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WahnsinnigWelt…行く手を阻み拐かす森

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第5章 乗り越えたい・・・己のトラウマ story3

「ほぅ、現世には封神台とやらがあるのか」
 椎名 真(しいな・まこと)に憑依している椎葉 諒(しいば・りょう)は気に入らなさそうに顔を顰める。
「そんなもの、ナラカに落ちるという自然の摂理をゆがめるだけだ」
「諒にとってはそうかもしれないけど。それがないと十天君を倒せないんだよ」
 諒の中で真が彼に語りかける。
「鑽針釘で貫かないと倒すことが出来なくってね。それがもう、どこにも存在しないから。皆と協力して封神台を作ることにしたんだ。誰かを悲しませて傷つけたり、命を玩具にするやつらなんて野放しに出来ないからね」
「で、そこに閉じ込められたら死ぬってことだな?」
「うん・・・。今まで悪いことをしてきた分のしっぺ返し・・・っていうか。その苦しみを今度は死者となった自身の身で、永遠の苦痛をくらい続けるんだよ・・・」
「何ていうか、ナラカの方が遥かにマシだな」
「ははは・・・。でも邪の存在だけだからね、そこに送られるのは。深い傷を負った善の存在は、封神台の中で傷を癒して・・・復活出来ることがあるみたいだね。それが半年か・・・、1年後か・・・もっと先になるのか分からないみたいだけど」
 奈落人が憑依していると気づかない者にとっては諒の言葉だけ聞こえ、傍から見たら独り言を呟いている奇妙なやつに見えてしまうだろう。
「どっちにしろ、重症をくらって死にかけたヤツしか送られないみたいだな。死んだらそのままナラカへ直行ってわけか、クククッ」
「(はぁ、何がそんなに可笑しいんだか)」
 嬉しそうに笑う彼を見て原田 左之助(はらだ・さのすけ)は嘆息する。
「(善に変わっても死んじゃったら、2度と会えないのよね・・・)」
 ナラカに逝ったかどうかも分からない、妖怪の少女のことを思い出し、ぎゅっと片手を握り締めて胸に当ててた歌菜は瞳から涙を一粒落とす。
「―・・・大丈夫か?」
 顔を俯かせる歌菜に気づき、月崎 羽純(つきざき・はすみ)は彼女の顔を覗き込み、優しく声をかけてやる。
「大丈夫・・・って言ったら、嘘になっちゃうかな。鎌鼬ちゃんが消えちゃって、悲しいのは私だけじゃないもの。でも・・・私がずっと泣いていても、生き返るわけじゃないし・・・。十天君の計画を止めて、彼女たちを封神台に送ることが一番の供養になるからね!」
「あの性格じゃ、反省するなんて天地がひっくり返ってもありえないだろうな」
「話からすると“いい国作ろう鎌倉幕府”ってわけでもなさそうだものね?」
「そりゃそうだろうな。よし、座布団一枚だ」
 カティヤ・セラート(かてぃや・せらーと)の言葉に左之助が、面白そうに“はははっ”と笑う。
「あぁもうっ。同じ道ばっかりで迷子になっちゃいそうだよ。知っている人も研究所を探しているはずだから、ついて行こうと思ったのに。全然誰とも会わないよー・・・」
「トレジャーセンスの反応がまったくないアルよ・・・。―・・・レキ、向こうに人がいるアル!」
「本当!?」
 チムチム・リー(ちむちむ・りー)が指差す方向を見ると、歌菜たちの姿を見つけた。
「うわぁん、やっと魔法学校の生徒に会えた!!」
「レキちゃんも研究所を探しに来たの?」
「またなーんか企んでるみたいだから、ぽーんと砕いちゃおうっかなーと思ってね。ボクたちも一緒に行っていい?」
