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【カナン再生記】風に舞いし鎮魂歌 ~彷徨える魂を救え~

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【カナン再生記】風に舞いし鎮魂歌 ~彷徨える魂を救え~
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第5章(3)
 
 
「この辺りの文明レベルは決して高いとは言えないが、それでも病気の人間が増えつづければ疫病の類を疑っただろう。なら感染が広がるのを避けるために患者や埋葬前の遺体を一箇所に隔離しようと考えたはずだ」
 村の一番奥を目指して走る瓜生 コウ(うりゅう・こう)。彼女達が今いるのは、イナンナの神殿へと続く道だった。
「普通なら病院が相場だが、この村には薬師が一人いただけ。それなら神殿で奇跡を願った可能性はあるだろう」
「ま、そうじゃなくても最期の時をイナンナの下で、ってね。安直かも知れないけど、調べて損は無いでしょ」
 いつもと変わらぬ緩さを感じさせながらクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)が同意する。彼らの予想が当たっているなら、多くの札がある事は間違い無かった。
「しかし、死んだ人間を再利用する、か……そりゃもうエコじゃなくてエゴの領域だ。そんなもの、許すわけにはいかねぇな……」
「あぁ。生と死を弄ぶ左道の術者……完膚なきまでに叩きのめす為には一刻も早く札を破壊しなければ」
 ダッシュローラーで先頭へと追いついた匿名 某(とくな・なにがし)のつぶやきにコウが応える。目的地である神殿はもうすぐ見えようとしていた。
 一行がアンデッドと戦闘になる事を予測し、気を引き締める。その中で榊 朝斗(さかき・あさと)は言い知れぬ不安を感じていた。パートナーであるルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)がそれに気付き、声をかける。
「朝斗、どうかしたの?」
「うん……何か、嫌な予感がするんだ。僕の中の何かが危険を知らせてるような……そんな気がする」
 走りながら胸に手をやる。自身の中に宿る『何か』。それは以前、洞窟での探索中に起きた自我を失う出来事の前後に感じられた物と同じ感覚だった。
(あの時は僕達に襲いかかって来る人達がいた。ならもしかして今回も――あれは!?)
 神殿の入り口に雄雄しく立ちはだかる男の姿に朝斗が目を見開いた。互いに面識を持ち、仲間が刃を交えた事もあるあの男は――
三道 六黒(みどう・むくろ)……何でこんな所に……?」
 そのつぶやきが聞こえた訳では無いだろうが、六黒がこちらへと視線を向ける。心なしかその表情に笑みが浮かんだ気がするのは気のせいだろか。
「ほう……ぬし等の道と修羅の道、これほどに早く交わろうとは……女神の加護無きこの地に、戦の神でも舞い降りたか」
 六黒の視線は洞窟で戦いを繰り広げた者達――特に自身が撤退する決め手となった一撃の主、クドへと向けられていた。
「なるほど……六黒さん、あんたまでいなさったか。一体どのようなご用件で?」
「見たままだと思うがな。俺達に協力する為に来たとは到底思えん。あの少年に与する理由は――いや、止めておこう。どうせ碌でも無いだろうからな」
 某の言葉が六黒へと向けられる。自身もアバドンの下についているから。そして、強者との戦いを望んでいるから――。六黒が今ここにいる理由は、確かに某達にとって、聞いた所で何の意味も成さない物であった。
