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ポージィおばさんの苺をどうぞ

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ポージィおばさんの苺をどうぞ
ポージィおばさんの苺をどうぞ ポージィおばさんの苺をどうぞ

リアクション

 
 
 
 おいしいお菓子と可愛い売り子さん
 
 
 
 甘い物を食べるとどうして幸せな気分になれるのだろう。
 スイーツフェスタのあちらでもこちらでも、楽しそうな声が弾ける。
「今年も盛況のようね」
 畑仕事の合間を見て、スイーツフェスタの様子を見にやってきたポージィは、賑やかな会場を眺めながら歩いた。
「ポージィおばちゃん〜、こんにちはです〜♪」
 その姿を見つけたヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が、走り寄ってきてポージィに抱きついた。
「あら、こんにちは。苺が走ってきたのかと思ったわ」
 赤地に黒のドットを散らした苺風のワンピース、お揃いのつば広帽子をかぶったヴァーナーを受け止めて、ポージィは笑った。
「おばちゃん、もう腰は痛くないですか?」
「去年は心配をかけてしまったわね。でももう大丈夫。教えてもらった体操は今でも毎日続けてるのよ」
「元気になって良かったです〜♪」
 ヴァーナーは自分のことのように喜んだ。
 去年来た時には、ポージィは腰を痛めていて畑仕事もままならなかった。だから今年蒼空学園の張り紙で、ポージィが元気になったことを知って、とても嬉しかったのだ。
「ありがとう。今日はスイーツを食べに来たの?」
「はい、そうなのです。あっちもこっちもみんなが可愛い制服で、たのしそうなお店とおいしそうなスイーツを出してて、ドキドキワクワクなんです」
「そうね、みんな楽しそうだわ。うちの苺のお菓子も食べていってね。今年もみんな頑張って作ってくれたのよ」
「はいです〜。全部制覇ぐらいがんばって食べるです♪」
 あそこ、とポージィが指した店に、ヴァーナーは走っていった。
「どのお菓子もかわいいですね〜。わあ、なんかすごいのもあるですよ〜」
 芸術作品のような苺のロマノフパンケーキにひとしきりヴァーナーは感心する。
「い、いらっしゃいませ。ご、ご注文は何にしますか?」
 スイーツフェスタの制服を着た蘇芳秋人がぎくしゃくと尋ねる。
「えっと、まずはこの苺練乳大福にするです〜。それとムースも食べるです♪ 後は……何がオススメか教えてくださいです」
「よ、よろしければ、苺のパイはい、いかがでしょう」
 パートナーの蕾が作ったパイを勧めてみると、ヴァーナーはそれもと注文してくれた。
 かしこまりましたと頭を下げて注文の品を取りに行きながら、秋人は首を傾げる。
(おかしいな……オレはどちらかというと、給仕される側のはずだったんだけど)
 家にいる時も、給仕はメイドたちがやってくれたし。
「秋人様……苺のパイ……ここにおきます、ね」
「あ、ありがとう」
 屋敷で習ったという苺のパイを出してくれた蕾に礼を言い、秋人は苺大福とムースも皿に載せてトレイで運んだ。
(そうか。家にいたメイドたちを真似する感じにすればいける……かな)
 どうだったかと思い出しながら、秋人はヴァーナーの前にスイーツを置く。
「お待たせいたしました。苺のパイと苺練乳大福、苺のムースです、どうぞ」
「ありがとうです〜♪」
 にこにことスイーツを食べ出したヴァーナーに、これで良かったんだろうかと思いつつ、秋人はウェイトレスを続けるのだった。
 
