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人形師と、チャリティイベント。

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人形師と、チャリティイベント。
人形師と、チャリティイベント。 人形師と、チャリティイベント。

リアクション



7.楽しませよう楽しもう。


「キツネに誘われたなら行かないわけにもいかんからなぁ」
 日下部 社(くさかべ・やしろ)は、少し楽しそうにそう言った。
 チャリティイベントがあるから、盛り上げるために来てほしいとまで言われたら。
「行くしかないやろ、俺だから」
「やー兄! ちーちゃんもクロエちゃんから誘われたよー!」
 そこに、日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)が笑顔で言ってきた。そういえば紺侍がクロエさんも手伝ってくれるって言ってるんスよ、あの子ホントにいい子ですよねー、なんて言っていたっけ。
「ほなもう、日下部家総動員やな♪
 というわけで、寺美。お前も参加や。しっかり働くんやで? 馬車馬のようにな〜♪」
「はぅ!? ボクに拒否権はなしですかぁ〜!?」
 驚いたように望月 寺美(もちづき・てらみ)が言ったので、
「うん、決定事項や。それとも嫌なん?」
 イイ笑顔で頷いてから、問い掛けてみた。もしも本当に本気で嫌というなら、連れていくのは躊躇われるけれど。
「元々行く気でしたっ!」
「ならええやん。何カリカリしとんの?」
「だってそんな誘い方はないじゃないですかぁ! 酷いですぅ」
 ぶーたれる寺美に、社は疑問符だ。
「いーですかっ、社! ボ・ク・は! 千尋ちゃんについていくから行くんですぅ〜!」
「はぁ。……?」
 なんだか怒ってしまったようだけれど、どうすれば良いのやら。
 困り果てていると、響 未来(ひびき・みらい)がじっとこっちを見ていることに気付いて、
「未来も一緒に行くか?」
 誘ってみる。
 未来はにっこりと笑みを浮かべて、
「勿論! マスターが行くならついていくわよ♪」
 肯定的な言葉を返す。
「さよか♪ なんやコンサートもあるんやて。ちーの友達が歌う言うてん。そしたら未来も歌うか?」
「ううん。私はみんなの素敵な『音』を聴かせてもらうことにするわ。千尋ちゃんも歌うのかしら?」
「クロエちゃんが歌うなら、ちーちゃんも一緒に歌いたいなって思ってるよ」
「そう。じゃあやっぱり、私は聴いていたいわね」
 和気藹々と喋る中、寺美の表情を窺ったら。
 ――なんであんな暗い顔やねん。
 普段の寺美とは段違いに暗い表情をしていて。
 ただただ、疑問符。


 同時刻、養護施設では。
「おねえちゃん、これなあに?」
「これ? ウォーターベルって言うんだ」
 五月葉 終夏(さつきば・おりが)は、子供達に囲まれていた。
 音楽祭にちなんで、終夏が持ち込んだのはウォーターベル。
 たくさんのコップを用意して水を張り、持ち込んだ木の枝や箸、鉛筆でそれを叩くと、
「ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド」
 簡単に、音を奏でられるものを作れる。
「音が違くなるのはどうして?」
「水の量でね。音の高さを調節できるんだよ」
 微妙に音階が違うところがあるけれど、それはそれで味があっていいだろう。
 チャリティの話しを聞いたとき、自分になにができるかと考えた。
 考えた結果、真っ先に思い浮かんだのは音楽のこと。
 連動して、小さい頃人前で始めてヴァイオリンを弾いた日を思い出していた。
 ヴァイオリンの音を聴いてくれた人が、見ず知らずの人が、笑顔で手を叩いてくれた。
 上手だね。綺麗な音だね。聴いていて気持ち良かったわ。
 あの時もらった言葉も、全部覚えている。
 同じく、あの時感じたことも、全部。
 嬉しかった。
 音楽が、誰かを笑顔に出来るんだって知って。
 すごく、嬉しかった。
 だから、きっと音楽でなら子供たちを笑顔にできると思って。
 みんなで楽しめるものにするなら何がいいかなと考えたら、ウォーターベルになった。
「み、れ、ど。れみふぁれ……」
「ド、だよ、最後」
「ドだっけ?」
「はちがとぶ、でしょ。レミファレド!」
「つぎわたし! チューリップ叩く!」
「わかるのぉ?」
「わかるよ!」
 子供たちがかわるがわる、コップを叩く。
 たまに大きく音を外しているけれど、誰も彼も楽しそう。
 ――よかった。笑ってくれて。
 実は、不安だったのだ。
 へらりと笑顔を浮かべていても。
 楽しんでくれるかな? 笑ってくれるかな?
 そんな思いがいっぱいで、どきどきしていた。
「ねえおねえちゃん、チューリップってどうだっけ?」
「うん? ド、レ、ミ。ド、レ、ミ。ソミレドレミレ、だよ」
「ど、れ、み、ど……」
「上手上手」
 終夏も一緒に楽しんでいると、
「オリバーも来てたんやぁ〜♪」
 聞き覚えのある声が、した。
「あ。やっしー」
 声の主を探すと、案の定社で。
「遊びに来たで〜。何してんの?」
「ウォーターベルの演奏会。遊んでいってよ。千尋ちゃん、やってみる?」
「やってもいいの? うわー、ちーちゃんウォーターベル初めてー♪」
 千尋も誘って、大所帯となりつつも、楽しんだ。


