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chapter.2 実験結果(2)・記憶力とうたいびと 


 再び青レンガ倉庫。
 ミレイユやリュースがいた飲食エリアからすぐ近くのショッピングエリアを、健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)と彼のふたりのパートナー、天鐘 咲夜(あまがね・さきや)セレア・ファリンクス(せれあ・ふぁりんくす)は歩いていた。
「さっきのカフェ、美味しい店だったな!」
「はい、大好きなプリンが食べれて良かったです! 健闘くんの食べっぷりも素敵でした!」
「ビーフステーキは、健闘様の大好物ですものね。わたくしも、ティラミスを頂けて嬉しかったです」
 つい今しがた出たばかりの店の話題で盛り上がる3人。咲夜とセレアが喜ぶ様子を見て、勇刃は「わざわざバイクでここまで来て良かった」と一安心していた。と言っても、咲夜もセレアも、好物を食べることが出来たからご機嫌なのではない。大切に思う契約者とお出かけできることが、彼女たちは嬉しかったのだ。
「お、ホビーショップがあるな。ちょっと寄ってこうぜ!」
 活発な口調からは想像しづらいが、漫画など割とインドア趣味を持っていた勇刃は目の前に興味を惹かれる店を発見し、ふたりを誘う。
「行きます行きます! ホビーショップでも宇宙でも、天国でも地獄でも!」
 興奮気味に、咲夜が返す。その様子を見て、勇刃はホビーショップに行きかけていた足を止めた。
「そんなに買い物が好きだったんだな。なら、せっかく来たんだから咲夜が行きたいところに行こうぜ」
「ええっ、そんな、健闘くん気が利きすぎます!」
 申し訳なさそうにしながらも、テンションの上がった咲夜は自分の希望を口にした。
「それでは……夏のために、新しい水着が買いたいです、なんて……」
「水着だな。よし、じゃあ買いに行くか!」
 あっさりと希望を聞き入れた彼は、行き先を変え水着売り場へと進んだ。
「まあ、大胆ですわ……ですが、わたくしも負けてられませんわ」
 その後ろ姿を見ながら、セレアは咲夜に少しの対抗心を燃やすのだった。

「これなんか素敵ですね。あ、こっちも可愛いです……!」
 水着売り場に着いた咲夜は、あちこちにディスプレイされているカラフルな水着に目を輝かせる。そのすぐそばでは、セレアも飾られているマネキンをちらちらと見ていた。残された勇刃がどうも居場所に困っている様子でいると、目移りしていた咲夜がそれに気づき、近づいてきた。
「健闘くん、なんだかこうしていると、契約者とかそういうことを忘れてしまいそうになりますね」
「そうか? 俺は、契約した時のことまではっきりと憶えてるぜ」
「私も、もちろんあの時のことはずっと胸に残っていますよ」
 過去へと思いを馳せる勇刃と咲夜。細胞活性化を試していた彼らだったが、その変化は緩やかなものだった。出会った頃のことを強く思い出す性質が活性化されただけで、他の生徒のような暴走は見られなかったのだ。
「自分で自分のことを封印していた私を、健闘くんが見つけ出してくれたんですよね」
「ちょうどアトラスの傷跡あたりを旅してた時だな」
「あの時私は、健闘くんに救われたんです。人に迷惑をかけたくないと閉じていた私の殻を、健闘くんが破ってくれました」
 咲夜は、当時を懐かしむように思い出を口にしていく。ほのぼのとした空気のまま買い物を続けようとした彼らだったが、それも長くは続かなかった。
 咲夜が近くにあった水着を手に取り、「これが良いですね」と口にした時だった。
「可愛いお嬢さん、それよりも良い水着があるわよ」
 す、と裏手から現れたのは、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)とそのパートナー、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)だった。
「え、あ、あの」
 突然の言葉に戸惑う咲夜。ローザマリアはそれを落ち着かせようと、細かく説明を加えた。
「失礼、私はここの店員なの。お客様には良いものを買ってほしくて、つい出しゃばってしまったのよ」
「そ、そうなんですね」
「そうよ。だからその水着は止めた方が懸命だと思う。買うならこっちの方がお得よ」
 言って、ローザマリアがグロリアーナに指で指示を出す。頷いたグロリアーナが引っ張り出してきたのは、咲夜が手にしていたものよりも露出の激しそうな、布面積の少ない水着だった。
「これは、メイド・イン・アメリカの水着よ。きっとお嬢さんに似合うと思う」
「あ、でもこれはちょっと派手かなと……」
「そんなことないわよ。大丈夫、大丈夫だから」
 ぐい、と凄まじい眼力で咲夜に迫るローザマリア。普段冷静な彼女からは想像のつかない態度である。それはつまり、ローザマリアもまた活性化実験を受けていたことを示していた。活性化された彼女の性質は、「アメリカの国益のため活動する」というものであった。
「この水着さえ買えば、海辺の男は皆虜になるし、テストの成績だって上がるし、金運もアップするの。だから、ね? これを買うべきよ」
 明らかに怪しい言葉まで持ち出し、ローザマリアが迫る。その迫力に耐えかねて、咲夜は勇刃とセレアを連れていそいそと売り場を後にした。残されたローザマリアが、残念そうに呟く。
「せっかく店員に変装までしたのに、かからなかったわね」
 かぶっていたカツラを外すローザマリア。彼女曰く、アメリカの特殊部隊在籍という経歴を経てフリーのスパイとなったため変装などの技能はお手の物らしい。
「まあ仕方ないわね。ターゲットとステージを変更して、仕切り直しよ」
 そう言うとローザマリアは、グロリアーナと共に試着室に入り、再び変装を始めるのだった。



