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鷽再び

 
 
 鷽(うそ)。
 地球の鷽は雀に似た小型の鳥で、胸部が鮮やかなオレンジ色した美しい鳥である。
 だが、ここパラミタの鷽は、見た目こそ地球の鷽と酷似しているが、その特性はまさに常識外れ、不条理という言葉がもっとも似つかわしい。
 通常は全長十メートルほどの巨鳥なのだが、攻撃を受けたりすると雀大から鶏大まで様々な大きさに分裂、または合体する。さらに、その周囲十メートルほどの空間の物理法則をねじ曲げ、鷽空間という不条理なフィールドを形成するのだった。
 その内部では、人々の無意識下の深層心理が物理現象として具現化する。だが、それは鷽によって極端にねじ曲げられたものとなり、必ずしも周囲の生命体の希望するところとはならないのがやっかいである。
 また、鷽空間内では、それは実体を持った物ではあるが、それは鷽空間内に限定されているとも言える。
 まして、深層心理を物質化したものであるので、本人の知識以上の物はまともには具現化しない。
 したがって、鷽空間で未知の物を検証しようとしても無意味である。形状すら、本人の意識レベル以上にはならない。
 つまり、有り体に言ってしまえば、見えることも起きることもすべて嘘である。
 強力な能力を有する鷽ではあるが、その能力のおよぶ範囲は先に述べたようにせいぜい半径十メートルの球体の空間である。多少の個体差によってその効果範囲は差異があるとはいえ、大元の大きさの巨大鷽でも半径百メートルが限度と言われている。この具体的な数値に関しては、より多くのサンプルを基にした検証が待たれることではある。
 鷽空間での現象は、それを逸脱した瞬間にパラミタの物理法則に縛られる。現象が不条理であればあるほど、その反動は大きいとされている。
 さて、昨年、世界樹にやってきた鷽は、イルミンスール魔法学校の生徒たちを中心として大騒動を起こしたが、なんとか無事に北方へと追い払われた。だが、鷽はもともと渡り鳥ではないかと推測されており、その学説通りに、再び南下して今年もイルミンスールの森にまでやってきたのであった。
 しかも、今回は途中で何かあったらしく、すでに細かに分裂してイルミンスールの森中に広がっている。このままでは、世界樹にとりつくのも時間の問題と思われた。いや、すでに侵入をはたしているかもしれない。
 そのため、事態を重く見たエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)によって、即時鷽討伐の命令が全イルミンスール魔法学校の生徒たちに出されたのだが……。
 