「うん、一緒に行こうっ」
「ふぅ・・・よかった。こんなところで迷子なんて最悪だもんね」
 歌菜たちと合流出来たレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は、ほっと息をつく。
「もう少し進むと、トラウマの幻影を見せる領域に入るの。惑わされないように気をつけてね」
「分かった、気をつけるよ」
「てことはその先にやつらがいるってことか?」
「えぇ、そうです。それに、迷ったら出られるか分からない場所ですからね」
「なるほどな、そこに目をつけたってことか」
 陣は忌々しそうに彼女が指差す方向を睨んだ。
「わー、何かなこの匂い。美味しい食べ物でもあるのかな・・・」
 スンッと鼻をひくつかせ、リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)は甘い香りにつられてふらふらと歩く。
「リ、リーズちゃん!そっちじゃないわよ。こっちよ、こっち!」
「だって向こうから美味しそうな匂いがするよ」
 ぎゅっと腕を歌菜に掴まれ、香りがする方向を指差す。
「この辺りはね、果物や木の実なんてないの」
「そうなんだ・・・」
 美味しそうな香りばかり漂っているだけで、何もないと知ったとたんリーズは残念そうにしょぼんとする。
「分かれ道か。どっちに行けばいいんだ?」
 諒は歌菜の方を振り返り、どっちに進めばいいか聞く。
「えっと。どっちも道に迷ったら危ない場所なんですけど・・・。右端の方が迷いやすいですね」
「わざわざ迷いやすい道を選ぶとは奇妙な感じだな」
「あははっ、そうですね。でも、人が行き来しやすいところを彼女たちが選ぶはずありませんし」
「そっちからも甘い香りがするよ」
「気をつけて・・・。もうとっくに幻影を見せる森の領域に入っちゃっているから」
 辺りをキョロキョロ見回すリーズに歌菜が言う。
「うーん、ここから見えないかな?―・・・ふぅ、木が密集しすぎて全然分からないよ」
 空から探してみようとリーズは注意深く見回してみるが見つからなかった。
「トラウマを見せるだっけ。特に気をつけなきゃね?」
「そこでどうしてオレの顔を見るんや!?」
 何か言いたげな表情のリーズに見つめられた陣はムッとした顔をする。
「べっつにー。ただ、何も起きなきゃいいなぁって思ってね。ん・・・何それ?」
「何ってオレの頭じゃないか。これがスイカか何かに見えるんかっ!?」
 彼女がケンカを売っているのかと思い、思わず怒鳴ってしまう。
「はぁ〜。ボロ雑巾と同じくらい、そのネタ面白くないし。ていうかそれ以下だよ・・・。よく見てよ、頭の上!」
「笑わそうと思って言ったんじゃないっつーの!―・・・って、オレの頭の・・・上・・・・・・?なっ・・・何じゃこりゃぁあ!?」
 頭の上を見ると、なぜかそこだけに雨雲が発生している。
「あっちいけ、このっ。ふーっ、ふーーーっ!―・・・・・・のわぁあ!?」
 息で吹き飛ばそうとするものの、実体のない雨雲が動くはずもなく、彼の頭上にだけ大雨が降り始めた。
「言った傍から惑わされないでよね!」
「先に行け。ここでもたついている暇はないだろ?幻影を引き受ける・・・と、こいつが言ってる。こいつというか今は俺なんだけどな」
「諒くんが?」
「まぁ、陣が豪雨で溺れてもナラカの人口密度が増えるだけだ。その雨雲をふりきってさっさと行け」
「それならバーストダッシュで!って、ついていくるしっ!?こっちくんなぁああっ」
 天敵のようなトラウマをふりきろうと、陣はギャアギャアと喚きながら爆走する。