 ヴァーナーが店に入っていくのを見送って歩き出そうとしたポージィに、また声がかけられた。
「苺のおばちゃーん! 今年も来たよぉー♪」
「あらまた苺さんね」
 駆け寄ってきた日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)の恰好に、ポージィは目を細める。
 千尋の服装は赤と緑の苺カラー。帽子も赤で、緑のクローバーのアクセサリーがついている。
「今年も苺狩りに来たの?」
「ううん、今日はねー、やー兄といっしょにスイーツフェスタでいーっぱい美味しい苺のお菓子を食べるんだー☆」
 ここに来られたのが嬉しくてぎゅっとポージィに抱きついたまま、千尋は後からゆっくりと追いかけてくる日下部 社(くさかべ・やしろ)を振り返った。
「ちー、久しぶりにポージィさんに会えて良かったな♪ ポージィさんもお元気そうで何よりです♪」
「お久しぶり。お陰様で今年は腰の調子もとても良いのよ。苺たちの世話も十分出来たから、ぜひ美味しい苺のスイーツをたくさん食べていってちょうだいね」
「はい、ちーと一緒に楽しませてもらいます」
 ポージィへの挨拶を終えると、社は千尋と共に店に入っていった。
「ほぉ〜、苺のお菓子ってこんなにあるんやな〜」
 社はきょろきょろとスイーツを見渡し、感心した声をあげる。たくさんあるだけではなく、どれも皆おいしそうだ。
「うわぁー、色んな苺のお菓子があるんだねー! ねぇねぇ、やー兄はどれが食べたい?」
「そやな。俺はまずタルトでも貰おうかな」
「タルトおいしそうー♪ ちーちゃんはどれにしようかなー。あ、こっちのお菓子はふわふわー♪」
 ショーケースに顔がくっつきそうなくらいスイーツをのぞき込んでいる千尋に、長谷川真琴が笑顔で話しかける。
「そちらは苺のブッセです。ふわっと膨らんだ生地に苺クリームがはさんであるんですよ。形がハート形になっているの、分かります? 可愛いでしょう」
 頭に入れておいたオススメポイントを外さないように、真琴は説明した。
「ほんと、ハートだー♪ ちーちゃん、それにするー!」
「ふわふわかぁ。ちーのも美味そうやな」
「ふわふわした食感のがよければ、シフォンケーキもあるよ。こっちも食べてみない?」
 さばさばした姉御肌のクリスチーナだけれど、接客する時は大人っぽさがでるようにと、いつもより落ち着いた動作で勧める。
「ならそれも貰おうか。ちゃ〜んと腹は空かせてきたからな。ぎょうさん食べる準備はバッチリやで」
「ちーちゃんもいっぱい食べるよぉ。やー兄よりいっぱい食べちゃうかも♪」
「おお食え食え」
 勇ましいなと社は千尋の頭に手を置いた。
「よろしければお菓子にあうお茶はいかがですか? 洋菓子ですのでコーヒーか紅茶はいかがでしょう」
 よりスイーツをおいしく食べる為にと真琴は飲み物も勧め、注文されたものを揃えてテーブルへと運んだ。
「僕もブッセをいただけますか。持ち帰りでお願いします」
「はい、幾つご入り用ですか?」
 エオリアに声をかけられて、真琴は急いでショーケースの所に戻る。
「ちー、来たで。どれもうまそうやな」
 社は運ばれたスイーツを眺めると、さっそくフォークを手に取ろうとした。それを千尋がダメ、と止める。
「やー兄にはちーちゃんが食べさせてあげるー♪」
 社とデートしている気分の千尋は、シフォンケーキをフォークに取ってあーんと社に差し出した。
「またえらく大きいな」
 社は大きな口を開けると、ぱくりとシフォンケーキを頬張った。
 スイーツはどれもこれもおいしくて、店内は楽しげな談笑の声で溢れ。
 千尋はそんな店内の様子をにこにこと見回す。
「お姉ちゃんたちの服可愛いね♪ ちーちゃんも大きくなったらそれ着てお手伝いに来るんだー♪」
 大きくなる頃にも、この時季には甘い苺がなって、その苺でお菓子が作られて。ずっとずっとそんな素敵が続いて欲しい。
 夢いっぱい希望いっぱいで言う千尋に、社の表情は口の中でとろけるスイーツよりももっととろけた。
 
