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結成、紳撰組!

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結成、紳撰組!

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■■序章

「帰りがやけに遅いな――まぁ、みんなも居るし、フィアナなら心配ないだろ」
 相田 なぶら(あいだ・なぶら)が、帰らぬパートナーを思って、何処かでそんなことを口にした。

■其の零


 これは少しだけ遅い桜が咲く、花煙る島国の都での数日間の群像劇だ。
 薄紅色の花弁が、若々しい緑の葉脈の上へ左右へ散っていく日中のマホロバ。
 花を散らす風は、潮の匂いを感じさせ、船着き場からこの地へ降り立った観光客達の髪をさらっては、海へと帰っていく。
「ここがマホロバか」
 アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が、正面に並ぶ茶屋を一瞥しながら呟いた。ベリーショートの薄茶色の髪が、静かに風に揺らされている。強い風だ。わずかに双眸を細めてから、彼はパートナーの司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)へと視線を向ける。その青い瞳に応えるように、司馬は顔を上げた。
「幕末の日本を彷彿とさせるのは、桜ゆえなのであろうか」
 冷静な司馬の声に、アルツールが言う。
「キルシュブリューテンか」
 ドイツ語に堪能な彼が、桜の名を母国語で繰り返した時、その薄紅色の花びらが、彼らの正面にいる一団の方へと飛んでいった。


「まぁ、桜だわ」
 黒く長い髪を手でおさえながら、橘 舞(たちばな・まい)が頬を持ち上げる。その嬉々とした声音に、従姉妹であり、瓜二つの養子をした朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)が視線を向けた。よく似た黒い瞳ながら、眼差しに込められた迫力には、わずかに差違がある。
「綺麗だな。京都を思い出す」
 おだやかな舞の瞳とは異なり、正義感の強さがうかがえる真摯な瞳を、千歳はパートナーのイルマ・レスト(いるま・れすと)へと向けた。出身地を口にしながら、千歳はイルマの薄茶の長い髪が風に乱される様を見据えている。
「お嬢様、あまりはしゃぎすぎてはいけませんわ」
 当のイルマはといえば、舞のパートナーであるブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)へと呼びかけていた。
「別にはしゃいでなんていないわ。使用人が一々口を挟まないで」
 ヴァイシャリーの裕福な商家の一人娘であるブリジットは、波がかった美しい金色の髪を揺らしながら、不服そうに唇を尖らせた。しかし彼女の青い瞳は桜から離れない。
「わらわも本当に綺麗だと思うのだよ」
 その隣で、金 仙姫(きむ・そに)が頷いた。彼女もまた妖艶な黒い瞳を、並ぶ桜へと向けている。
 桜を眺める彼女達の正面を、一つ先の船で着いたフィアナ・コルト(ふぃあな・こると)緋王 輝夜(ひおう・かぐや)、そして坂上 来栖(さかがみ・くるす)が通り過ぎていく。


 パートナーがどこかで思案していることなどつゆ知らず、フィアナは、銀色のポニーテールを静かに揺らしていた。
「そろそろ観光旅行も終わりですね」
 現実的な性格が滲む彼女のその声に、共に旅をしている来栖が顔を上げた。乳白金の長い髪が揺れている。
「最後にもう一箇所、四条大橋でも見に行きませんか?」
 来栖の提案に、フィアナが頷いた。
 四条大橋は、三条河原の先にある著名な橋である。
 だがもう一人、隣を歩いている緋王 輝夜(ひおう・かぐや)は、何も応えず考え込んでいるようだった。
「輝夜さん?」
 来栖が再度声をかけると、輝夜は赤い瞳を瞬かせた。
 我に返った様子の彼女の首元では、黒いポニーテールが揺れている。
「ごめん、考え事をしていたんだ」
 彼女が考えていたのは、パートナーのエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)の事だった。考えても考えても仕方がない事が世の中にはあるのかもしれなかったが、それでも輝夜は時に悩みこんでしまうのである。ショートパンツの裾を後ろ手にひいてから、ブラウスを纏った両腕を組んで、輝夜は一人頷いた。
「大橋だっけ」
 彼女のそんな声に、フィアナが頷く。
 こうして三人はもう一所、観光へ赴く事になったのだった。
 そんな彼女達にぶつかりながら、一人の青年が通り過ぎていく。彼は手首に、猫柄の絵が着いたリストバンドを巻いていた。


