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恐怖の五十キロ行軍

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恐怖の五十キロ行軍

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   「残り十キロ」

 四十キロ以上を歩き、走り、下り、上り、行軍チームの疲労はピークに達していた。
「さあ、もう少しよ、みんな。頑張って」
 セレアナ・ミアキスは振り返って励ました。グループが別れたパートナーのセレンフィリティ・シャーレットのことは心配だが、今は目の前の彼らを守るのが自分の仕事であると肝に銘じる。
 一番後ろを歩いていたアウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)は、踵に感じる違和感が堪えきれずに、とうとうしゃがみこんだ。借りた半長靴が、大柄なアウレウスには合わなかったらしい。小さな傷が、今や歩くたびに足から脳天へと響く。最初にサイズが合わないと訴えたら、「身体を靴に合わせるものですわ」と沙 鈴に言われたのだった。
「大丈夫?」
 すぐ前を歩いていたアンジェリカ・スターク(あんじぇりか・すたーく)が戻ってきた。彼女は軍医を目指しており、今回は衛生兵として参加している。
「大丈夫だ。俺も回復術を持っている」
 アウレウスはやんわりと遠慮した。主至上主義の彼にとり、グラキエス・エンドロアと離されたのは想定外であり、ありえない事態であった。だからといって棄権などしようものなら、グラキエスの誇りに傷がつくため力も抜けない。とにかく全力で歩いてきたが、さすがにこの前の急流では死ぬかと思った。
「どうした、玲?」
 イングリッド・スウィーニー(いんぐりっど・すうぃーにー)は、隣を歩く道明寺 玲(どうみょうじ・れい)の顔を覗き込んだ。玲はやけに思い詰めた表情をしている。
「これまで襲ってきた上級生と、事前に仕入れた上級生の情報を付き合わせると、まだ気配すら感じさせない人がいるんですよ」
 イングリッドは迷彩服の裾と、半長靴についた泥を払おうとし、手が汚れるのに気づくと、爪先でこそげ落とした。
「どうやら我らを全滅させる気でいるようだな」
「実戦であれば敵もその気でくるでしょうから、当然なんですけどね」
 遥か後方から軍用犬が走ってくる。
「パトラッシュ、よく来たな」
 高坂 甚九郎(こうさか・じんくろう)は、飛ぶように走ってきた大型のコリー犬の顎を撫でながら首についた手紙を外した。細かい文字で書かれたそれをセレアナに渡し、甚九郎はパトラッシュに褒美の餌をやった。
 セレアナはその手紙に目を通し、眉を曇らせた。
「それは?」
「脱落者のリストであります」
と、甚九郎。
 アウレウスが弾かれたように顔を上げた。ひょこひょこと右足を引き摺りながら、
「我が主は……いや、グラキエス・エンドロアは無事かっ?」
 セレアナは手紙を丁寧に小さく畳むと、ポケットにしまった。
「悪いけど、それは言えないわ」
「なぜだ!」
「あなた一人に教えたら、他の人にも教えなければいけないでしょう?」
 セレアナに目を向けられ、アンジェリカは俯いた。アウレウスもその視線に気づき、目を伏せた。
「パートナーが心配なら、これから現れる敵を撃破することね」
「――しかしその敵は、おまえたちの仲間なのだろう?」
「だからといって、手を抜いてくれるような人たちじゃないわ」
「それがしの情報に間違いがなければ、残っているのは――」
 玲が言いかけたときだった。
 パトラッシュが激しく吠え出した。甚九郎は咄嗟に、【ディフェンスシフト】を発動する。セレアナも【ファランクス】で防御体勢を取り、イングリッドは機関銃を構えた。
 直後、人型に変形した可変型機晶バイクが目の前に現れた。「ベルフラマント」を使っていたらしい。人ではないので殺気も気配もなく、作動音でパトラッシュのみが反応した。
 バイクロボは姿を現すなり、内蔵されたマシンガンの引き金を引いた。
 ――パララッ、パララララッ。
 乾いた音が響く。
「防御体勢を維持したまま下がれ!」
 セレアナの命令で、一行はじりじりと下がった。
「ええいっ、邪魔よな!」
 イングリッドは荷物を降ろし、機関銃を構え直した。するとその荷物が突然、ズタズタに裂けた。
「何だ!?」
「【真空波】だ!」
 玲が叫んだ。
「大当たり」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が如意棒を構え、一行の後ろに立っていた。彼女も「ベルフラマント」で隠れ、近づいてきたものらしい。
 実戦の厳しさを教える気満々だったルカルカは、新入生がほとんどいなかったことにやや拍子抜けしたが、「愛」は変わらない。
「ルカと踊ってくれるかな?」
【捕らわれざるもの】を発動し、ルカルカは突っ込んだ。横薙ぎにした如意棒が一瞬にして伸び、ぶうんと音を立ててしなった。
 甚九郎が【ディフェンスシフト】を発動したまま、ルカルカの前に立った。如意棒が彼の脇腹にぶち当たる。みしり、と音がした。
「まず一人」
【ドラゴンアーツ】も併用しているルカルカのパワーは並みでなく、甚九郎は二メートルほど吹っ飛んだ。パトラッシュがルカルカに吠える。
「お座り!」
 ルカルカの【咆哮】に、パトラッシュはぺたんと大人しくなる。
「俺が相手だ」
 アウレウスが代わって出た。
「うちの生徒以外に危害を加えるつもりはないんだけど?」
「関係ない」
「……警告はしたからね!」
 ルカルカは如意棒を扱き、アウレウスへ向け【疾風突き】を繰り出した。しかしアウレウスは【スウェー】でそれを華麗に避けていく。ルカルカの攻撃は当たらない。二人は次第に一行から離れていった。
 その間にアンジェリカが甚九郎の治療に当たったが、気絶している。行軍不可、と判断した。
「もうすぐ……もうすぐよ」
 セレアナは呟いた。
 ふと、バイクロボの攻撃がやんだ。
「弾が切れたわ。今よ!」
「参ります」
 玲が地面を蹴った。【実力行使】でバイクロボの攻撃を掻い潜り、【博識】を総動員し、バイクロボの最も弱いところを見つけると、そこに野分を突き入れた。
 バイクロボは音と煙を上げ、ガチャン、ガチャンと膝を突くと動きを停止した。
「さすがは玲だ」
 イングリッドが満足げに頷き、他に敵がいないか周囲を見回したとき、足元が破裂した。
「イングリッド!」
 玲の呼ぶ声を耳にしながら、ああこのまま倒れたら汚れてしまうな、とイングリッドは思った。
 何者かの【真空波】が玲を襲う。だがセレアナの【ファランクス】でダメージは小さい。
「埒が明きませんな」
【殺気看破】で辛うじての場所を察した玲は、野分を手に【ツインスラッシュ】を放とうとした。
 すると、それを待っていたかのように雷撃が玲を襲った。同時に【ツインスラッシュ】も封じられてしまう。【サンダークラップ】――放ったのは、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だ。
 ダッシュローラーで瞬時に玲の傍まで近づいた彼は、「怯懦のカーマイン」をその脇腹に突きつけた。
「道明寺玲、失格」
 素晴らしくいい声で、ダリルは一言告げた。


・高坂 甚九郎、脱落。
・イングリッド・スウィーニー、脱落。
・道明寺 玲、脱落。