「まぁ、あんたさんがいる理由は置いときましょう。でもね、死んだ人達の身体を利用する……なんてーか、そういうのってさ、やっぱりいただけない訳ですよ。大人しく眠らせてあげりゃいい所を、さ。自身の戦いだけで済ませるならまだしも、そういうもんに加担するってのは……お兄さん、ちょっと癪に障っちゃうかも」
(クド……あなたはやはり……)
 緩さの中に隠された気迫。それを相棒であるルルーゼ・ルファインド(るるーぜ・るふぁいんど)は敏感に感じ取っていた。
 このような悲劇を迎えた村において、飄々とした姿であり続けるクドは人によっては軽薄で不謹慎だと思う事だろう。
 ――だが、それは間違いである。
 その強き心が覆い隠す内に巻き起こる嵐はルルーゼと、そしてこの場にいる者達と比較しても決して劣る物では無かった。
「フ……では問おう。龍の骨より削り出し剣、骨より作りだしたる魔鎧……それを使う者はわしは悪か?」
 龍骨の剣を抜き、掲げるように突きつける。その鋭さたるや並みの金属以上だ。
「横たわっているのは人か? 違うな……モノだ。魂が既に手放した『それ』を再利用するだけの事に何の不都合がある?」
 朽ちた者が生者の糧となるのが自然の掟ならば、どうして人だけがその理から逃れられようか――六黒の言葉はある意味で一つの真理と言えた。だが――
「お前らの言い分は知らん! けど、この村が泣いてるって事はオレにも分かる! だから……オレは泣かせる原因になってるお前らをぶっ飛ばす!!」
 人には逝く者を悲しみ、見送る想いがある。そして、滅び行く地の安寧を祈る心がある。そうしたもう一つの真理を真正面から突きつけるように、大谷地 康之(おおやち・やすゆき)が大きく叫んだ。
「良かろう。ならばこの村にて終焉を迎えし、朽ち果てた者等の物語……ぬし等が引き継いで見せよ!」
 六黒が突きつけた剣を構え、攻撃を行う。強烈な大剣の振り下ろしを防いだのは、ルルーゼの刀と沢渡 隆寛(さわたり・りゅうかん)のサーベルだった。
「あなたの初撃は以前の戦いで確認済みです」
「えぇ。二人掛かりでなら防ぐ事は不可能ではありません」
「それから、こいつも受け取りな!」
 二人が受け止めている間にクドが六黒に肉薄する。近接距離からの銃撃。それは以前の六黒との戦いで勝負を決めた一撃だった。
「…………」
「――何っ!?」
 銃弾が相手のローブにめり込む。だが、それは六黒の服装では無い。攻撃を受け止めた者、それは葬歌 狂骨(そうか・きょうこつ)だった。痛みを感じぬその体躯を活かし、肉を斬らせて骨を断つ。いや、正確に言うならば、骨を斬らせて――
「やらせるか!」
 虚空から現れたギロチンがクドの首を襲う。その殺気を看破した某がロケットパンチを飛ばす事で刃を弾き飛ばした。
「悪ぃ。助かったぜ、某さん」
「なるほど、あいつがあの男を護る相棒か。連携されると厄介だな……康之、あいつは俺達で抑えるぞ」
「分かった! 行くぜっ!」
 二人掛かりで攻撃を仕掛け、これ以上六黒の支援をさせないように妨害する。逆に六黒との戦いには朝斗とルシェンが加わり、数の上で圧倒した。
「ルシェン、僕達も皆を援護するよ!」
「えぇ! これで!」
 朝斗が飛行翼で飛び立ったのに合わせ、ルシェンが天のいかづちで六黒の足を止める。そこに向けて朝斗が二つのチャクラムに雷を宿らせ、投げ放った。
「空を舞い、眼前の敵を切り裂け……踊れ、雷の戦輪ッ!!」
 光輪が弧を描き、襲い掛かる。六黒は剣を一薙ぎし、その両方を弾いてみせた。
「――まだっ!」
 弾かれたチャクラムの一つを空中で掴む。もう一つはそのまま飛んでいくかと思われたが、急に方向を変え、再び六黒へと向かっていった。
「サイコキネシスか……ならば!」
 六黒に鬼と金剛の力が宿り、身体が巨大化する。そして有り余る力で剣を振るい、戦輪を叩き落した。
「くっ、もう一つで――」
「甘いわ!」
