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七つの海を越えて ~キャプテン・ロアは君だ~

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七つの海を越えて ~キャプテン・ロアは君だ~

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第8章「最後の海」
 
 
 『アークライト号航海日誌 8日目?』
 
 とうとう『最後の海』か。
 他の船とはぐれちまったが、最後だからこそこの船だけでって事かな。
 まぁ物語が終われば前の海に残された奴らも元に戻るだろ。
 最後の海には海竜がいるって話だが、どうも他にもいそうだな。
 今まではこっそり働いてたけど、そろそろ前に出るとするか。
 物語は円満に終わらせてやらないとな。
 
 ――アークライト号船員 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)――
 
 
 
 
 船の墓場と呼ばれる『最後の海』。
 そこには幾多の冒険者達を海へと飲み込んだ竜がいるという。
 その海に今、やって来る者を待ち受ける形で存在する者達がいた。
 
「なるほどねぇ。つまりここは『キャプテン・ロアの航海』の最後に航海する場面って事かな」
「はい……原作、読んだ事ありますから……でも、時々聞こえる声だと、結構展開が変わってるみたいです……」
「おじさん達みたいに他にもこの世界に来てる人達がいるって事だねぇ」
 多くの船が沈没、座礁し、その破片が所々に浮いている船の墓場。そこで松岡 徹雄(まつおか・てつお)アユナ・レッケス(あゆな・れっけす)からこの世界についての話を聞いていた。
「参ったねぇ。おじさん現実でのお仕事があるから早く帰りたいんだけど」
 徹雄が頭を掻く。彼は本業として清掃員の仕事をしていた。その『表』の顔をした今の状態は気のいいおじさんとしてのんびりとした雰囲気を醸し出している。
「で、今の話を聞いてどう思ったんだい? 竜造は」
「へっ、せっかくこのおっさんがいるっていうのにつまらねぇな……」
 すぐそばに立っている白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)が舌打ちをする。彼の視線の先には同じようにこの世界に巻き込まれた三道 六黒(みどう・むくろ)がいた。
 竜造は命を懸けた殺し合いを好む人物である。そして強大な『悪』として立ちはだかる六黒はその殺し合いをする相手として申し分の無い強者だった。だが、それはあくまで現実世界での話だ。
「こういう野郎とこんな世界でケリをつけるなんざ勿体ねぇ。楽しみは元に戻るまで取っておくぜ」
「ぬしの戦いを求めるその気概、変わらずか。良かろう、この物語が終焉を迎えたならば、その時は今一度剣を交えてくれようぞ」
 六黒が前を見ながら言う。その視線の先には六隻の船が浮かんでいた。
「物語を終える為、六つの海を越えし者達がここへとやって来る。ならばわしはその者らに終焉を与えし者として立ち塞がるまでよ」
「終焉……な。いいだろう、おっさんと殺り合わないからってじっとしてるのも性に合わねぇ。せいぜいそいつらと楽しませて貰おうじゃねぇか」
 二人が剣を抜き、船へと向かう。これから来るアークライト号の者達へ絶望を与え、そして心の強さを問いかける為に――
 
「静かで、良いです……雰囲気は、ちょっと怖いけど……」
 竜造達が船へと行ってしまったので、アユナは小型飛空艇で海を見回っていた。せっかくだから少しでもこの世界を楽しみたいと思っての事だ。
「トモちゃんは、さすがにいないかな。トモちゃんと一緒に飛びたかったな……」
 その時、眼下に船を発見した。それだけなら船の墓場としてはおかしくないが、その船は普通に航行している。
「誰か、いるのかな……? 怖いけど、ちょっと見て、こようかな……」
 飛空艇の高度を下げる。幽霊船のようなその船にはアンデッドの姿をした船員と、二人の男がいた。
「おや、貴女もこの私の教えを受けに来られたのですね。宜しい! この不思議な世界に迷い込んだ子羊達を! 私が! 救世致しましょう!」
「ひっ!?」
 やたらとハイテンションな男、シメオン・カタストロフ(しめおん・かたすとろふ)の勢いに思わず怖気づく。その横では天真 ヒロユキ(あまざね・ひろゆき)がため息をついていた。
「あー、やっと話が通じそうな奴に会えたか。なぁあんた。一体何でこんな状況になってんのか知らないか?」
 
「……本の世界、ね。道理で変な所にいる訳だ」
 アユナから話を聞き、ヒロユキがようやく合点がいったと頷く。ちなみにアユナはシメオンのテンションに怯えて柱の陰から少しだけ顔を覗かせている。
「いつの間にか変な宝石も持ってるし、俺にそいつらと戦えって事かね……仕方ない、面倒くさいしちょいと癪だが、元の世界に戻る為に役になりきって暴れさせて貰うか」
 
