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リアクション
「崖」
森を抜けるとそこは崖だった。
「……え?」
唯一の二等兵である大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)は、ぽかんとした。
「崖って、降りるんでありますか!? 登るのではなく!?」
「そうなんだ、実は」
これまたクジでリーダーを引き当てた朝霧 垂(あさぎり・しづり)は、地図を広げて答えた。ちなみに今日は迷彩服だが、竹箒だけは二本とも背負っている。
「登ることを想定していた奴が多いが、下りもあって当然だからな」
丈二は下を覗き込んだ。川だ。流れも速そうだ。落ちたら死ぬ気がする。顔を上げた。遥か向こうに反対側の崖も見える。杭が二本、おそらく吊り橋の名残があるから、本来向こうに渡れるはずだ。コース自体は人工物らしいが、この崖と吊り橋は本物のようだ。元々あった物なのだろう。生憎、契約者であってもジャンプできる距離ではない。
もっとも地図によれば、行き止まりらしいから渡っても意味はない。
「取り敢えず、誰か先に下に降りて、ロープか何かで……」
「このザイルを使うといい」
叶 白竜が背嚢から取り出して、放り投げた。垂は、ども、と手を上げた。白竜は数歩下がって、腰を下ろした。後は傍観するつもりらしい。
「よし、次に降りる奴だが」
「俺がいこう」
ぬっと現れたのは、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)だ。
「ザイルの端を持って、【軽身功】で下る」
「グッドアイデア!」
垂は親指を立てた。
ラルクは腰にザイルを固定し、壁を歩く要領で【軽身功】を使った。下向きに歩くのは、思ったより苦痛だった。少しでもバランスを崩せば落ちるだろう。そう思っただけで背筋がぞっとした。
崖から足の裏を離すことなく摺り足で進んだのは、防御本能の一種かもしれない。
「くそっ!」
こんなことでは、修行大好き人間の名折れだ!
ラルクは【神速】を発動した。
「うおおおおりゃああああ!」
気合と共に叫び声を上げながら、一直線に崖を下っていく。
それを上から眺めた垂は、
「おおっ、気合十分だな!」
とはしゃいだ。
ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)は、崖の反対側をじっと見つめていた。
「どうかしたか?」
グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が尋ねた。
「いや……向こう側が」
「え?」
「私なら、あそこから狙います」
「……ああ、なるほど」
もっとよく見ようとウィングが一歩踏み出したとき、足元に炎の塊が着弾した。
「!?」
騒然となる。
「何だ!?」
ちょうど、ラルクが下へ着いたところだった。垂は崖下と向こう側を見比べ、対処法を瞬時に考えた。この距離を攻撃する方法は限られている。
「行って下さい!」
ウィングが怒鳴った。「ここは任せて!」
「転入生と他校生に任せられるか!」
「私はこれでも、歴戦の経験者です!」
きっぱりとしたウィングの自信に、垂は逡巡し――、パートナーに降りるよう命じた。
「うようよいる、うようよいる〜」
マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)の、いつになく楽しげでねっとりとした口調に、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は首を傾げた。
大体マリエッタは、当初から積極的だった。
崖には有刺鉄線を張り巡らせ――ラルクが一直線ではなく、ジグザグに歩いていたら引っ掛かった――、ルートを限定した。更に吊り橋を落とし、こちら側へ来られないようにした。
「何でそんなに乗り気なの?」
「忘れたの!? 今を去ること二年前! あたしたちも散々な目にあわされたじゃない!」
「……ああ」
落とし穴を避け、流砂を乗り越え、森では蛇を食べた。眠い目を擦って崖に出ると、地雷があって吹っ飛ばされたのも、今となってはいい思い出だ……。
「ここは地獄の教導団! ヤワなミリオタや安っぽい英雄願望の来る所じゃないのよ! あたしがその厳しさを教えてあげる!」
「……この子、こんなキャラだっけ?」
どうやら「やさしい」より「負けず嫌い」が前面に押し出されているようだ。いつもは柔らかな目つきも、今はかなりイッていて、オッホッホという高笑い付きだ。
「あら。これは教導団から愛を込めて新入生に贈る教育的指導なのよ」
ぜーったい嘘だ!