 
 次にポージィに声をかけたのは椎名 真(しいな・まこと)だった。
 去年は苺狩りを楽しんだ真と彼方 蒼(かなた・そう)は、今年は楽しむためというよりは勉強するためにスイーツフェスタにやって来たのだとポージィに話した。
「お菓子を作るための勉強?」
「蒼が自分で苺のお菓子を作れるように、苺を使用したお菓子を沢山食べさせているんだ」
 まず自分の舌で味をしっかり覚えて、どんな味にしたいのか、どんな味ならおいしいのかを知ることが上手に菓子を作る第一歩だろうからと真は説明する。
「だったらこのスイーツフェスタは良い機会だったわね。時期的に苺のお菓子が沢山出ているから」
 食べ比べるにはもってこいだとポージィは頷いた。
「あの子がよろこんでくれるおかしつくりたーい。だからいちごのおかし、いっしょうけんめい勉強するのー」
 寄り目になりそうなくらい真剣に苺菓子を食べていた蒼が言うと、あの子? とポージィが聞き返す。
「あの子?」
「去年、蒼と一緒に苺狩りに来た女の子のことなんだ」
「そうなの。おいしいお菓子を食べてもらえるといいわね」
「うん!」
 あの子のおいしい笑顔の為にと、蒼はまた苺スイーツを口に入れた。
「これもあれもおいしぃぃい! あの子はどんなおかしがすきかなぁー」
 一生懸命考えて、蒼は菓子の味を記憶する。甘いのもあって、甘くてもさっぱりしているものもあって、いい匂いがするのもあって。一口においしいといっても、様々な味があることがだんだん分かってくる。
 食べるばかりでなく、真はスイーツを出している店で菓子の材料配分やポイントも聞いているが、売り物で出しているスイーツはどれも凝ったものが多く、蒼の手にはおえそうもない。何かないかと真が考えていたところにポージィを見つけたのだ。
「ポージィおばさんなら苺に詳しいだろう? 蒼でもつくれておいしい苺のお菓子はないかな? できれば苺の素材を生かしたものとか、甘いものが苦手な人も大丈夫なお菓子だといいんだが」
「どのくらいのことができるのかが分からないのだけど、とっても簡単でおいしいお菓子はいろいろあるわよ」
 そう言ってポージィはあっという間にできる苺の菓子をいくつかあげた。
「ムースもレシピによっては混ぜるだけのものがあるわ。もっと簡単になら、洗った苺を潰したものに、お砂糖を入れてしっかり泡立てた生クリームを混ぜるだけ、というお菓子もあるわ。冷やすとおいしいし、凍らせるとアイスクリームのようになるのよ。泡立ても難しいようなら……苺を手で潰してそこにお水とお砂糖を入れて混ぜて凍らせるだけで、苺の味そのままのシャーベットが出来るわ。水の代わりに牛乳を入れればピンクのシャーベットもできるし、レモン汁でさっぱりした風味にしてみたり、いろいろ楽しめるんじゃないかしら」
「それなら誰にでも出来そうだな」
 他に勉強したレシピを作ってみて、無理そうならそういう簡単なのにしてみても良いかも知れないと、真はポージィからその配合を聞くと、また他のスイーツを食べ歩いた。
「これはどう作るんだろう。俺もしっかり勉強しなきゃ……って、蒼?」
 ふと気づけば蒼がいない。こんな時の為にと、迷子になったと感じたらその時点で動かないようにと言い聞かせてきて正解だ。
 真は来た道を戻り蒼を捜した……が、いない。
「すまないが、わんこな獣人の男の子を見なかったか?」
 真は店々で聞いてはその情報のお礼にと菓子を買い、蒼の姿を探し回るのだった。
 
 
 