 その一方で。
「寺美ちゃん」
 未来は寺美に声をかけた。
 寺美の『音』が揺れていると感じたのだ。それも、瞬間的なものではなくて、継続的に。
「何かあったなら、話くらい聞くわよ? 一人で悩んじゃダメ。可愛い見た目が台無しよ〜?」
 ね? と微笑みかけると、
「何で、未来さんは」
 寺美が口を開いた。
「何で未来さんは、社と契約したんです?」
「私がマスターと契約した理由?」
「だって、お馬鹿なことばっかりやってるじゃないですか」
 ウォーターベルで戯れる社を、寺美が見た。「俺が弾けるのはこれだけや!」と自信満々に、チャルメラの音を奏でている。子供たちにはウケていた。
「悪魔な未来さんなら、もっと別な人が居たんじゃないですか?」
「別な人、ね」
 確かに、居なかったわけではない。
 けれど。
「マスターって面白いじゃない」
「面白い……?」
「そう。飛んだり、跳ねたり。突拍子もない『音』だけど……不思議と周りと良い音を奏で始めるのよ。もちろん、それはあなたも例外じゃない。
 それがね、私は楽しいの♪」


 未来の言葉を聞いて、寺美は思う。
 社は色々、強引だしお馬鹿だけど。
 面白いんだ。
 だから一緒に居ると、楽しいんだ。
「……ふふ」
 自分が社と契約した時のことを思い出して、くすくす笑って。
「そうですよね。面白い。それ以上にしっくりくる理由はありません!」
「でしょ♪」
「はい。未来さん、ありがとうございます」
 微笑む未来に礼を言ったとき、
「ちーが望むなら俺は一人でも漫才してやるでぇ〜! エア相方が見えるほどの漫才! お目にかけたる!」
 また、お馬鹿なことを言いながら社がステージ上に登っていったので。
「社に一番のつっこみを入れられるのはボクだけですぅ〜。エア相方なんかに負けませんよ!」
 追いかけて、ステージの上へ。


*...***...*


 ヴァイシャリーにある養護施設でチャリティイベントがあると知ったら、参加するしかあるまいと。
 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は、お古の衣装を用意した。
 クローゼットの中に眠っていた服を洗濯機にかけて、お日様の下に干して、アイロンをかけてきっちり畳んで。
 けれど、所詮一人の量。
「うーん……」
 どうにも少ない。
 考えて、思い浮かんだ案はというと、同じく百合園の寮に住む生徒から、いらなくなった服や鞄を譲り受けられないかということ。
 挨拶して回ると、友人を含めた寮生たちは快く服をくれた。
 これでまずまずの量になった。
 ――さすがは百合園女学院生徒の私物。生地も素材も申し分ないものですね。
 集まったそれらを手にとって、ロザリンドは満足げに頷いて。
 ――たくさん売れると良いな。
 ――いっぱい喜んでもらえたら、もっと良いな。
 その光景を想像して、口元に笑みを浮かべながら。
 キャリーケースに衣類を入れて、いざ行かん。
 それにしても。
「どうしてお菓子は作っちゃダメって止められたのでしょう……?」
 甚だ疑問である。