 水着売り場を離れた勇刃たちは、一先ず通路脇のベンチに腰掛け休憩をとっていた。
「変な店員さんでした……」
 咲夜が不思議そうに言う。ショッピングを止むなく中断せざるを得なかった彼らは、この後どこへ行こうか、決めかねているようだった。と、ここで黙って買い物についてきていたセレアが提案をした。
「あの……はしたないお願いで申し訳ないのですが……もし歌が歌えるような場所があれば、そこへ行かせていただいてもよろしいでしょうか……?」
 どうやら彼女も彼女で、細胞の活性化による影響が出ていたようだ。歌が大好きであるというその性質が。
「歌か……ならカラオケだな! よし、セレアの見せ場も見たいし、行ってみようぜ! ただ、俺は音痴だから歌うのは勘弁な!」
 言うが早いか、彼はそのままカラオケボックスの方へと向かった。

 幸いにも空いていたカラオケルームの一室に入り、早速曲を入れようとするセレア。とその時、隣室から大きな声が漏れてきた。どうやら相当アップテンポな曲を歌っているらしく、音符が見えてきそうなほど声が弾んでいる。
「すごい熱唱だな……」
 思わず感心した3人は、どうしても気になりちらっと外から部屋の様子を覗き込んだ。そこでソファの上に上がって楽しそうに歌っていたのは、ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)だった。それを彼女のパートナー、夏目漱石著 夢十夜(なつめそうせきちょ・ゆめとおや)――通称とーやは大人しく笑いながら、時折手を叩いたりなどして聞いていた。
「んっ?」
 と、ネージュが自分に向けられている視線に気付いたのか、ドアの方を見た。そこに勇刃たちの姿を認めると、ネージュはニコッ、と無邪気な笑みを見せ、ドアを開けた。
「ねえ、もしかして他の部屋がいっぱいだったの? だったらせっかくだし、みんなで楽しく歌おうよ!」
 彼らが返事を返すよりも早く、ネージュはぐいぐいと3人を部屋へと招く。その勢いに圧倒され、3人は言われるがまま相部屋することとなった。彼らがややまごつきながら座ると、早速ネージュは機器をいじり、曲を転送した。
「なんかね、今日は心の中から何かが込み上げてきて、いつもと違う歌が歌いたくなっちゃったんだよね」
 マイクを通してネージュが言う。バックで流れ出したメロディは、またもやノリの良さそうな、賑やかな曲調だった。彼女の言葉から察するに、おそらくいつも彼女が歌っているのはもっと粛々とした、バラードやオペラチックなものなのだろう。しかし今流れているような軽やかな曲を彼女が選んだのは、細胞の活性化により「新たな音楽ジャンルを開拓する」性質が発芽したためである。
「それじゃあ、気持ち良く歌っちゃうね!」
 さっきと同じようにソファに上がり、ネージュはノリノリで歌い出した。
「ノリノリ」
「ごーごー」
「つぶやけ」
「ごーごー」
「スベっちゃってもアドリブで」
「ドンマイ」
「勢いで軽やかにフリック! そんなネタには釣られない!」
「クマー」
「流れてゆくタイムラインに現実を忘れて飛び込もう コトバをそっとかきわけて泳いでゆこうその先へ いつもの友達の声がする ここは不思議な言霊ワンダーランド 秘密のコトバを唱えたら目の前に現れるよ ぱらみったー ぱらみったー」
 どうやら、彼女が元気に歌っているのは若干電波系の歌のようだ。ちなみにちょこちょこ合いの手を入れているのはパートナーのとーやである。
「聞いてくれる人もいっぱいいるし、サイコーだねっ!」
 歌い終えたネージュは、満足げにマイクを置いた。もしかしたら、彼女が勇刃たちを招き入れたのはギャラリーが欲しかったからなのかもしれない。
「では、次はわたくしが歌わせていただきます……」
 テーブルの上のマイクを、セレアが取る。
 その後、セレアとネージュがメインとなりカラオケ大会は数時間続いたという。

