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chapter.7 実験結果(6)・トイレと誘惑 


 みなと公園で生徒たちがトラブルを起こしている頃、同じ場所ではもうひとつの事件が起きていた。
 公園に設置されてあるトイレ裏。建物の陰になっているため人目につかないこの場所で、危険な実験が今、行われていた。
「……みやねぇ、この怪しい装置はなんだ? ていうか、俺のこの格好はなんだ?」
 パンツ一枚で、謎の機械に体を拘束された武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が疑問を口にする。パンツ一枚、と言っても、そのパンツには携行できるサイズの大砲が腰回りを締め付けるようにセッティングされている。アームストロング砲というれっきとした武器らしいが、かなりギリギリである。もしこれがジョウロだったら、方々から訴えられていることだろう。
「これは、私が最先端テクノロジーで作り上げたビンビンバンバン菊ノ門クンだ」
 ざっ、と牙竜の前に腕組みをして現れた彼のパートナー、武神 雅(たけがみ・みやび)が胸を張って答える。
「な、なんだその怪しげな名前は……」
「二度言わせるな、愚弟よ。ビンビンバンバン菊ノ門クン、だ」
 ゴリラが出たという依頼が出た時に、ついでにあるドクターに診察してもらった時に聞いた単語からインスパイアされたのだと、彼女は言った。
「わ、分かった。名前はもう分かった。で、なんで俺はそのビバ菊クンに拘束されて、パンツ一丁なんだよ」
「教えてやろう。おまえの偏った性癖がどれほどのものか、これから試すのだ」
「偏った性癖? 俺は別にそんなもん……」
「あるだろう! 小さな胸にしか反応しないという、危険な性癖が!」
 もちろん、それだけでは危険とは断言できない。雅が危惧していたのは、もしかしたら彼が胸以外にも、小さきものしか愛せないのではないのかということだったのだろう。余談だが、そういった趣向を持つ者の代表格としてよく挙げられるのが、イルミンスールあたりにいると言われている地球人、レレッツ・キャットミーヤである。
「この機械の方がよっぽど危険だろ! なあ、みやねぇ!」
「私はみやねぇではない。科学と言う名の悪魔に魂を売り渡したただの科学者だ。ゆえに、被験者の訴えになど聞く耳は持たん」
 暴れる牙竜をよそに、雅は機械の説明を続けた。
「この仕組みは非常に簡単だ。各種脳波計測器と愚弟の精神感応により、性的リビドーが正確に計測される。その計測値が一定の基準を超えると、腰からぶら下げたアームストロング砲が自動的に発射されるというわけだ」
「……要は、俺が興奮したらこの砲台から弾が発射されるんだろ?」
 ついに観念したのか、牙竜は開き直りにすら思える態度で、雅を挑発した。
「どうせ逃げられないんだ、試したいだけ試してみやがれ! 大きかろうが小さかろうが、俺のあいつへの思いは揺るがないぜ! 男が本能だけで動く単細胞生物じゃないところを見せてやる!」
「牙竜、そこまで言うのならさっき食べたスッポン料理も問題なしですね。ねえ、リリィ?」
「はい、灯お姉様。私もう、この後が楽しみで楽しみで……!」
「その声は……っ!?」
 不意に聞こえてきた声に、牙竜が振り向く。トイレの死角から姿を現したのは、自身のパートナー、龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)リリィ・シャーロック(りりぃ・しゃーろっく)だった。
「お前らもみやねぇとグルか……! 今日に限って変に料理を振る舞ったりするから、怪しいとは思ってたが……!」
 歯ぎしりをする牙竜を、愉快そうに見下ろす灯とリリィ。彼女たちは、雅に協力するため、この世のありとあらゆる精力がつきそうな料理を事前に食べさせていた。
「協力者は、他にもいるぞ」
 3人に囲まれた牙竜をさらに絶望させるべく、雅があっけらかんと言ってのける。次々と襲いかかる危機的状況に牙竜はなけなしの精神を振り絞って持ち堪えていたが、思わぬゲストの登場にそれすら崩れそうになった。
