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黒いハートに手錠をかけて

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黒いハートに手錠をかけて

リアクション

                              ☆


「ねえ、ウィンターちゃん、待ってよ!!」
 ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)は街中を駆け抜けるウィンターに話しかけた。
 独身子爵は捕まったものの、まだゲリラ的に活動を続けるブラック・ハート団の残党はいた。
 ウィンターもそんな中の一人だった。
 最後に残されたブラック手錠の在庫を使い切るべく、はりきって配っている最中なのだ。

 ノーンはそんなウィンターが何を考えているのか分からず、接触を試みたのだったが。

「お、ノーンではないか、お主も手錠配るでスノー?」
「く、配らないよ!! ねぇウィンターちゃん、どうして悪いことの手助けなんかしてるの?」
「……いや、なんか楽しそうだったでスノー」
 と、こともなく答えるウィンター。ノーンは激しく脱力し、肩を落とすのだった。
「そ……それだけ……? なんかこう……複雑な事情とかないの……?」


「別にないでスノー」


 何という快楽主義者であろうか。
 ノーンは心の中で、パートナーの影野 陽太(かげの・ようた)に助けを求めた。
「ああ……ウィンターちゃんが何を考えているのか本気で分からない……助けてお兄ちゃん……」
 そこに、陽太ではなかったが一人の男が現れた。正義マスク――ブレイズ・ブラスである。
 オルベール・ルシフェリアから貰ったブラックマスクを着けたブレイズは、つかつかとウィンターに歩み寄った。
「おお、ブレイズでスノー。その黒いマスクもいいでスノー。お主もブラック・ハート団に入ったでスノー?」
「そうじゃない……いいかウィンター! 俺が……事件……幸せ……君を?」


 どうやら、台詞を覚えられなかった模様。


 そこにやって来たのはローザマリア・クライツァールとパートナーの典韋、そしてエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァであった。
「あ、ほらいたわよ……最後の生き残り」
 ローザマリアは、ブラック・ハート団の最後の一人まで追い立てなければ気の済まない典韋を連れて、残党狩りを行なっていた。
 当然のようについて来たエリシュカは、残った手錠を集めていて、上着の内側には性懲りもなく大量の手錠が集められていた。

「あ……あれ〜?」
 そのエリシュカの懐から次々に手錠が飛び出し、ウィンターに飛んで行く。
「あ、危ないウィンターちゃん!!」
 咄嗟に手を出したノーンとウィンターは手錠で繋がれてしまい、残った数十個の手錠も全てウィンターの手といい脚といい、全身をくまなく繋ぎ止めてしまった。

「こ、これは何でスノー? どうなってるでスノー?」
 実はブラック手錠は、ブラック・ハート団が最後の一人になった段階で、証拠隠滅のために揃って爆発する仕組みだったのだ!!

 独身子爵が倒され、如月 正悟が去った今、実はこの街に残ったブラック・ハート団はウィンター一人だったのである。

「きゃあっ!! ウィンターちゃん、大丈夫!?」
 まずはノーンとウィンターが繋がれた手錠が爆発した、それによりノーンは倒れるが、自分に命の息吹をかけることでもちこたえた。

 問題は、ウィンターのほうである。
 ノーンと繋がれた手錠など、あくまで最初の一個に過ぎない。
 まだまだウィンターに繋がれている手錠は十数個、残っているのだ。

「――と、いうことは?」
 ローザマリアの呟きを皮切りに、ウィンターの手錠は次々に爆発を起こした!!

「あーーーっっっ!!!」
 まだまだ!!
「酷いでスノーーーっっっ!!!」
 本番はこれから!!
「凄いでスノーーーっっっ!!!」
 オマケにもう一回!!
「バ、バカになっちゃうでスノーーーっっっ!!!」


 大丈夫、お前は元からバカだ。


「ひ……ひどいでスノー……私が何をしたというのでスノー……」
「……何もしなかったというのか」
 と、さすがのブレイズも突っ込まざるを得ない。
 ふと、皆が気付くとウィンターの手に手錠が掛けられた。

「スノー?」
 すっかり黒コゲのウィンターが顔を上げると、そこには一人の警察官がいた。
 つまり、これはブラック手錠ではなくて本物の手錠。
 無線で本部と連絡を取っているようだ。
「……はい、情報のあった黒タイツの少女を捕まえました。証拠品の手錠は爆発してしまったようですが……はい、連行します」

 いつの間にかやって来ていたパトカーに連行されるウィンター。
「ス、スノー? 何故私が捕まるでスノー?」
 普通の黒タイツ男はその服を脱いでしまえば一般人だが、ウィンターは明らかに体型が違っているし、他メンバーが壊滅してからも調子に乗って手錠を配っていたし、一般人からも『黒タイツの少女が危険物を配っていた。』という情報が多く寄せられていたようだ。

