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恐怖の五十キロ行軍

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恐怖の五十キロ行軍

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   「崖〜急流」

 崖から急流までの間に奇妙な物があるのを、アニス・パラス(あにす・ぱらす)は見つけた。コンクリート製の円形の建築物である。いわゆる小屋より小さい。どこかで見たような気もするが、それが何であるかは分からない。
 アニスは空飛ぶ箒でその上空を旋回しながら、【精神感応】を使って、パートナーの佐野 和輝(さの・かずき)に連絡した。妙なものがあるんだけど、攻撃していい? と。
 和輝は五分ほどで同じ場所へ到着する位置にいた。ただし【隠れ身】で、ずっと姿を隠したままだ。しかし周囲には他の人間もいることだし、もしそれが敵の武器であるなら早めに叩いた方がいいだろうと判断した。
「了解だよっ」
 アニスは懐から、小さな袋を取り出した。それは森で見つけた、毒入りのむかごを乾燥させ、粉末状にしたものだった。ちなみにアニスに言わせれば、これも「調理」である。
 その毒の粉をばら撒こうと箒から手を離した瞬間、トーチカ型の機晶姫・藤 千夏(とう・ちか)が、アーミーショットガンでアニスを撃ち落とした。


 アニスが返事をしなくなって、和輝は焦った。傍を歩くスノー・クライム(すのー・くらいむ)にそれを伝えると、彼女は表情を変え、前を行く甲賀 三郎(こうが・さぶろう)を呼んだ。
「それはまずい、ですね」
 三郎は眉間に皺を寄せた。実を言えば、三郎は先程から自分たちへの害意を【ディテクトエビル】で察知していた。とはいえ、どんな敵がいるかまでは分からない。偵察を出そうと思っていたところへアニスが名乗りを上げたので任せたのだが、失敗だった、と後悔した。
 三郎の目標は、行軍の完遂である。既に何名かの脱落は知っているが、せめてここにいる人間だけは無事ゴールまで見守りたいと思っていた。
 しかし、そうもいかないようだ。
 三郎は、自分たちの後ろを歩いていたアンデッドを呼んだ。ネクロマンサーである彼は、ここに来るまでの間、ペットであるこれらに色々とやらせていた。
 たとえばポチ(ゾンビ)は他のメンバーが道を外れないように立ち、イチローとジロー(ゴースト)は周囲を警戒した。そして今、サスケ(レイス)に先へ行くよう、命じる。
 スノーはその様子を凍りついた笑顔のまま見ていた。和輝が隠れたままなのも、アニスが偵察で飛んでいったのも、これが怖いからじゃないかしら、と思った。
「このまま待機して、終わったら来なさい」
「でも……」
「いいですね?」
 三郎はサスケ(レイス)の後に続いた。スノーと和輝は、どうしたらいいか分からず、そこに立ち尽くしていた。


 麻上 翼(まがみ・つばさ)にとって何が一番嫌いかと言えば、それは心霊現象だ。ゾンビだとかゴーストだとかなんて、聞くのも嫌だ。
 その彼女の目の前にサスケ(レイス)が現れたものだから、彼女の頭は一瞬にして沸騰した。
「ギャアアアアア!!」
 作戦なんてあっという間に吹っ飛んだ。銃眼からレーザーガトリング、トミーガン、マシンピストル、ラスターハンドガンを出し、スキルは【光条兵器『ガトリング砲』】、【魔弾の射手】、【弾幕援護】と持ち得る限りの能力を――つまりは片っ端から使った。
 もはや銃声ではなく轟音で、それも三分以上続いたろう。
「ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ」
 千夏の中にいた翼は、真っ白になった視界が晴れるのを更に何分か待った。その頃には息も落ち着いてきて、レイス(サスケ)の姿は跡形もなかった。少し残酷だったでしょうか、と思った。光条兵器を取り出す際に、いつも通り肌着が大変なことになったのも気づいた。
「やれやれ。酷いことをしますね」
 真上から声がして、翼は青ざめた。
「い、生き返ったの!?」
 サスケ(レイス)はアンデッドであるから、再び死ぬことはない。だから三郎は至って大真面目に、
「違いますよ」
と答えたのだが、翼にはあまり効果はなかったらしい。再びパニックに陥りかけるのを「落ち着け、翼!」とやけに響く声で制する者があった。
 三郎は【ファイアストーム】を使うべきか躊躇っていた。今ここで発動すれば、中の翼を焼き殺すことになる。それは訓練としては逸脱している。だから脅して引っ張り出そうと考えていたが、己の足元のそれがトーチカではなく機晶姫となると話は変わってくる。
 上を取ったと思っていたが、むしろ今自分は、敵の口の中にいるのではなかろうか?
「大丈夫ですか!?」
 ハルバードを持ったスノーがやってきた。轟音が終わったので、様子を見に来たらしい。三郎は顔色を変えた。
「来るな!」
「遅い」
「え――?」
 スノーの背後に【カモフラージュ】を解いた月島 悠(つきしま・ゆう)が現れた。獅子吼菩薩の描かれた籠手で、思い切りぶん殴る。
「和輝!!」
 岩に叩きつけられたのは、和輝であった。悠は鼻を指先でちょいちょいと擦り、
「いくら隠れてもな、【超感覚】を使えば分かるのだ」
 悠は銃口を上に向けて機関銃を立てた。スノーが真っ青になって和輝に駆け寄ったのを見、
「機関銃で殴らなかっただけ、感謝しろ。ほう、貴様はプリーストか。ならば見逃してやる。全滅しては、治療も大変だからな」
「全滅――?」
 あっと思ったときは遅かった。
 何かが三郎の顔の横を掠っていった。前髪が何本かはらりと落ちて、三郎はふむ、と頷いた。
 弧を描いて戻ったリターニングダガーをキャッチし、ネル・ライト(ねる・らいと)がその切っ先を三郎へと向けていた。
「前門の虎、後門の狼」
 三郎はゆっくり両手を上げた。頬がちくちくと痛んだ。
「それが懸命ですわ」
 ネルはにっこり笑って、ダガーをくるりと回すと、太もものナイフケースへしまった。

・アニス・パラス、脱落。
・佐野 和輝、脱落。
・甲賀 三郎、降参して棄権。