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ポージィおばさんの苺をどうぞ

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ポージィおばさんの苺をどうぞ
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 苺の風
 
 
 
 朝露を受けて、一面の緑が輝いている。
 その上を吹き渡る風が甘いのは、緑の葉の下からこっそり顔をのぞかせる苺の香りを載せている為。
 近くを通りかかった五月葉 終夏(さつきば・おりが)は、甘い風に誘われるように苺畑に近づいていった。
 畑ではポージィおばさんが背を丸めて苺の世話をしている。
「精が出るね」
 終夏が声をかけると、ポージィはよっこらしょと立ち上がって腕で汗を拭いた。
「毎日世話をしないと、苺も美味しくなってくれないからねぇ」
 そう言って笑うポージィは健康そうだったけれど、広い畑を手入れするのはきっと大変な労働だろう。
「ポージィおばさん、おはようっ!」
 そこに、麦わら帽子をかぶったレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が元気に走ってくる。その後ろから、レキと同様にジャージにエプロン、麦わら帽子に軍手、という格好のカムイ・マギ(かむい・まぎ)がやってきて、ポージィにおはようございますと挨拶する。
「おはよう。朝から元気ね」
「うん。またポージィおばさんのとこで苺狩りとスイーツフェスタがあるって聞いて来たんだ。それで、今年は畑の手伝いをしてみたいなって」
 レキは去年、スイーツフェスタで売り子を手伝った。その時、苺のスイーツを食べて笑顔で帰る客をたくさん見送った。だから今年は、その笑顔の元となる苺を美味しく育ててみたいと思ったのだ。
「あらいいの? 腰ならもう大丈夫なのよ」
 ほら、とポージィは軽く腰を叩いてみせる。
「それでも畑仕事が肉体労働なのは間違いないからね。それに今手伝えば、今年も、それから来年もまたボクたちの手がかかった苺を誰かが『美味しい』って食べてくれるかもしれないし。そういうのっていいよね」
 レキの言葉にポージィは目を細めた。
「ふふ、そうね。だったらお願いしちゃおうかしら」
「だったら私も手伝おうかな。ローもいいよね?」
 終夏は一緒に来ていたブランローゼ・チオナンサス(ぶらんろーぜ・ちおなんさす)に目をやった。香る風を心地よさそうに受けていたブランローゼは、終夏の問いかけに振り向いて頷く。
「ええ。お手伝いしてみたいですわっ」
「ありがとう。でも、服が汚れてしまうかも知れないわよ」
 ポージィに言われ、ああそうかと終夏は自分たちの格好を見る。畑仕事をするつもりで来たのではないから、作業用の準備はしていない。
「この辺りでエプロンとか軍手を調達出来る所はないかな? 箒でひとっ飛び買いに行ってくるよ」
「エプロンや軍手ならうちにあるからそれを使ってちょうだい。ちょっと待っててね」
 ポージィは太めの身体を揺らして家からエプロンや軍手、帽子を取ってくると、終夏とブランローゼに渡した。
「それで、何を手伝えばいいのかな。花とかの手入れはしたことあるんだけど、苺は育てたことがないんだ」
「だったら、苺の葉の手入れをお願いしていいかしら。枯れかけたのや、混み合っている葉があったらこうやって……」
 ポージィは実際に自分でやってみせながら終夏とブランローゼに手入れ方法を教えた。
「こんな感じでよろしいのでしょうか?」
 見よう見まねでやってみるブランローゼに、そうそうとポージィは頷く。
「良い手つきね。そうやって大切に扱うと、苺も美味しい実をならせてくれるのよ。あなたは苺のランナーを摘んでもらえるかしら。もう少ししたらこれで新しい株を作るのだけれど、今はまだ不要だから」
「こう、でしょうか……?」
 黒髪を邪魔にならないように後ろで1つに束ねたカムイも、ポージィにならって苺の手入れをする。苺の株が傷ついてしまわぬように注意しながら、畑一面に植えられている1つ1つを手入れしていくのは地道な作業だ。
「美味しいものを作るのは、とても手間がかかるものなのですね」
 カムイが言うと、そうねとポージィは答えた。
「でも、手をかけたらかけた分、苺は甘く大きく美味しくなって応えてくれるのよ」
「だからこそ、皆様を笑顔にする苺ができるのでしょうね」
 大変だけれどやりがいのある仕事だと、カムイは苺の上にかがみ込んで手入れを手伝う。
「ボクは土とか肥料とかを運ぶよ」
 レキが申し出ると、ポージィは心配そうな顔になった。
「土は重いわよ。大丈夫かしら」
「平気平気、腰は一度痛めると繰り返しやすいから、重い物はボクに任せておいて」
 レキははりきって、重い土を運んでくるとせっせと土いじりを始めた。
 そこに榊 花梨(さかき・かりん)柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)もやってくる。
「わ〜い、苺がいっぱい!」
 畑に実った苺に、花梨は目を輝かせた。朝日を受ける苺はきらきらと、まさしく果物の宝石のごとくに見える。
「えっと、苺狩りのお手伝いをしにきたんですけど、何をしたら良いのでしょう?」
 美鈴に聞かれ、それなら、とポージィは畑の一角をさした。
「あの辺りに受付を作って、苺狩りに来た人の対応をお願いできるかしら」
「対応と言うと、どんなことをすれば良いんですの?」
「苺狩りの場所を指定するのと、練乳が欲しい人に渡すのと……あとは、発送の手続きをしたり……」
 説明しかけて、ポージィはレキたちを振り返る。
「受付の準備をしてくるわね。しばらくここ、任せていいかしら」
「うん、いってらっしゃい。分からないことがあったら聞きに行くからね」
「じゃあよろしくね」
 ポージィは皆にそう頼むと、美鈴と花梨を連れて受付を設置する場所へと歩いて行った。
 残った皆は畑仕事を続ける。
「土いじりって結構楽しいよね。特にこの、水と土の混ざった『うにょうにょ感』がたまらないよ」
 ほら、とレキは土を手で握りしめ、指の間からうにょうにょと出てくる泥をカムイに見せて笑った。次の土を握ろうとして開いたレキの手から泥がカムイの頬に飛ぶ。
「あ、ごめん」
 いいえと首を振って、カムイは手の甲で泥をぬぐった。けれどその動作でいっそう泥を塗り広げてしまう。
「カムイ、ほっぺが泥だらけだよっ」
 声を立ててレキは笑った。笑われてもカムイの気分は悪くない。
 たまにはこんな風に畑仕事をするのも良いものだ。
「ローも顔に土がついてるよ、ふふ」
 苺に顔をくっつけるようにして世話をしているブランローゼの様子に、終夏は微笑んだ。
「何をして欲しいのかは、直接聞くのが一番ですの」
 花妖精のブランローゼは苺たちと話が出来る。どう手入れしてもらったら心地良いのかを尋ねては、苺の望むように世話をする。
 その合間にこっそりとポージィのことを苺に尋ね、ブランローゼは嬉しそうににこにこと笑った。
 