 日々平和のために奔走するお巡りさんをなめてはいけない。多くの証言を元にウィンターを特定し、ついに捕まえたのである。

「た……助けて欲しいでスノー!? ノーン?」
 パトカーに乗せられるウィンターを、ノーンは涙ながらに見送った。
「うん……助けてあげたいけど……悪いことをしたのは事実だし……悪戯じゃ済まされないレベルだったよね……しっかり反省したら、また一緒に遊ぼうね……」
「ブ……ブレイズ……?」
 ブレイズも漢泣きでその光景を見守っている。
「ウィンター……お前を守り抜けなかった俺を許してくれ……だが、これでお前が更生してくれるなら、俺はあえて鬼になろう……真精霊に生まれ変わって、綺麗な身体になって出てくるんだ……!!」
 ブレイズはブラックマスクの思い込み効果によって、正義のために時に非情になりきるハートを手に入れていたのだ!
「わ、私は元々綺麗でスノー!! ピッカピカでスノーーー!!!」

 ウィンターの叫びを乗せたまま、パトカーは走り去って行く。
 その後ろ姿を見つめていた一人の精霊がいた。
 春の精霊、スプリング・スプリングである。
 その傍らには霧島 春美(きりしま・はるみ)がいた。
「お……遅かったでスノー……」
 スプリングは愕然として、春美の手を握る。
「春美……」
「……なあに?」
 春美は、優しく微笑んだ。
「ちょっと泣かせて欲しいでピョン……あいつは精霊界の面汚しでピョン……」
 無言でスプリングを抱きしめ、優しく頭を撫でてやる春美。


 さすがに、かける言葉も見つからなかった。


                              ☆


 少し落ち着いたスプリングと共に、春美は公園に来ていた。
「あ……ちょっと待ってて」
 と、春美は小走りでかけ出す。
 そこには、ウィンター同様、今まさにパトカーで連行されようとしている独身子爵がいた。

「やっぱり……独身貴族評議会の人よね」
「……君は……?」
 子爵は春美を見て、声を返した。
「私は霧島 春美、その様子だともうお仕置きは終了のようね」
 確かに本郷 涼介やラルク・クローディアスのような腕利きのコントラクターに痛めつけられた上にパトカーで連行されている独身子爵に、これ以上の苦痛を与えても意味はないと思われた。

「……ふむ。あのさ、手錠を外す方法、教えて欲しいのだけれど?」
「ああ……それならば」
 と、子爵は懐から白い鍵束を取り出した。
「コレを使えば解除できる……もし、まだ手錠を解除していない人がいたら、解いてやるといい」

「……ありがと。じゃ、これはお礼ね」
 と言って、春美は独身子爵のおでこに軽く口付けをした。
「あのね、モテないせいか過去のせいか分からないけど――これだけのアイテムを作れるなら、その努力を他の所に向けなさい。
 もしあと一年――努力して彼女の一人もできなかったら、その時は私が彼女になってあげるから頑張りなさい。
 あなた……ルックスはそんなに悪くないよ」
 その春美に鍵束を渡して、子爵は笑った。
「ふ……私の心に愛が芽生えることはない……礼ならば今の口付けだけで充分だ……。
 だが憶えておこう。世の中にはまだまだ奇特な人間がいるということをな」

 パトカーは夕暮れの街を走り去って行く。
 それを見送った春美の服のフードの中から、ディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)が出てきた。
「あー、やっとこの手錠が取れるんだね、危ないところだったよ」
 と、春美に鍵を外してもらったディオネアは微笑んだ。
 ディオネアの手は、手錠でクローバーと繋がれてしまい、恥ずかしさのあま春美のフードの中に隠れていたのだ。
 確かに、手錠のカウントは4を指しており、放っておいたら4分で爆発するところだったであろう。

「まったく……何でもかんでも貰うからそうなるのよ」
「だって……あ、独身さんにクローバー、あげれば良かったな……」
 その背中に春美が優しく手を添えた。
 そこにスプリングもやって来て、三人で沈む夕陽を眺めたのだった。


                              ☆


「なあ……独身ナントカも捕まったみたいだし……俺たちもそろそろ帰ろうぜ」
 と、蒼灯 鴉は師王 アスカに話しかけた。
「う、うん……そうよね〜」
 と、バツが悪そうなアスカは、ファンの集いで集めた人々を解散させ、ため息をついた。

 どうしても、さっきの鴉の絶縁宣言を思い出してしまう。
 並んで歩いていても、まったく隣の鴉のことを考えられない。
 もちろん分かっている。あれは手錠を外すための嘘だと。