 素早さを上げ、高高度から飛び掛る朝斗。だが、その攻撃は返す刀で防がれ、強力な力によって身体ごと吹き飛ばされる。
「うわっ!?」
「朝斗!」
 ルシェンが手を伸ばすが間に合わない。そのまま朝斗は壁へと叩きつけられてしまった。
「朝斗! しっかりして下さい!」
 倒れこんだ朝斗へと駆け寄る。抱き起こそうとしたルシェンをコウが止めた。
「待て、頭を打っているかも知れない。下手に起こすのは危険だ。おい、あんた達。こっちは動けない、あいつを抑えておいてくれ」
 視線を受けた沢渡 真言(さわたり・まこと)マーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)が頷く。
「相手は強力ですが……やりましょう、マーリン。勝てなくとも、負けない戦いをしなければいけませんね」
「何、ルーカン達もいるし、大丈夫さ」
「……向こうはあの二人に任せれば大丈夫だろう。オレはこっちを――ん、何だ……?」
 真言達を見送り、朝斗へと振り返ったコウが目を疑う。先ほどまでは確かに黒い色をしていた朝斗の髪が銀色へと姿を変えていた。その横ではルシェンが膝をついている。
「おい! あんた、大丈夫か?」
「く……この脱力感、まさか。朝斗……」
 コウが身体を支えるが、徐々に力が抜けていく感覚に襲われたルシェンは地面に倒れこんでしまった。それと対を成すように朝斗がゆらりと立ち上がる。
「金色の瞳、だと……? あんた一体……」
「…………」
 呼びかけに応える事無く歩き出す朝斗。そして真言達が戦っている六黒の姿を認めると、その間を割るように飛び掛った。
「――む!」
 突然の攻撃に対し、六黒が剣で拳を受ける。何を思ったか、朝斗はそのまま剣を握り締めた。当然の事ながら刃の当たった部分から血が滲み出る。
「俺の敵は……貴様か」
「……その容貌、その気迫。先ほどまでのぬしとは異な者か」
「敵は……消す!」
 剣を押さえながらの上段蹴り。更に勢いを利用して、回転しながらの裏拳。血が滲んでいたはずの手のひらはいつの間にか傷が跡形も無く消えている。
「この力……ぬしの心に潜む『闇』を感じるぞ。だが――その程度でわしを貫(ぬ)こうなどとは片腹痛いわ!」
「――がっ!?」
 手数では勝っていたはずの朝斗を弾き飛ばす。それと同時に康之達と戦っていた狂骨の姿が消えた。
「あっ、おい! くそっ、某、あいつはどこにいった?」
「……ちっ。あいつ、『魔鎧』だったか」
 光の軌跡を追っていた某が舌打ちをする。本来の姿へと戻った狂骨を纏った六黒の身体から強烈な闇の気が漂って来た。
「いかに強き闇を抱えていようと、それに喰われるようでは話にならぬ。真なる力を求めるならば、ぬしの心で闇を喰らいつくしてみせよ! このようにな!!」
 再び剣を振るい、朝斗へと迫る。攻撃を察知したルルーゼと隆寛が初撃同様に防ぎに入るが、今度は二人掛かりでも押されるほどの威力だった。
「――強い! この力、まともにぶつかるのは危険です」
「ですが、今、マスターとマーリン殿が手を打っている所です。そこまで持ちこたえれば勝機はあります」
「それじゃま、その時間稼ぎ、お兄さんもお手伝いしますかね……!」
 同じパターンでクドが近接からの銃撃を仕掛ける。手が読まれているのは百も承知、相手の自由を奪う事こそが目的だ。
「お待たせしました! 後は私達に任せて下さい!」
 三人の時間稼ぎによって仕掛けを済ませた真言が戦いへと加わる。そして隆寛達に代わり、六黒の攻撃を一手に引き受けだした。執事服というおよそ戦闘には向かない出で立ちながらも、相手の行動を読む事で紙一重で斬撃をかわしていく。
「柳のように受け流すか……その技量、中々の柔よ」
「えぇ、あなたのような剛の方には相応しい相手でしょう?」