 ファニー・アーベント(ふぁにー・あーべんと)が売り子の手伝いを引き受けたのは、可愛い制服につられてしまったのと、お土産に苺を貰えると聞いたからだ。
「がんばって働いて、帰ったらみんなで一緒に苺を食べようねー」
「食べ頃の苺はいいものでございます。だけど売り子はめんどくせーでございます……」
 ファニーとは反対に、のんびり過ごすのが好きなクローネ・ヴァールハイト(くろーね・う゛ぁーるはいと)は、仕事をする前からもう面倒がっている。苺もスイーツも大好きだからスイーツフェスタは嬉しいのだけれど、自分が働くとなるとやはり気が進まない。
「そんなこと言わないで、苺の為だと思って働いてよー」
 ここで仕事放棄されたら困るとばかりにファニーはクローネに頼み込んだ。
「うーん、でもどんな感じでいけばいいのかなぁ……」
 道行く人にアピールできるように……と考えて、ファニーは呼び込みをしてみる。
「おいしいおいしい苺のスイーツ! 食べなきゃ損するよー! ……普通すぎるかな?」
 普通すぎるかな、とファニーは首を傾げたけれどその声はちゃんと届いていたらしい。
「おいしい苺のスイーツをもらおうかな。できれば苺大福とかの和風のものが良いんだけど」
 通りかかったエースに注文され、やったとばかりにファニーは内心ガッツポーズを取った。
「これを試食してみて。練乳苺大福だよー」
「うん、じゃあこれを貰うよ」
「ありがとうございますー!」
 すぐに持ち帰り用に包んだ苺練乳大福を出してきたファニーに、
「これは苺大福代、それからこっちは可愛いお嬢さんに」
 エースは代金にマーガレットを添えて渡し、ありがとうと店を出て行った。
「お花……もらっちゃった」
 そうクローネに言おうとして、ファニーは横にいたはずのクローネの姿が見えなくなっていることに気が付いた。そういえば、さっきめんどくさそうにしていた……と嫌な予感がよぎる。けれど、ファニーが捜すまでもなく、クローネは皿を持って戻ってきた。
「良かった。どっか行っちゃったかと思った……って、あれ? そのお皿に載ってるスイーツは何かな?」
「試食用のスイーツをぶんどってきたでございます」
「ぶんどって……って、クローネ!?」
 しれっと答えるクローネにファニーは仰天する。
「試食だと言って分けてもらったから問題ねーでございます」
 そう言ってクローネは客に配るのではなく、自分で試食品を食べ出した。
「ダメだよ、今は売り子のお手伝い中だよ」
 注意するファニーの口にもクローネは菓子を放り込む。
「これを食べればアピールするポイントが分かるでございます」
「そうかもしれないけど、でもお手伝い……あ、これすごく美味しい! 後で買っておこうっと」
 手伝わなければと思いつつも、ファニーはついついスイーツの方に意識が行ってしまう。
「あ、いいな。ミーナも試食させて〜」
 ミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)が目敏く見つけてやってくる。
「どうぞどうぞ。味見だって大事な仕事だものね」
「……さっきと言っていることが違うでございます」
 一緒に食べようと、ミーナが取りやすいように皿を動かしてやるファニーに、こっそりと呟いた後、クローネは別の菓子を指さしてみせる。
「こちらもうめーでございますよ」
「わぁ、本当に美味しいよ、これ!」
 店先でおいしいおいしいと試食品を食べているファニーとクローネの声に、スイーツフェスタを回っていた如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)が足を止めた。
「どうしたの、日奈々。食べてみたいものあった?」
 日奈々と手を繋いでスイーツデートを楽しんでいた冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)が、日奈々が止まったのに気づいて尋ねた。
「そこで、おいしいっていう声がしたので、何かなと思ったんですぅ」
「へぇ、どれ?」
 のぞき込んだ千百合に、ファニーは慌てて説明した。
「このパイバケットです。苺がそのままって感じでとてもジューシーなんですよ」
「どうする? 食べてみる?」
「はい。それにしてみます」
 日奈々が頷いてくれたので、千百合はそれを日奈々用に頼み、自分はカップケーキを頼んで店の席についた。
「おまたせしました」
 ファニーが運んできたスイーツを、さっそく千百合は食べてみる。
「いただきまーす。うん、おいしいね。日奈々のはどう?」
「とても美味しいですよ。千百合ちゃんも食べてみます?」
「じゃあ1口ずつ交換ってことで……あーん」
「あーん……」
 恥ずかしそうに開いた日奈々の口に千百合はカップケーキを食べさせた。
「日奈々のもちょうだい」
「それでは……あーん」
 日奈々が差し出したパイバケットを千百合はぱくりと食べる。
「うふふ、ほんとにおいしいね」
 旬の苺を使ったスイーツのおいしさと、仲良く2人で寄り添って食べるおいしさ。
 2つながらに味わう幸せに、日奈々と千百合はひたる。
「ああやっぱり売り子の手伝いをして大正解〜♪」
 店内を眺め、ミーナは満足そうに目を細めた。こっちでエプロンドレスの売り子さんがスイーツを運んでいるかと思えば、あっちでは可愛いお客さんが幸せそうな顔でスイーツを食べている。
 売り子さんには同じ売り子仲間として自然に近づいて話が出来るし、お客さんにも売り子として近づける。可愛い女の子大好きのミーナにとってはベストポジションだ。
「はぁ〜。本当にかわいいです……」
 うっとりと見つめてみたり、仕事をしているような風で近づいて間近でじっくり楽しんでみたり。客として来ようかとも思ったのだけれど、売り子にして正解だったとしみじみ思う。
「あの子もかわいい……ああ、ちょっとだけ頭をなでさせて欲しいなぁ〜」
 この世の天国とばかりに、ミーナはちょっと怪しげなくらい幸せな顔で女の子たちを眺め渡すのだった。
 
