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【カナン再生記】迷宮のキリングフィールド

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【カナン再生記】迷宮のキリングフィールド

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■第15章 第5のドア(2)

「幻舟がやられた!?」
 槍に貫かれ、前のめりに倒れていく幻舟の姿を見て、天津 麻衣(あまつ・まい)が驚きに目を瞠った。
 回復魔法を使用する暇もなかった。
「そんな…」
 横にいて、同じく幻舟のやられる姿を見てしまった麗夢が絶句した。
「幻舟っ!!」
 矢も盾もたまらず、そちらへ駆け出そうとした麗夢を、レナが抱き締めて止めた。
「どいて! 手を放して、レナ!」
「駄目、行ってももう間に合わない! 我慢して! 死んだわけじゃないんだから!!」
 今彼女が言ったところで二の舞だ。必死になだめようとするレナと視線を合わせ、ジーベックが頷いた。
「これはゲームだ。彼女は建物から外へ出たにすぎない。気を静めるんだ、麗夢」
 もっとも、放り出された先で彼女がどうなっているかは分からなかったが。治療者たちの回復魔法が間に合わず、そのまま……という可能性も、全くないわけではない。
(だが低いはずだ。1〜4室の者たちも外に出ている。それだけの数の仲間がいれば、きっとなんとかしてくれている)
 同じ志を持つ仲間を信じる。それは、クレーメックにとって息をするように自然なことだった。
「フリンガー」
「はい」
「幻舟の代わりに前衛へ入れ」
「分かりました」
 クレーメックの指示に従い、ゴットリープが丘に向かって走る。
 悲劇は、その直後に起こった。


  ――パキンッ
 彼らはそれを、何か金属製の物が割れるような、鋭い音がしたように知覚した。
「え…?」
 悲しみの歌を歌っていた島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)は、自分の声から力が失せたのを感じて歌を止めた。
「一体何なの!? これーっ??」
 次々とスキルが強制解除されていくことにパニックを起こし、麻衣は叫んだ。
 ほかの者たちも、まるで見えない何かをはぎとられていくような感覚にとまどい、後衛内でざわめきが起きる。
「……そういうことか」
 防備を固め、防戦一方のナイトたち。あの派手な機晶姫。彼ら自体がおとりだったのだ。
 なぜ今まで気づけなかったのか?
「遊撃者がいる! 各自周囲に目を配れ! ――うっ!?」
 クレーメックは突然喉を押さえ、身を折った。
 激しい苦痛、めまいが彼を襲う。息がなかなかできない…!
「ジーベック!? どうしたんですかっ」
 立っておれず、その場に膝を折った彼を見て、ヴァルナがあわてて駆け寄った。急ぎ大地の祝福を使用しようとして、あっとなる。
 スキルは封じられてしまっているのだ。
「ジーベック、しっかりして!!」
「フラワシよ…」
 コンジュラーの美悠が苦しむクレーメックを見て愕然とつぶやく。
 彼女の目には、粘体のフラワシが彼の上半身に絡みついているのが見えていた。
「……ッ…………ッ」
 クレーメックは必死に彼女たちに何かを伝えようとしているかのように口を動かし――そして消えていった。
 彼の肩に添えていた手が、何の抵抗もなくぱたりと地面に落ちたことにヴァルナは混乱した。
「ジーベック……ジーベック!?」
 「LOST」の赤い点滅に重なって、彼の姿を探す。
「姿を現しなさいよ!! 姿を隠して遠くから攻撃するなんて、卑怯だわ!!」
 麗子が叫んだ。