 
 ポージィは受付のやり方を美鈴と花梨に説明すると、後のことは任せてまた畑仕事に戻った。
 そこにエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が手みやげを持って訪ねてくる。
「去年ポージィおばさんから苺の作り方を聞いて、自分で育てた苺で作ったタルトなんだ。この1年の成果を見てもらいたいな」
 手みやげの中身は苺のタルト。苺はエースが育て、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)がタルトに仕立てたのだ。
「良い苺が出来たのね」
 タルトにのっているのは、エースが手をかけて育てた甲斐あって見事な大粒だ。
「腰の調子はどうなのだ?」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に聞かれ、
「お陰様でもうすっかり良いのよ」
 去年教えてもらった腰痛体操もちゃんと続けているし、とポージィは腰を叩いてみせた。その様子はもうすっかり平気そうで、エオリアはそれは何よりですと微笑んだ。
「でも気を付けて下さいね。腰は癖になりやすいものですから」
「そうね、また動けなくなったら困ってしまうもの。本当に去年はどうしようかと思ったわ」
「もし調子が悪いようなら診ることもできるから、遠慮無く言ってくれ」
 マッサージや湿布で痛みを緩和させられるかも知れないからとダリルが言うと、その時はよろしくねとポージィは答えた。
「今日はみんなで苺狩り?」
「いや、スイーツフェスタの方に来たんだ。あ、それとこの苺畑をかくれんぼで使わせてもらいいたいんだけどいいかな? 畑が荒れないとも限らないから先に挨拶をと思って……気を付けて畑に入りますのでっ」
 エースが頼むと、ポージィは驚いたように目を見開いて、とんでもないと首を振る。
「畑が荒れる可能性がある遊びはやめておいてちょうだいね。この畑も苺も私にとっては大切なものなのよ。かくれんぼをするなら、他の場所でしてもらえる?」
 畑の持ち主に止められてしまっては仕方がない。かくれんぼはスイーツフェスタの会場の方だけでやることにして、エースたちはそちらへと向かった。