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さまよう死霊の追跡者

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さまよう死霊の追跡者

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【第二章 0:00〜3:00】

 怪物の登場から三時間ほどが経過し、時計の針が深夜零時を指し示す。
 外は月の光もない暗闇で、相変わらず豪雨と暴風が吹き荒れており、逃げることはできなさそうだった。
「……はぁ……はぁ……」
 そんな中、館の廊下を、マリア・クラウディエ(まりあ・くらうでぃえ)は、ひとり息を切らして駆けていた。
 背後からは、巨大な身体を揺らしながら、件の怪物が追ってきている。
 マリアは蒼空学園の生徒だ。しかし今、彼女が着ている服は、おしゃれなお嬢様風の制服……百合園女学院の制服だった。
 マリアは、百合園の女生徒たちを怪物が狙って追ってきていることに気づき、女子生徒から制服を借りることにしたのだ。
 身を削って囮を買って出たマリアに、制服を貸した百合園の生徒は感謝し、同じく百合園に通う生徒たちは、尊敬のまなざしをマリアに向けた。
 しかし、当の本人はというと、
(ふふふ……ちょろいもんね!)
 ニヤリとひとり、邪悪な笑みを口元に浮かべていた。
(こうやって囮になることを率先してやれば、あのお嬢様たちに私の株が上がること間違いなし! そうなれば後々、おいしいことになるかもしれないじゃない!)
 瞳に「¥」を浮かべ、ひどく打算に満ちた計画を立てていたマリアだった。
 幸い、怪物の足は遅い。逃げるだけなら、マリアひとりでも容易いことだ。
「さて、後はあの怪物を、戦う気満々の連中のところまでひきつけて……って、あれ?」
 マリアが振り返ると、怪物の姿が消えていた。なんだ振り切ってしまったかと、マリアが肩をすくませる。
 そんなマリアの背後では、――仮面をかぶった怪物が、カルスノウトを振りかぶっていた。
「危ないっ!」
 そこへ斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)が駆け出す。スキル『バーストダッシュ』を使い、一気に距離をつめると、「え?」と虚を突かれて呆然とするマリアを突き飛ばした。
 怪物の強靭な腕力で剣が振り下ろされる。
 それを邦彦は、左腕の義手で受けた。
「ぐっ! くそ……なんて力だっ!」
 ガキンと音を立てて、義手に刃が食い込んだ。必死に、邦彦はそれを受け止め、耐えている。しかし、怪物の腕力は、邦彦の想像以上のものだった。
「フッ……まぁ、ひとり守れたんだから、御の字ってとこか……」
「なにひとりで格好つけてんのよ」
 今まさに怪物の剣が、邦彦の義手を切り裂こうとする寸前、ネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)が怪物の横に立った。苦しむ邦彦に、呆れたような視線を向けながら、ネルは怪物の腕を取った。そのまま、怪物の足を払い、腕力を利用して地面に叩きつける。
「まったく、これだから君の相棒は疲れるのよ……ひとりで格好つけて、私を忘れないでよね」
 拗ねたように告げながら、ネルは邦彦の手を取って立ち上がらせる。
「忘れてなんかないさ。ネルがいてくれるから、多少の無茶もできるんだ」
「ふん……まぁ、頼りにしてくれていると好意的に取っておくわ」
 そう告げるネルに笑みを浮かべ、邦彦は倒れるマリアのほうを見た。
「あなたも早く逃げたほうがいい。すぐにコイツは復活しますよ」
「え、ええ。そうですわね」
 慌てて返事をするマリアの声にあわせて、地面に叩きつけられた怪物が動きを再開させる。三人は、一斉に駆け出した。


