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桜井静香の奇妙(?)な1日 後編

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桜井静香の奇妙(?)な1日 後編

リアクション

「泥棒っていうのが逃げる時はね、屋根からがセオリーなのよ」
「屋根? そんな目立つところから逃げようとする泥棒がいるわけがないだろう」
 金庫の部屋の付近で2人ほど再起不能者が出た一方、屋敷の屋根の所でもひと悶着が起きていた。
「あ、あの……、あぅ、ケンカしないでくださいよう……」
 天井から逃げ出した「狐の目」のレミの目の前で、奇妙な光景が繰り広げられていた。簡単に言えば、稲場 繭(いなば・まゆ)のパートナーであるエミリア・レンコート(えみりあ・れんこーと)ルイン・スパーダ(るいん・すぱーだ)が、屋根の上でケンカをしていたのである。
「常識的に考えて、逃げるなら普通は地下からだろうが。目立たず闇に紛れてこっそりと逃げる。これが基本だ」
「あ〜、もう、わかってないわね〜。普通ならそう考えるからこそ、泥棒っていうのは屋根や屋上から逃げるものなのよ。警備の裏をかく意味もあるし、逃げ場所に困らない。高いところからハンググライダーとか使えば1発で逃げられるわ」
「ふん、そんなことが理由でわざわざここを警備することにしたのか。これで地下から逃げられたらどうする。まったく、あーぱー吸血鬼は捻くれた考え方しかできないようだな」
「言ってくれるじゃない堅物剣士さん。大体そんなお堅い考えだからこそ、あんたみたいなのは真正面からしか戦えないのよ」
「何を? そう言うおまえはそんな捻くれた考えだからこそ、無駄な搦め手でしか戦えないんだろうが」
 というような言葉の応酬の後、エミリアがエンシャントワンドをルインに向けた。
「色々と言いたい放題言ってくれたけど、一辺地獄見てくる? 意外といいところかもよ?」
 その言葉を受け、ルインもカルスノウトをエミリアに突きつける。
「貴様こそ、冥府の底まで叩き落してくれようか……?」
 そのまま睨み合いに突入してしまう。その光景を前にして、2人のパートナーは頭を抱え込んだ。
「ああ、もう、どうしよう……」
 泥棒はいけないことだ、と繭はアントニオからの依頼を受けることにしたのだが、エミリアは最初乗り気ではなかった。彼女はむしろ、泥棒をする側に与したかったのである。
(どうせならあのセクハラジジイから盗む側に回りたかったんだけど、どうせあの堅物剣士さんがうるさくなるだろうからなぁ……)
 一方でルインも乗り気ではなかった。何しろ繭と一緒に、あの吸血鬼も参加するのである。本来ならばパートナーに危険な仕事をさせたくなかったのだが、ここ最近はやけにエミリアに主導権を握られている。
(いつかどこかで1発『お見舞い』してやらないといけないんだろうか……)
 繭を守るためのナイトであることを自らに課しているのだが、このままだとエミリアにいいようにされてしまいかねない。いっそのことこの事件のどさくさに紛れて、この吸血鬼を叩きのめすのもいいかもしれない。とはいえ、似たようなことをその吸血鬼であるエミリアも考えていたのだが……。
 そんな彼女たちの雰囲気に対し、レミは介入する術を持たなかった。普通ならここで彼女たちを無視してさっさと逃げてしまえばよかったのだが、なぜか「逃げてはいけない」という奇妙な感覚を覚えていた。そのためレミは「傍観する」以外の行動ができなかった。
 だがそんな光景にも転機が訪れる。この中で最も事件解決に意欲的な繭が、ようやくレミの存在に気がついたのである。
「あ、ああっ! あの人はまさか!?」
