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リアクション
「大変っスよね…色々と。だから――」
「だから帰りましょう!一刻も早く此処から帰りましょう!大助が大変だって、大助に知らせて、なんとか大助の力を――」
どうやらグリムゲーテとしては、この状況をなんとかしたいらしい。が、気が動転しているのか、言っている事が無茶苦茶だ。
「帰ったって大さんいないっスよ。何せ此処にいるんっスから」
その様子を見ていたルシオンが、大助のモミアゲ(左側)を折ると、グリムゲーテに手渡した。
「まぁ、これでも食べて落ち着くっスよ」
「うん…ありがとう。それにしても、案外美味しいわね、これ。…生意気よ!大助の癖にっ!」
『お…オレの…モミアゲ(左側)…』
声にならない声で泣き、出ない涙を流す大助。が、どうやらそれより心配な事があったらしい。だからこそ、聞こえる訳もない言葉で精一杯の、自分の今持つ不安を呟いた。
『…こいつ等で、本当に大丈夫なのか?』
時刻は昼食時。蒼空学園の中庭では、芦原 郁乃(あはら・いくの)が、荀 灌(じゅん・かん)と二人で、昼食を取っていた。
「ふぅ、お腹一杯!ご馳走様でした。お姉ちゃん」
「お粗末様」
笑顔で返事を返しながら、郁乃が後片付け をしていた。当然、彼女の手製の弁当ではなく、購買で買ったものである為、食器を提げる程度だ。
「私食器片付けてくるから、ちょっと待ってて」
「はい、いってらっしゃーい」
そう言うと、郁乃は二人分の食器をトレーに乗せて片付けに行った。
「はぁ、マビノギオンさんと桃花おねえちゃん、遅いですね…」
郁乃がその場にいない為、独りで呟くかたちになりながら、灌は机に突っ伏した。
「それにしても、平和ですねぇ」
微かに頬を撫でる風に耳を傾けながら、灌はそう続けた。と――
「ただいま。お待たせ」
「おかりえなさい、お姉ちゃん」
食器を片付け終わった郁乃が二人分の飲み物を手に戻ってくる。心なしか、その足取りは軽く、すぐさま自分が今まで座っていたであろう場所へと腰を下ろした。
「どうしたです?お姉ちゃん今日はご機嫌みたいですけど」
「今日はね、デザートがあるんだな」
「良かったですね、デザートはなんですか?」
「実は朝ね、学校に来る途中で貰っちゃったのよ、ティセラから。ほら」
そう言いながら、郁乃はポケットからキャンディを取り出した。
ティセラから貰った飴。やはり綺麗に包装された、キャンディ。
郁乃が買ってきた飲み物を口に含みながら、灌は小首を傾げる。不思議なのもそうだが、何より違和感を覚えての行動だった。
だからだろう、灌は懐から携帯を取り出すと、蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)へと電話をかける。
「もしもし、マビノギオンさん?今お姉ちゃんと中庭にいるんですけど、お姉ちゃん、朝学校に来る途中でティセラさんからキャンディを貰ったらしいです」
電話で状況説明をしている間、郁乃は鼻歌交じりで包み紙を取り始める。
「やっぱり、これって食べない方がいいですよね?…はい、私もそう思うです」
どうやらマビノギオンの意見が灌の意見と合致したらしく、電話を片手に灌が郁乃へと言葉を向けた。無論、その飴を食べるのを待つ様に、と言う制止の言葉。
「ねぇねぇ、お姉ちゃん。それちょっと食べない方がいいんじゃないですか?この前のバレンタインの事も――って、あ…」
どうやら灌の言葉を聞いていたなかったのか、彼女がそれを言い終わる頃には、郁乃は手際よく包み紙を剥がし、キャンディを口に運んでいた。唖然としながらその様子を目の当たりにする。
すると、どこからともなく現れたリボンが見る見るうちに郁乃の体に纏わり、次第に彼女の体が変化していく。
「あれ?これってどこかで――」
そう言い残し、郁乃は等身大の飴へと姿を変えてしまった。
「お姉ちゃん、今度は美味しそうな飴になっちゃったですかぁ…って、ええぇ!?」
驚いた灌が思わず声をあげると、辺りにいた生徒達もキャンディと化した郁乃と、それに驚いている灌へと目線を向ける。
「マ…マビノギオンさん!やっぱりでした!やっぱりお姉ちゃん、今度は飴になっちゃったですよ!」
電話はまだ切れていなかったのだろう。灌は慌てて目の前の状況を電話の向こうにいるマビノギオンへと報告した。
