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【カナン再生記】迷宮のキリングフィールド

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【カナン再生記】迷宮のキリングフィールド

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■第9章 第3のドア(1)

「……えーと」
 ドアをくぐって早々、だだっ広いだけの空間を前に、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は言葉を失った。
 何か言おうにも、何もない。
 何もないものを前にして、何が言える?
「とりあえず、室内じゃないな、ここは」
 地平線あるし。
 空もあるようだし。
 とはいえ、足元も空も乳白色だから、地平線と言うかどうかもあやしいが。
 そもそも光源がどこかも分からない。影がどこにもできていない。まるで光るガラスの上に乗っているようだ。
「本当にここでよかったのかなぁ」
 うーん。と悩むエースの横で、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)がぴょんっと手を挙げた。
「ハイハーイ! 正しいでーすっ。オイラのサイコロのカミサマは、オイラに3番の部屋に行けと言いましたっ☆」
 ――え? クマラが決めたの? それはほんとに博打だなぁ。
「クマラ……何でも面白がるのは如何なものかね?」
 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が苦言を呈するが、クマラは全く意に介せず、どこ吹く風だ。どこかに何か見えないか、ワクワク顔で周囲一面を見渡している。
 そんな姿に、どんなときであろうと自然体、それがクマラのいいところかもしれないと、メシエもため息をつきつつ思い直した。
「で、ここにいるのはどんな敵だったっけ?」
「フェルブレイドが3人です」
 答えるエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)に呼応するように、少し先で何かが浮上してきた。
 乳白色の中、浮かび上がる3つの影。それは、やがて床を突き抜けて彼らと同じ空間に立つ、3人の女性となった。
 体のラインそのままの黒や灰色のボディスーツに剣を佩いたBQBなその姿は、実に男心をそそる。
 戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は我知らず、ヒュウ、と賞賛の口笛を吹いていた。
「いやー、ああいうのはよほど、自分に自信がないとできないでしょうね」
「……どうせ私はローブですよ」
 小次郎の軽口を聞きつけ、拗ねたようにリース・バーロット(りーす・ばーろっと)がつぶやいた。
「はっ! い、いや、そういう意味ではなくて――」
 じゃあどういう意味にとれるかというと、これが困りもので、ごまかしにピッタリのいい言葉が浮かばない。
「男性というのは、どうして表面的なものばかり重視するのでしょう? もっと高評価すべきものはあるでしょう」
 思いやりとか、包容力とか、奉仕精神とか、料理の腕前とか、家事全般とか。
 ――それで今目の前に現れた相手を評価しろというのもかなり難しいものだが。
「男とは即物的な生き物じゃからしょうがないのじゃ」
 ぶちぶち、ぶつぶつ。平謝りする小次郎を一度は許したものの、割り切れない思いでつぶやいているリースを、ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)がさとした。
「ほれ、見てみい。あそこにその代表がおる」
 ファタが指差した先では、エースがどこから出したか知れないバラの花のにおいをかぎながら、3人のフェルブレイドに歩み寄っていた。
「美しいお嬢さん方、花が1輪しかなくて申し訳ありません。まさか、こんな場所でこのような出会いがあるとは思いもかけませんでした」
 一番左端の長髪の女性にバラとキスを、ほかの2人にはキスだけを、エースは次々と送る。
「美しいお嬢さん方、これから命を賭して戦うさだめの者同士とはいえ、このままではあまりに無粋。せめてお名前だけでもお与えいただけませんか?」
「……ダレット」
「タヴ」
「レーシュ」
 おお、答えた。
「俺はエースといいます。お見知りおきを」
 3人とも、無表情でキスにも無反応だった分、期待はしていなかったのだが。反応を得られたことに気をよくしてにっこり笑った次の瞬間、彼はダレットの剣を受けて弾き飛ばされていた。
「エースっ!?」
 抜刀の動きすら見せなかったその剣は、強烈な一撃でもってエースを十文字に切り裂いていた。
「うわああっ…!」
 まともに切り裂かれた胸が、アルティマ・トゥーレによって氷結している。
「……くッ…! せ、せめてこれを…」
 消える寸前、ごそごそ尻ポケットから何かを取り出すエース。
 ひらひらと舞い落ちてきたその紙には『こんな形ではなく出会いたかったですよ。素敵なお嬢さん』という文字が残されていた。
「――エース…」
 どんなときも、エースはエースなんだね。クマラは残念そうにつぶやいた。