「……ようやく気づいてもらえたようで何よりよ」
 これで話が進んでくれる。そう思うと、なぜか涙が出そうになるレミだった。
「ち、ちょっと、2人とも! あっち見てくださいよ! 怪盗さんですよ! ほら、捕まえないと!」
「怪盗ぉ?」
 半ば聞き捨てならない単語を耳にしたエミリアとルインは、ゆっくりと眉の指差す方を見る。
「まったく、この『狐の目』レミをここまで放置したのはあんたたちが初めてよ。普通ならもっとここで何かしらの反応を――」
「うるさい、邪魔するな!」
 3人に存在を認識してもらい、ようやく逃げるなり戦うなりといったアクションを起こせると意気込んだレミだったが、エミリアとルインは無情にもそんなレミに同時に一喝を入れた。
「今取り込み中なのよ! 邪魔したらぶっ飛ばすわよ!」
「今このバカを叩きのめす算段を立てているところだ! それともこいつと一緒に斬られたいか!?」
「……何こいつら」
 それどころか彼女たちは目の前にいる窃盗犯のことなど眼中に無いと宣言したのである。これにはレミも呆然とするしかなかった。
 そんな彼女たちをとりなした――というのは表現としてどうかと思うが――のは繭だった。
「い、いや、エミリアもルインも、ケンカしてる場合じゃないですよ! 今日の依頼の犯人なんですよ! 怪盗『狐の目』ですよ!」
「ああ、そういえばそんな話もあったね。確か盗むのが趣味だったっけ?」
 エミリアとルインの声が重なる。
「っていうか『盗むのが趣味』って一体何なのよ!」
「結局のところ単なる泥棒、盗人の類ではないか! その癖に『怪盗』などと名乗りおって!」
「ただでさえこの堅物剣士がいるっていうのに、ああ、もうむかつく! こうなったらそこの剣士もろとも吹き飛ばしてやるわよ!」
「ただでさえこのあーぱー吸血鬼がいるというのに、ああ、もう腹立つ! こうなったらそこの吸血鬼もろとも成敗してやる!」
「……本当、何なのこいつら」
 半ば「八つ当たり」の形でレミは2人と戦う破目になってしまった。それにしてもこの2人、互いに悪態をついていたが本当はすごく仲がいいのではないだろうか。レミはそんなことを思いはしたが、目の前からやってくる攻撃を防ぐのを忘れはしなかった。
 両手にトンファーを構え、ルインの剣を受け止めると、その奥から飛んでくる雷を避ける。左のトンファーで目の前のヴァルキリーを殴りつけようとして避けられ、前方からの氷の塊を右で受け止める。
「いちいち後ろから撃つ奴があるか!」
「あんたが前にいるのが悪いんでしょうが!」
「前に出ないと戦えないんだから仕方がないだろう! しっかり狙え馬鹿者!」
「さっきも言ったけどあんたもまとめて吹き飛ばしたいのよ! そんなに当たるのが嫌ならちゃんと避けなさいよ!」
 互いに悪態をつきながら、それでもうまく連携をとってレミと相対する。そのよくわからないコンビネーションに、たちまち彼女は後ろへと下がらされていった――ちなみに彼女たちのパートナーである繭にも魔法という戦闘方法があったのだが、ここで撃ってしまうとエミリアやルインにも当たりかねないため、戦闘には参加しなかった。
 そしてレミの受難はまだ続く。先ほど金庫の部屋からまいたはずの久多隆光、童元洪忠、魔道書状態の木黄山三国志の3人が屋根に上がってきたのである。
「見つけたぞ撥の持ち主ッ!」
「だからこれは撥じゃないってば!」
「銅鑼を叩けるなら何でも撥だ!」
「……そんな基準で大丈夫?」
「大丈夫だ、問題無い」
「いや、そこは『一番いい撥を頼む』でしょ!?」
 意気込む隆光のそのよくわからない発言に、レミはつい顔を向けてしまう。そしてそこを見逃すようなルイン、そしてエミリアではなかった。
「もらった! 天誅!」
