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破滅へと至る病!?

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破滅へと至る病!?

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第2章 運命の仔らは、死の舞踏を踏む。場に流れるは血と破滅への序曲


 『月極』グループ、いや『深淵の暁闇』と名乗った仮面の男は杖を再び振り上げた。
 杖と言っても、商店街の公園に植わっている桜から「調達」してきたもので、後日管理人の松本さんをたいそう怒らせたらしいが、それは余談。
「ようこそ、運命の仔らよ。呪われた城へ、そして“死の舞踏会(ダンス・マカブル)”へ──」
 男は大事なことなので二回言いました。
「貴君らを歓迎する、我ら『深淵の暁闇』の精鋭をご紹介しよう」
 男の前に立ったのは、六人の少年少女だった。全員黒いマントを羽織り、フードを深く被っている。
 謎の組織は簡単に姿を見せてはいけないのだ。始めは声だけ、手だけ、シルエットだけで思わせぶりにしなければいけない。
「あ、あの……どうして……私、こんなところにいるんですか……?」
 なのに一人の少女がおもむろにフードを脱いでしまった。ツインテールがきょろきょろと見回す動作に伴って揺れる。
「私……何してるんですか?」
 次に隣の少女が自分のマントをばさっと放り投げた。最低限の部分しか覆っていない、扇情的な、黒い革製のビキニ姿が露わになる。
 防御力ないだろだとか、寒いんじゃないのかとか聞いてはいけない。女悪役の露出度は高いのもお約束だ。
「ふぅ、これだけの契約者に囲まれながらいい気なものね」
「いいじゃない、戦う人間が少なければ少ないほど、多くの殺しを楽しめるわ」
 隣の女性も習ってマントを捨てる。こちらは黒いレオタードに赤ネクタイを締めた女性だった。
「あ、あの……長老に失礼、だと……思う」
 彼女たちの肉感的な姿から目を逸らしながら、気弱そうな少年がおずおずと口をはさんだ。
「そうですよ、控えなさい。精神体にまでなったご老体にわざわざ鞭打つ必要もありません。力の回復を待ちしましょう──今回は、私達だけで十分ですよ」
 少年に続けて、フードからポニーテールを伸ばした少女が言い、彼女たちの背後で、小柄な少女がにやりと口元を歪めた。
「あなた一人でも……でしょう? ふふ、断罪の七騎士さん。ですが今回はバトルロイヤル。なんとなれば、私も容赦しませんよ?」

 ざわ……ざわ……。
 彼らの登場に、場ががさざめいた。この場に集められた「契約者」の殆どは、組織に所属していなかったからだ。
 世界を裏から支配すると言われる謎の組織『深淵の暁闇』。
 何時から存在するのかも不明なこの組織は、何らかの目的のために、契約者たちを取り込みながら勢力を拡大し続けている、と言われていた。契約者がこんな巨大組織に目を付けられたら、組織に入るか、それとも排除されるかの二択しかない。とある凄腕情報屋も、「もし見つかっても接触がなかったんなら、あんたは泳がされているだけだ」と言っている。
 その彼らが招待状を送ってきた以上、目を付けられているのは確かだ。
 彼らが、死の舞踏会を開くことに何の意味があるのか。勝者に与えられる深淵なる力とは何なのか。馬に人参なのか。更にはにんじんは本物なのか。旨いのか。
 いやいや、さざめいたのはそのせいじゃない。深淵なる力とやらは別にしても、今の契約者たちは組織の掌の上にいるということ。
 いわゆるフリーの契約者は、彼らの数倍の人数がいるのだ。
 なのにいとも容易く、この人数を相手に言ってのける──。
 あっけにとられ、あるいは気を引き締める契約者たちのざわめき中で、少女の小さな小さな呟きが漏れた。本人にしか聞こえない程、小さいものだった。
「そうだ、今からはじまるんだ……あたいは負けられない……」
(……あたいはきっと『深淵なる力』を手に入れる! そして……)
「だって、死んだ姉貴さえいなければ……」
 初めは小さな呟きだったその声が、徐々に高くなり叫びに変わる。

「姉貴さえいなければ、あたいが父さんの一番だった……!」
「きゃああっ!」
 ──悲鳴と血煙が上がるのは同時だった。

 という風に、彼らには見えた。

「あたいに近づくな虫けらども! 叩き斬って殺す!」
 ──彼女の言う姉とはリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)のことか、どうか。
 小柄な少女──マリィ(マリィ・ファナ・ホームグロウ(まりぃ・ふぁなほーむぐろう))の腕で、チェーンソーが軽々と振り回される。

