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黒いハートに手錠をかけて

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黒いハートに手錠をかけて

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                              ☆


「ははぁ……あの手錠に繋がれるとその人に対する愛情が高まってしまうのですか……!!」
 今しがた爆発したカップルに話を聞いた藤野 夜舞(ふじの・やまい)は、キラキラと瞳を輝かせた。
 爆発するのは嫌だが、もともと身体が弱くて闘病生活が長かった夜舞にとって、これは友達を作ることができるかもしれない千載一隅のチャンスなのだ。

「だって、だってひょっとしたら、私のことを好きになってくれるかもしれませんし……それをきかっけにお友達に……なんて素敵……」
 と、ふらふらと夢遊病患者のような足取りで手錠を求めてさまよう夜舞。
 その後ろから声をかけたのがパートナーの仄倉 斎(ほのぐら・いつき)だ。
「あのさあー、夜舞? 今の人達の話聞いてたよね?
 なのに何でよりヤバそうなほうに歩いてくわけ? 何かそっちに行くほど手錠の被害者が多そうに見えるんだけど?
 ねえ聞いてる? 僕の話聞いてるー?」
 

 いいえ聞いてません。


 ふらふらと歩く夜舞の後に続く斎。
 危なっかしい夜舞の歩みに気を取られて、突然飛んできた手錠に反応することはできなかった。
「――え?」
 それは一瞬のことだった。
 飛んできた手錠はあっという間に斎の手首にはまり、勢いに乗ってそのまま両手を繋いでしまった。

「あああーっ!!」
 それを見た夜舞は叫び声を上げた。
「ず……ずるいです!! どうして斎ばっかり!!」
「いや、そういう問題っ!? これって爆発するんだよっ!?」
 だが、そんな斎の正論を聞き入れられるほど、今の夜舞は冷静ではなかった。
「ひ、ひどい……斎は、斎は私にないものいっぱい持っているのに……せめて手錠くらい譲ってくれてもいいじゃないですか……!!」
「いやだから、何で羨ましがってるの? 意味わかんないよっ!?」
 という全うな抗議を無視して、夜舞は走り出した。
「いいですよっ、なら私はこの手錠を配っている犯人を見つけ出して、手錠を掛けてもらうんですからーっ!!」
「あ、夜舞!!!」
 と、その後を追って斎も走り出す。
 だが、その斎の中でもある感情が芽生え始めていた。

「夜舞、走ると危ないって!!
 そして僕って美しい!!
 というかどうして怒ってるんだよ夜舞は!?
 さらに僕はかっこいい!!
 ついでに言えばこういう時だけ脚が早いんだよな夜舞は!!
 最終的には僕最高!! 僕LOVEすぎる!!」


 もうわけが分からないまま、二人は走るのだった。


                              ☆


「ふっふっふ、さあみんなで手錠を配るでスノー!!」
 その頃、街中で手錠を配るブラック・ハート団に混ざった冬の精霊ウィンター・ウィンターはせっせと手錠を配っていた。
 ひょんなことからウィンターは独身貴族評議会の存在を知り、これは面白そうだと今回のブラック・ハート団に加担したのである。


 つまりは、ただの愉快犯である。


「カップルでいちゃついている連中は爆発すればいいでスノー、これは楽しいでスノー!! 人間の常識は精霊には通用しないでスノー!!」
 駄目なものは駄目だと思うのだが、それこそそんな常識はウィンターには通用しないらしい。

 だが、街中に手錠を配りながら駆け抜けるウィンターの背後に、いつの間にか忍び寄っている人物がいた。
 草薙 武尊(くさなぎ・たける)である。
「――え?」
 隠れ身と追跡を駆使して迫っていた武尊を感知できることはウィンターにはできなかった。
「――くらえ」
 あっさりと間合いを詰められたウィンターは必殺のブラインドナイブズでKOされてしまう。

「スノーっ!?」
 武尊の手首に繋がった手錠は、愛用の雅刀に繋がれたため、行動にそれほど支障はない。
 だが、このままでは30分後には爆発してしまうので、全身黒タイツを着て手錠を配りまくっていたウィンターに目をつけたのである。