マビノギオンが郁乃と灌の元に現れたのは、それから十数分後である。
「あぁ…主、今度はキャンディですか。少しは疑うって事を覚えましょうよ…」
キャンディに変わり果てた郁乃を前に、思わず溜息を漏らし、がっくりと肩を落としている彼女と、未だに唖然としている灌。
「とりあえず、氷術で固めるのは決まりとして、どこに保存するか、ですよね。まさかこんなに人目に着くところにおいて置くわけにはいきませんし…」
「そうですよ、チョコの時もそうでしたけど、匂いでいろんな人が集まって来ちゃうですし…」
二人が辺りをきょろきょろ見つめる。と、マビノギオンが何かを見つけた。
「荀灌ちゃん、あそこに制服が展示してあるショーケース、ありますよね?」
「ああ、本当だ。ありますね」
「ひとまずあそこに入れるって言うのはどうでしょうか。呪いを解くのはやっぱり、あれでしょうから、まだ時間はかかりそうですし、何よりこのまま主をこうやって置くのは如何なものかと思うので」
「そうですよね、じゃあ、ゆっくり運びましょう」
マビノギオンと灌は合図と共にキャンディと化した郁乃を持ち上げ、ショーケースの前まで運んだ。
2―甚大被害と対策と
ジガン・シールダーズ(じがん・しーるだーず)は散歩の最中である。普段から暇を潰す努力を怠らない彼にすれば、この散歩と言う行為そのものが、ある意味での存在意義にだって成りえる訳だが、そんな彼の後方から、それは恐ろしい勢いでやって来た。
「ますたァァァあー!」
「ん?」
ジガンが声の方へと振り向くと、随分と遠くの方から何かが物凄い速度でもって接近してくるのである。思わず、首を傾げた。
「何だってんだ?ありゃ」
しかし、次の瞬間。彼は一瞬で自らに接近してくる物体の正体を理解する。
彼のパートナーであるエメト・アキシオン(えめと・あきしおん)と、ノウェム・グラント(のうぇむ・ぐらんと)が、それぞれ走ってくるではないか。ジガンは首を傾げたまま、考えた。先行しているエメトに、彼女の後ろを凄い形相で追いかけてくるノウェル。さてはまた、エメトが何かをやらかしてノウェルに追い回されているのか。そんな事を考えながらに傾げていた首を起こしたジガンはしかし、エメトの後ろを懸命に追うノウェルの言葉に再び首を傾げる事となった。
「ジガン!早くお逃げなさい!エメトは――」
ノウェルが逃げろと言う事は、それなりに危険な事が付きまとう。特に、今の状態、彼女がエメトを追いかけながらの忠告であることから、エメトが何かを画策している事は用意に理解が出来る事であり、故に何が何だか分からないままであるジガンも、反射的に体を動かした。
近付いてくるエメトたちと同じ方向を向き、一目散に、脱兎の如く、逃げる逃げる。
逃げて、走って、逃走を図る。が、ジガンの逃走はそうそう長くは続かなかった。
「まぁすたぁァー!そレ以上逃げるト、歩いテル人、殺しちゃーうヨッ!あはははは」
彼女にとっては全てがジガンであり、周りを取り巻く存在は既にどうでも言い存在なのだろう。普段からそう言った類の発言、行動を取る彼女のその言葉は、ジガンの足を止めるには充分過ぎる効果があった。
「エメト、てめぇ…っ!」
「あっははハはハぁっ!止マったトマっタ、ますたートまったァァァッ!」
振り返ったジガンがエメトに目をやった瞬間、彼の体の自由はなくなる。それこそ、何をされたか自覚できぬままに――。
「誰だカ知んナイっすケど、コォンなすテきな物クれるんっすよおおオおォ」
「エメト!そなたと言う奴は…」
「おいエメト、てめぇ何しやがった!」
「あっははハハははハははははハはハハっ!」
エメトの不気味な笑い声を他所に、ジガンは見る見る内に体の組織を変えていく。否、強制的に、本人の意思とは別に、変わっている、と言った方が適切だった。
どうやらエメトは、ティセラが配っている飴を何処からか手に入れたらしい。しかもその呪いの意味をわかった上で、ジガンに食べさせたのである。
「エメト!早くジガンを元に戻すのです」
「嫌だよいやイヤあはハハアハハ!ボクはますたーと一つニナルんだよオオぉ?ねぇ、ますたぁー」
「ふざけた事言ってんじゃね――…」
最後まで言葉を発する事はなく、ジガンは完全に飴となる。それを見ながらエメトは恍惚とした表情で舌なめずりをしていた。
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