とは思ったが、言っていること自体には同感だったので、ゆかりはリカーブボウに矢を番えた。ボボボウッと炎が矢を包んだ。
朝霧 栞(あさぎり・しおり)がザイルを伝って降りている間、矢は次から次へ飛んできた。ウィングとグラキエスは、交代でそれを弾き返すが埒が明かない。
しかし彼らは、それに対する武器を持ち合わせていなかった。
一人を除いて。
メフィス・デーヴィー(めふぃす・でーびー)がデリンジャーを構えた。最初から重いと嘆いていた荷物は、とっとと下ろしている。この武器も、軽さと自衛を求めた結果だ。
「そんな物が役立つと?」
グラキエスは半ば呆れて言った。デリンジャーの射程距離は極めて短い。相手に押し付けて使うほどだ。
「しかし、飛びますから」
メフィスは弾を二発込めた。そして、反対側へ向け、引き金を二回続けて引いた。
【雷術】を纏った弾丸――いや、これはむしろ、「雷撃」そのものだった。ただ本来の射程距離よりそれは伸びたが、当然敵までは届かなかった。しかし、崖に直撃した。ガラガラと崩れ、二つの崖の間は一層距離が開いた。リカーブボウはもう、届かないだろう。
一方、ゆかりが同時に放った矢も今度は【雷術】を纏っていた。メフィスの脇をすり抜け、ウィングとグラキエスの間に刺さったそれは、二人を感電させるに十分であった。
・ウィング・ヴォルフリート、脱落。
・グラキエス・エンドロア、脱落。
栞が崖を降りたのを確認して、ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)もザイルを握った。ゆかりたち――とは知らないわけだが――の攻撃は気にするな、という垂のアドバイスに頷いたライゼだったが、しかし、途中で動けなくなってしまった。
――怖い。なぜだか怖い。動いたら、よくない気がする。
微動だにしないライゼに、垂が「どうした!?」と怒鳴った。「動けないよぅ」とか細い声で返すが、聞こえるはずもなく。
「早くいけ!」
と垂は更に怒鳴った。彼女の後ろでは、ウィングたちが炎付きの矢を弾き返している真っ最中だったから、それも当然だ。
垂は舌打ちし、【超感覚】で敵がどこにいるか探った。ライゼが動けないのは、そのせいに違いない。――だが、他の音にかき消され、それらしきものを聞き分けることができない。
ライゼは震えながら、そっと後ろを指差した。自分の背後から「それ」は飛んでくる。絶対にそこに「何か」がいる。
垂は素早くその場所に目をやった。崖の途中だ。何もない。だが、ライゼがあると言うのだから、あるのだろう。それに攻撃チームにいるのは、垂もよく知った仲間だ。任務のためなら、どこででも何でもする。きっとあそこに誰かがいるのだ。
「こうなりゃ意地でも防いでやる」
垂はどうにかそこに一撃食らわせてみようと考えた。しかし、手元にあるのは仕込みの竹箒だけだ。――いや、一つ、使えそうなものがある。
垂は背嚢からそれを取り出し、足に装着した。丈二とラック・カーディアル(らっく・かーでぃある)がぽかんと眺めている。
「そこの二人!」
呼ばれて、当の二人はびしりと直立不動の体勢を取った。
「後の援護は任せたぞ!」
了解と返事をする前に、垂は五〜六歩下がり、そして走り出した。地面を蹴り、何もない空中へと飛ぶ。
「な!?」
ラックが唖然とする。
垂の足元から、黒い稲妻が後方へと伸びていく。「黒麒麟」はローラーブレードの形状をした乗り物だ。空中を素早く移動できる。これで、崖の途中まで飛んで行って――パン! と音がした。
バランスを崩し、ゆっくりと、まるで吸い込まれるように落ちていく。
「朝霧先輩!」
丈二は慌てて崖下を覗き込んだ。
すると今の今までザイルにしがみついていたライゼが側面を蹴り、空中へと飛び出した。背中の宮殿用飛行翼が大きく広がる。
落ちていく垂の腕を掴み引き寄せると、ライゼは抱きしめた。撃たれた衝撃か、空中でバランスを崩したショックか、垂は意識を失っている。翼の効果で、二人はふわふわ落下していき、丈二とラックは胸を撫で下ろした。
が、再び銃声。ライゼの翼にそれが当たり、丈二とラックは咄嗟に目を瞑った。しかし、キン! という音がするだけで、ライゼと垂は無事だ。
「『天の刃』を装着してあるんだからね! 無駄だよーっだ!」
ライゼはべーと舌を出した。
彼女の目の前、崖の隙間には、エイミー・サンダース(えいみー・さんだーす)の姿があった。人一人が辛うじて入り込める場所に、彼女は機晶スナイパーライフルを構えて立っている。パートナーであるクレアがプレッシャーを与え、エイミーがその援護をする作戦なのだ。
「やるねえ」
エイミーはにやっと笑った。だが、
「こいつはどうかな?」
ライゼではなく、崖そのものを狙ってエイミーは引き金を引いた。それも、【とどめの一撃】である。
砕け散った拳大の石が、ライゼへと降り注ぐ。
「キャア!」
降り注ぐ石を避けようとするも、うまく二人の体重プラス荷物の重さで飛行翼はうまく動いてくれない。ライゼは垂をぎゅっと抱きしめた。せめて垂だけは、と願う。
その時、下方から轟音と共に氷の嵐が吹き荒れた。崩れかけた崖が凍りつく。
息を切らせた栞が、転経杖を掲げていた。
「悪い……回すのに時間かかった……」
更に崖の上から、丈二とラックが【シャープシューター】で落ちていく石を狙い撃ちする。バシッ、バシッ、と石が細かく砕けていく。
ヒュウ、とエイミーは軽く口笛を吹いた。
「いい連携プレイじゃないか」
しかし、最後の一発が間に合わず、ライゼの羽を直撃した。
「キャア!」
バランスを崩し、真っ逆さまに落ちていったライゼと垂だったが――、
「大丈夫か?」
ラルクの大きな腕の中に、二人はすっぽり収まっていた。
・朝霧垂、頭を打って検査のため棄権。
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