 
「撮り甲斐のある被写体がたくさんですわね」
 忙しく立ち働くウェイトレスたちを、フィリッパはデジタルカメラに収めていった。
 写真にするなら出来るだけ自然体でいる時の姿を撮りたいもの。カメラを意識されると自然な姿が撮れないので、あくまでこっそりとシャッターを切る。
 もちろん、被写体を男女で差別したりはしない。どちらも同じように撮ってゆく。
「もしかして今……写真撮りました?」
 慌てる蓬生結にフィリッパはにっこりと。
「後でプリントして皆様にお渡し致しますわね。ああそうそう、良い写真が撮れましたら来年のスイーツフェスタのポスターにして頂くのも素敵ですわね」
「そのデータ、破棄し……」
「まああちらにも良い被写体が。失礼いたしますわね」
 結に最後まで言わせもせず、フィリッパはそそくさと別の場所に移動して行った。
 ああ、とつい声が漏れるけれど、結はすぐに気を取り直して持ち帰り用の品を待っている客への対応に戻る。写真の行方は気になるけれど、客に迷惑をかけるわけにはいかない。
「お持ち帰り時間はどのくらいですか? では保冷剤はいらないですね。どうかお早めにお召し上がり下さい」
 そう言いながら結が一筆書き添えたカードをつけてケーキの箱を組み立てると、イハが笑顔でそれを客に渡す。
「ありがとうございました」
 結もなんとか笑顔で客を送り出したが、ほっとする間もなく声がかけられる。
「店員さん、オススメはアリマスカ?」
 振り返ったそこには手伝わないと言った通りに姿を消してしまっていた覽伍の姿があった。
「売り上げに貢献しよっかなー。すっげぇ甘いものが喰いてぇから、適当に持ってきてくんない?」
 ああその前に、と覽伍は携帯を取り出して、パシャリとカメラに結の姿を収める。
「もう吉柳さんまで……」
 結はううと唸った。
 かと思えば店頭では、試食の皿を持たされた金住 健勝(かなずみ・けんしょう)レジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)に注意されている。
「健勝さん、そんなに落ち着き無くきょろきょろしないで下さい。それではお客様に不審がられてしまいます」
「で、ですが、こ、この制服は拷問であります……」
 ひらひらした制服を着せられた健勝は、客からの視線が気になって仕方がない。どう見えているのだろう、どう思われているのだろうと、常にあちこちに視線を彷徨わせているので、端から見ていてもやたらとせわしない。
「あら、健勝さんでも恥ずかしいって思うことあるんですね? でも私だって、いつもそれくらい恥ずかしい思いをしてるんですよ。分かったのならさあ、頑張って仕事しましょう!」
 たまにはお灸をすえてやらないとと、レジーナは健勝に黙って売り子での参加を申し込んだのだ。だからこそ、健勝への注意はびしびしと厳しい。
「この制服……出店者に『営業妨害だ!』と言われても責任持てないでありますよ……」
「営業妨害だと言われないように働くんです」
 健勝の弱音をレジーナは一蹴する。
 勝手に申し込まれたのだから自分は知らないと逃げてしまえば良いのだろうが、根っから生真面目な健勝にはそれが出来ない。
(これは命令……これは自分の任務なのであります……)
 懸命に自分に言い聞かせ、健勝は真面目にこの任務に臨もうと努力する。
 制服のことは忘れよう。たとえ足下が異様にスースーしているとしても。動くたびひらひらとフリルが揺れるのが目に入ろうとも。
 これは……そう、任務の為に必要な変装なのだ。
 けれど、自分の制服はともかくとして……と健勝はそっとレジーナを窺った。
 白い髪にピンクのリボン、ピンクのワンピースの上には白のエプロンドレス。そんな可愛らしい恰好がレジーナにはよく似合っている。
「積みたて苺で作ったおいしいスイーツです。どうか試食してみて下さい」