 パーティーが行われていた広間は、怪物の襲撃により、一度誰もいなくなった。
 だが今は、避難してきた生徒たちが集まり、怪物から身を守っていた。
「それで、水死した男の話って?」
 獣 ニサト(けもの・にさと)は避難している生徒たちに混ざり、噂となっている水死した男について話を聞いていた。普段と違い、燕尾服を着ているのは、給仕のバイトとしてこのパーティーに参加したからである。
 そんなニサトの質問に、三人組の百合園生たちが答えている。
「そのですね……あんまり大きな声じゃ言えないんですけど、百合園の生徒で、水死した殿方とひそかにお付き合いしてた方がいたらしいんですわ」
「ほら、百合園女学院は男子禁制の学校でしょ? だから会うとしたら、先生方の目の届かない夜しかないんです」
「湖で溺れた男性は、百合園の想い人と逢引するために、夜の湖にきてたらしいですの」
 生徒たちの答えに、フムフムとニサトは頷く。その死んだ男というのが、怪物の正体なら、かなりの情報だ。
「なるほどな。大分情報が集まってきて……って、おい! お前らもちっとは情報収集しやがれ!」
 ふと振り返り、ニサトは後ろのテーブルで召しにがっついている集団に吠えた。
 ニサトの視線の先では、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)の両名が、黙々とパーティー用に出ていた料理を食べている。
「ったく、何で俺ひとりだけ真面目に調査してんだよ!」
「いやー、だってこんなこと、パラミタじゃよくあることじゃんか。亡霊の一匹や二匹でそんなに驚かないよ」
「マ、そうよネ」
 平然とそう答え、食事を再開させるアキラとアリス。ピクピクとニサトの額に青筋が立った。
 そんなニサトを、パートナーである桐塚 優華(きりづか・ゆうか)がなだめる。
「まあまあ、ニサトも落ち着いて。ほら、これでも飲んで」
「優華、今はそんな場合じゃ……って、お前は何、客に出してたワインをちゃっかり持ち逃げしようとしてんだっ!」
 ワインのボトルを五本ほど抱え、優華は満足そうな表情を浮かべている。次第に真面目に調査している自分が馬鹿馬鹿しくなってくるニサトだった。
「お前らなぁ、ホントいい加減に……」
 その時だった。

 ――バンッ!

 音を立てて、勢いよく広間のドアが開く。
 そしてドアの向こうからは、仮面をつけた怪物が現れた。
 あちこちから悲鳴が上がる。
 怪物は迷うことなく広間に侵入し、近くにいた百合園生に向かってきた。
「――学習しないヤツだな」
 そして侵入してきた怪物の後ろで、飾り物の壷を抱えた田中 クリスティーヌ(たなか・くりすてぃーぬ)が、怪物の後頭部に壷を叩きつけた。
 ガシャンという音とともに、怪物は本日二度目になる壷の一撃で倒れた。
「ったく。何個、壷を壊せばいいんだ。というか……この壷、ひとついくらするんだ?」
 などとクリスは、ひとりブツブツと呟いていた。すると、怪物はふたたび身体を持ち上げてくる。
「アリス」
「ハーイ……えィっ!」
 可愛らしい掛け声と共に、アリスの手から銀色のナイフとフォークが投げられる。それらが立ち上がろうとしていた怪物の手足に突き刺さり、怪物はふたたびバランスを崩した。
 そこへさらにアキラが近づいていく。その手には、火のついた蝋燭と、優華から奪ったワインボトルが握られていた。
「ハイ、ご苦労さん」
 それを怪物に向かって投げつける。ボトルが割れ、酒に引火して怪物の身体が燃える。大した炎ではないが、それでも怪物はもがいていた。
「今のうちに逃げるぞー」
 アキラの言葉で全員がようやく我に帰り、一斉に広間を飛び出していった。


