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人形師と、チャリティイベント。

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人形師と、チャリティイベント。
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リアクション



9.変態さんへの対処法。


 ハンニバル・バルカ(はんにばる・ばるか)と共に、クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)はヴァイシャリーにやってきていた。
 過去形だ。
 今隣に彼女は居ない。
「全くもう。ハンニバルさんってば落ち着きが無いんですから」
 どうやら迷子のようだ。
 クドが? いやハンニバルがだ。きっと。たぶん。
 ――だってほら、ハンニバルさん落ち着きないし。大事なことだから二回でも三回でも言いますよっと。
 幸い、誰かと遊ぶから待ち合わせの約束をしているとかではない。目的なしに、ふらふらっと来たのだ。そうだ、ヴァイシャリーに行こう。そんな、ただのノリで。
「だけど捜す側にもなってくださいよってね。お兄さん困っちゃう……ん?」
 独り言を呟きながら、街中を歩いていて目についたもの。
 それはチャリティイベントの呼びかけだった。ふらふらっと寄ってみると、遠目に見えたのは紺侍の姿。
 ――おやおや。キツネくんもお手伝い側ですかね? エプロン着けてら。
 ――ならお兄さんも手伝ってあげちゃいましょうか。
 捜す側であるということも忘れ、養護施設に足を踏み入れた。


「全くもう。クド公ときたら本当に恥ずかしい奴なのだ」
 同時刻、ハンニバルは養護施設内でため息を吐いていた。
 一緒にヴァイシャリーに来たクドが、迷子になった。繰り返すが、迷子はクドである。この沈着冷静なハンニバル・バルカともあろう者が迷子になるはずはない。
「あの年で迷子とは呆れを通り越してやるせない気持ちになってしまうのだ」
 ――本当に恥ずかしい奴め。大事なことなので二回言ってやるのだ。
 捜索しながら歩いて回っていたが、その途中チャリティイベントに目を奪われて。
 早々と捜索することを放棄して、遊びに来てみた次第である。大丈夫、迷子になる方が悪いから。
 かといって、ハンニバルはお金を持っていないし。
 気になる小物やお菓子があっても、遠目で見ているだけである。
「ありゃ? 可愛いお嬢さん、迷子ですか?」
 その時、うっすら見覚えのある背の高い男に声を掛けられた。写真売り騒動を起こした奴だ。確か名前は、
「紡界コンきち!」
「誰っスかソレ。紺侍ですよ、コンジ」
「コンきちは何をしてるのだ?」
「無視っスか、まあいいっスけど。お嬢さんはクドさんのパートナーの、……ハンムラビさん?」
「ハンニバルなのだ!」
「あはは、存じてますよ。わざとっスから」
 さすが写真流出犯。中々に図太いようだ。
「で、何をなさってるんです? クドさんは?」
「クド公は迷子なのだ」
「ハンニバルさんがじゃなくて?」
「クド公がなのだ」
 何やらコンきちが苦笑いじみたものを浮かべていたが、どうして笑うのだろう。
「丁度良いのだ。コンきち、クド公を探すのを手伝えなのだ」
「ほぼ初対面で幼女に命令されるってオレすごくねーっスか」
「幼女言うななのだ。人を見た目で判断すると火傷するのだ」
「そりゃ怖ェ。失礼しましたMy Fair Lady」
 やたら気取った(しかしわりと流暢な)態度で手を取られた。特に意識しないままその手を繋ぐ。
「そんじゃ、いい歳して迷子になったクドさんでも捜しに行きますか」
「その前にあのパイ買ってほしいのだ」
「はいはい」
 

 朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)イルマ・レスト(いるま・れすと)に連れられて、養護施設で行われるというチャリティイベントに来ていた。どうやらパウエル商会の名前で出店を設営して、そこでカエルパイを売るということらしい。後からたちも来るという。
「それまでのつなぎということかな」
 売り子として店に立ち、それにしても他に売る物はいくらでもあるだろう、とカエルパイを見下ろす。
 マスコットキャラのケロッPが印刷されたパッケージ。デフォルメされたカエル型のパイ。可愛くないわけじゃない。不味そうでもない。でも、カエル肉粉末エキス配合という謳い文句はどうなのだろうか。食欲減退効果がありそうだ。
 しかし案外、売れるものである。目新しいものだからかもしれない。
 最初こそ、どうして私が売り子など、と思いはしたが、買っていってくれた人が喜ぶ顔を見ていたらまあいいか、と思えてきた。それに、ボランティア精神は大切だ。
「そういえば売り上げはどうするんだ?」
「全額施設に寄付する予定です。パイが売れ残れば現物支給ですね」
 質問に、イルマが淀みなく答える。
「まあ明日のおやつにでもなる……あら?」
 回答の途中で、言葉が止まった。
「あれはこの前の盗撮犯じゃないですか」
「何?」
 イルマの視線の先を見れば、13歳くらいの少女の手を取った紺侍が見えた。レモンイエローのエプロンを着けている。
 施設の職員、あるいはボランティア人員に見えなくはないので、迷子の案内かとも思う一方、前回の行いが行いなので眉をひそめてしまう。
 声をかけるべきかどうか。逡巡していると、
「カエルパイくださいなのだ!」
 少女の方がやってきた。
「かしこまりました。何枚入りになさいますか?」
 イルマが彼女の相手をするので、
「……お前、何をやっているんだ」
 千歳は紺侍に問い掛けてみた。
「ハンニバルさんのパートナーを探してまして」
「いや、そうでなく。というか何故居る?」
「あ、オレここの関係者なンで。手伝いっス」
 なるほど、と頷いた。もう悪いことをしようとは企んでいないようだ。僅かに安堵する。
「金に困っていた件は解決したのか?」
 そもそも生活に困窮しているようにも見えなかった彼が、どうしてああなったのだろうと問うてみれば。
「長い目で見れば大して。でもこのイベントが成功してるみたいだし、成功っちゃ成功かなァとも」
 そう返したから。
 ――施設の為に金を貯めていたのか?
 見直すと同時に、
「それならなおさらまっとうな労働の対価として得た金を使うべきだったな……」
「ははは。ホントすんません」
「ああ。馬鹿なヤツだ」
 済んだことなので掘り返すことはしない。ただ、繰り返さないように声はかけるけれど。
「施設のために……人は見かけによらないということなのでしょうか」
 事件中、過激発言も飛び出させたイルマが、千歳と同じく見直したといった様子で紺侍を見た。
「そういうことなら、このカエルパイを差し上げますわ。今ならなんとこのケロッPちゃん携帯ストラップをおつけてして、代金据え置きでのご奉仕ですわ」
「あ、どうも……」
「ハンニバルさんの購入した徳用48枚入りカエルパイの代金は頂きますけど」
「48枚!? ンなに食うんスか!?」
「美味なのだ!」
「っつかもう食ってる!」
 漫才のようなやり取りの後、ちらし配りに行くことにした。ついでに人捜しも手伝ってやる。
「……ん?」
 前方に、人が集まっているのを見て足を止めた。カエルパイに夢中になっていた紺侍とハンニバルも足を止める。
「さあさあさあ! 男の踏み方講座第一回!」
 響く声は、
「クド公……」
 の、ものらしかった。
 ハンニバルが、とても残念なものを見るような顔をしている。
 前線に立って見てみると、『踏んでください』という手作りらしい看板の傍ら土下座しているクドが居た。そのままの体勢で、
「お兄さんが今のうちから男の踏み方って奴をご教授いたしましょう。
 ああ、身を呈して子供たちの為に頑張るお兄さん、なんて献身的なんでしょうか」
 声を張り上げている。それを聞いたハンニバルが、
「子供たちのため、じゃなくて絶対自分の為なのだ……あの変態め」
 吐き捨てるように言っていた。
「はは」
 紺侍も苦笑している。いや苦笑で済ませるあたり、動じていないか。千歳としてはドン引きだ。
「紺侍よりもあっちの方がヤバそうだな」
 しょっ引くか、と息を吐く。
「いやいやいや。すんませんアレ友達なんスよ。悪い奴じゃないんスよ。見逃してやってくれません?」
 と、懇願された。
「……なら止めておけ。教育上悪い」
「うぃっス。
 クードさァーん。踏んでほしいならオレが踏みますよー」
「げぇっキツネくん!? なんで居ったたたったたた踏まないで踏まないで! 中身出ちゃう!?」
「ボクも踏むのだ!」
「ああっ迷子の迷子のハンニバルさんまで!? ていうかそれ踏むじゃないですよねハンニバルさん、潰そうとする勢いで踵捻ってますよねぇえぇ!!」
 遠目からそれらを見ていると、
「なにをしているの?」
「クロエさん」
 騒ぎを聞き付けたらしく、クロエがやって来た。彼女もまたエプロンを着けていた。お手伝いらしい。相変わらず良い子だ。
「いじめ? いじめはよくないのよ?」
「いや……制裁、かな?」
 全てを説明すると、綺麗なこの子が汚れてしまいそうなので、お茶を濁して言ってみた。
「あっクロエさん! せめてクロエさんが踏んでくだ」
「いたいけな子に何を要求してるのだ! 芋けんぴアタックもくらえなのだ! ていていていっ!」
「ハンニバルさん、そりゃ芋けんぴが勿体ねぇっスよ」
「何気にキツネくんがひどい! お兄さんとキミの仲なのに!」
「いやいや。クドさんを想ってのことなンで。えェ、致し方なく」
「楽しんでるよね? お兄さん踏みながら楽しんでるよね?」
「ハイ、わりと」
「誰か助けてぇ!」
 やれやれ、と息を吐きながら、千歳は静かに看板を引っこ抜いた。
「ああクロエさん。あっちにカエルパイがあるんだ。食べに行こうか」
「カエルパイ! すきよ、いくわ!」
 ともかく、変な発言が飛び出す前に退避させよう。