「――ですって。卑怯でしょうか? 透乃ちゃん」
 丘からも【ローテンブルク】の陣からも少し離れた低地で、緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)は手にしていた5000年もののワインを地面に下ろして霧雨 透乃(きりさめ・とうの)に問いかけると、自分も少し考え込むようなフリをした。
「知らないよ、そんなの。私はしたくないけど」
 こぶし使わなきゃ面白くないし。
 透乃の答えは単純明快だ。
「それで、どう? 見える?」
「ええ。今ははっきりと――というより、相手は隠れ身は使っていませんから、透乃ちゃんでも見えますよ」
「あ、そうなんだ」
 ぱんぱん。服についた埃を払いつつ、立ち上がった。
 見ると、ジーベックの敷いた陣でちょっとした混乱が起きており、その後方で立つ雄軒の姿が見える。
「で、あそこで何やってるの? あいつ」
「魔法を使っているようには見えませんから、フラワシでしょう」
「ということは、コンジュラーかぁ。厄介だな」
 見えない攻撃というのは防ぐのが難しい。遠距離から魔法攻撃という方法が一番有効だが、スキル封じを持っているとなると…。
 ――面倒だな。
「とりあえず、ナイトの方にする?」
 そう、透乃は提案しようとしたのだが。
「彼らを助けなくては!」
 義に厚い男霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)が、うおーっと立ち上がった。
「目に見えないものを用いて遠距離から攻撃するとは卑怯すぎる! しかもあのような美女たちを次々と悶えさせるなんて、これはぜひ間近で――げふんげふん。
 とにかく! か弱き女性を苦しめる悪党を放ってはおけないっ!」
 ああ、そういうこと。
 力説する泰宏に、透乃と陽子は、またいつもの悪いくせが出たのだなぁ、と納得した。
「行くぜ! 陽子さん、透乃ちゃん!」
「いいけどー。やっちゃん、彼女たちに目奪われてやられちゃったりしたら、あとでせっかんだからね」
「――えっ…?」
 3人は、【ローテンブルク】へと走って行った。
 

「――くそッ! ジーベックがやられた!」
 自陣の様子を見て、マーゼンが唸った。
「なんですって!?」
「まさか!」
 ハインリヒたちもそちらを振り向く。そのとき、最大の隙が生まれた。
「いまだ、やれ!」
 ドゥムカの合図でナイトたちが同時にランスバレストを繰り出す。
「ちィ…ッ!」
 神速を発動したケーニッヒとマーゼンは回避できたが、ハインリヒは距離が近すぎた。ナイトのランスに貫かれ、彼もまた「LOST」の赤い点滅とともに消えていった。
 しかし同時に、優子を狙ったナイト――ギメルも首に矢を受け、崩れるように消えた。「LOST」の青い点滅がつく。
 矢を射たのはゴットリープである。彼は厳しい顔つきのまま、混乱をきたした自陣に背を向け彼らの元へ来た。
「お、おい、フリンガー…」
「今、戻ることはなりません」
 ドゥムカを真正面からにらみつけ、彼は毅然とした態度を崩さず言い切った。
「戻っても僕らには何もできません。それよりも僕たちはここでナイトたちを倒すべきです。レナや麗夢や……みんなが、やつを……食い止めてくれている間に」
 倒せば、それだけ早くこのゲームを終わらせることができるのだから。
 耳をすませてようやく聞き取れる、低いつぶやき。
 ゴットリープは弓を持つ手の力を強めた。弓が折れてしまいそうなくらい、強く。
 そんな彼の決意を見て、マーゼンたちも頷いた。
「分かった」
「だが、どうやって――」
「対処法は、もう分かっています。幻舟が教えてくれましたから」


