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【カナン再生記】迷宮のキリングフィールド

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【カナン再生記】迷宮のキリングフィールド

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■第10章 第3のドア(2)

 フェルブレイド、ダレットとカイの間では、にらみ合いが続いていた。
 カイは血と鉄を発動させ、妖刀金色夜叉を両手に1刀ずつ持っている。お互い、その構えから相手がただ者でないことは見抜けていた。そのため、安易に仕掛けられないでいるのだ。
 相手の手の内を探り合い、めまぐるしく頭を働かせながら、じりじりと動く。ダレットの間合いでなくカイの間合いとなるギリギリのラインを探るように、カイは足をすべらせた。
(一撃で仕留められればいいが……暗黒属性のこの刀では、俺の方が不利か…)
「だがいつまでもこうしてはいられんからな」
 銃舞発動。カイが動いた。
 初手を見極め、紙一重で避けたダレットもまた、彼の呼吸に呼応するように仕掛ける。封印解凍、アルティマ・トゥーレで冷気を帯びた剣が、カイの剣に合わせて左右に振れた。
「……ふっ!」
 足元からすくい上げるようにきた一撃をダレットが受け止めている隙に回し蹴りを放つ。
「いまだ!」
 体勢の崩れたダレットを残し、カイは後ろに飛びずさった。
「いきます」
 カイの合図を受け、レオナ・フォークナー(れおな・ふぉーくなー)が絶妙のタイミングで六連ミサイルポッドを全弾叩き込んだ。
 しかし立ち込める黒煙でダレットの姿が視認できなくなってしまう。黒煙は地に沈みつつ横に流れ……カイを扇状に覆っていた。
 突然、横の黒煙から剣が突き出た。
「――!」
 一瞬回避が遅れ、頬を裂かれてしまう。
「カイ!!」
 その光景に、雨宮 渚(あまみや・なぎさ)がパイロキネシスを放った。炎の壁が走り、黒煙を縦断していく。
 その壁のはるか上を飛び越え、ダレットがカイの間合いに飛び込んだ。
 彼女は絶対闇黒領域を発動させていた。カイを強敵と認めたのだ。闇の化身と化した彼女の一撃は早く、重かった。
「……くそっ…!」
 猛攻をしのぐうち、腕がだんだんしびれ、鉛を巻かれたように重く感じられてくるようになる。
「違う!?」
 奈落の鉄鎖だ。
 ――いつの間に!?
 カイはとっさに左の剣を捨てた。奈落の鉄鎖を巻かれた腕ではダレットの早さについていけない。むしろ邪魔だ。
「うおおおおっ!!」
 右手1本にしぼり、ヒロイックアサルトを発動させたカイは、ダレットに向けて猛撃をかけた。
「マスター」
 レオナがSPリチャージを飛ばし、カイの支援を図った。
 接近戦をされては、機晶キャノンもクロスファイアも無理だった。カイを巻き込んでしまう。
 おそらく相手のフェルブレイドもそれと気づいている。だからカイの猛攻にいったん距離をとろうとしないのだ。
 無表情で戦いを見守りながらも内心ではギリギリと歯噛みしているレオナの横、ふらりと渚が動く。
 最古の銃を手に、カイの元へ歩いて行った。
「渚…?」
「――カイは怒るかもしれないわね…」
(だけど私……私は――)
 私だって、カイとともに戦えるの。いつも背中を見ているだけじゃなくて!
「……渚?」
 視界の隅に入った彼女の姿に、一瞬カイは動揺した。戦いにおいて、本来なら絶対あってはならないものだ。しかしダレットはカイの動揺に気づいていなかった。渚が仕掛けたのだ。
 ミラージュ発動。複数の影とともに、渚は最古の銃でダレットを狙い撃ちした。
 ダレットは銃弾を避けて後ろに飛んだ。彼女を新たな敵と認識したダレットは、直後に地面を蹴り、低く構えをとって彼女に斬りかかる。
 アルティマ・トゥーレのかかった剣は、渚のフォースフィールドに反応し、バチバチと青い光を放った。
「いまよ、カイ!!」
 強引にフォースフィールドを切り裂こうとしているダレットと正面からにらみ合いながら、渚が叫ぶ。
「はあっ!!」
 カイの側面からの蹴りが、ダレットを吹き飛ばした。
「やれ! レオナ!!」
「敵、確認。排除実行します」
 シャープシューター、スナイプを発動させ、レオナは機晶キャノンで砲撃した。今度こそ、確実に敵を仕留めるために、ありったけ。
「渚!」
 ふっと糸が切れた人形のようにその場にへたり込んだ渚を、カイが支えた。
 見ると、右肩に傷を負っている。
「いつの間に…」
「分からない。夢中だったから」
 手をはずして、そこに血がついていることに渚自身驚いていた。
 そんな彼女抱き上げ、回復魔法が使えるクマラの元へ運んでいく。
「なぜこんな無茶をした」
 その言葉に、腕の中の渚は答えなかった。ただうっすらと笑って首を振るだけだ。
 「LOST」の青い点滅が出て、はじめてレオナは砲撃を止める。
 カイは、振り返らなかった。