「ばかやってる場合じゃない」
 エースが消えた空間に浮かんだ「LOST」の点滅を見つつ、氷室 カイ(ひむろ・かい)が至極まともなことを言って、妖刀金色夜叉を抜いた。
「前衛と後衛に分かれて攻撃だ。前衛が足止めしている間に後衛が叩く! 前衛者、前へ出ろ!」
  しーーーーーーーん…
「――えっ?」
 思わず唖然となる。カイの横にはサー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ)しか進み出なかった。
「だってオイラ、回復担当だもーん」
 頭の後ろで手を組んで、クマラはさっさと後ろに行く。
「わしは女の子が好きじゃからこの部屋に来たが、切り刻むのは好まぬ」
「俺の武器は銃だ」
「僕もメシエと一緒に魔法で後方から援護いたします」
 ……よくもまぁ、そろいもそろって後衛志願者ばっかりこれだけ集まったもんだ。
「あーあー。なんだよォ、こんだけ野郎どもが勢揃いしてやがるのに、腑抜けばかりたァ恐れ入ったね!」
 絶句してしまったカイとベディヴィアの前に、ヒルデガルド・ゲメツェル(ひるでがるど・げめつぇる)が歩み出た。
「アタシはさぁ、相手が女だろーと男だろーと、ぜんぜんヘーキ。ホラ、さっさとイこうぜ。アタシがあのおネェちゃんたちの体を熱くほてらしてやるんだからさァ」
 ギラギラ輝く目で、ヒルデガルドは無表情でたたずむ3人の美しきフェルブレイドをねめつけた。


 フェルブレイド3人に対し、前衛3人だったため、必然的にチームは3つに分かれた。
「敵とはいえ、女性にけがを負わせるのは不本意だ。まず私がひとつ試してみよう。――エオリア」
「分かった」
 メシエの合図でエオリアがサンダーブラストを放った。直撃はさせない。周囲に落とし、彼女をその場に釘付けにする。その間にメシエが霧隠れの衣を用いてタヴの背後に回り、サンダーブラストの白光が消えた直後、吸精幻夜を仕掛けた。だが牙が届く寸前、肘打ちが入る。
「おっと」
 続く剣を、霧になることで避けた。
「やはりおとなしく倒されてはくれないようだね」
 戻ってきたメシエは、残念そうに息をつく。
 そんな彼らの横を、風が走り抜けた。
「ハッハァー! アンタの相手はアタシだよォ!」
 先の先、軽身功、神速と、次々発動させたヒルデガルドはバーストダッシュでタヴと名乗ったフェルブレイドに突っ込んだ。振り切られた剣をかわし、こぶしを叩き込む。
 封印解凍。タヴはこれを剣柄で受けたが、勢いのまま後ろに滑った。あるいはこれも彼女の策。開いた距離から奈落の鉄鎖が放たれる。それを、ヒルデガルドは勘で避けた。
 グラップラーである彼女を近づけまいと、タヴは奈落の鉄鎖を連射してくる。
「ちィッ! ファタぁ!!」
「分かっておるわ」
 ファタが時間に作用する魔法仕掛けの懐中時計を用いてタヴの背後に回った。そのまま、蒼き水晶の杖を用いてスキル封じをかけようとしたとき。
 タヴとヒルデガルドの距離があいた今が好機と、エオリアのアシッドミストが降りそそいだ。
「何をするんじゃ! おぬしはッ!!」
 すばやくそれと察知して、アシッドミストの圏内から飛びのいたファタが怒鳴りつける。
 対するエオリアは、一瞬ぽかんとしてしまった。
 彼にしてみれば、ファタの方こそ隣にいたと思った次の瞬間にはアシッドミストの中に飛び込んでいたようにしか見えないのだから、それも当然だろう。
「……ですが、あの――」
「巻き込みする程度の腕なら支援など不要じゃ! 引っ込んでおれ!!」
 ひどい言いがかりだが、頭にきているファタはますます声を大きくして叱りつける。
 エオリアの方を向き、完全に背を向けた、それを隙と見て、タヴが剣を構えて走り寄った。
「危ない!」
 それと気づいたエオリアが、再びアシッドミストを放つ。
 同時に、小次郎がロングハンドで足止めに出た。
「!」
 ロングハンドにふくらはぎを掴まれたタヴは、結果的にアシッドミストを回避することになった。ロングハンドを振り払い、また駆け出そうとした彼女に向け、さらにアシッドミストが放たれる。しかしその直前にまたもロングハンドが二の腕を掴んだため、アシッドミストは空振りに終わった。
 はっきり言って、全然連携がとれてない。
「掴むんだったらちゃんと掴んでいてくださいよ!」
 ロングハンドが掴む、アシッドミストがかかる寸前ロングハンドがはずれる。その繰り返しに、さすがにエオリアもキレた。
「ちゃんと掴んでいる! ただ、相手の力が強くて――」
「うそをつくでない、この痴れ者め」
 エオリアの隣で両腕を組んだファタが、やはり憤慨しながら指摘する。
 たしかに常人には小次郎の言うとおりに見えていただろう。しかし魔法仕掛けの懐中時計を持つ彼女には、事の一部始終が見えていた。
「おぬし、わざと脱力して相手に振り放させているであろうが!」
 ビシッ! 指を突きつける。
「おぬしが指を立てておるのは、最後の0.5秒のみじゃ!」
「な、なぜ私がそんなことを…」
「もちろん、あやつの服を引き破るためじゃ」
 見てみい、とファタが視線でヒルデガルドと戦っているタヴを指す。
 今のタヴは、ロングハンドによってボディスーツのあらゆる所を引き破かれていた。しかもアシッドミストを完全に浴びていないとはいえ、全く影響を受けていないわけでもない。ボディスーツは強度を弱めてスケスケ、
かなり露出度が上がっている上、所々から垂れ下がるスーツの切れ端がまたいい具合に刺激的だ。
 特にビキニラインが大きく見えているところや、脇が破れて胸のラインがチラ見えしているところが小次郎のお気に入りだった。
 まさに会心の出来。あれがうまーく破れたときは、内心ガッツポーズをしたものだ。だから
「そ、そんなことは……決してない、ぞ?」
 そう答える間も、タヴのちらりちらりと見えそうで見えないスーツの穴から目が離せない。ヒルデガルドと戦うことで身をひねるたび、スーツの穴が大きく広がったり縮んだりする。ヒルデガルドのこぶしがかすめたりすれば、ますます破れは大きくなって、胸の穴なんか、今にもポロリと――
「って、うおおおっ!? い、今見えたのはもしかしてアレかっ!?」
 興奮して、思わず叫んでしまった小次郎は、次の瞬間「うッ…」と喉を詰まらせた。
 ぐるんと白目をむいて、そのまま前のめりに倒れていく。背後から現れたのは、純白の杖を両手で振りかざしたリースだった。
 殺気立った目の光に驚くファタやエオリアの前、リースは無言で、まるで米搗きでもするように純白の杖を上げ下げし、ドスドスと小次郎を突いていく。最後、トドメとばかりに突き刺してから、リースはぺこぺこ頭を下げた。
「すみません、すみません。うちの小次郎がバカなことをしまして、本当にすみません。お叱りはごもっともです。彼にもきちんと謝罪させますから…っ」
「あ……ああ…」
 いや、小次郎死にかけてるし。無理なんじゃないかなぁ?
 心底申し訳なさそうに頭を下げるリースの足元で、どくどく血を吹き出していた小次郎が、純白の杖ごと消えた。
 そして小次郎の「LOST」の点滅が消えないうちに、リースもまた、ヒルデガルドが避けた剣が肩にクリーンヒットし、すうっとその場から消える。
 2人のいなくなった空間には、床に突き刺さった剣と、「LOST」がピコピコ点滅しているのみだった…。