 ゴットリープは弓を引き絞った。ドゥムカへ向け、近距離からコクマーの矢を射る。シャープシューター、スナイプ、轟雷閃を付与した矢は、ガードを貫く強さを持っていた。
「へッ、この俺にそんなものが効くかよ!」
 ドゥムカが嗤って矢を叩き落とす。
 その前、ゴットリープが弓を放った直後を隙とみて、ナイトが飛び出した。無防備なゴットリープに向け、チェインスマイトを繰り出そうとしたナイトを優子がライトニングランスで切り伏せる。
「なに!?」
 「LOST」の青い点滅がつくよりも早く、ケーニッヒが神速でナイトの円陣の中央へ走り込み、ナイトたちの背中に鳳凰の拳で乱打を浴びせた。
「うおおおおっ!!」
 さらに1体には、胸に充満している怒りのまま、持てる力全てで等活地獄を叩き込む。「LOST」の青い点滅。
 円陣が崩れた。
 どんな鉄壁の防御を誇ろうと、内側から崩されれば弱いもの。
 背中に攻撃を受け、前のめりに体勢を崩したナイトに、すかさずマーゼンと優子がライトニングランスを撃ち込んだ。
「そんなばかな!?」
 ドゥムカがかばう暇もなく、ナイトはほんの数秒たらずで全滅し、「LOST」の青い点滅だけが残った。
「――あとはあなただけです」
 いつでも対処できるよう彼から目を放さずにいたゴットリープが弓をつがえる。
 今日ばかりはアバドン側についた彼に、くどくどしく警告や説得をしている時間はなかった。今は1分1秒でも早くこの機晶姫を倒し、みんなの元へ帰らなくてはならない。
 ケーニッヒが、マーゼンが、優子が、ゴットリープとともにドゥムカを囲み、4方向から一気に突き込んだ。
 さまざまなスキルによって強化された4人の渾身の一撃。
 ドゥムカに避けられるはずもなかった。


 一方、低地の【ローテンブルク】の陣では。
 雄軒による、ほとんど一方的な襲撃が続いていた。
 スキルを封じられ、不可視のフラワシによる攻撃を防ぐすべはほとんどない。しかも彼らは後衛で、回復や魔法攻撃に特化した者たちである。指揮官のクレーメックを真っ先にやられ――もちろんそれはこうなることを見越した雄軒の策だった――混乱した彼女たちが、百戦錬磨の雄軒の敵となるはずもなかった。
 だれがどんな武器を持っているか、それも観察し終えている。弓や銃を持つ者はわずかだ。それさえ先に叩いてしまえば、あとはメイスやワンドばかり。
「ゆっくりと、魂まで喰らって差し上げますよ…」
 麗子、アム、レナ、涼子、麗夢、亜衣、麻衣、ヴァリア、アンゲロ……次々と雄軒の操るフラワシあるいはヒプノシスによって戦闘不能状態へと追い込まれた。
「さあ、残るはあなたたちだけです」
 フラワシを見ることができる美悠が本能寺 飛鳥(ほんのうじ・あすか)を背にかばい、カメハメハのハンドキャノンを突き出す。
「来ないで! 来たら撃つわよ!」
 その警告を聞いて、くすりと雄軒は笑ってしまう。
「では行かなかったら何をするというんです?」
 ばかばかしい。
「これで終わりにしましょう」
 雄軒がヒプノシスを放とうとした、その刹那。
「待て待て待てーーーーい!!」
 泰宏が薙刀を手に、2人の間に走り込んだ。
「きさま、先ほどから見ていたが、いたいけな婦女子に狼藉三昧……これ以上の悪逆無道はこの私が許さん!!」
 ビシィ! 薙刀をつきつけ宣言する。
「女の子はなぁっ、ふわっとしてふよっとしてぷにっとしてぽよんとして、とにかくやわらかい生き物なんだぜ! もっと丁重に扱え!!」
 そうしてたらもっともっとおいしいシーンがじっくり味わえたかもしれないじゃないかー! おまえ急ぎすぎなんだよー!
「なんですか? あなたは」
 いきなりぶわっと涙を流しはじめた男が理解できず、雄軒はとまどい気味に一歩後退してしまう。
「熱い、無駄に熱いよ、やっちゃん。それと、そんなこと言ってる間があったら攻撃しないと、フラワシぶつけられて終わりだよっ」
 追いついた透乃がこそっと言うが、雄軒からの攻撃を意識してか、ちょっと遠い。当然泰宏の耳には入っていない。
「どうします? あのままだとやっちゃん、かなりやばいですよ」
「あー、もー。やっちゃんったら世話がやけるんだからっ」
 雄軒の背後を狙って、透乃は飛び出した。