「サンダーブラスト!」
「ほげええええっ!?」
 ルインの爆炎波、エミリアのサンダーブラストを同時に食らい、足を踏み外したレミの体は、そのまま屋根を転げ落ち、庭に墜落した。全員が落ちた場所を見ると、そこには人の形をした穴が開いていたという……。

 怪盗3姉妹・狐の目。地球人のレミ。必殺技を食らった挙句、屋根から落とされ再起不能(リタイア)。

 ほぼ同時刻、仲間2人が契約者によって倒されたという事実がまだ伝わっていない「狐の目」のジェニーは、当初の予定通り、正面から玄関を突破して屋敷の中を走り回っていた。だが走っている最中に聞こえた、どことなく「げぇっ!!」と叫びたくなる銅鑼の音がなぜか気になって仕方がない。
「レミもナタリーも銅鑼なんて持ってなかったし……、警報、にしちゃあかなり変だけど、警報代わりにはなるよね、アレ……」
 あの銅鑼の音で、戦闘に入ったかどうかはわからないまでも、少なくとも今日の警備の誰かと遭ってしまったのは間違いない。ジェニーは急いで2階中央の金庫のある部屋に向かった。
「2人が金庫の部屋に直接来て、1人が正面玄関から。しかも突破してきたとなれば、この廊下を通るのは確実」
「!?」
 前方からそのような声が聞こえて、ジェニーは思わず足を止めた。
「待ち伏せしてて正解だったな。そうか、お前が『狐の目』の1人か……」
 言いながらジェニーの前に現れたのはエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)と、そのパートナーのコルデリア・フェスカ(こるでりあ・ふぇすか)であった。
「なるほど、得物は棒……。地面から胸までの長さなら杖(じょう)、身長を超えるほどなら棍。見たところ、どうやら後者のようだが、まあどちらにせよ厄介なのには変わらんか」
「確かにそうですわね〜。かの宮本武蔵でさえ、杖の使い手が相手だと完全には攻め切れなかったという話ですし〜」
 のんびりした喋り方をしつつ、コルデリアが前に出る。その手には「初霜」という銘のついた刀が握られていた。
「ま、とりあえず〜……、サクッと依頼を完遂して、エヴァルトのおごりでレストランにでも行きたいですわ〜」
「昨日ボコボコにしておいて、さらにそんなもん要求するのか!?」
「あら、その昨日恥をかかされたのはわたくしの方ですわよ〜?」
「……依頼主から依頼料巻き上げるしかないかな、これは……?」
 先日、エヴァルトとコルデリアは「桜井静香がコンジュラーになってフラワシを従えたらしい」という噂を聞きつけ、真相を確かめるべく本人に質問をしに行った――実際に聞きに行ったのはコルデリアの方――のだが、静香がコンジュラーではなく、またフラワシと思い込んでいた「ユミコ」が実は単なる幽霊であると知って、結果的に恥をかいてしまったのである。
 帰ってきたコルデリアを待っていたのは、次のようなエヴァルトの言葉だった。
「なるほど、フラワシではなかったか……。だが、桜井校長の行動には要注意だな。いぢられる度にメモしていたら、そう遠くない未来に……いや、考えすぎか」
 元はと言えばこのエヴァルトの思い込みが原因である。コルデリアは言ってみればその「とばっちり」を食ったことに他ならない。
 直接恥をかかされた形となったコルデリアは、その後半ば八つ当たり気味にエヴァルトに剣術の訓練を持ちかけて、一方的に殴り倒したという。
 そのような事情に加え、エヴァルトは今回の依頼人をあまり好んでいなかった。何しろセクハラ常習犯である。そんな男なのだからいっそのこと宝石盗まれてしまえ、と思ったそうだが、さすがに報酬の魅力には勝てない。治療費や食費、それに機晶姫のパートナーの修理費のこともあるため、仕方なくこの依頼に参加したのである。