 館の廊下。遮蔽物の少ないその場所に、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は避難した生徒たちを集めていた。持ち前のカリスマ性で生徒たちをまとめて、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)と共に、生徒たちから事情を聞きだしていた。
「……そう。ありがとう」
 亜璃珠は話を聞いた生徒たちに礼を言うと、一団から少し距離を置いた。亜璃珠の動きを見て、亜璃珠を姉と慕う小夜子も、すぐその後を追ってくる。
「御姉様。何かわかりましたか?」
「大体は掴めましたわ。怪物はどうやら、半年前に溺死した男と関係があるようですわ」
 亜璃珠は先ほど百合園生から聞いた話を、小夜子に語った。
「彼とお付き合いしていた百合園の生徒がいるらしいですの。しかも、話によればかなり裕福な家系の子らしいですわ」
 さすがに噂なので個人まで特定できませんでしたけどと、亜璃珠は付け足す。小夜子は静かに頷いていた。
「小夜子のほうはどうですか? 何かわかりました?」
「はい。その溺死した男性のことなんですけど……どうやら、パラ実の生徒だったらしくて」
「パラ実生……それじゃあ、噂が本当なら」
「はい。身分違いの恋なんじゃないでしょうか?」
「なるほど、許されざる恋というやつですわね。通りで『深夜に湖を泳いで』なんて強引な話が出るはずですわ」
 貴族出身の男性なら、まずそんな強引な逢引の仕方をしないだろうと、亜璃珠は想像する。その意見に、小夜子も頷いた。
 そうしていると、護衛として周囲を見張っていた樹月 刀真(きづき・とうま)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が二人に近づいてきた。
「どうだ? なにかわかったのか?」
「ええ、実は……きゃっ!」
 亜璃珠が刀真の問いかけに答えようとしたその瞬間、窓の向こうが光り、大きな稲妻が近くに落ちた。それに驚き、亜璃珠はとっさ的に目の前にいた刀真に抱きつく。
「え? 亜璃珠?」
「あ……い、いえ、これは違うんですのよ! 別に私は、雷が怖いわけじゃ……ひぃっ!」
 ふたたび空が光り、雷の轟音が響く。もう一度、亜璃珠は刀真に抱きつく。その可愛らしい反応に、思わず刀真はニヤニヤと笑いながら亜璃珠の頭を撫でた。
「そうか、そうか〜。亜璃珠は雷が怖いのか〜。意外と可愛らしいトコもあるんだな?」
「ぐっ……よそにバラしたりしたら、百合園に入学できる身体にしてやるわよ」
「はいはい、言いませんよ〜。可愛い可愛い亜璃珠ちゃんの怖い物は、俺たちだけの秘密にしておき……グフッ!?」
 ニヤニヤ笑いながら亜璃珠のことをからかっていた刀真の脇に、月夜が鋭いボディーブローを放ってきた。予想外の一撃に、刀真も亜璃珠から離れた。
「……つ、月夜、いきなり、なにを」
「…………フン」
 鼻を鳴らし、月夜はそっと刀真の腕を取る。しっかりと刀真の腕を抱きしめながら、無言でじぃ〜っと亜璃珠のことを睨んでいた。
 それを見て、同じように小夜子も亜璃珠の腕を取る。月夜と同様に、亜璃珠の腕を掴んで威嚇するように刀真のことを睨んでいた。
 そこへ、
「で、でたぞぉおおっ!」
 男性の悲鳴が上がった。ハッとなって、全員が声のしたほうを向く。生徒たちが逃げ惑う向こうに、怪物がいた。
「……刀真!」
「ああ!」
 月夜に名を呼ばれ、刀真は怪物に向かって駆けていく。その間に、小夜子たちが生徒たちを逃がしていた。
 刀真は怪物に近づくと、近くにあったカーテンを引き千切った。
「くらえ!」
 怪物に向かって、千切ったカーテンを被せる。視界を奪われ、怪物はその場でもがいた。
「今よ……きなさい、マリカ!」
 亜璃珠がそう叫ぶと、亜璃珠の太ももから赤い発光が生まれる。それと同時に、その場に悪魔、マリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)が召喚された。
「マリカ! あの怪物をとめて!」
「了解しました」
 亜璃珠の命に従い、マリカが地面を蹴る。手に持っていた剪定鋏を構えると、素早い身のこなしで怪物の背後までまわりこんだ。そのまま流れるような動きで、怪物の両足の腱を切り裂く。
 足を切られ、怪物はカーテンにもがきながら、その場に倒れた。
「今のうちです。亜璃珠様たちもお逃げください」
 マリカの言葉にその場の全員が頷き、生徒たちを避難させながら、駆け出した。