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結成、紳撰組!

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結成、紳撰組!

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■■第四章

■其の壱

 その日の朝、近藤勇理が目を覚まし、顔を洗ってから部屋へと戻ると、障子に橘 恭司(たちばな・きょうじ)がそれとなく投げ入れた矢文が突き刺さっていた。
いわく――寺崎屋にて、不審な動き在り。
 勇理は、それが誰の手による者なのか知らなかったが、その直後、探偵方の楠都子が、盛大に寝室の扉を開け放ったのだった。
「大変、勇理。寺崎屋で、不逞浪士の会合があるらしいの」
「それは踏み込んで阻止しないとな。紳撰組は寺崎屋の不逞浪士を取締る!」
 正装を整えながら、勇理はそう断言した。
 最近では、紳撰組に協力してくれる、外部の者も多い。
 都子もこう言っている事だし、信じてみようと勇理は考えたのだった。
 勇理と都子が踏み込む事を話し合い、部屋の外へと出ると、まず土方 伊織(ひじかた・いおり)サー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)、そしてサティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)に遭遇した。
「ほぇ? 不逞浪士の会合です?」
 伊織が驚いたように声を上げる。
「嗚呼。隊長には伝えておかなければと思ってな」
「はわわ、討ち入りって、何で行き成り血生臭いことになっちゃってるですかぁ」
 僅かばかり不安そうに、伊織はそう呟いく。
「総長、隊士のみんなを集めて欲しい」
 勇理は凛とした声で、通りかかったスウェル・アルト(すうぇる・あると)にそう依頼をしたのだった。


 一方の扶桑見廻組の居室では。
 その頃そこでは、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)、そしてレン・オズワルド(れん・おずわるど)が、扶桑見廻組と紳撰組の関係について意見を交わしていた。
 レンが茶を飲みながら、続ける。
「まず紳選組の長所と短所について考えてみたんだ。彼らは新興の組織であるから純粋な実力社会を組織内に設けることが出来た。しかし力がある=組織力があるとは結びつかない」
 その言葉に、司馬が深々と頷いた。
「紳撰組の出自問わずの実力重視は良い。だが、ちゃんとした手続きに則り選抜された部隊がいるのに、良く似た性格の、しかも悪く言えば市井から募った雑多な部隊を許容したら見廻組含め既存の公的組織の士気に関わりメンツも潰れる。暁津藩の言い分を補強したい、と言うのなら別であろうが」
「単純な戦闘能力を売り物にするのとは違い、俺達の目的はあくまで治安維持だ。相手を倒すことではなく、如何にして被害を出さないか、抑えられるかを考えねばならない。
幸い見廻組は治安維持の為に作られた公式の組織だ。私設の紳選組とは違い、最初から組織として横の繋がりが期待出来る」
 レンが続けた。そのやりとりを見守ってから、アルツールが司馬に視線を向ける。
「この司馬先生は、今は塾を営むただの中年ですがかつては地球で大国の宰相も勤めたほどの方です。紳撰組について扶桑守護職にかけあうとき、良い相談役になれるかと」
 その声にレンが頷いてみせると、司馬が咳払いをしてから続けた。
「これは、ただ仲良くすれば済むという問題では無い。管轄のキチンとした線引きと、捜査の際どちらの権限が優先されるかなどをしっかり『上と』話し合って言質を取り明文化させるべきであろうよ」
 そこまで続けると、司馬がお茶を一口飲んだ、
「タダ、というのもそちらは信用ならんと思うし、ワシも今は商売人だからな。
まあお払い箱になるまでの寝床と帰るときの観光土産くらいはいただきたいかね」
 丁度そんなやりとりをしていたときのことだった。八咫烏からもたらされた矢文は、扶桑見廻組にも届いており、それを携えて七篠 類(ななしの・たぐい)がやってきたのだった。
「寺崎屋で、不逞浪士の会合があるそうなんだ。紳撰組が、踏み込むらしい」
 類のその声に、レンが息を飲んで、折りたたまれた時の線がはっきりと凹凸を作っている紙を一瞥した。
「踏み込む――そうか。まぁ一番槍の手柄は彼らに譲ってやり、俺達は寺崎屋の周辺区画を封鎖しよう。町奉行の同心らと協力して、不逞浪士を一人も逃がさぬ陣を張らないとな。それに浪士が逃げる際に近隣家屋に火を放つことも懸念される。町火消しの方にも連絡を入れておき、有事の際には直ぐに動けるよう待機しておいてもらおう」
「そうだな」
 類が頷いたのを見て、レンが続けた。
「勿論、俺達も口だけではなく実際に現場に出て働こう。不逞浪士の中にとんだ食わせ者が居るかもしれないからな。紳撰組だけでは、手に負えないかも知れない」