 か細い腕では到底チェーンソーを持てないので、地面の上をがりがり引きずっているだけだ。樹木伐採用のそれは地面を納屋に放り込んであったらしくちょっと埃っぽい。

 ……本当なら、さっき「ざわ……ざわ……」せずに、組織側をフリーの契約者がすぐさま襲えば、勝ち目はあったのかもしれない。一致団結して組織を、こんなバカげた戦いを終わらせようとすれば、すぐさまできたかもしれない。
 けれどマリィがフリー側で周囲に喧嘩を売ったことで、事態は混乱に陥った。「フリーの契約者の全てが、組織を潰そうとしているわけではない」。そんな希望が打ち砕かれて、疑心暗鬼が場に渦巻いた。
 それをいいことに、壇上に立っていた幹部たちは一人一人、姿をくらませていく。
「死んだ姉貴なんてぶっ殺してやるっ!」
 マリィは叫びチェーンソーを振り回しながら、見た。自分が「斬ってしまった」契約者を。
 実は、マリィに「勇気」なんてない。もともと彼女はどこにでもいる普通の少女だった。父から何をするにも死んだ姉と比べられたせいで、姉さえいなければと願っていた、それだけの少女だった。
 契約者になったからってすぐに気持ちが変わるわけじゃない。『深淵の暁闇』に入ったからって、人殺しが簡単にできるようになったわけじゃない。
 だから、壇上に立てず、組織でだってまだまだ下っ端で──、
「やるんだ。ここでやらなかったらあたいは……」
 マリィは自分に言い聞かせると、突如始まった戦闘に混乱しながらも向かってくる契約者達に叫んだ。
「……そんなに消されたいのなら…… が、ぐ……っ!」
 叫びながら、がくりとひざを床につき、左腕を抑えた。左腕に巻かれた包帯は、傷もないのにじんじんと疼きだして痛いほどだった。
「こ、殺すって言ってるじゃん! 近寄るなっ!」
(嫌だ……、本当は姉貴も……誰も壊したくなんかないのにっ……! ──でも、やられる。このままじゃやられる……)
 殺到してくる契約者たちに恐怖を覚えた。単に怖いだけか、斬りたくないのか、力を手に入れたいのかといえば、そのどれも本物の気持ちだった。
「……っ!」
 ただ、視界の隅に入った組織のフードが、見下ろしてくる幹部の無数の目が自分を品定めするように、嘲笑するように見えて。
 ぐっと手に力を込めた。
「封印を……」
 解けてしまったら、自分でも自分が抑えられなくなる。真の力が解放される。
「封印を解いてやるっ!!」
 右手が包帯の結び目を引きちぎると同時に、左手のチェーンソーの刃が輝き、宿った光が高速回転を始めた。あまりにも早すぎて、動いていないように見える。

 実は本当に動いていない。チェーンソーは危険なのでスイッチがオフになっている上、やっぱり彼女の細腕では持ち上げられなかった。

「この世もあの世も関係無い! 世界の全てをぶっ壊してやる!」
 人を斬るのが勇気だというなら、勇気も一緒に。今まで劣等感まみれの自分を脱ぎ捨てるように、片手で軽々とチェーンソーを振り回す。
 無差別・無軌道な動きは読み辛く、その白髪の少女も、慌てて友人に引っ張られなかったら首を持ってかれていただろう。

