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アグリと、アクリト。

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chapter.9 実験結果(7)・ゲームと暴走 


 間もなく夕方になろうという頃。
 みなとくうきょうはまだ人で賑わっていた。大分日も長くなり、まだまだ空は明るい。みなと公園にある広場では、八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)とパートナーの港町 カシウナ(みなとまち・かしうな)が並んで歩いていた。
「あー、バイト中ツイッターなんてするんじゃなかった。いきなりクビにするなんてあの店長、マジ職権乱用もいいとこだよ。このへんで何かいいバイト募集してないかな」
 先日バイト先でクビを言い渡された優子は、どうやら新しい仕事を探してここに来たようだ。とりあえず経験を生かして飲食店系かな、なんてことを考えていた彼女は、さっきから隣のカシウナがまったく喋っていないことに気付いた。
「そういえば、カシウナはなんかバイトやんないの?」
 何とはなしに、優子は尋ねた。と、カシウナはぴたりと歩みを止め、何やら真剣な表情を浮かべた。少しの沈黙の後、彼女はおもむろに語り出した。
「今まで黙ってたけれど、実は私、人々を青き清浄の地に導く使命を持ってるの」
「……は?」
「今まで黙ってたけれど、実は私、人々を青き清浄の地に導く使命を持ってるの」
「いや2回も言わなくていいから」
 どうやら彼女は、細胞を活性化した結果、自分の存在意義でありうっかりないがしろにしていた性質を覚醒させたようだ。「青き衣をまとい、金色の野がどうたらこうたら」という予言があっただのなかっただのと言っていた、救世主であるという存在意義を。しかし、それは端から見たらただの危ない人でしかなかった。
「というわけで、大地と人々を救わないと」
「……アホだ」
 何か悪いものでも食べたのだろうか。優子はちょっと冷めた目で彼女を見た。しかしカシウナは、すっかり救世主スイッチが入ってしまっていた。
「優子も、バイトなんて放っておいて世界を救おう」
「やらねーし」
「なんて、ぐうたらな! それを弱さと名付けるわよ?」
「どっかで聞いたぞその言葉」
「汚くても、愛であるなら願わずにはいられないのよ?」
「それ言いたいだけだろ! てかそんなにあの依頼参加したかったのかよ。残念ながらこんなしょうもない単発依頼で世界とか救えないから」
 至極まともなことを言ったはずの優子だったが、カシウナはかわいそうな目で彼女を見つめた。
「……あなたは何を怯えているの? まるで迷子のキツネリスのようよ」
「何だよキツネリスって! どっから出てきた」
 どちらかと言うと、かわいそうなのはカシウナの方である。もはや完全に独走状態のカシウナは、公園そばに停めてあった優子の小型飛空艇に走り寄ると、勝手にそれに乗り込んだ。
「もう時間がない、行こう、メーヴェ。青レンガ倉庫まで持てばいい」
「それメーヴェとかじゃなくて私の乗り物だから。まず聞けよ、人の話を!」
「カフェもレストランも洋服屋も、私大好きだもの。私は諦めない!」
「……さては普通に買い物したいだけだろ。とりあえず私の飛空艇返せって、あ、おい!」
 追ってくる優子を振り切り、カシウナはそのまま空へ飛び立ってしまった。



 公園内の、開けたエリア。
 カシウナが空を飛んだのと時を同じくして、日下部 社(くさかべ・やしろ)はふらふらと園内を歩いていた。
「んー……やっぱりそう簡単に相手は見つからんなあ……」
 そうぼやく彼の手には、カードの束が握られている。どうやら彼は、最近夢中になっているカードゲームで誰かと対戦したかったが、その相手を見つけるのに苦労しているようだった。
「もうこの際、デュエリストやなくても、ゲームが好きそうな人やったら誰でもええんやけどな。とりあえず楽しささえ知ってもらえたら、仲間も増えるはずなんや」
 ゲームが好きそうな人、もしくはゲームをやりたがっていそうな人は……と社が注意深く辺りを見回すと、自分と似たような雰囲気の少女をひとり、見つけることに成功した。
「ははーん、さてはあの子も、俺と同じように困っとるな」
 早速、少女の元へと駆け出す社。彼がそう判断したのは、その少女が手持ち無沙汰な感じでキョロキョロしていたからだった。