「あー、色々な歌が歌えて良かったなあ」
 カラオケが終わり、解散した後。ネージュは缶ジュースを飲みながらとーやとゲームコーナーにいた。ここに来た理由は、とーやのためでもあった。
 活性化実験を受けたのは、何もネージュだけではない。とーやもまた、ネージュ同様に細胞を活性化させていた。というよりも、元々はネージュに没個性すぎると言われたとーやが受けた実験を、ネージュはついでに受けただけだった。
「さて、私の場合、何が覚醒したのでしょうか……」
 が、未だ変化の現れないとーやに、ふたりは不安を覚えた。
「何か体の中で、変わったこととかはないの?」
「体の中……そういえば、心なしか、頭がすっきりしたような」
 自信なさそうに答えるとーや。そんなとーやに、ネージュは目の前にあったゲームを進めた。
「とりあえず、これでもやってみて!」
 そう言って彼女が指差したのは、ゲームセンターでよく見かける通信クイズゲームだった。オンラインで全国の同じゲームをしている人とクイズで対戦し、成績を競うというものだ。
「は、はい……」
 言われるがまま、とーやはお金を入れ挑戦した。
 しかし、僅か十数分でゲームは終了してしまった。それは先へ進めなかったことを示しており、もちろん結果はとても目を見張るようなものではなかった。
「5万人中3万3千位ですか……」
「うーん、クイズが得意、とかじゃないないっていうことかな。念のためもうちょっとやってみて」
 ネージュに言われ、仕方なくとーやは再びコインを入れた。当然、たった2回で成績が急に上がるわけもなく、大して1回目と差がない結果に終わってしまった。ネージュも、とーやもこのまま続けて良いものか不安に思いながらも、その後何度か挑戦を続ける。
 そして、4回目の挑戦で、驚くべき結果が出た。
「主さま! 400位を取れました!」
 自分でも驚いたのか、飛び上がって喜ぶとーや。「クイズが得意」という性質が発芽したに違いない。そう確信したとーやだったが、ネージュが冷静にその原因を告げた。
「でも、これクイズっていうより、暗記力かな」
 その顔は、苦笑気味だ。つまり、彼女曰く、この手のゲームはルーチンが限られていて同じ問題が出題されることが多々あるので、回数を繰り返せば繰り返すほど成績が上がるようになっている、とのことだった。事実、とーやに発芽した性質は「クイズが得意になる」ではなく「記憶力がちょっと上がる」というものだった。まあそちらの方が便利なのだから、まったく問題はないのだが。
「記憶媒体の魔道書だから、記憶力が上がったのかもね」
 あっさり言ってのけたネージュの横で、とーやは複雑な心情を抱かずにはいられなかった。
「ほら、せっかく良い性質が芽生えたんだし、もう1回やってみて!」
 5回目の挑戦に突入したとーや。なんとその成績は、さらに50位ほど上がっていた。
「すごい、こんなに成績が伸びるなんて……!」

 百合園女学院高等部在籍 夢十夜(PN とーや)

 最初は、夢かと思っていました。
 あんなもので、記憶力が上がるなんてありえないと思っていたのです。
 けれど、アレをやってから、ぐんぐん成績が上がって、夢の300番台を取ることが出来ました。
 すると、周りの目も変わってきて、なんだか以前よりモテるようになった気がします。
「こんなことなら、もっと早くやっておけば良かった!」
 ついそんなことまで思ってしまいました。
 とにかくコレは、とてもおすすめです。
 今ならもれなく、聖なるパワーを秘めた水晶がついてくるそうです。

 その夜とーやは、何やらレビューを書き込んでいる夢を見たという。