 
「皆、大丈夫か?」
 光に巻き込まれ、『最後の海』へと転移したアークライト号の甲板で篁 透矢が辺りを見回す。どうやら怪我をした者などはいないようだ。
「問題は無い。だが、どうやらこちらへとやって来たのはアークライト号だけのようだな」
「あぁ。他の船は前の海に残されてしまったらしい。無事だと良いのだが……」
 白砂 司(しらすな・つかさ)エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が冷静に状況を思い出す。他にも島で住民の避難や敵との戦闘を行っていた者など、何人かはアークライト号への帰還を行う事が出来ていないようだった。
「仕方あるまい。戻る事が出来ない以上は前へと進むだけだ。これが物語である以上、読者に希望を与える為には主人公達が退く訳にはいかないのだからな」
「そうだな。まぁあいつらを助ける為にも、さっさとこの海の宝玉を手に入れる事にしよう」
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)と唯斗が前向きな意見を口にする。
 すると、まるでこちらの準備が整うのを待っていたかのようなタイミングで小型飛空艇に乗った葬歌 狂骨(そうか・きょうこつ)が現れた。冥府の瘴気により禍々しい雰囲気を持っているものの、特に何かをしてくるという訳では無い。
「よく来た。数多の海を越えし者達よ……」
 狂骨が六黒のパートナーであるという事を知っている者達が警戒をする。それに対し、狂骨は飛空艇を反転させると、まるで亡者を連れて冥府の河を行くカロンのようにゆっくりと進みだした。
「安心せよ。我に戦いの意志は無い。今の所、ではあるがな」
「……行くしかあるまいな。あの者が待ち受けているのであれば、恐らくこれが最後の戦いになるはず」
 ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)が舵を握り、前を行く飛空艇を追う。やがて朽ち果てた船が数多く眠る海域に近づくと、そこには六黒や竜造だけでは無く、シメオンとヒロユキの乗った船も来ていた。
「おいおい、こいつはまた随分と多いな。最後だからってちょっと奮発し過ぎじゃないかねぇ」
 唯斗のつぶやきももっともだ。本来この海域には船を沈める海竜がいたはず。だが、その姿が見えない代わりに待ち受ける多くの者達。これまでも原作の流れを越える展開になる事が多かったが、それは最後まで変わらなかったようだ。
「ここぞ物語の終着点。その結末を作ろうとせんとする者達よ、ぬしらの求める結末とは何ぞ」
「結末、ですか。それは勿論、この物語を読んだ人が空想の世界に思いを馳せるような冒険譚。その終わりに相応しいハッピーエンドです! その為に私達はここまで航海を続けてきたのですから」
 ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)が六黒の言葉に答える。それは希望を抱く者に相応しい言葉。だからこそ、六黒はその覚悟を試す為に絶望を突きつける。
「夢を見、そしてそれを追いかける……だが、その先に幸福な結末のみが待ち受けていると何故思う? 夢の先には終焉のみが待ち受けている事もあろう物を」
 すぐそばの残骸を指差す。それは夢を追い求めた末に海の藻屑となった者達の末路。そして、その中には――
「む、あの太陽と翼の旗……まさか、エル・ソレイユか!?」
 少し前に見たばかりの物を発見し、驚くエヴァルト。
 それだけでは無い。クイーン・アンズ・リベンジ、ヘイダル号、リヴェンジ、アストロラーベ、そしてスカーレット・ミスト号……これまで共に航海を続けてきた僚艦の成れの果てがそこにはあった。
「馬鹿な! 彼らは前の海で戦い続けているはず。ここにその姿があるはずが無い!」
「まやかしか、この世界特有のご都合主義による産物か……どちらにしろ、本物では無いだろうな」
 司の言う通り、これは本物の姿では無い。だが、物語の結末としては当然有り得るもう一つの未来でもあった。
「この結末をどう思う。悲劇か? だが、これもまた幸福な結末と言うものだ。海には静寂が訪れ、この地に住む海竜は平穏を脅かされる事が無くなる。そう、ぬしらの旅路の陰に散る者を生み出してまでも夢を追う。その覚悟がぬしらにはあるか?」
「私達の目的はこの航海を終える事。決して貴方がたと戦う事ではありません。ですが、その航海を終える為に立ち塞がるというのなら、キャプテン・ロアに成り代わった私達は決して退きはしません!」
「全てを綺麗事だけで済ませる事は出来ない。時には他者を踏みにじり、打ち倒す必要もあるだろう。だが、その先に待つのが『読者』の望む物であるならば……俺はその壁を打ち砕いてみせる」
 サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)とレンが前に出る。ノアの言うハッピーエンドを迎える為に、そして相対する者と決着をつける為に。
 ならば後はその証を。狂骨は案内人の役割を演じる者として、普段よりも饒舌に喋り始めた。
「ここは良い。全てが終わり、そこで完結している安寧の場所だ。永き旅を続けし者達よ、その航海、これ以上どこへ行けると言うのだ。さぁ、この物語に終止符を打ち、永遠の安らぎを得るが良い。そう、永遠にな……」