    ★    ★    ★
 
「ふふふふ。リナファ財閥の情報通りですね。ここはなんとしても、駆除される前に鷽を捕まえて、ジャスティス・プルプルガーの真の能力開放をするのです」
 コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)が、ジャスティス・プルプルガーのコックピットの中でほくそ笑んだ。
「鷽を補足したのだ。正面!」
 ルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)が、正面モニタを凝視して叫んだ。
「よーし、突っ込みます!」
 コトノハ・リナファが、スロットルを開いてジャスティス・プルプルガーのスピードを上げた。
「うしょぉ〜ん」
 ふいをつかれた結構大型の鷽が、道の真ん中で硬直する。
 そこへむかって、クェイルタイプのジャスティス・プルプルガーが突っ込んでいった。大したスピードは出ていないが、がしょこんがしょこん走る足跡が炎で繋がって、がたがたなラインの二本の炎の筋が残った。
「タイムワープ!」
 鷽にぶつかる直前で、コトノハ・リナファが叫んだ。
 ジャスティス・プルプルガーに新たに搭載したタイムマシンが発動……したらしい。
 コンソールにあるタイムメーターがめまぐるしく逆回転して、2979BCで止まった。
「ここが、5000年前の世界ですか? 風景は変わらないようですが……」
 モニタに映る森の風景を見て、コトノハ・リナファがちょっときょとんとした。
「さあて、ルオシン、記録はとっていますか? 後でこのデータから本物のタイムマシン開発を……、ルオシン?」
 パートナーの返事がすぐにはないので、コトノハ・リナファが振り返った。
「我の中で星が燃える……」
 漆黒のライチャスプレートに身をつつんだルオシン・アルカナロードが、静かに顔をあげた。
「我こそは、射手座の十二星華(男組)!」
 華々しく、ルオシン・アルカナロードが名乗りをあげた。
「今年は魔王から十二星華にクラスチェンジですかあ!!」
 去年のことを思い出して、コトノハ・リナファが頭をかかえる。
「違う。射手座の十二星華(男組)なのだよ」
 やたら突起やら象眼やらがある鎧を黒光りさせながら、ルオシン・アルカナロードが言った。
「いちいち格好をつけないでください。とにかく、無事にまた五千年前にやってこられたのですから、歴史の真実を。特に、イコン関係を調べましょう。きっと、まだ私たちの知らないイコンが……」
「もちろん存在する。現に、我らの乗っているイコンは、幻の超巨大イコンなのだよ」
「わあ、それで、どんなイコンなんですか」
 思いもがけない展開に、コトノハ・リナファが目を輝かせた。ジャスティス・プルプルガーが伝説のイコンに変化しているのであれば見ない手はない。
「残念ながら、中からでは自分の機体の姿は見られないのだ」
 ルオシン・アルカナロードの回答に、コトノハ・リナファがコンソールに突っ伏した。
「だったら、外に出れば……」
 言いかけて、ちょっとお腹のあたりをさすってみる。
「仕方ない、我が外に出て写真を……」
 ルオシン・アルカナロードが腰をあげようとしたとき、突然機体に激しい衝撃が走った。
「きゃっ!」
 バランスを崩したコトノハ・リナファを、素早くルオシン・アルカナロードが手を差し出して支える。
「何奴!」
『うそだすも〜』
 モニタ全面に、巨大な鷽の姿が映っている。しかも金色だ。ハイパーモードに違いない。
「この射手座のルオシンに戦いを挑むなど、愚かな!」
「ちょっと、ちょっと、ルオシン……」
 コトノハ・リナファが止めようとするのも間にあわず、ルオシン・アルカナロードが謎のイコンからビームを鷽にむかって発射する。
 ビームに貫かれ……ないで、殴られて、鷽がのけぞり返った。いったい、どんなビームなんだ。
「だめよ、鷽をやっつけたら、元に戻っちゃいます」
「大丈夫だ。光速拳は急所を外している。気絶したところで、捕獲すればいいのであ……!?」
 近づいて鷽の頭をつかんで捕獲しようとした瞬間、短い足でキックをくらって謎の巨大イコンが後ろに弾かれた。なにしろ、形状がまったく分からないので、どこに被弾したかもはっきりしない。
「おのれ、おとなしく眠っていればいいものを!」
 ルオシン・アルカナロードが、再び必殺の射手座光速拳を繰り出した。
「ふしょぉ〜」
 スッと、鷽が残像と共に光速の拳をすべて避けてみせる。
「避けただと!?」
 ルオシン・アルカナロードたちが驚愕するところに、モニタに文字が表示されていった。鷽からの通信らしい。
「一度見た技は、ゴールド鷽には二度と通用しない……だとぉ。それは、我の台詞のはずであろうが!」
「まあまあ、落ち着いて。違う技を出せば」
「いや、技はあれだけしかないのである」
「ちょっとぉ!」
 それは、もう攻撃しても無駄という意味ではないのだろうか。
「だが、こちらも、一度見た技は二度と……」
『見せてやろう、初めて使う秘奥義……』
 モニタに、一番見たくない文字がカタカタと表示されていった。
 嘘が大きく翼を広げて光り輝いた。何かをしたらしかったが、眩しくて見えない。
 もろに攻撃をくらった謎の巨大イコンが大きく後ろに吹き飛ばされた。
 タイムメーターがめまぐるしく回転する。
 ジャスティス・プルプルガーが背中の装甲をガリガリと地面で削りながらすべっていって、やっと止まった。
 メーターは2021ADを示していた。