 小さく切り分けたスイーツをトレイに載せ、笑顔で優しく呼びかけるレジーナの姿に健勝はつい見惚れた。
(うーむ、レジーナはこういう服がよく似合うでありますな)
 自分まで着せられているのは困りものだけれど、レジーナの売り子姿は実に目の保養でこの点だけは売り子をしてて良かった、と言えるだろう。
「健勝さん、こっちばかり見てないでちゃんと仕事して下さい。ほら、お客さんが来ますよ」
 視線を感じたレジーナにびしりと注意され、健勝は慌てた。
「ようこそであります! ……うっ」
 たちまちレジーナの肘が入って、健勝は呻く。
「いらっしゃいませ……おいしい苺スイーツはいかがで、すか」
 軍人口調にならないようにと気を遣っているため、健勝の言葉はぎこちない。
「あ、美味しそう」
 呼びかけられたセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)はトレイの上の試食品をつまんだ。
「去年もそうだったけど、今年もいろいろなお菓子があるのね」
「……今年も多くの犠牲者がいるようですしね」
 御凪 真人(みなぎ・まこと)はどう考えても自分から望んでやってきて無いだろうと思われる人々に向けて合掌した。
「頑張ってくださいね」
 去年は真人もセルファにはめられて、ギンガムチェックの制服を着せられた。それを思い出すとちょっと……いや、かなりキツイ。
 生徒たちに交じって何故か今年も売り子をしている琴子にも、真人は苦笑を向けた。
「白鞘先生もご愁傷様です」
 真人自身、セルファが今年もスイーツフェスタの売り子をしようと言われたのだが、もう騙されないと断って客として参加しようと逆にセルファを誘ったのだった。
「さすがに同じ手は二度も使えないわよね、残念」
 言いながらもセルファは笑っている。
「スイーツフェスタに来たいのなら、素直に言えば良いじゃないですか。まったく」
「去年参加したから、今年はどうなってるか気になっただけよ。さ、食べよっ。私は今食べたミルフィーユと、それからタルト、あとは豆乳のブランジェとそれから……」
 セルファは次々とスイーツを注文した。セルファほど甘いものを食べられない真人は苺のシフォンケーキと飲み物を頼む。
「当然、真人のおごりよね。誘ったのは真人なんだし」
 財布の覚悟をしておくようにとセルファはやけのようにスイーツをどんどん食べた。
「それはいいですけど、食べ過ぎたからと言ってダイエットに俺を巻き込むのは勘弁してくださいね」
「……今日食べてる分くらい後で消費できるわよ。多分……」
「本当に勘弁してくださいよ」
 念を押しておいて、真人も自分の分のケーキを食べていたのだが、ふと気づけばセルファがこちらを見ている。
「しょうがないですね、一口だけですよ」
「え、何?」
「だってセルファ、こっちのを物欲しそうに見ていたじゃないですか」
「ちょっ! 別に物欲しそうになんてしてないわよ!」
 抗議したセルファだったけれど、真人はやれやれとケーキをフォークに刺し、
「はい、どうぞ」
 とセルファに差し出した。
「ええっと……」
 これは明らかに、あ〜んの体勢。
(どどどどどうしよう……!)
 動揺しまくって真人の顔を見れば……ごく普通の顔をしていた。
「早く食べてくれないと、俺が食べられないんですが」
 真人は、家族間でこれ食べる? と聞くような感覚でいるのだろう。だから何でもないんだと自分を強引に納得させて、セルファはケーキを口に入れてもらった。
「結構美味しいですよね」
「う、うん……」
 味なんかまったく分からないセルファは生返事。
「セルファ? 喉にでも詰まったんですか?」
「う、うん……」
「何やってるんですか、ほんとに」
 呆れ顔の真人をよそに、セルファはふわふわくらくらと、自分の許容範囲を超えた出来事に惚けているのだった。