「それでは星渡さん、柊さん、今回よろしくお願いいたします」
 ぺこり。
 礼儀正しくあいさつをしておいてから、ベディヴィアはレーシュに向き直った。
 正直なところ、女性と剣で斬り合うことに抵抗がないわけではなかった。今までもそういう機会が全くなかったわけではないが、慣れることは一生できないだろう。か弱き者を守る騎士としての精神は、魂までしみついている。――たとえ相手が「か弱き」者とは言えそうにない、戦士だとしても。
(ですが、負けるわけにはいきません。ここでの敗北は、私だけの敗北ではないのですから)
 決意とともに、ベディヴィアは聖剣エクスカリバーを抜き、構えた。
「いざ、勝負です」
 応えるように、レーシュが走り出した。まっすぐ間合いへと飛び込もうとする彼女を、星渡 智宏(ほしわたり・ともひろ)の二丁拳銃が銃撃する。
 足元に撃ち込まれたそれを、レーシュはジャンプして避けた。
「そうくると思っていた」
 行動予測でいち早く動きを読んでいた柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が魔道銃を撃つ。空中ではかわせない、格好の的だ。しかしそれをレーシュは剣で弾き返した。お返しとばかりに奈落の鉄鎖が放たれる。
「おっと」
 ダッシュローラーで避け、そのまま真司は彼女の着地位置から遠ざかった。
 智宏は着地直後の無防備なレーシュを狙った。今度はスナイプとシャープシューター付きだ。必ずヒットする弾を、レーシュは剣で防ぐ。
 この攻撃により、レーシュはベディヴィアから智宏へと攻撃目標を移した。剣士よりも先に排除すべき対象と認識したのだろう。
 剣を手に、今度はジグザグの動きで智宏との距離を詰めようとする。
 フェルブレイド相手に至近距離で戦える装備はあいにくと智宏にはない。
「イコンなら攻撃に集中できるんだが、な!」
 どんどん距離を詰める彼女を銃撃しつつ、智宏はぼやいた。
 ある程度まで攻撃し、距離が縮まったら逃走に入るつもりだった。だが遠距離からであれば剣ではじける弾も、近づくにつれて難しくなると見えて、あきらかにレーシュは受けをやめて避け始めた。こうなると欲が出る。一発入ればそれだけこちらが有利だと、そんな考えが浮かんでしまう。
 結果、智宏は距離を見誤った。
 真正面からの銃弾に、レーシュは剣を投げた。智宏にではない。その間の地面に突き刺さったそれを足場に高く跳ぶ。
「なにっ!?」
 足が離れた直後、彼女は剣を引き抜くという技を見せた。円を描いた剣を逆手で持って、そのまま、まっすぐ智宏に振り下ろす。
 その流れるような美しい攻撃技に、智宏は彼女の標的が自分であることも忘れて思わず見とれてしまった。
「逃げろ、智宏!」
 真司からの声に、ハッと我に返ったときにはもう遅い。
「うわっ…!」
 身をひねるとほぼ同時に、剣が突き込まれた。
 レーシュの全体重を乗せた攻撃技が、至近距離で炸裂する。沸き起こった風に半ば背を押されるかたちで、智宏はよろめきつつその場を離れた。
「――くそっ」
 背中をかすめるようになぎ払われて、冷たいものが背筋を走る。間近に立つ彼女に向け、智宏は煙幕ファンデーションをぶつけた。
 シューッと音を立てて白煙が噴出し、周囲に満ちる。
 彼女の姿が白煙の向こうに消えた直後、なるべく音を立てないようにその場を離れた。とにかくできる限り距離をとること。それが目的の目隠しだった。
(きれいなんだがな。惜しいことだ)
「わたしがお相手しましょう」
 智宏と入れ替わりに、ベディヴィアが薄れかけた白煙の前に仁王立ちした。智宏を追おうとする彼女に斬りつける。
 攻めるベディヴィアと受けるレーシュ。
 鋼と鋼のかみ合う音が周囲に響き、剣先が触れて撃砕された床の欠片が飛び散る。
 互角の争いが数分続いたのち、やがて、ベディヴィアの剣がレーシュの剣を絡め飛ばした。
「これで終わり――」
 剣を振り切ろうとして、武器を失った女性を前にベディヴィアはためらってしまった。
 相手は倒すべき敵。だが、無防備な女性を斬り殺す?
 決意していたはずなのに、いざその瞬間がきてみれば、どうしても剣を振り下ろせない。しかしそれは、完全に彼の思い違いだった。相手は女性ではない「敵」なのだ。
 レーシュは彼に対し、その身を蝕む妄執を叩きつけた。
「うわあっ…!!」
 目の前が真っ暗になり、激しい苦痛と恐ろしい幻覚に襲われる。顔面を覆い、ベディヴィアはその場にがっくりと膝をついた。
 レーシュははじき飛ばされた己の剣を取りに走りだす。
「させるかっ!!」
 真司がダッシュローラーで飛び出し、横から体当たりをかけた。吹っ飛ばされ、床に横倒れになった彼女に向かい、即座にサンダークラップを放つ。雷撃がレーシュをしびれさせ、スキルを封じた。
 起き上がれないでいる彼女に、2発の銃声。
 消えていく彼女と「LOST」の青い点滅を、智宏と真司は無表情で見下ろしていた。


 2人の上に、王冠のような「WINNER」の文字が浮かび上がると同時に、教会の祝福の鐘の音が鳴り響く。
「わーいっ! カード、カード!!」
 ひらひら落ちてくるカードを空中キャッチしようと、ぴょんぴょんクマラが飛び上がった。桜の花掴みと一緒で、取れそうでなかなか掴めない。
 結局、床に落ちたそれを拾い上げて、クマラはゆるみきった顔で笑った。
「カード、手に入れたよ、エース!!」
 まるで「見て!」と言わんばかりに、先の折りエースが消えた空に向かって両手で掲げる。
「……クマラ、エースは死んでませんよ」
 エオリアが、ちょっとあきれたようにつぶやいた。