■其の弐


 日が高くなってきた頃近藤勇理は、紳撰組とその協力者の皆を集めて、口火を切った。
「今宵、寺崎屋で、不逞浪士の会合があるらしい。そこには、大老を暗殺し、現在指名手配されているオルレアーヌ・ジゼル・オンズロー(おるれあーぬじぜる・おんずろー)も顔を出しているとの事だ。無論、以前から要注意人物であった梅谷才太郎もいるらしい。これは、一網打尽にする契機である。皆、真剣に取り組むように」
 力強く告げた勇理の横で、棗 絃弥(なつめ・げんや)が声を張り上げた。
「いいか、お前等。ここがこれまでの鍛錬の見せ所だ! 気合いを入れろ!」
 副長のその声に、皆が威勢良く返事をした。
「梅谷才太郎までとは、良いのであるか、局長」
 草薙 武尊(くさなぎ・たける)が尋ねると、ここの所派手に協力してくれている東條 カガチ(とうじょう・かがち)が興味深そうな視線を向けた。
「構わない。私の成すべき事は、この扶桑の都の太平を守る事だ」
断言した勇理に対して、海豹村 海豹仮面(あざらしむら・あざらしかめん)が何度か頷いて見せた。
「流石だねぇ。ここで名を立て、俺も海豹村の宣伝を頑張るよ」
「だからその不自然な宣伝は何?」
 三番隊組長のレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が、笑みをこぼした。
「こうして扶桑の都を思い集まってくれた皆、今こそ力を尽くそうではないか」
 そうしたやりとりには構わず、勇理が力強い声を放った。
「勿論だ」
 如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が頷くと、傍らでヘイズ・ウィスタリア(へいず・うぃすたりあ)も首を縦に振った。
 こうして紳撰組の一同が、寺崎屋へと踏み込む事になった次第を、壁に背を預けて藤堂平助が静かに見守っていた。芹沢 鴨(せりざわ・かも)は、先に現場を見に行くと行って、ふらふらと出かけてしまっている。
決行は、その日の夜であった。
 絃弥が檄を飛ばす。
「良いかお前等! 常に全ての敵が自分の視界の中に納まるように場所取りするのを怠るな。相手の顔が空いていたら躊躇せず目を抉りに行け。相手に傷を負わせたならそのまま組みついて抜き手で傷口をさらに抉れ」
 絃弥の黒い瞳が、獰猛さを帯びていく。それは、見る者を畏怖させるようだった。
「強敵には三人一組となり一番技量のある者が相手の正面を取り一斉に斬りかかれ。後ろ、横全ての逃げ道に数人を配置し一切の逃げ道を塞げ、そして逃げてきた敵を討ち取れ」
 凛としたその声に、皆の視線もまた真剣なものへと変わっていく。
「――ただし、殺す事に慣れるな、常に自分が人殺しの犬畜生だという事を覚えておけ、だからと言って卑屈になるな、自分が手を汚すことで守られる人間がいるという事を忘れるな!」
 言い切った絃弥に隊士、皆がまず大きく頷いた。それを見て取り、鬼の副長は言葉を続ける。
「そして、使えるものは何でも使え、捨てて良いのは愚かさだけだ! あと、最後にこれだけは覚えとけ、仲間見捨てて逃げ帰ってきた奴は局長が何と言おうと俺がその場で殺す……いいな」
 鬼の副長の、迫力ある声に、隊士達は威勢良く返答した。それを見守りながら、罪と呪い纏う鎧 フォリス(つみとのろいまとうよろい・ふぉりす)が言う。
「武士道と騎士道は似て非なる者だが両方に言える事がある、それは戦場においてはそんなものは何の役にも立たないという事だ。決闘をするわけではないのだから相手が卑怯だの何だのと吠えても気にするな」
 フォリスはこれまで、――元とはいえ英霊などと言う過ぎ去った過去の亡霊に過ぎない私が今の世を生きる人間に介入するというのは本来あってはならないのかもしれない、しかしそのような事を言っている場合でもないか、と考えて、鍛錬に手を貸してきていた。
 ――せめて志ある若者たちが道半ばで倒れぬよう鍛えるのみ。恨んでくれて結構、恨まれるのも呪いの言葉を吐かれるのも慣れているのでな。
 そんな風に考えていたのであるが、フォリスを師と仰ぐ隊士も、既に増えていたのだった。
 こうして、紳撰組の士気は上がっていったのである。