「な……せ、先輩!?」
 驚く牙竜の視界に加わった人物――それは、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)であった。
「男は本能だけで動く単細胞生物じゃない……ねえ。随分大きく出たわね。じゃあ遠慮なく、試してみましょうか」
 トイレの死角から出てきた祥子は、いつもの大学生らしい格好ではなく、お腹や太ももを露出した、派手目の格好をしていた。黄色と黒で彩られたその水着のような服装は、十二星華であり、牙竜の思い人でもある女性のそれと似ていた。
「く……誰がどんなことをしようと、俺は負けないぜ!」
 もはやちょっとノリノリでこの状況を受け入れているのではないか、と疑われそうなくらいの牙竜のテンションを見て、祥子や雅、灯、リリィは一斉に身動きの取れない彼に接近した。
「さて、じゃあお言葉に甘えて、牙竜を興奮させますか……」
 着物をはだけさせ、うなじを覗かせながら灯が右から迫れば、いつの間にか白衣をまとった雅が、左から迫る。それもただの白衣ではなく、バニーガールの衣装を下に着込んでいるため白衣から網タイツが伸びており、官能的な姿となっている。さらに背後からは、リリィがYシャツだけをまとい、ニーソックスをはいた脚をもじもじさせながらうるんだ上目遣いで「おにいちゃん」と呼びかけている。
 そして、とどめとばかりに正面から祥子が、メイドインヘブンとマジカルステージを組み合わせ、癒しと魅了の空間を演出させながら牙竜へと体を寄せる。
「ほーら、普段この衣装はぺったんこな子が着てるだけだけど、たまにはグラマラスなバージョンも良いでしょう? ん? それともこっち? 太もも? 太ももかな?」
 圧倒的な集中砲火を受け、牙竜は早くも脳波計測器の針をぶらし始めた。
「あら、もうさっきまでの強い決意が崩れちゃったの? 愛しい人への思いとは裏腹に、もう発射寸前ね」
 祥子が胸の谷間をアピールしながら挑発する。念のため言っておくが、発射とはアームストロング砲が、である。
 ここで祥子は、ダメ押しとばかりに牙竜へ「その身を蝕む妄執」を仕掛けた。ぶわっと、彼に幻が襲いかかる。四方八方から、古今東西ありとあらゆる巨乳に迫られる幻影だ。大変羨ましい幻影だが、思いを貫こうと踏ん張っていた牙竜にとっては恐るべき攻撃である。
「妄想とたっゆんの海に溺れて沈むのよ! あーっはっはっはっは!!」
 勝ち誇ったように高笑いする祥子。そしてつられるように笑う雅、灯、リリィ。
「胸が、胸が襲ってくるっ……!!」
 そして、対照的に脂汗をだらだらと流し、必死に抗う牙竜。トイレ裏は今まさに、危険な実験場と化していた。何が恐ろしいって、彼らはこれを細胞活性化装置とか関係なく、素でやっていることである。春の陽気とは、人をこれほどまで狂気へと誘うものなのだろうか。
「ふふふ……我輩の力を持ってすれば、そこなおのこを興奮させるなど雑作もないことよ!」
 トイレの死角からその様子をこっそり窺っていたのは、祥子のパートナー、樽原 明(たるはら・あきら)だった。この中で唯一細胞を活性化させた者であり、その発芽させた性質は「女の子を魔女にさせてしまう」というものだった。もちろん種族的な意味ではなく、小悪魔的な意味でのそれである。
「既に魔法少女な祥子は良いとして、あの3人は生まれ変わらせたかいがあったわ」
 生まれ変わらせた……と言っても、実際には「魔女になるためには、牙竜を興奮させるべし」と裏でそそのかしただけなのだが、彼女たちが元々乗り気だったことも手伝い、結果としてこの状況を見事作り出すことに成功していた。
「う……や、やべえっ、出ちまうぜ……っ!!」
 明の陰謀など知る由もない牙竜は、理性と本能の狭間で無謀で孤独な戦いを続けていた。



 その少し前。
 みなと公園を、スキップでも踏み出しそうなほど明るい表情でうろついていたのは、一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)であった。いや、正確に言えば、一条アリーセという肉体だった。つまり、アリーセ本人ではない、ということだ。では、一体誰だというのか?