 そんな風にして、観光客が往来する道を、いくばくか太り気味の大柄な猫が横切っていった。



■其の壱


 通常出不精なその猫が、通っていった先。
 そこには葦原藩松風家の邸宅が、存在感をあらわに建っていた。
 当主であり現松風家当主である松風堅守は、正面で頭を垂れる紳撰組の近藤 勇理(こんどう ゆうり)と、そのパートナーの楠都子を一瞥していた。堅守は、どこか瞳に老獪さをのぞかせる、痩身の壮年男性である。一見すれば生真面目そうの一言に尽きるのだが、共に一席設けたならば、驚く程広い彼の思索の間口に、対面者は驚く事となるだろう。
「本当に紳撰組を、扶桑守護職預かりとしていただけるのですか」
 勇理が凛とした声で尋ねると、堅守は微笑した。
「勿論だとも。その志と活躍は聴いている」
 柔和なその声に、都子が静かに首を捻った。
「って事は、これからは、大々的に『扶桑守護職預かり』を名乗っても良いんですよね?」
 豊満な胸と長い睫毛を揺らしながら、都子が唇を撫でた。
 凄艶なくびれに片手を宛がった彼女は、色っぽく厚い口元へと指を添える。
「構わない」
 簡素に頷いた堅守は細く息をつくと、勇理へ再度視線を向けた。
「この扶桑の都の治安を維持する事は、ひいてはマホロバの平定へとも繋がるだろう。期待している」
「仕り候」
 そのようにする、との含意で応えた勇理は、一度深く礼をすると立ち上がった。
「行こう、都子」
 同様に礼をして、都子もまた立ち上がる。
 この夜、紳撰組は、正式に扶桑守護職預かりの身となったのだった。


 紳撰組とは、つい先日組織された、烏合の衆の集まりである。
 否――今宵の松風堅守との会見で、そうでは無くなった。
 少しばかりその軌跡をさかのぼるとすれば、それは数周間前へとさかのぼる。
 あるいはこのマホロバの中心にある扶桑の都において、その象徴たる世界樹扶桑に火が放たれた事が契機だったのかも知れない。
 疾病が蔓延し、天変地異や革命論が闊歩する世情の中、ある時ポツリと呟いた都子の言葉が、一種のきっかけとなったのだ。

 それはとある茶屋での出来事である。
「こんな風景を見ていると、昔のことを思い出すんです」
 都子のその言葉に、何の話しだろうかと、勇理が視線を向ける。
「私が嘗て生きていた、そう、日本の昔話ですが――今となっては昔話に成り果ててしまいましたが、確かに志を持って世を変えようと、尽力した者達がいたのです」
「志を持って世を変える?」
「いえ……正確に言うならば、私が属したあの組織は、『太平の世』を守ろうとした。今でもそこに参画できた事を誇りに思っています」
「その組織とは?」
 勇理が先を促すと、都子が懐かしむように唇の片端を持ち上げた。
「新撰組です」
「しんせんぐみ?」
 尋ねた勇理に対して、都子は滔々と新撰組について語ってみせる。幼い頃より、一人前の武士になるべく育てられてきた勇理とって、それは目を瞠らざるにはいられない逸話だった。勇理は剣道を、そして武士道を重要視していた両親に育てられ、武士として漢であれと育てられてきたのである。その為、勇理の心は侍だった。
「そのような志を貫いた侍がいたとは!」
 思わず感嘆とし、勇理はそう口にしていた。新撰組のその名こそ、勇理も知っていた。だが子細まで語り、知らぬ事を告げる都子の思い出話に、次第に感化されていったのである。
「このマホロバで、あのような悲劇を繰り返さないよう――何とか治安を維持することは出来ないでしょうか」
 都子が考え込むようにそう口にした時、茶の浸る湯飲みを、勇理は音を立てて卓に置いた。
「つまり局長を探して、新撰組――いや、今は紳士たる事が誇りなのかもしれない。そう、『紳撰組』を組織すれば良いんだな」
 美少年と形容したくなる麗しい面持ちで、勇理は大きく頷いた。
 すると少し離れた席から、喉で笑う声が響いてくる。
「面白ぇことを言う奴がいるもんだ。そういうのは、言いだしっぺがやるもんだろ」
 それは新撰組の初代局長、芹沢 鴨(せりざわ・かも)の声だった。
「芹沢さん!」
知己である都子が驚いて顔を上げると、僅かに欠けた鉄扇を静かに動かしながら、芹沢が面白そうな顔をした。都子は、元々は新撰組隊士である、楠小十郎の英霊なのだ。
「確かに名前も似ていますし、最適でしょう」
 都子の同意の声に、勇理は言葉に詰まる。