「あら……ついてきちゃったの? 駄目じゃない……大人しくしててって言ったのに……。でもありがとう、間一髪だったわ……」
 少女はびっくりした様子もなく、首を少し傾げ、微笑を友人に向けてから、マリィの左腕に視線を当てた。封印の証、黒い小悪魔(インプ)の紋章がじんわりと浮き上がっている。
「フフフ……封印ね……私も今日なら封印が解けそうだわ」
「ね、姉様! 何が見えてるの!? あの黒い本読んでからおかしいよー」
 アイス・ドロップ(あいす・どろっぷ)の手を引っ張って間一髪を救った(ことになっている)鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)には、目の前で起こっていることが理解できずにいた。
 ……たまたま地球に遊びに来たら、剣の花嫁であるアイスが、知らない間にどこかで拾った黒い本を読んでいて。
 そしたら、舞踏会への招待状が届いたと、突然アイスが言いだして。
 テーマパークだからいいかなーとか思って行ってみたら、変な人たちしかいなくて。
(うわぁ……なんか痛い……イタイよ……)
 アイスはチェーンソーを引きずって、腕にタトゥーシールを貼っている少女の前に立っていて。
「姉様、帰ろ……」
 おまけに──、
「左目が疼くわ……共鳴しているのね。コノ封印を解いて世界を滅ぼすの……」
「……え? 封印? ね、姉様なに言ってるの?」
 ここまでむしろ現実逃避したくて頑張って浮かべてきた氷雨の笑顔が、遂にひきつった。
「世界を滅ぼすって……姉様! どうしたの! いつもの姉様じゃないよ! 違うよ、疼いてるのは怪我だよ! 封印じゃないよ!」
 アイスの左目は包帯に覆われている。でもこれは怪我のせいで、「怪我しているつもり」じゃないのを氷雨は良く知っていた。包帯取っちゃダメだ。
「ひーちゃん。心配しなくても大丈夫。私が貴方と契約したのは世界を滅ぼすためで、貴方を殺す為じゃないわ……。私の大事な剣の花嫁を殺すわけないじゃない」
「……違うよ! 姉様が剣の花嫁さんだよ!ボクは姉様の剣の花嫁じゃないよー」
 ……ビョーキだ。氷雨は絶望した。
 もしこれがアイスの遊びのつもりで一人で帰れるならそうしていたかもしれない(方向音痴が無事に帰れるのか、という問題はさておき)。
 でもアイスは本気な目をしていた。
「どうしたの!? 何が憎いの!? あのヘタレのせいなの! メールの返事がこなかったの!? それとも一行メールだったの!? 姉様の憎いモノボクが全部排除してあげるからいつもの姉様に戻ってー!!」
 氷雨はアイスの手を放すと、その手で自分の頭を抱えてぐるんぐるん。
 ひとしきり頭を振った後、ふらふらしながら立つ氷雨の細められた目には危険な光が宿っていた。口からはぶつぶつという呟きが流れ出している。
「……もう、あのヘタレが悪いんだ……ヘタレが……」
 アイスはそんな氷雨に変わらず優しく、下がっていてねと言って、
「このトンファーで……お相手……します……」
 光条兵器の黒い仕込みトンファーを出現させ、マリィの渾身の一撃を受けた。が、マリィの<鮮血共鳴(ブラッディハウリング)>はけたたましい音を立ててトンファーを削っていく。

 なお、アイスの手は二本のペットボトルの口を握って、眼前でクロスさせている。

 銀色の光刃は見る間にトンファーを断ち切る。マリィはそのまま、ためらいがちにではあるが、「勇気」を振り絞って刃をアイスの胸に突き立てた。
 と同時に、彼女は目を大きく見開いた。あるかないかの胸の真ん中から、ユニコーンの角が突き出していた。

 血に塗れた槍を抜き、手首を回して一回転させる。べちゃり、と床に着いた血に、マリィが遅れて覆いかぶさった。
「ふん、視線を壇上に引きつけて混乱させるだなんて、やっぱ『深淵の暁闇』は褒められた組織じゃないようだな」
 すらりとした長身に王子様然とした雰囲気。胸も薄いせいで、百合園女学院の制服に身を包んでいなければ、美少年だと思っていたことだろう。
 彼女は一幅の絵画のように優雅な姿で、槍を携えている。
「そう思わないか?」
 金髪を気障にかきあげて、傍らに呆と立っている少女を見下ろした。彼女は焦点の合わない目で宙を見つめたまま、うんともすんとも答えない。
 代わりに三人の少女達が、立っているその少女を押しのけて、王子様を取り囲んだ。
「流石ですわクリストファー様」「素敵ですわクリストファー様」「ですわですわ、美しいですわ」
 クリストファークリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん))が流し目を送るように彼女たちを見回すと、カナリヤ達は黄色い声を上げた。
「悪いけど礼を言うには早い。姫小百合団の騎士としては──天空の王國への招待状を勝ち取るまでは勝ち続けなきゃいけないんだからな」
 姫小百合団とは、百合園女学院本校の有志が作った自警団だ。ヴァイシャリーの白百合団に憧れた少女たちで構成されていて、正確に言えば、サークル活動に近い。ファンクラブと言ってもいいかもしれない。
「誰が勝ち続けるってー」
 声の方に視線をやると、氷雨が今度はまあ、とか、きゃあ、とか悲鳴を上げるカナリヤ達を押しのけてずんずん歩いてきた。
「何だかよく分からないけど姉様をイタい道に引き込んだやつらの仲間だよねっ!? 姉様の仇ぃーっ!」
 ぶんっ。氷雨の軽く振り回した拳が、クリストファーの頬めがけて飛んでいった。
 対するクリストファーは槍を眼前に構え息を止めた。氷雨は本気を出すつもりは毛頭なかったが、「契約者」と一般人では強さが別次元なのは、病に冒されている彼女にも分かった。
 本気を出すしかない──槍を持つ手に嵌めた指輪が眩い光を放った。
<姫小百合散華>!!」
 限界まで研ぎ澄まされた神経が、限界を超えた動きを可能にする。一秒間に放たれる十の突きが、さながら激しい雨のように氷雨の全身に降り注いだ。
 いや、突きは降り注いだはずだった。けれど、それが貫いたのは氷雨の残像に過ぎなかったのだ。氷雨の限界を超えた動きは残像を伴っていたのだ。
 彼女はクリストファーに軽く踏み込むと、必殺の一撃を叩き込んだ。