 その正体は、アリーセのパートナー、リリ マル(りり・まる)だ。どうやらアリーセが興味本位で機晶姫であるリリに活性化装置を使用したところ、彼の「早く人間になりたい」……もとい、「人型になりたい」という強い性質が活性化され、肥大化したその欲望は、アリーセと自身の精神を入れ替えるまでに至ってしまったらしい。そして、人の肉体を一時的にではあるが入手した彼は、リリの体になり動けなくなったアリーセを放置し、公園で人間というものを満喫していたのだ。
「アリーセ殿には悪いでありますが、元に戻す手段がないので今日一日はこの体を堪能……じゃなくて保護するしかないでありますな」
 自分に言い聞かせるように呟き、リリはアリーセの外見のまま園内の散歩を続ける。歩ける、ということが、嬉しくてたまらないのだろう。しかし、ここでリリに予期せぬトラブルが発生した。
「……あ」
 ふと、彼にある気持ちが生まれ、声が出た。ある気持ち。それは、尿意である。
「これは、困った事態になったのであります」
 無論、リリとてアリーセのパートナーである以上、寝食を共にしているため人間が取るべき大抵の行動は把握している。しかし、数ある生活習慣の中で、不運なことにトイレの使い方のみが彼にはインプットされていなかった。アリーセのトイレにまでついていったことはさすがにないためだ。調子に乗って歩き回ったことも災いしたのだろう、アリーセの肉体は血行が程良く促進され、割と今すぐにでも不純物を排泄したい状態になっていた。
「やはり、分からないことがあった時は人に聞くというのが常道というものでありますな」
 悩んだ末、リリが出した答えはそれだった。しかし、見知らぬ人に向かって「トイレの使い方を教えてください」とストレートに聞いたのでは不審者扱いされることは目に見えていた。リリは、そこまで馬鹿ではないのだ。
「そういえば、人間の学生は同性同士で連れ立ってトイレに行く文化がある、と聞いたことがありますな」
 ジャパニーズセイ、連れションである。
 リリはそのことを思い出すと、早速実行に移すべく、辺りをきょろきょろと見回した。すると、割とすぐにターゲットは見つかった。
 彼が近づいていったのは、公園内にあるオープンカフェ、そこの椅子に脚を組んで腰掛け、右手を顎に乗せながらぼんやり外を眺めていた瀬島 壮太(せじま・そうた)だった。その雰囲気はどこか危うい色気を含んでいて、18の少年が持つそれよりも、遥かに魅惑的な空気を放っている。そんな人目を惹くような空気感が、同性のリリすらも引き寄せたのかもしれない。壮太の元まで近づいたリリは、ほんのりと顔を赤らめながら目の前の壮太を見る。壮太は、それを見て心の中で拳を握った。
 随分効果テキメンじゃねえか、と。
「なんだ? オレに何か用かよ?」
 心模様とは反対に、あくまでクールを装ってリリに尋ねる壮太。そう、彼もまた、細胞実験を受けていたのだ。壮太が表出させた性質は、「誘われたら誰とでも寝る」というなかなかデンジャーなものだった。彼からセクシーなフェロモンがぷんぷん出ていたのは、この性質が活性化されたことによる副産物らしい。
 答えを促すように、壮太は口の端を緩ませた。そんな仕草ひとつすら、うっとりしてしまうほど彼は艶っぽかった。が、返って来た言葉は、壮太の思っていたものより上のレベルをいっていた。
「トイレに付き合っていただけませんか?」
「……あ?」
 リリが顔を赤らめていたのは、単純に尿意を我慢できなくなってきたからだったのだ。思わぬ返答に一瞬耳を疑った壮太だが、今のこの状況を落ち着いて理解しようとする。
 オレの目の前に立っているのは、どう見ても女性。そして、フェロモンの溢れているはずのオレ。そのオレに、「トイレに付き合って」と提案してきた。
「ははぁ、なるほどな」
 壮太はそれらのことから、ある結論を導き出した。
 こいつ、誘ってんな、と。
「よしオーケー、分かった。トイレでいいんだな?」
「そ、その通りであります!」
「あります?」
「あ、いや……そ、その通りです」