「まあ怪我のこともありますし、まずはわたくしが行きますわ〜」
 1歩踏み出し、足に力を入れ、コルデリアは刀を腰だめに構えてジェニーに突っ込んだ。だがその動きはあまりにも隙だらけ、いや「気合が入っていない」といった風である。
「ちょっとちょっと、そんなので私とやり合おうっていうの?」
 棒を回転させ、突き出される初霜をジェニーは上に打ち飛ばし、その手から奪い去る。その瞬間だった。
「ん!?」
 ジェニーの棒が回転運動をやめたその直後、コルデリアの体の中から奇妙な光が浮かび上がり、その手に純白のファルシオンが握られた。それは、コルデリアが所有する光条兵器だった。
 コルデリアの作戦はこうだ。先ほど自身が口にした「宮本武蔵」の逸話。刀で相対して杖に勝ちにくかったというのであれば、その杖を奪ってしまえばいい。そこでまず刀を突き出し相手にわざと弾かせて、その隙を利用して棒を光条兵器で破壊する。そうすれば相手は長さという利点を生かすことができなくなり、一気に有利になるというわけだ。
 果たしてそれは成功するかに思えた。コルデリアがファルシオンをその手に握り締め、棒の中心部分にその刃を命中させようとしたのだが、その前にジェニーが体を大きくのけぞらせて回避したのである。
「あらぁ?」
 純白に輝くファルシオンは空を斬り、切り裂かれるはずだった棒は無傷のまま、バック転の要領で後ろに下がったジェニーの手元に収まっていた。
「あぶなかったねぇ。もう少しで武器が無くなるところだったよ」
 体勢を立て直し、ジェニーが再び棒を構える。
「さて、どうもあんたたちを叩きのめさないと、この先は通れないみたいだし、本当は戦いに来たんじゃないけど、ぶん殴らせてもらうよ」
 その場で棒を回転させながら、ジェニーは目の前のエヴァルトを見据えた。
「やれやれ、仕方ない。それなら今度は俺が相手をさせてもらおう……」
 本来なら女性に優しく失礼の無いように、がモットーなんだがな。エヴァルトは内心でそう毒づきつつ怪盗の1人と相対する。相手が戦士ならば手加減こそ失礼に当たるからだ。
 足をわざと不揃いにし、膝を軽く曲げ、正対せずに体の側面を相手に見せ、片方の手は服のポケットに、そしてもう片方の手は力を抜いてぶら下げる。
「?」
 エヴァルトのそうしたポーズをジェニーは理解できず、その場で呆然と立ち尽くす。
 この時、エヴァルトの傍には、全身鎧を着た巨大な悪魔――黒い天使の名を持つフラワシ「シュヴァルツ・エンゲル」が佇んでいた。もちろんこれはコンジュラーではないジェニーには見えない。
「では、行こうか!」
 奇妙なポーズから一転、エヴァルトはジェニーに肉薄する。屋内であるため、周囲の風景に同調させて攻撃を繰り出すというのは少々難しかったが、それでもエヴァルトの繰り出した拳と、時間差で動きをトレースさせた「シュヴァルツ・エンゲル」の拳をジェニーに当てることはできた。
「な、なんだ、見えない攻撃!? サイオニックか何か!?」
 ジェニーは棒術を操ることができる程度のローグに過ぎない。エヴァルトがどのようにして「見えない攻撃」を行っているのか、見当もつかなかった。
 防戦一方になったところで、ジェニーは背後から2人分の気配を感じた。
「ようやく追いついたですぅ!」
「挟み撃ちですね。お覚悟を!」
 玄関前にて突破されたルーシェリア・クレセントとアルトリア・セイバーのコンビであった。
「うわ、ちょ、そりゃないよおおおぉぉぉ!」
 叫びもむなしく、ジェニーは前のエヴァルトの拳、後ろのルーシェリアとアルトリアの槍攻撃を食らい、昏倒した。

 怪盗3姉妹・狐の目。獣人のジェニー。見えない攻撃と見える攻撃の両方を食らい再起不能(リタイア)。