 チャージブレイク、ヒロイックアサルト……とにかくスキル封じをされる前にできる限り攻撃しておくに限ると、透乃は次々と発動させていった。
「やっちゃんは前から!」
「おう!」
 2人で前後で挟み、スキルやフラワシを使用する暇を与えないよう攻撃を繰り出す。
 雄軒は、疾風突きはなんとか避けられたが、薙刀で胴を裂かれてしまった。
「……くッ!」
 前の男はともかく、後ろの女は厄介だ。
 瞬時にそう判断した雄軒は、鬼眼を用いて硬直させ、動きを鈍らせる。そして生じた隙に蒼き水晶の杖を使用した。
 スキル封じが発動した音がして、透乃、泰宏そして陽子までもスキルを封じられてしまう。だがもともと透乃と泰宏は武闘派だ。肉体が彼らの武器。スキルによる補助がなくても十分闘える。
「まだまだぁっ!!」
 こぶしを突き上げ、蹴りを入れ、雄軒の服を掴み投げ落とした。
「……まいりましたね…」
 一体どこに隠れていたのか。一番自分の苦手とするタイプが2人も残っているとは。
 ドゥムカを呼ぼうと丘を振り仰ぎ――雄軒は、こちらへ走ってくるゴットリープたちの姿に、ドゥムカが敗北したことを悟った。
「とすれば、猶予はないわけです」
 これは離脱した方がいいだろう。同じアバドン側とはいえ、モレクにそこまで義理立てするものはない。
 まるで彼がそう考えたのを読んだように、凶刃の鎖が雄軒の喉に絡みついた。
「逃がしません」
 陽子の手が容赦なく鎖を引き、雄軒の喉を締め上げる。
「このまま落ちてしまいなさい」
「…………ッ…」
 もはや雄軒は声も満足に出せない。これで決まるかに思われたが。
 次の瞬間、雄軒は切り札を使った。ガーゴイルを物質化で出現させたのだ。
「陽子さん!!」
「陽子ちゃんっ!!」
 透乃の前、陽子は自分の真横に現れたガーゴイルに驚愕の表情を浮かべたまま、石化した。――「LOST」
「……陽子、ちゃん…?」
 戦闘不能で消えていった彼女の姿に、信じられないと、透乃がつぶやく。
 ついさっきまでそこにいた、彼女の消えた場所を見つめ……透乃の脱力は、即座に激怒へと変わった。
「よくも陽子ちゃんをーっ!!」
 喉に撒きついていた鎖をはずし、雄軒は冷静な目で突き込んでくる彼女を見た。
 戦いは、平常心を失った方が負けだ。
 雄軒の手が上がり、粘体のフラワシが透乃へと差し向けられた。
「……ああっ…!!」
 激しい痛みが彼女を裂き走った。何かが絡みついているのを感じる。何か……目に見えない軟体の物が、彼女の上半身に絡みつき、息ができないようにさせていた。
「そんなに彼女が大切なら、今彼女の元へ送ってさしあげましょう」
 だが次の瞬間、雄軒は目の前が真っ暗になるのを感じた。
「なに…?」
 足元が不確かになり、よろめいた。体がふらふらとして、立っておれず、その場に片手をつく。
「これは――しびれ粉か…?」
 風上を見た。飛鳥がガラス瓶のふたを開け、美悠とともに憎々しげに彼をにらみつけている。
 この部屋に入る前から用意しておいたものだから、スキル封じには関係なかった。
「うおおおおおっ!!」
 泰宏が駆け寄り、真上からこぶしを振り下ろした。
 渾身の一撃は雄軒の意識を一瞬で奪い、昏倒させた。「LOST」の青い点滅とともに消えていく。
 肩で息をする泰宏の上に、王冠のような「WINNER」の文字が浮かび上がった。
 どこからともなく落ちてきたカードを、たどり着いたマーゼンが拾い上げる。
 彼らの勝利を祝福する教会の鐘の音が、高く、いつまでも鳴り響いた。