 その頃、日々を寺崎屋ですごす、幾人かの攘夷思想の持ち主達の居室には、この日もトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)、そしてテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)が訪れていた。寺崎屋の二回、左から数えて、二番目の部屋である。
 トマスは、知的さと現実感を併せ持つ青い瞳で、一同を見据えていた。此処にいる者の多くは、暁津藩を脱藩した浪士である。他には藤村という名の、脱藩浪士然とした者が一人加わっていた。
 彼は、寺崎屋に集まる『不逞浪士』と呼ばれる、暁津藩士達に意見整理をするように促していた。
「いいか? 酒類は控えめに。仲良く鍋を食べようぜ! そして意見がある奴は、自分できちんと意見をまとめあげてから、発表・発言する。これがルールだ。いいな、非暴力的な会合に終始するようにしよう――それにほら、これは地球由来の菓子だ。誕生日の奴にやる。まずは、お祝いをしよう」
 これまで真面目に取り合っていなかった者達も、次第にトマスの熱弁に耳を傾けるようになり、今ではこの部屋に集う者は、彼らを敬愛していた。
「メンバーの中で、今月誕生日の人、挙手!」
「あ、俺々」
 すると一人が手を挙げた。傍らで、もう一人も手を挙げる。
「よしじゃあ、その分のまとめてのお誕生会、という理由でまず集まってる事にしよう。なるべく平和に!」
「……でも良いのか、こんな事をしていて、もし新撰組が来たら……」
 暁津藩の脱藩浪士が一人、不安そうに呟いた。
「来たら来たで、斬り……いや」
 いいかけた誕生日の浪士の一人が、トマスへと振り返る。
「確かに紳撰組は、貴女達を敵視しているみたいだけど、『明日のマホロバを考える』という点では共通している筈。『どんな風に』という部分の調整が成ってないから、やたらめったら敵対して、ともすれば流血騒ぎさえ起こしかねない状況になってるだけだ、きっと」
 トマスはそう断言すると腕を組んだ。
「『マホロバ』の中で、内輪もめしてたら、国力が疲弊してその分脅威に思っている、帝国に対してはパワーダウンしてしまうじゃないか……それに、こう言う風に単なる飲み会をやってるところであれば、紳撰組も無碍に血を流すような騒ぎには出来ない筈だ」
 そう告げてからトマスは、さりげなく会合の会場に『おたんじょうびおめでとう!』と言い訳用の飾り付けを用意した。
「紳撰組が来たら、一緒に飲み食いしようって、誘うんだぞ。仲良くするきっかけだ」
 その隣で子敬は、暁津藩を脱藩したろうし、一人一人をじっくりと監察していた。
「一人一人をじっくり観察すれば『不逞浪士』などという失敬な呼び方で誰かにレッテル貼りなんてできない筈です。自分達の思うやり方と違う、というだけで『同じ国に住んでいる者同士』が戦うのは随分無駄ですよ」
 子敬は溜息をつきながら、昔の事を思い出していた。
「赤壁の戦いの開戦前、随分と呉も揉めたものですが、外敵に当たらなければならない味方同士で剣を取って争うのではなく、それぞれの考えや意見でもっての舌戦でした。血は流しつくすと味方の人員が減ってしまいます。でも智恵の智、は出せば出すほど味方の力を増しますからね」
 やさしそうな茶色の瞳に、笑みの色を浮かべる。
「紳撰組の方達には肩すかし、一緒に平和的に飲み食いしながら、マホロバの将来を考えればいいでしょう。食事を一緒に取るのは、距離を縮めるのにいいですね」
 その声に、ベリーショートの薄茶色の髪を揺らしながら、テノーリオは思案していた。
 ――『敵』、というか片付けるモンダイは共通してるのに、なんだって国内で敵対し合って、解決を遅らせるかね。10年前の大震災後の日本国内の政治情勢って、こんな感じだったのかな? その頃は、オレ、まだ子供だったから詳しい事は知らないけど。
「物事が前進しないのを、国内の『相手』の所為にするのはどうかなぁ。時限切って、いついつまでは片方のやり方ですることにしてもう片方も全面的に協力すること……にしたらどうだ? 期間中に成果出せなかったら、主役というか、方針交代ってことで。一方のやり方に固執しても、本当の敵に対して有効な手、はそう変わらないと思うんだ。一定レベルの人間の知性、の考え付くことにさほど誤差は出ないだろ、うん」
 テノーリオがそう呟いた時、調理下手のミカエラが、渾身の力を発揮していた。
 ――ふふふふふ。
 ――どんな料理音痴でも失敗しない料理……それは、鍋!
 内心そんな事を考えていた彼女は、切って用意していた具材を、とりあえず出し汁を入れた鍋の中に放り込んだ。
 ――これならば各人が各人の美意識というか食欲の命ずるところによって、食べごろの具を取っていきますもの♪
「これだったら戦闘一筋の私でも、大丈夫。はりきって、鍋奉行させていただきます」
 楽しそうに口にした彼女は、沸騰の加減を確かめている。
 火力と出汁の量、そして具材の量や配置に、身長に目を光らせているようだった。
「『目で食べさせる』ということもあります」
 呟いた彼女は、赤いニンジンや緑の三つ葉、春菊などを彩りよく鍋へと入れていく。
「あら、炊けてきた……これ、そろそろ食べごろですよ、おにいさん。ああ、その鳥肉はまだもうちょっと!」
 このようにしてミカエラは、鍋の中の宇宙を支配したのだった。
 藤村が碗を受け取った時、その部屋の正面を芹沢 鴨(せりざわ・かも)が通り過ぎていった。
 僅かばかり開いた障子の隙間から、二人の視線がかち合う。
 すると虚を突かれたように芹沢が息を飲んだ。
「ちょっと出てきますね」
 瞳で出てくるように告げ、歩き出した芹沢を追うように、藤村は箸を置いて立ち上がったのだった。