 全力疾走の末にようやく雨雲をふりきり、もくもくと発生したままの雨雲は執念深く陣を探し回っている。
「歌菜。後から追えるように、道に目印をつけておいてくれ」
「分かりました。紙に矢印を書いておきますね」
 追いつくための目印を残してくれという諒に歌菜が頷く。
「さて・・・陣のトラウマは・・・。―・・・いないぞ、どこにいったんだ?」
 さっきまでいたはずの雨雲がいつの間にかいなくなり、諒と左之助だけがぽつんと取り残された。



「はぁー・・・。ここまで来ればもう追って来ないよな。さってと、進むとするか・・・って、しつこっ!?」
 ザァアアアァアーッ。
 陣に追いついた雨雲が再びピンポイントで大雨を降らす。
「にははっ、だいぶトラウマに懐かれているね?仕方ないから助けてあげるよっ」
「イッてぇえ!!」
 金剛力を込めたリーズの指でぎゅむぅうっと腹をつねられても、消えるどころか幻影の雨雲はさらに発達する。 
「幻影のくせにしつこいね。もういいや、気絶させようっと」
「ちょ・・・、待て。マジでやめて・・・リーズ!!―・・・・・・へぶしっ!!」
 ドゴォオンッ。
 腹に金剛力のパワーを込めたままのパンチをくらった陣は失神し、気を失ってしまった。
「―・・・よし。幻影が消えたね」
「惨いよ、惨すぎるよ・・・」
 雑草に埋もれている陣に、レキが哀れみの眼差しを向ける。
「重そうアル、チムチムが運ぶアルカ?」
「うん、お願い」
「男の子はこういう扱いで十分ネ。トラウマを乗り越えるメンタルを鍛えなきゃいけないアルヨ」
 リーズの代わりにチムチムが陣を物のように運ぶ。
「近くに何かいるわ。私たちを狙っているみたい・・・。敵の生徒や魔女かしら、それとも幻影・・・・・・?」
 超感覚で耳を澄ませた歌菜は息を潜め、自分たちを狙う者の足音を聞き取ろうとする。
「カティヤさん!」
「そこねっ」
 禁猟区のエリアにかかった者を見る歌菜の視線の先へ飛び込み、バーストダッシュでいっきりに間合いを詰めようとする。
「―・・・皆、・・・・・・伏せろっ!」
 突然、崩落する空の光線が降り注ぎ、羽純は歌菜の身体を抱えて草むらへ隠れるように転がる。
「きゃぁあっ!?」
 爆風に飛ばされたカティヤが雑草の上に突っ伏す。
「何・・・どうしてこんなところにドッペルゲンガーが・・・?」
 もう1人の羽純の姿を見たレキが目を丸くする。
「ここは闇世界じゃないアル。きっと幻影アルヨ!」
「あれは・・・・・・昔の俺だ」
 チムチムの声にそれが何なのかやっと理解した羽純が、ぽつりと小さな声音で言う。
 ただの兵器として扱われ、味方以外は全て敵だとしか認識していない過去の自分を見据える。
「あれが・・・昔の羽純くんなの?」
「知らないやつらばかりだ。だったら全部、殺していいな」
「止めろ!」
 歌菜たちに刃を向ける過去の幻影に対して叫ぶように声を上げるが、まったく見向きもされない。
「動かずに死を待つか?なら、さっさと死ね」
「―・・・・・・。(これが、昔の俺の姿・・・。こんな・・・生きていないような顔をしていたのか?)」
 ただ身体だけ動いているような生気のない、暗い瞳の自分の姿に驚愕し、傍にいる恋人を守らなければいけないのに動けない。
「(幻影ならさっさと片付けるアル!)」
 光学迷彩で姿を隠したチムチムが幻影に向かって機関銃を撃ち鳴らす。
 しかし殺気看破で察知され避けられてしまう。
「悪いけど、貴方、私の知ってる羽純じゃないわ。とても不愉快よ」
 カティヤは弾丸で舞った土煙に紛れ、過去の彼に向かって爆炎波を放つが、彼の手首を掠っただけだった。
「(浅かったみたいね)」