「やぁ、そこの君! ちょっと俺とデュエらへんか?」
 怪しげな誘い文句で、声をかける社。「え?」とそれに反応して振り向いたのは、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)だった。彼女もまた、遊び相手を求めてうろうろと当ても無くさまよっていたひとりであった。契約者の影野 陽太(かげの・ようた)がナラカに行っているため、暇を持て余してしまったのだ。
「デュエル? デュエルって?」
 きょとん、とした顔で、ノーンが聞き返す。
「デュエルってのは、ゲームで勝負することや! 勝っても負けても恨みっこなしの、熱いバトルのことや!」
「ゲームで、たたかう、ってこと?」
 こくり、と頷く社。それを聞いたノーンは、純粋な瞳でもう一度、質問をした。
「じゃあ、それをやったら、わたしと麻雀してくれる?」
「ま、麻雀!?」
 よく見ると、彼女は小さな腕に麻雀牌を抱えていた。少し考えてから、社はグッと親指を立てた。
「ええで! 遊ぶものは、いっぱいあった方が楽しいもんな!」
 ということで、無事社とノーンの契約は成立した。互いにゲームの内容を教え合い、最初はカードゲームから始めることにしたようだ。
「さあ行くで! まずは『ぞうさん』を攻撃表示で召還した後、カードを一枚伏せてターンエンドや!」
「えっと、えっと。じゃあ、わたしはこれを場に出すね!」
 言って、ノーンが手札から出したのは、永続トラップカード、『ケージ番人 カンソス・レーガナイゾ』であった。
「んーと? これが場に出ている限り、マスター族のカードはテンションが下がる……だって!」
「なっ、いきなりそんなもんが出るんかいな!?」
 社は自分が出した『ぞうさん』を悔しそうに見る。もうぞうさんは、攻撃する気力をすっかり失っていた。
「てことは、このカードもこのカードもあかんか……く、せやけどこんな時のために、新しいカードをいっぱい手に入れてきたんや! 負けんでぇ!」
 社は気合いと共に、新たなカードを出す。
「エッシ族、『ユキイル・コマッツォ』を召還や! さらに、コンビで魔法カード『あるあるway』を発動や! このカードが場に出た時、あるあるネタをひとつ出す度にエッシ族の攻撃力がアップするんや!」
 そして社は、早速そのネタを捻り出した。
「この世界の国や舞台は、なんとなく発音しづらい!」
 ユキイルの攻撃力が、少しアップした。
「うー、なんかたくさんカードが出てきたよ……じゃあ、わたしは『ヒヴィ・ア・ラッタ』を手札から墓地に送って、さらにビリビリに破くことで、『カノッサの侮辱』を召還するよ! このカードが場に出ると、カノッサが色んな人を侮辱するんだって!」
 逆に侮辱されそうなネーミングと効果だが、そこはカノッサとやらの心の広さに期待したいところである。カノッサすいません。あと他の人もすいません。
「それで、ええんやな?」
 場の状況を見た社が、にやりと笑った。その表情で、ノーンも失策に気付く。
「あっ、そっか、これ……」
「そう、それはマスター族カードや。策士策に溺れるとはこのことやな。さあ、攻撃や!」
 社のカードが、無防備なノーンを襲う。そして一気に、彼女はライフポイントを失った。
「うー……」
 がくりとうなだれるノーンに、社は勝利宣言をする。
「お嬢ちゃんの負けや……覚悟は出来とるな? さあ、罰ゲームや!」
 と、言ったはいいものの、こんないたいけな子に酷いことは出来ないと、社は軽くしっぺをしておしまいにした。
 次は、ノーンの遊びに彼が付き合う番である。
「麻雀! 麻雀!」
 途端に、テンションが上がるノーン。が、ここで社が問題に気付く。
「けど、ふたりしかおらんで? どうするんや?」
 そう、麻雀とは、4人で遊ぶものなのだ。ふたりはとりあえずマットと牌を出し、準備だけはしたものの、そこからどうすべきか分からずにいた。と、その時。丁度運良く、数人の生徒が彼らのところへやってきた。
「ねえねえ、何してるの?」
 そう絡んできたのは、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)、そして美羽のふたりのパートナー、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)だった。