 言いながらも懐から道具を出し、煙幕を展開する。視界を奪った隙に距離を取ろうとする真言に対して、六黒は目標を見失わないように追いすがった。
「逃がしはせぬ。柔よく剛を制すとは言え、避けるばかりでは――」
「――いずれ負けますよね。ですから、こういった手を使わせて頂きます」
 煙幕を飛び出した六黒に襲い掛かるナラカの蜘蛛糸が四肢を絡め取る。更に潜んでいたマーリンが杖を振るい、六黒のスキルを封じてしまった。
「ぬぅ……! ぬし等の一連の流れ……これが目的か」
「ま、そういうこった。悪ぃが、こいつで大人しくして貰うぜ」
 
「おい、しっかりしろ!」
 マーリン達が六黒を封じにかかっている間、某は倒れている朝斗へと駆け寄っていた。
「ぐ……敵を……敵を潰……す」
「ったく、洞窟の時もそうだったが……この坊主、何かに蝕まれているのか?」
 某が以前にマジックアイテムの調査手伝いである洞窟に赴いた時、同じ場所を探索する者の中に朝斗の姿もあった。その際、突如現れた襲撃者によって傷付けられた朝斗はまるで別人のように変貌を遂げたのだった。
(あの時この坊主を狙っていた奴は『闇』がどうとか言ってたな……今回のあの男もそうだ)
 対峙する者が『闇』と呼ぶ朝斗に潜む力。それはパートナーであるルシェンと契約を結ぶ時、本来なら下位吸血鬼となる所をルシェンの意向で仮契約に留めた事に起因する物だった。
 現在は心境の変化、そして二人の覚悟により本契約を交わしているものの、そこに至るまでの八年の間に生まれた歪みは今なお彼を脅かしていた。
「坊主、お前さんが背負ってる物が何かは俺には分からない。だがな、そいつは今の俺達には不要な力だ」
「黙れ……! 俺は、俺の邪魔する物を全て――!」
「こんの……馬鹿ヤロゥ!!」
 某へも敵意をぶつける朝斗。その頬に思い切り鉄拳を叩き込んだのは康之だった。
「何度も言わせんな! この村が泣いてるってのに、お前の都合で戦うなよ! お前には護ってやりたいものってのは無いのか!?」
 大切な者の為に――例え半年という刻を投げ出してでも――信念を貫き通した康之。そんな彼の言葉は拳以上に重みをもって朝斗へと突き刺さった。
「う……護る……俺の…………僕の……」
 朝斗の目の輝きが消え、髪も白銀から普段の黒へと戻りだす。闇の気を感じさせなくなった朝斗の瞳に映ったのは、コウに介抱されているパートナーの姿だった。
「ルシェン!」
「朝斗……良かった、正気に戻ったのですね」
「ごめん、ルシェン。また僕は意識を失くしていたんだね……」
「謝るのは私の方……あの力が目覚めた時、決まって私の身体から力が抜けていくの。朝斗との契約を私が中途半端な形にしてしまったから……」
 互いを思いやるがばかりに自身を責め続ける。そんなネガティブな空気を打ち払ったのはまたしても康之だった。
「あーもう! 終わった事でウジウジするなよ! 大切なのはこれからだろ!」
「康之の言う通りだな。そして、今すべき事はあの外道達を片付ける事だ」
「二人とも……そうだね。今はただ、この村の為に……」
「えぇ、行きましょう、朝斗」
 朝斗と、そして彼の変貌が収まったからなのか、動けるようになったルシェンが立ち上がる。その瞬間、膨れ上がる気迫が六黒の方から伝わってきた。それを敏感に感じ取ったコウが彼の変調に気付く。
「あの気配……闇とは違うな。だがあの男自身のものでは無い……となると、『奈落人』か」
 コウの推測通り、今の六黒には虚神 波旬(うろがみ・はじゅん)が憑依していた。異界よりもたらされし力で自身を縛る戒めを解き放つ。
「よもやこの力を使う事になろうとはな。未だ完成を見ぬ物ではあるが……よかろう。力を振るうに足る相手よ」
 数々の手で立ち向かい、それでもなお立ち塞がる六黒。彼との戦いも、いよいよ終局を迎えようとしていた――