 攻撃をうけて倒れたウィンターの後ろ首を掴んでぶら下げる武尊。
「うむ、捕まえたぞ。さて――首魁のところへ案内して貰うとするかの」
 やる気のない猫のようにぶら下げられたウィンターに抵抗する術はない。
「うう……いきなり攻撃するなんてひどいでスノー。せめて一言断るべきでスノー」
「断ったら奇襲にならぬであろうが。それに無差別に危険物を配っているほうがよほど酷い。ほれ、早く案内せい」
「うう……全くの正論にグウの音も出ないでスノー。しかたないから案内するでスノー」

 と、そこにやってきたのが夜舞と斎である。

「あ、あの……その女の子……手錠を配ってるんですよね……!!」
 友達の少ない夜舞にとって知らない人に話しかけるのはとても困難なことだ、だが夜舞は勇気を出して話しかけた。

「あっちでスノー。あっちの廃工場がアジトになってるでスノー」
 だが、その声が小さかったせいだろうか、ウインターと武尊はスタスタと歩いて行ってしまう。
「うむ、話が早い」

「あ……ちょっと……どうして無視するのー!?」
 だが、その抗議の声もすでに遠い。武尊はウィンターをぶら下げたまま、アジトへと案内されていく。
 その二人の背中を見送るしかできない夜舞の後ろから、斎はさらに走り出した。
 自らの中で高まりすぎた自己愛に耐えられなくなったのである。

「ああ……僕ってなんでこんなに美しくて素敵でかっこいいんだ!!」
 そして、武尊とウィンターの前で派手に爆発して果てる斎。

「ほれ、また被害者が増えたではないか」
 と、武尊はウィンターの頭を小突いた。
「痛いでスノー。これは私が配った手錠じゃないでスノー」
 抗議するウィンター。だが。
「やかましいわ。悪事を働いた時点で連帯責任に決まっておる。大体、一体何個の手錠を配ったのだ?」
「ぬう……いちいち正論でスノー。私が配ったのはたったの100個くらいでスノー」
「多すぎだ」
 というやり取りをしながら、武尊はウィンターをアジトに連行していく。


「ああ……斎は気付いてもらえたのに……私は気付いてすらもらえないなんて……こんな私なんていっそ爆発して……でもその手錠が手に入らないいいいぃぃぃ」
 と、悔しそうに崩れる夜舞を残して。


                              ☆


 その頃、ブラック・ハート団のアジトではファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)がメンバーと遊んでいた。
「おお……なるほど……このように繋がれた相手がこっちに勝手に惚れてくれるのじゃな……!!
 これは面白い……!! そしてわしはおぬしのことが大ッ嫌いじゃ、顔も見たくないわ!!」
「えー!? そっちが勝手に手錠かけてきたのにーっ!?」
「ふむ、乙女は気まぐれなのじゃ。
 なるほど、この白い鍵を持っておれば勝手に手錠が動くこともないのか……これはなかなかの発明じゃのう。
 ついでに言えばおぬしのことも蛇蝎のごとく嫌っておる、失せろ!!」
「ひ、酷い、とにかくヒドいよ!!」

 ファタが何をしているのかというと、『ブラック・ハート団の黒タイツと次々に手錠で繋がれては次々と絶縁宣言して心理的ダメージを与える遊び』である。

 背中に背負った大量の手錠の在庫を使ってファタは次々に黒タイツに繋がれては振り倒していく。
 何しろ見た目は可愛い女の子のファタ、とりあえず繋がれて愛情が高まってみれば、基本的に独り者の黒タイツにはひとたまりもない。

 そこでわざわざ相手の愛情が高まったのを確認してから辛らつな絶縁宣言を叩きつけるのだから、これはもう本当に酷いとしか言いようがない。

「ふむふむ……む、何やら外が騒がしいのぅ……そろそろ潮時か……。
 結局のところおぬしのことは何とも思っておらん、ただの遊びじゃ!!」
「く、くそうー!!」

 要するに、ブラック・ハート団『で』遊んでいたのである。
 だが、実はこの遊びは、ブラック・ハート団の士気を下げるのには充分な効果を発揮していた。
 そして、タイミング的にも実は最良であった。

 何故なら、アジトの外ではまさに今この瞬間、多数のコントラクターが乗り込んできたところだったのだから。


                              ☆


 時間としてはわずかに前のこと。
 今日も今日とて微妙な距離感を保ちながら街を歩く小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は、やはり手錠に繋がれていた。
 武尊に捕まる前のウィンターから手渡された手錠を受け取った美羽とコハクの両手が、何の問題もなく繋がってしまったのである。