 このようにして紳撰組は、成り立っていったのである。
 以来、今日のこの日までの間は、勇理達二人は、芹沢や藤堂平助に尽力してもらいながら、ただ自ずから扶桑の都の治安維持に努めていたのである。
 けれどこの日を境に、正式な組織としての活動が可能になったのだった。


 一方、居室に残った松風堅守の元へは、家臣が面会の約束話を二つ携えて訪れた。
「明日の夜か――よしなに」
 うまいようにするように、そう告げながら堅守は、一件目の約束相手を思い浮かべる。相手は、マホロバ幕府の陸軍奉行並である武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)達だった。他には、武神 雅(たけがみ・みやび)龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)も同伴するはずだ。
 雅達三人は、八咫烏――という名の、さる集団に属している。その為、早々に紳撰組との今回のやりとりが伝わったのだろうかと、堅守は思案した。彼らが属する八咫烏とは実に優秀な集団である。
「なるほど、明後日の昼も……」
 次いで、明後日の約束相手の名を見た堅守は、マホロバの将軍家の御花実の顔を思い浮かべた。畏れ多い相手であるが、名を見てこちらが構えてしまうというのに、用件は一介の鍛治師としての申し入れである。
「これも、よしなに」
 水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)の顔と、そのパートナーの天津 麻羅(あまつ・まら)の顔を思い浮かべながら、静かに堅守は頷いた。
 当主の返答に、礼をして家臣が踵を返す。
 それを見送り一息ついてから、彼は腰を上げた。
 そろり、そろりと廊下を進んでいくと、東雲遊郭にも着物を卸している商人の姿が視界に入る。久我内 椋(くがうち・りょう)である。黒い髪と瞳をした彼は、『久我内屋』として身を立て、このマホロバにおいて商人として生きていく基盤を築いているのである。
「これはこれは松風公」
 通りがかった堅守に頭を垂れた椋に対し、片手を軽く上げて扶桑守護職は応える。
「今宵も綺麗な着物が多いな」
 喜んでいる様子の住まいの女衆を一瞥しながら、当主は静かに微笑んだのだった。
「飢饉の状態であるし、当面の治安維持の方々への食料などの供給を援助させてもらえませんか」
 椋は、内心将来的にお城の上流の方々ご用達になるための布石と考えてもいたのであるが、その申し出に、堅守公が嬉しそうな声をした。


 そんな夜の姿を、松風家へと運び込まれていく着物の数々を、外の通りでうろうろしている若者が見据えていた。それは――街中を徘徊する青年に扮した橘 恭司(たちばな・きょうじ)である。彼は今回、八咫烏の特務部隊として、人員と権限の多くを預かっていた。
 何かメモでもする風に俯いた恭司の正面を、点喰悠太と名乗っている麗人が通り過ぎていく。実の所、胸をつぶし髪を一つに縛って男装している彼――もとい彼女の本当の名は、佐々良 縁(ささら・よすが)である。


 このようにして、よしなに、次第に扶桑の都の夜は、更けていった。