 慌てて口調を直すリリ。彼にとっての不幸は、入れ替わったアリーセのビジュアルがどこから見ても女性だったことである。壮太はそのままトイレにリリを連れていくと、個室へと押し込めた。
「え、ちょ、これはひとり分のスペースでは……!?」
「いやだって、途中で誰か来たらやべえだろ」
 壮太がチャックを下ろしながら当然のように言う。その空気から、リリは本能的に察する。このままでは、危険だと。
「や、やっぱりトイレは……」
「おいおいここまで来てさよならなんて、淋しいだろ?」
 がっと肩を掴み、服を脱がそうとする壮太。リリはどうにかそれを振りほどくと、一目散にトイレから飛び出した。
「と、とんでもない場面に出くわすところだったであります!」
 壮太から逃げるように走りながら、リリが言う。しかし、彼は直後、もっととんでもない場面に遭遇する。
 彼が連れ込まれたトイレ、そう、ここは、裏で祥子たちが牙竜を誘惑しているトイレと同じだったのだ。壮太から逃げるため裏手へと回り込んだリリは、言葉を失った。
「……!?」
 彼が見たのは、網タイツをはいたナースと半裸の和服女と裸Yシャツの少女と、怪しい踊りを踊りながら谷間を寄せている黄色い服の女が、妙な機械に体を縛られているパンツ一枚の男を囲んでいる光景だった。そして壁には、樽がもたれかかっていた。異次元である。
「う……や、やべえっ、出ちまうぜ……っ!!」
 パンツ男は、滝のような汗を浮かべながらそう口にしていた。リリは――いや、おそらく誰しもが、こんな場面に出会ったらこう思うだろう。
 この状況、何? と。
 戸惑いのあまりフリーズしかけたリリだったが、本来の目的を彼は思い出した。奇しくもそれは、牙竜の言葉と同じだった。
「じ、自分も出そうであります!」
 もうさっきの男はいなくなっただろう。そう期待してトイレに戻ろうとしたリリだったが、くるりと振り返った瞬間、その男――壮太は真後ろに立っていた。
「なんだ、野外の方が好きなら最初からそう言ってくれよ」
「う、うわあわあわ」
 次々と襲い来る破天荒なシチュエーションに頭が追いつかず、リリはすっかりパンクしてしまった。ぐるぐるを目を回した彼は、混乱するあまりその場をダッシュで離れてしまった。そのため、リリが壁となって壮太からは見えなかった異次元光景が、今度は彼の視界に映る。
「……な、なんだよこれ」
 当然、リリと似たような反応を示す壮太。しかし、リリと違っていたのは、彼の目がじっと一点を凝視していたことである。その視線の先にあったのは、牙竜が股間に装着していたアームストロング砲だ。はたしてなぜ、壮太はそんなものをじっと見つめていたのか?
 それは、彼がある奇病を患っていたからであった。奇病。身近に長い物があるとついそれを股間に持っていってしまうという病だ。例に漏れず、壮太は何かに取り憑かれたようにふらふらと牙竜の元へ歩み寄る。突然の乱入者を怪訝に思った祥子たちだったが、その目が危ない光を放っていたため危機感を覚え、さっと道を空ける。そうして牙竜へと辿り着いた壮太は、おもむろに彼のアームストロング砲を自らの股間へとあてがい、上下に手を動かすと澄んだ青空に全力で叫んだ。
「オレの光条兵器! オレの光条兵器!!」
 その凄まじい動きと勢いは、周りの女性たちをひかせるには充分だった。なおこの習性は、特に細胞の活性化とは関係ない。
 それが逆に、恐ろしかった。

 なおこの後、臨界点を突破し発射された牙竜の大砲はトイレの壁を破壊し、壮太と牙竜は連帯責任ということで半分ずつ修理費を請求された。ちなみに、姿をくらませたリリは無事トイレを済ませられたのかどうか、それはデリケートな問題として、謎のままとなった。ただ、リリが調子に乗りすぎたことを若干反省したことだけは事実である。
「リリは、どこへ行ったんでしょうか」
 動けないリリの体のまま大学内に置き去りにされたアリーセが、そんなことを考えていたとも知らずに。あまりに暇なため、アリーセは「ここまで動けない体が不便とは。元に戻ったら、タイヤでも取り付けてあげましょうか」とリリ改造計画に思いを馳せたりしていた。
「……元に、戻りますよね?」
 ぽつりと呟いた疑問は、誰もいない実験室に空しく響いただけだった。