 藤村が芹沢を追いかけて、寺崎屋を出て、少し離れた路地へと向かうと、そこでは柳の木に背を預けた芹沢の姿があった。欠けた鉄扇で、彼は緩やかに風を送っている。
「なんであそこにいた?」
「ふふふ、驚きました?」
「まぁな」
 藤村と名乗っていた藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)は、これまで、脱藩浪士を装って攘夷運動に紛れ込んでいたのである。和装で男装し、髪型を総髪に変えていた彼女は、満面の笑みで芹沢を見据えていた。彼女が持参している大きな袋には、実の所三つばかり生首が入っている。優梨子はこれを干し首にするつもりなのだ。干し首とは、装飾用に加工された人間の頭部であり、由来は地球のアマゾン川流域の部族が制作した頃まで遡る。ようは、乾燥させた生首だ。その縮み方に、独特の趣がある。
「居心地の良い街ですね、ここ」
 腰には雅刀を下げ、得物はそれ……と見せかけて、優梨子は一歩踏み込んだ。
 ――キン。
「これは楽しくなってきちまった」
 芹沢が笑う。鉄扇が音を立てた。
 だが、彼女の攻撃は、サイコキネシスがメインという変則戦闘方だった。直後煙幕ファンデーションが炸裂して視界を封じる。その間に龍鱗化を使用していた。そして彼女は、殺気看破を頼りに大量のナイフを取り出した。ピクニックバスケットから抽出して、袖に仕込んでおいたのである。それを挨拶代わりに、彼女は芹沢へと差し向けたのだった。
「うふふ、今度は、この前のようには行かせない心積もりですよー♪」
 優梨子はそれらに加えて、黒檀の砂時計で加速した。同時に歴戦の立ち回りでカウンターを狙う。この前とは、芹沢の手で、延髄に一撃食らって負けた事件の話しである。
「どうかな?」
 まだ余裕の笑みを浮かべている芹沢は、バチンと音を立てて一度鉄扇を閉じると、姿勢を低くし、一歩踏み込んだ。常人には見えない程の速度である。
 その致命的な一撃を、優梨子は、パワードアーマーを咄嗟に物質化させる事で防いだ。
「やるねぇ」
 芹沢のその声に、優梨子もまた楽しそうに笑みを浮かべた。次いで彼女は、『無光剣』をサイコキネシスで操って不意打ちをしかける。
 それよりも一歩早く、芹沢が刀を抜いた。
「甘ぇ!」
 その一声と同時に、優梨子の育ちの良さが滲む黒髪が、地へとたたきつけられる。彼女が反撃しようとする前に、芹沢の鉄扇が彼女のこめかみを打った。彼女の意識は、そこから闇へと落ちていった。