 氷のような表情をまったく変えない相手を睨みつけ、彼女は悔しそうに舌打ちをする。
「歌菜!羽純!これは違う。こんなのは『羽純』じゃない。貴方達なら、分かるでしょう? 羽純はそこにいるたった1人。迷う必要なんてないわ」
「・・・仮にも『俺』に向けて・・・容赦ないヤツだ」

 彼女に檄を飛ばされ我に返った羽純が小さく笑う。
「―・・・っ」
 崩落する空の光線をくらいながらもカティヤはバーストダッシュで突っ込み、ソニックブレードの狙いをわざと外す。
 その僅かな隙を狙い、羽純と歌菜の刃が幻影に術を使わせる間を与えず仕留める。
「・・・さよなら、哀れな『俺』。俺は・・・幸せになってみせる」
 砂のように崩れサラサラと消えていく幻影に向かって、羽純は過去より今を生きていくと言う。
「『貴方』は私が幸せにするよ」
 歌菜の方は、彼の過去の幻影と今の彼に対して、変わらない気持ちを約束した。



「結構離れたみたいだな。この矢印の方向に進めばいいのか?」
 諒たちは仲間と合流しようと、歌菜が残した目印を頼りにたどっていく。
「雨雲の騒動はいつものお笑いオチだろうけど。他のやつらのトラウマが、どんなものか分からないからな」
 早く合流しなくてはと左之助は足早に進む。
「それにしても、ドッペルオメガは自由に動き回れるのか?俺と違って憑依する必要もないみたいだし、羨ましいもんだ」
 奈落人は誰かに憑依しないとこの場にはいられないため、まだ一時的とはいえドッペルゲンガーの森から抜け出せる彼女が羨ましく思えた。
「しかもずっとここに留まれるように、他のやつらが何か考えているみたいだしな。まぁ、俺も憑依しっぱなしなら自由に動けるが・・・」
「(そんなことしようもなら、香水をぶっかけて引っぺがしてやるけどな)」
 ずっと憑いたままでいてやろうかという彼をちらりと横目で見た左之助が、心の中でぼそっと呟いた。
「はぁ・・・だいぶ歩いたはずだが。まだ先なのか?」
 前世の記憶のある英霊の彼に対して劣等感からか、まったく会話しようとせず、退屈そうに独り言を続ける。
 よりによってどうしてこいつと2人きりなのか、今更ながら後悔し始めてしまった。
「何だこの匂い・・・。甘い匂いになんか・・・焦げ臭い匂いが混じったような・・・」
「諒・・・もしかしたら、歌菜さんが言ってたトラウマの幻影が近くにいるかもしれない。俺と代わろう!」
「―・・・・・・っ!?」
 シュボォオオオッ。
 突然、周囲を炎で囲まれた諒は慌てて逃げ道を探す。
「自然発火じゃないな、いったい誰がこんなことをっ。―・・・こいつの仕業か!?」
 逃げ惑う彼を狙い、炎の怪物がクケェエエエッと鼓膜を破りそうな大声で鳴く。
「くぅっ、うるせぇっ」
「何だこりゃ!」
 2人はたまらず両手で耳を塞ぐ。
「炎・・・・・・。―・・・うっ」
 死因となったものが何かを護るために受けとめた炎で、それが目の前の怪物なのかすら何も覚えていない。
 その時に負った火傷に手を当て、小さく呻き声を上げる。
「早く代わって、・・・諒!」
「ちっ、仕方ないな・・・っ」
 真に言われ諒はしぶしぶ意識を交代する。
「とにかくここを離れなきゃ、2人とも丸焦げになっちゃうよ」
 ナラカの蜘蛛糸にアルティマ・トゥーレの冷気を纏わせ、鞭のように振り左之助と共に炎から逃れる。
「まだ追ってくるっ。人の手が加えられていない森じゃ、砂の多い場所なんてなさそうだし。かといって水気の多い場所を探している暇もないな・・・」
 どうやって怪物を倒したらいいのか考え込む。
 その時、どこからか“また役立たず・・・。何も出来ない、ただのお荷物・・・”と、真を罵倒する言葉が聞こえてきた。