 実際のところは、氷雨は突きを難なく回避し、幻槍モノケロスという名前の物干し竿を軽くいなすと、そのままぺちんとおでこを一発殴った、だけである。だがこういう風に見えてしまう病気なのだからしょうがない。

 氷雨の超一撃に、クリストファーは吹き飛び、動かなくなった。
 同時に彼女の全身から血が噴き出して飛び散った。それはさながら散り落ちる姫百合のようだった。
「あらあらピンチかしら」「そうかしら」「かしらかしら、大丈夫かしら」
 カナリヤ達が倒れたクリストファーに駆け寄るも、さして心配する様子もなかった。というのも、限界を超えた動きを可能にする姫小百合散華の、これが弊害だったからである。
 カナリヤの一人がクリストファーの腰につけた小瓶の栓を抜く。十字架の刻まれたその細い小瓶から、精油をひとたらし、ふたたらし。青ざめた唇がバラ色を取り戻す。
 同時に、先ほどまで何も言葉も発せず立ち尽くしていた少女が、ばたりと倒れた。

 クリストファーはぱっちりと目を開くと、すっくと立ち上がった。
 けれど、目に宿っていた色は別のもので、雰囲気も王子様風味がすっかり消え去っている。
「……やっと“彼女”がどこかに行ってくれたみたいだ」
 彼女は、倒れた少女を一瞥すると伸びをした。
「やっぱり元の容れ物のほうが都合がいいね。邪魔な胸もほとんどないし……。ああ、ボクはクリスティークリスティー)。実は殴殺寺院の幹部で、カミロ・ベックマンの死んだ双子の妹……っていうか去勢されただけだから男の娘だね。何でか邪魔な胸が育っちゃったけど」
 死んだ、というのは彼女が生者ではなく、奈落人だったからだ。肉体を取り戻したことを試すように、邪魔なモノケロスを嬉しそうに蹴飛ばした。
「この肉体は途中で横取りされてね。さっきのに封印されてたんだよ。倒してくれて助かったな。──さあ、お礼をしなくちゃね」
 禍々しい黒い霧が彼女を包み込んだ。それは手にあっては絶望の剣となり、体を守る悪意の鎧となり、迷妄を起こす楯となり、欺瞞を語る冠となった。
 邪悪なる力を得たクリスティーは、脚を肩幅に開くと片手を胸に手を当て、咽喉を開いた。
 ────────きいいいいいんっ!!!
「!!」
 空気が震えた。いや、切り裂かれた。
 人間の可聴域をはるかに超えるソプラノボイス<Ultrasonic Cutter>。それは抵抗する間も与えず、氷雨を切り刻む──!!

 正気の氷雨には、彼女が突然叫び声をあげたようにしか見えなかった。なのに自分が恐れ慄いたのを見て、その少女は満足そうに歌い続けていた。
 ──もうだめだ。怖い、怖すぎる。いくら契約者にだって怖いものはある。ゴキブリとオバケとあと、ビョーキな人だ!
 氷雨は慌てて、倒れているパートナーを担ぎ上げると、その場をダッシュで逃げ出した。
 きょろきょろ周囲を見回して、他に変な人がいなさそうな、隅っこのジューススタンドの椅子にアイスを座らせると、がくがくと肩を揺すった。
「ね、姉様大丈夫っ!?」
「……ひーちゃん……? どうしたの……?」
「き、気が付いたの? 封印解かないでね! いつもの姉様に戻ってね!」
「……なんのこと……?」
 どうやらアイスは倒されたせいか何なのか、正気に戻ったようだ。
 ほっと息をつく氷雨は、周囲で自分と同じようなお子様たちが固まっているのに気が付いた。
「うえーん、こわいよー!」
 アレらをヒーローショーか何かと勘違いして見ていた子供たちが、おびえて泣き出してしまっていたのだ……。