「いらっしゃいませー」
 ロザリンドは、にこにこ笑顔でお客様に声をかけた。
 小さいお客様である。可愛い女の子で、年の頃は小学校中学年くらいか。じっと、ワンピースを見ている。お気に召したようだ。けれど、
「ちょっと、サイズが大きいですね」
「…………」
 そう言うと、寂しそうな顔をされた。
「でも大丈夫」
「え?」
「お裁縫には自信がありますから」
 メジャーを取り出して、彼女の腰周りや胸周り、着丈を測る。
「少し待っていて下さいね」
 じっと見ていたワンピースの、裾を詰めて腰を絞って、袖にはリボンをつけて結べるようにして。
「ほら、できた」
「わたしでも、着れるですか?」
「もちろんですよ。着てみますか?」
 簡易更衣室も持ってきて、準備はばっちりだもの。
 仕立て直した服を着た彼女は可愛らしくて。
「似合ってますよ」
 微笑むと、照れくさそうに笑っていた。
「これ、くださいっ」
「ありがとうございます。そのまま着ていきますか?」
「はいっ」
 今まで来ていた服を受け取って畳み、用意しておいた袋に入れて持たせてやって。
「楽しんできてね」
 にこにこ笑顔で手を振った。
 さて、一旦客足が途絶えたようなので、半端になった布を手に、パッチワークの小物を作ることにした。
「へェー。器用っスねお姉さん」
「?」
 かけられた声に見上げると、背の高い金髪のお兄さんが立っていた。レモンイエローのエプロンを着けている。養護施設の職員さんかもしれない。
「これくらいなら私でもできますから」
 ちくちく縫うのをじっと見られている。良いのだろうか、職員さんがこんなところで立ち止まっていて。
「……あの?」
「あ。すんません、じっと見てたら作り辛いっスよね」
「いえ、そういうわけじゃないのでそれは大丈夫です。忙しくないのかなー、って」
「んぁ。そうだった、オレ食べ物買いに来たんだった」
 時刻は昼を回っている。少し遅いお昼ご飯だろう。
「あっちでお好み焼き屋さんを見かけましたよ」
「お好み焼き! いいっスね、美味そー。行ってみよっかな。お姉さん、ありがとうございますね」
 にこーっと笑顔でそう言って、職員さんは店に向かって行った。途中、養護施設の子に呼びとめられて、「紺侍にーちゃんエプロン似合わねー!」と笑われていた。
 ――紺侍さん、かぁ。
 人懐っこそうな人で、子供からも懐かれているようで。
 悪い人じゃないんだろうな、と感想を残して、ロザリンドはパッチワークの続きに戻った。