 けれど、鴉の告白を受けてからのアスカは、その返事を随分と長いこと保留にしてしまっていた。
 もしかしたら、という万が一のことを思うと、胸をこみ上げるものがあった。

「……おい」
「バ……ちょっと、見ないで!!」
 いつの間にか鴉が自分の顔を覗きこんでいることに気付いたアスカは、反射的に顔を逸らして顔面に手を当てた。
「……スマン」
 と、鴉は告げ、その両手をどかした。
 アスカの目の端が赤い。仕方なく見つめあいながらも、アスカは呟いた。
「見ないでって……今わたし、きっとひどい顔、してるでしょ……」

 けれど、鴉は黙って首を横に振った。
「いいや……どんな顔でもアスカはアスカだ。俺にとっては……それだけだ」
「え……」
「お前がどんな顔をしていても関係ねぇ……けど、俺にだけはどんな顔でもいいから、ちゃんと見せてくれよ……な」
 その言葉に、寄り一層涙を溢れさせてしまうアスカ。
 そんなアスカをそっと抱きしめて、鴉は泣き止まで待ってやるのだった。


                              ☆


 ちなみに、全裸で土下座っていて警察に連行された天空寺 鬼羅はというと、手錠の爆発の被害者でもあることだし、手錠の効果で一時的な錯乱状態に陥っていたということですぐに解放された。
 そして、どう考えても最年少ブラック・ハート団として逮捕されたウィンターはというと。

「……あのね、いいかいお嬢ちゃん。人間も精霊も今はきちんと法律で裁かれるようになってるからね、やっていい事と悪い事があるんだよ?」
 と、刑事さんにお説教中であった。
「はい……すみませんでスノー」
 十数個の手錠で爆発させられた上、取調べ室でお説教とは、まるでいいところがない。

「あの……カツ丼は食べさせてもらえないでスノー?」
「食べられるけど、ただの出前だから自腹だよ?」
「……世知辛い世の中でスノー」


                              ☆


「それじゃ、世話になったな」
 と、嵩代 紫苑は木之本 瑠璃に言った。
 結局、ブラック・ハート団を捕まえるために奔走した紫苑と瑠璃、そして柊 さくらはすっかり打ち解けて、さくらと相田 なぶらの手錠を外すことに成功したのである。

「いや――こちらこそ世話になったのだ、それではまた会おう!!」
 と言って、瑠璃は紫苑とさくらに手を振りながら走ってきた。

 その様子を見たなぶらは、歩きながら言った。
「ありがとな瑠璃……今回は、まるでいいところがなかったよ……」
 と、うなだれるなぶらの背中を、瑠璃はバンバンと叩いた。
「ほら、なぶら殿!! そんなに落ち込んでいても仕方ないのだ!! 胸を張るのだ胸を!!」
 ふと、空を見上げた瑠璃は言った。
 いつの間にか日はすっかり沈み、夜は満点の星空。


「見るのだ、星があんなに綺麗ではないか!! こんな夜に下を向いて歩くなんてもったいないのだぞ!!」


 そう、どんなに落ち込んでいても、何があっても、かならず夜は明けるのだから。
 どんなに辛いと思っていても、必ず誰かは傍にいるものなのだから。

 だから友よ。
 胸を張り。


 星空の街を、歩こう。


『黒いハートに手錠をかけて』<END>


担当マスターより

▼担当マスター

まるよし

▼マスターコメント

 みなさまこんにちは、もしくはこんばんは、まるよしです。
 今回は8作目にあたる『黒いハートに手錠をかけて』をお送りいたしました。
 もし、少しでもお気に召していただけたらな幸いです。

 今回、若干体調を崩してしまったところがあり、執筆を遅延させてしまいました、申し訳ありません。
 本来であれば、体調を崩したことは言い訳になりませんので、次回以降はより一層の注意をしたいと思います。

 さて、今回は恋愛シナリオということでしたが、やはり恋愛ものの特徴としてそれぞれのパートナー同士のアクションが多く、苦労しながらも楽しく書かせていただきました、ありがとうございます。

 今回も時間がなく、個別コメントはほぼ省略仕様です、いつになったら個別コメントを入れる余裕ができるのかと反省しきりです……。
 また、『この描写はおかしい』『こんなキャラじゃない』等修正ございましたら、後遠慮なく運営様にご連絡下さい。

 それでは、今回はこのあたりで失礼します。
 また次回『五月のバカはただのバカ』でお会いしましょう。
 ちなみに、次回ウィンターが出て来ないのは、逮捕されているからです。

 ご参加いただきました皆さん、そして読んで下さった皆さん、本当にありがとうございました。