「ちくしょうッ!!」
 まさかこの距離で剣を投げてくるとは!
 なんとか直撃は避けたものの、肩口を大きく裂かれてしまったヒルデガルドは思わず傷口に手をあててしまう。
 傾いだ彼女の体に手をついて、タヴは高くジャンプし、彼女を飛び越えた。その先に突き立っている己の剣まで走り、抜いて再び構える。
 その姿を見て、ファタとエオリアもハッとなった。
 戦いはまだ続いていた。――今の今まで忘れさられていたが。
「きみは一度退いた方がいいだろう」
 肩を押さえた手の下から流れる血の多さに、メシエはヒルデガルドをクマラの方に突いた。
 肩のほかにも切り傷を全身に負っているヒルデガルドは、メシエの目から見てもかなり消耗している。無理もない。フェルブレイドの猛攻に、ほぼ1人で対処していたのだから。
「……ち。すぐ戻ってくるからな」
 自覚のあるヒルデガルドもまた、そこでねばろうとはしなかった。言い置いて、おとなしくメシエの忠告を受け入れる。
 前衛がいなくなった。
「ということは、わしじゃの」
 いかにも不承不承という様子で、ファタは使い魔の傀儡3体を差し向けた。
 蒼き水晶の杖を核として氷の鎌を作れば、スキル封じが使えなくなる。
(ヒルダで互角の相手に魔法仕掛けの懐中時計のわしと傀儡3体か…。どう考えても無謀じゃの)
 しかも相手の剣は、硬膚蟲を飼っているヒルデガルドの皮膚すら裂く威力がある。
 とすれば、どうするか――……
「ええい、ままよ!」
 ファタは氷で作った鎌を手に、真正面から突き進んだ。
「無茶な!?」
 何か仕掛けるのだと思っていたのに、まさか真っ向勝負とは。
 驚く2人の前、傀儡を片付けたフェルブレイドの剣が間合いに迫ったファタに向けて振り下ろされる。その一撃は氷の鎌など軽く粉砕し、氷片を飛び散らせた。
「――すまんのう、タヴ。こちらはフェイクじゃ」
 杖で剣を受けたファタは顔と顔を合わせ、詫びるように言ってからヒプノシスをかけた。零距離からのヒプノシスは、瞬時にタヴを昏倒させる。
 戦闘不能に陥った彼女の上に「LOST」の青い光が点滅した。
「ファタさん…!」
 タヴが消えることで勝利を確信した瞬間、張っていた気が崩れたか、ファタの体ががくりとその場に崩れる。
「……なに、少々腕がイカれただけじゃ」
 タヴの剣は氷を粉砕し、杖を砕いただけにとどまらずファタの腕も折っていたのだ。
 右腕をかばってうずくまっていた彼女を気遣いながら、エオリアとメシエが両側から支えて立ち上がらせた。