*...***...*


「ねえセアトくん。この緑の恐竜と、黄色い電気鼠の着ぐるみだったらどっちがいい?」
 白銀 司(しろがね・つかさ)は至って真剣な表情でセアト・ウィンダリア(せあと・うぃんだりあ)に問い掛けた。
 紺侍にチャリティイベントがあると聞かされて、ならば遊びに行こうとやって来たのだが、なかなか色々楽しいものだ。
 お洋服を売っている人や、お菓子を売っている人。ぬいぐるみを売っている人も居た。舞台にも出演者が上り始め、そっちでも漫才やら何やらと楽しそうである。残念ながら司好みのおじさまは居なかったのだけど。
 そうしてセアトを振り回すように回ることしばらく。
「セアトくんってあんまり服を買ったりしないよね」
 この機会に何か買ってあげても良いかも。
 そう思い立って、服屋さんを中心に見て回っていた。
「あ、待って。こっちの動物パーカーも素敵だよね」
 着ぐるみ屋さんとその隣、動物パーカーのお店を見て真剣に悩む。
 パーカーにはいろいろな種類があり、ねこやうさぎといったポピュラーなものから、カエルやペンギン、悪魔など少し異色のものまである。
「セアトくんには羊が似合いそうだよね」
「っていうかな。耳付きパーカーも、着ぐるみも、ないだろ……」
 呆れたような疲れたような口調で言うが、どこがナシなのだろう。
 羊パーカーを着たセアトを想像してみる。
 ――その恰好でお昼寝してたら、きっと似合うと思うんだけど。
 だからアリだよね、と考えつつ、着ぐるみ姿も想像。緑の恐竜でも電気鼠でも、別に違和感はない。
「だから大丈夫だよ!」
「何がだからなんだ、何が」
「きっと似合うし」
「似合うのもどうなんだ。第一着ぐるみなんてどうしろと?」
「部屋着にすればいいんだよー」
 押せ押せでさあどれがいい、と迫っている時、
「あ、紺侍くんだ」
 知り合いの顔を見つけて、迫るのを一時中断。
「紺侍くーん! 来たよ!」
「あ、司さん。楽しんでくれてってるっスか? お隣の素敵お兄さんは?」
「楽しんでるよ! 彼は私のパートナー。セアトくんだよ」
 セアトが軽く頭を下げた。紺侍も名前を名乗り、軽く自己紹介をする。
「パートナーはもう一人居るけれど、今日はお留守番なんだ。また機会があればその時紹介させてね。
 ところで……何か素敵なおじさまの写真とか、手に入ってないかな! ナイスミドルとか。薔薇学のヴィスタさんとかでも良いよ!」
「っあー、ヴィスタさんいいっスよねェ! また撮りてェー……」
「え、あれから撮ってないの?」
 ちょっと前に見せてもらった時は、一枚二枚見かけたけれど。
「最近、前みたいなこっそり撮影は自粛してるんスよ。だからほとんど増えてないんス」
 すんません、と謝られてしまった。残念だけど、それが主目的ではないから「じゃあまた今度!」と固く約束をして。
「って、セアトくん。どうして私たちから距離を取ってるの」
「ドン引きしてるだけだ、気にするな」
「酷いよ!?」
「あとそれを引っ張りたくなるから、自制してる」
「オレの髪? それはダメっス。真っ直ぐ歩けなくなるンで」
「触角……」
「ちょ、なんで指わきわきさせてるんスか。引っ張る気満々になってるじゃないっスか!」
 なんだか収集がつかないことになってきた。着ぐるみ屋さんとパーカー屋さんの売り子さんが困った顔でこっちを見ている。
 ――そうだ。
「ねえ紺侍くん。みんなで服買わない?」
「へ?」
「着ぐるみとかパーカーとか! で、それ着て写メ撮ろうよ!」
「そりゃいい考えっスね。司さんは何を着るんスか?」
「私は耳付きパーカー持ってるし、悩むところだけど着ぐるみかな……! セアトくんは羊パーカーで、」
「って待て。俺がそれを着ることは決定事項なのか?」
「似合うと思うけどなぁ。紺侍くんもそう思わない?」
「セアトさんに羊パーカー……」
 紺侍に話を振ったら、真剣に考えているらしく、数秒黙られた。後、
「イイっスね!」
「だよね!」
 とても良い笑顔で肯定。セアトがため息を吐くが、気にしない。
「というわけで、セアトくんは羊さんに決定! 私は電気鼠っ」
「んじゃオレはこのパーカー……いやその恐竜すげェ気になる……見覚えあるし」
 悩む時間も楽しいし。
 これから、それを着て写真を撮るのだと思うとまた楽しくなるし。
「楽しいねっ」
 司はセアトに笑いかけた。
 セアトはやれやれといった様子で頭を掻いていたけれど、買ったパーカーを渡すと受け取ってくれたし。
 ――なんだかんだ、応えてくれるんだよね。
「ありがとねっ」
「なんでオマエが礼を言うんだ」
「なんとなくー」
 言ったって、嫌な気分になる言葉じゃないし。
 そう思ったんだから言わせてよ。