「あ、今のどこかで……なにこれ……?」
「み、美羽……」
「コ、コハク……」

 元々互いに想い合っていながら、その純情さのせいで全く仲が進展しない二人。
 その二人に手錠の効果が現れるのは、異常なほど早かった。

 もう、二人の目にはお互いしか映らなかった。
 ごく自然な引力に従って引き合う二人。


 見つめ合う瞳と瞳は、次第に二人の顔を近づけて、その唇を重ねていく――。


 ――といういいところで、手錠が早くも爆発するわけですが。


「た、大変!!」
 その爆発に気付いたベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は、二人に駆け寄ってきた。
 いつも二人のことを微笑ましく見ているベアトリーチェは、今日も街で二人を見かけて、特に声をかけるでもなく見守っていたのだが。
 突然手錠が爆発したのではさすがに見守っているわけにもいかない。

 ベアトリーチェに何度かヒールをかけてもらい、何とか回復した美羽。

「ふ……ふふふ……この手口……また何とか評議会の連中よね……!!」
 怒りに燃える美羽は、ふらりと立ち上がった。
「あ、そういえば……さっき二人に手錠を渡していた女の子、誰かにぶら下げられたまま向こうへ案内していたような……」

 と、ウィンターと武尊の様子を語るベアトリーチェ。
「それだわ……!!
 行くわよ、迷惑集団をやっつけに!!」
 怒りに打ち震える美羽は、ベアトリーチェの案内でずんずん進んでいく。
 一人取り残される形になったコハクは、その場で回復を待った。

「お、コハクではないか。何をしておるのじゃ?」
 と、そこに現れたのはさきほどの爆発からようやく回復したカメリアであった。
「あ、カメリア……いや、手錠が爆発して」
 と、黒コゲのコハクを見たカメリアは納得した。
「あー……儂もじゃ、さっき爆発に巻き込まれてのぅ。ところで、今日は嫁っこはどうしたのじゃ?」
「ああ……美羽なら怒り狂って犯人のアジトに向かったよ……美羽も爆発に巻き込まれちゃって」
 ニヤリと、コハクの言葉にカメリアは笑った。
「ほう……儂は誰とは言っておらぬがのう……?」
「あ……!!」
 コハクは顔を真っ赤にして俯いた。
 カメリアはことあるごとにコハクと美羽をからかうのが好きなのだ。
 その後ろに忍び寄る改造ゴーレム。
「とと……またチョップを喰らってはかなわん。儂も美羽を手伝ってやりたいところじゃが、もう体力が残っておらん。
 ま、せめてお主の体力が回復するまで、お主の暇潰しに付き合うとするかの」
 と、カメリアはコハクの横に腰を下ろすのだった。
「あ……うん、ありがと」
 コハクも、その様子を見て、少し微笑むのだった。


                              ☆


 そして時間は今。
 玩具の廃工場前でルカルカ・ルーとダリル・ガイザックと合流したエース・ラグランツは、ウィンターと草薙 武尊が工場に入って行ったのを皮切りに潜入を開始しようとしていた。

 そして、その横を猛ダッシュで駆け抜けていく小鳥遊 美羽とベアトリーチェ・アイブリンガー。
「ブラック・ハート団!! 今度はあなた達が爆発する番よ!!!」
 普段はその凶悪な破壊力のため、使う場所を選んでいる美羽の光条兵器。それは、刃渡り2mにも及ぶ大剣だ。
 その剣を怪力の籠手で振り回す美羽の攻撃力は半端ではない。
 ベアトリーチェの情報により、その廃工場がブラック・ハート団のアジトであることは分かっていた。
 どちらかというと多くの黒タイツ男よりは施設の破壊を目的とした美羽は、いきなり裏口のドアを問答無用で破壊してアジトに乗り込んだ。

「あんなふざけた物、二度と作れないようにしてやるーっ!!!」
 まだカップルにもなってないのに、何で爆発させられなければならないのかと、美羽は徹底的にアジトを破壊していく。


「……よし、俺たちも行こう。施設の破壊はともかく、首謀者やメンバーはできるだけ押さえておきたいしな」
 というエースの言葉に、ルカルカとダリルは頷く。


「む……どこに行った……? まあいい、どうせこのアジトはもう使えぬしな……それにしても……首魁がおらぬ……出陣していたのか?」
 いつの間にか姿を消していたウィンター。武尊も存分に腕を振るい、ブラック・ハート団のアジトを壊滅させるのだった。