 どうやら、先程からはしゃいでるふたりを見て「なんか面白そうなことしてる」と興味を持ったらしい。
「お、丁度ええとこに来てくれたな! 今から麻雀しようって話だったんや! 良かったら、混ざっていかへんか?」
「あんまり詳しくないけど、大丈夫?」
 美羽が聞くと、社もノーンも即座に首を縦に振った。楽しく遊べれば、あまりそのあたりは気にしないようだ。
「ふたりは、どうする?」
 美羽が振り返り、ベアトリーチェとコハクに聞く。
「ぼ、僕は遠慮しておこうかな……」
 麻雀のまの字も知らないコハクが、真っ先に断った。
「じゃあ、ベアトリーチェで決まりだね!」
「え、あ、私もそんなに知ら……」
「いいからいいから! きっと楽しいよ!」
 言いかけたベアトリーチェを、美羽が強引に卓へと引き込んだ。そうして、社、ノーン、美羽、ベアトリーチェの4人で無事対局が始まったのである。

「カン!」
 対局が始まってすぐだった。ノーンが、手牌の一部を場に晒した。4枚の白が、パタリと倒れる。王牌に手を伸ばした彼女は、笑顔で同じ言葉を口にした。
「カン!」
 続けざまに、三萬が全員に晒される。ざわ、と緊張が走る中、美羽が手牌から二萬を切った。
「てことは、これはもういらないってことだよね?」
「カン!」
 それを待っていたかのように、ノーンは手牌にあった暗刻の二萬を倒す。この時点で、確定三槓子である。
「な、なんやこれは……!」
 社の背中に、ぞわっと悪寒が走る。その2巡後、ノーンは美羽から見事ロン牌を打ち取った。
「えーと、さんかんつ、といとい、はく、でまんがんだよ!」
 さすがに四槓子にはならなかったものの、その強運は他を圧倒する力を持っていた。
「ロン! ちゃんかんのみ?」
「ツモ! りーちつも、しょうさんげん!」
 普段あまり見ないようなあがりを連発するノーンに、他の3人は手も足も出なかった。
「イ……イカサマしてたりせえへんよな?」
 つい疑って聞いてしまった社に、ノーン本人よりも美羽が反応した。
「こんな小さい子が、そんなことするはずないよ! 疑ったりしたらかわいそうだよ!」
「じゃ、じゃあ単なる強運なんやな……そういえば、さっきのカードゲームの時もすごい引きやったわ」
 前のめりになった姿勢を戻し、対局に戻る社。しかし、その直後の局だった。彼の切った第一打に、ノーンの声がかかる。
「あ、ロン! これって、れんほーって言うんだっけ?」
「や、やっぱりおかしいわ!」
 がたっ、と思わず社が立ち上がった時だった。突如、背後から小型飛空艇が迫り、社に突撃した。
「う、うおおおっ!?」
 激しい音と共に倒れる社。彼を跳ね飛ばしたのは、先程空へ飛び立ったカシウナだった。上空から彼らの様子を見ていた彼女は、社が暴走しようとしていると思い食い止めようとしたらしい。とんだ勘違いと早とちりである。しかし救世主モードのカシウナは、地面に倒れた社の気も知らず諭すように告げた。
「さあ、森へお帰り。ここはお前の住む世界じゃないのよ」
「まずは謝れよ! あとさらっとひどいこと言うなよ!」
 慌てて追いかけてきた優子が、カシウナを慌てて止めに入る。社は起き上がると、自分に起きたことをゆっくり整理し、「どういうことや」とカシウナに詰め寄ろうとした。が、被害者である彼よりも早くカシウナにつっかかっていったのは、ベアトリーチェだった。
「そんなに暴れては、いけません!!」
 そう叱ると、ベアトリーチェは問答無用でカシウナに拳をお見舞いした。普段大人しい彼女からは、想像も出来ない行動である。それもそのはず、彼女は細胞を活性化した際、「怒ると素手で殴り回る」性質を発芽させてしまっていたのだ。今の彼女は、調子に乗った人たちを懲らしめる仕置き人である。
「大変……怒りで我を忘れているんだわ!」
「他人事か! あんただよ! あんたに怒ってんだから反省しろよ!」
 優子が頭を叩こうとするが、その前にベアトリーチェの二発目が彼女の頭に下る。どう、と倒れたカシウナだったが、すぐにふらふらと立ち上がり、ベアトリーチェに寄りかかるようにして彼女の顔を撫でた。
「ごめんね……許してなんて、言えないよね……」
 それだけを言って、ばたんとカシウナは倒れた。意識を失ったのか、ぴくりとも動かない。とんだやり逃げである。
「こ、これからはベアトリーチェさんを怒らせないようにしよう……」
 惨劇を目の当たりにしたコハクは、怯えきった目で小さく呟いていた。