 “役立たずに居場所なんてない。何も守れない無力なやつ、消えろ消えろ消えろ消えろ、さっさと失せろ目障りだ。”
 真を嘲笑うように声だけが響き、だんだんと声だけ近づき耳元で囁かれ、姿を現した顔も知らない者たちに自己否定される。
「おい真、もういい。代われ!」
「だけど・・・まだ怪物の幻影を倒していないんだっ」
「精神攻撃に耐えながら倒してくれるっていうのか?それならそれで、俺は楽だけどな」
「うん・・・何とか頑張ってみるよ」
「―・・・〜っ、あぁまったく。退屈だから代われって言ってるんだ」
 このままだと真が耐えられそうにないからという本音を隠し、暇つぶしだというふうに言う。
「話し合ってる場合じゃないだろ!その幻影をどうにかすることだけを考えてくれっ。このままだと研究所に着く前に、バーベキューになるぞ」
「困ったな、どうしたらいいんだ・・・」
「悩んでるんだったら俺が倒してやろうか?」
「ここは兄さんに頼るしかないのかな・・・。―・・・にっ兄さん、薬莢の匂いがするよ。誰か狙っているのかもしれない、気をつけて!」
「何だと?―・・・・・・っ!?」
 草陰から鉄砲で狙撃されそうになり、慌てて飛び退く。
「ちっ、俺の苦手なものまで出てきたようだな」
 怪物だけでも厄介な上に鉄砲で狙われてしまうと、精神攻撃に耐えながら逃げ惑う真を助けてやれない。
「気合いの・・・一・・・・・・おわっ!?くそっ、なんて邪魔くさい炎だ!」
 狙撃兵を倒そうとすると怪物の炎で遮られ、実体化した幻影に苦しめられる。



「これだけ広いと、やっぱり厳しいですね」
 左之助たちが幻影に苦しめられている頃、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)たちもそのエリアへ踏む込もうとしている。
「もう3時間以上は歩いている気がします・・・」
 さすがに疲れてしまったのか紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)は足をさする。
「少し休みましょうか?あまり無理しすぎるのもよくありませんし」
「いえ、大丈夫です!」
「ちょっとだけ休みましょう。1日でたどり着けるのかも分かりませんからね」
 彼女が転んで怪我をしたりしないように気づかい、背の高い草を丸めてクッション代わりに座り休憩を取る。
「それに見回りをしている魔女もいるでしょうし。疲れきっていてはまともに動けませんからね」
「―・・・そうですね、分かりました。ちょっとだけ休んだら、また頑張って歩きましょうね」
 遥遠も少し休もうと、とすんっと草の上に座る。
「結構、奥の方へ進んだんでしょうか?日の光がほとんどありません・・・」
 辺りを見回し肌寒そうに、手に息をかけて温める。
「春といってもまだ寒いですし、夕方になってくるともっと冷えそうです。風邪なんてひかないように、気をつけませんと」
 彼女よりも寒さに耐えられるからと、自分の上着をかけてやる。
「え・・・っ。これじゃあ遙遠が冷えてしまいますよ?」
「これくらいは慣れていますからね、全然平気ですよ」
「ありがとうございます・・・っ」
 かけてもらった上着の端を握り、嬉しそうに微笑みかける。
「何でしょう、この香り・・・。どこかに果実でもあるんでしょうか?」
「さぁ・・・どうでしょうね。さっきからそれらしいものは見当たりませんけど。仮にあったとしても、毒があるかもしれませんから。食べないほうがいいと思いますよ?」
「とっても美味しそうな香りがするんですけどね・・・」
