるものだった。
「さぁて、あなた、覚悟してる人よね。盗撮をしようとするってことは、その被写体から手痛い反撃を食らうという覚悟ができてるってことよね?」
 サイコキネシスで大佐の体の動きを阻害したまま、杏はゆっくりと近づいた。
「肖像権の侵害よ! 叩きつけろッ『キャットストリート』ッ!」
 瞬間、大佐は死を覚悟した。
「うにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃうにゃあああーーーッ!!!」
「キャットストリート」の拳のラッシュを食らった大佐は、その勢いのまま窓ガラスを突き破り、庭へと真っ逆さまに落ちて、頭から庭に突き刺さった。

 百合園女学院・毒島大佐。デジカメもついでに破壊され、再起不能(リタイア)。