「確かに・・・適度な栄養はとっておいたほうがいいでしょうけどね。さすがにこの辺りは遙遠たちも来たことがありませんし。魔法学校の生徒でも毒があるかないか、見分けるのが大変かもしれません」
「そうですね・・・。ちょっと残念ですけど、諦めます」
 上着を貸してもらったお礼に探して来ようと思ったが、止められてしまい遥遠はしょんぼりと俯く。
「―・・・何だか他にも匂いがしますね?これは・・・鉄が錆びたような、何だかいやな感じがします・・・」
 甘い香りに混じるその異臭に遥遠が顔を顰める。
「もしかしたら、血の匂いかもしれませんよ」
「傷を負った誰かが近くにいるってことでしょうか?」
「えぇ、おそらくは・・・」
 遙遠が口元に片手を当てて考え込んでいると、どこからか子供の騒ぎ声が聞こえてきた。
「こんなところに子供が・・・?」
「何だか妙ですね。魔法学校からかなり離れていますし。何時間もかけて遊びにくるような場所じゃありませんよね」
「だんだんこっちへ来ているようですよ。―・・・この子供の声、どこかで聞いたような気がしますけど」
 いったい何時、どこで聞いたのか思い出そうと、遙遠が記憶の中から探そうとする。
 その声音は悲鳴のようにも、怒っているようにも聞こえた。
 黒髪の少年と少女は大声で騒ぎながら遙遠たちのところへ走り、2人を囲むようにバタバタと駆け回る。
「遙遠に何したんですか!もしかして遙遠を傷つけようとしたんですね!?」
 実体化した幼い頃の彼は彼女と契約した時、それが何なのか理解出来ず、互いに敵だと思ってしまい殺し合いをしている。
「―・・・遙遠は死にたくないっ」
「いやっ、遥遠も死にたくないです!あなたが死んでくださいっ」
 ビシュゥウッ。
 互いの腹を斬り、青々とした草木に血が飛び散り真っ赤に染まる。
「ぁっ、・・・うぅっ」
 今すぐにでも幻影の傍から逃げ出したがったが遙遠を残していけず、それどころか腹部の古傷がじわりと痛みだし、動くことが出来ない。
「―・・・くぁっ」
 幼い自分たちが傷つけ合う姿を勅旨出来ず、彼も傷跡が痛み始め苦しそうに呻く。
 その頃を切欠にパートナーが深く傷つけられたら、痛みを感じるようになった。
 互いの繋がりを感じることが出来るようになったのだが、敵だと思い込んで傷つけ合った過去はやっぱり忘れ去りたい。
 否定したほどの消したい過去の過ちなのだ。
「全て砕け散ってください・・・それ以上、過ちを犯さないで・・・。お願いだから・・・消えろ・・・っ!」
 絶対闇黒領域で闇の化身となり、ブリザードの猛吹雪で幻影の子供たちを氷像のように凍らせる。
 パキキキッ。
 森の植物まで凍てつかせ、魔力が空っぽになるまで放ち続ける。
「何か急に寒くなったような?」
 炎の怪物や罵倒する幻影から逃げている真が通りがかる。
「うっ、うわぁあ!吹き飛ばされるーーーっ!?」
「幻影の次ぎは吹雪か!?いったいどうなってるんだ、この森は!!」
 真と左之助はブリザードに巻き込まれ、幻影ごと草むらへすっ飛ばされる。
 ヒュォオオオオッ。
 赤々と燃えていた炎の怪物があっけなく吹雪に消され、真を罵倒していた者や左之助を狙っていた狙撃者が氷像のように固まった。
 遙遠の魔力が尽き、彼が倒れてしまった頃、荒れ狂っていた吹雪がようやく納まった。
「この吹雪って、もしかして遙遠さんかな?―・・・・・・ぁっ」
 小さく声を上げた瞬間、諒に憑依されてしまった。
「悪いな、まだこっちにいたいんでな。―・・・な、何だこの寒さは!?」
「吹雪の魔法でちょっとした銀世界が出来上がったみたいだ。まぁ、魔法だからすぐに消えるけどな」
 寒さで震える彼を見ずに左之助が独り言のように言い、へらっと笑った。