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リアクション
クロセルの去った後、セルシウスはセレンフィリティ達と同様になななを見て再び考えこんでいた。ただ、彼の場合はやや考え方のベクトルが違う。
「(しかし、文明は発展していようとやはり中身が蛮族ではな。第一、商売の「し」の字も知らぬ学生を働かせるとは……)」
「はい、クジです! じゃんじゃん引いていいよ?」
「ななな、500Gで一回だからね?」
「えーー!? たった一回なの?」
そんなやりとりからセルシウスがふと目をやると、店内に設置されたATMから客のオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)がお金を引き下ろしていた。
「(金を……? 強盗とは違うな、さては知能犯か!?)」
セルシウスは店員達を見渡すが、皆各々の仕事に忙しくするのみ。当たり前と言えば当たり前だがオルベールの行為を咎める者などいない。
そっと手で胸の若葉マークに触れたセルシウスの中に、ムクムクと正義の心が沸き上がってくる。
「(そうだ、今の私は店長代理なのだ! ここは私が行かねばならぬ!!)」
鼻息荒く頷いたセルシウスが、オルベールの元にツカツカと歩み寄っていく。
「あーー、オルベールちゃん!!」
明るい声を出して、セルシウスの脇をすり抜けるようにオルベールに先に駆け寄ったのは、店員のエプロンをつけたノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)であった。
ノーンは先刻まで、リオンと一緒に、前日の戦闘や騒動の痕跡を「幸せの歌」を口ずさみつつ陽気にお掃除していたのだが、蒼空学園のとあるイベントで友人になったオルベールの姿を見つけて駆け寄ったのである。
「あら、ノーンちゃん。ここで働いているって本当だったんだ?」
「うん! スマイル全開で頑張ってるよー!」
「偉いのね。アスカも見習って欲しいわ。……あら?」
「どうしたの?」
「今日は陽太おにーちゃんは?」
「おにーちゃんは、ナラカに行ってるよ」
「ナラカ……ああ、恋人と一緒にって事ね?」
「電話かけたんだけど、忙しいみたい」
朝の出勤時に時間に余裕があったノーンは、薄暗い荒野を歩きながらパートナーの影野 陽太(かげの・ようた)に携帯から電話をかけていた。
TRUUUU、TRUUUU……ガチャ。
「はい、陽太です」
「あ、おにーちゃん。ノーンだよ!」
「ノーン、どうかしましたか?」
そう話す陽太の声と同時に風切り音が聞こえる。
「飛空艇を運転中なの?」
「ええ、ガルーダを目指して……チィッ!」
今度は爆発音と「陽太、二人乗りだと厳しいの?」と言う女性の声と陽太の「いいえ、このエンシェントは二人乗りでも高速移動が可能です」と言う応答が携帯の向こうから聞こえる。
「今の声……環菜おねーちゃんと一緒?」
「そうです。ノーン、すいませんが今は少し取り込み中なんです。また後で電話しますから、一旦切りますね? アルバイトは楽しいですか?」
「うん! みんなで仲良く働くのって楽しーよ!」
「そうですか、無理をしないよう頑張って下さい」
「うん、おにーちゃんもね」
陽太の電話はそれで切れた。
断片的ながら陽太が何やら切迫した状況に置かれている事を知ったノーンであったが、根っからの能天気で好奇心旺盛、何となくラッキーガールなノーンは「ラブラブだよね!」と一人納得して、やや大きな歩幅でコンビニへと向かうのであった。
ノーンの話を聞いたオルベールは「ふぅん」と短く感想を述べる。陽太と恋人の話にもそれなりに興味があったが、今のオルベールの目はこちらにあからさまな憤怒の顔を見せるセルシウスに向けられていた。
「ノーンちゃん、あの人店長さんなの?」
「店長代理のセルシウスさんだよ」
「……オルベール、何も悪い事してないわよね?」
と、ATMで引き下ろしたお金をお財布へと入れる。
「ところで、その頭の毛は何かしら?」
オルベールがピョコンと立ったノーンのアホ毛を指摘する。
「エヘヘ、なななちゃんとお揃いだよー! でも、“うちゅうでんぱ”ってどうやって受信するのかな?」
「うーん、オルベールに難しい事はわからないわね」
笑顔で優しくかわすオルベールにノーンは「そっかー」と呟く。
余談になるが、先刻「これでお揃いだね!」と話しかけたノーンになななは「甘いわよ! 無邪気系ロリちゃん! なななは今や三つのアンテナを手に入れているのよッ!!」と、猫耳付きのカチューシャを密かに自慢していた。「大人げないですよ」と呟いたのは小次郎だったそうである。
一方、ノーンがオルベールを注意するものだと考えていたセルシウスは、ただ談笑するだけの予想外の展開に怒っていた。
「(あの少女が成敗する気かと考えていたが……さては、この者達、グルか!!!)」
「おーい、金髪ギリシア彫刻さん?」
誤った正義漢の怒りで身を震わせるセルシウスをちょんちょんと突付いたのは、客として来ていた師王 アスカ(しおう・あすか)である。
振り返ったセルシウスは、ペンとスケッチブックを抱えたアスカを見る。
「(この少女……私と同じように、コンビニに視察に来ているのか?)」
「何してるの?」
「うむ。どうやらあの少女達が店の金を持ち去ろうとしているようなので、これから成敗しようと思っていたところだ」
「コンビニにもATMあるんだよ、知らないの?」
「ATM? 何だそれは?」
アスカがパチンッと指を鳴らす。
「ベル。説明よろしく」
いつの間にかセルシウスの前に移動していたオルベールが口を開く。
「この機械は銀行に預けているお金をいつでも引き出せる凄い機械です。ホラ、コンビニに入ったとしてもお金が足りなかったら買い物出来ないし、意味無いわよね? だけど、この機械を使えば少々手数料はかかるけどすぐに指定した金額を出せるわ」
サッとキャッシュカードを見せるオルベールに、セルシウスが一歩後退する。
「……ば、バカな!? 金は銀行で手渡しが基本であろう!? ま、魔法か!?」
「コンビニで魔法なんて必要なしよ。ATMはまさに国境無き素敵機械なのよ?」
最早、店員達には見慣れた『考える人』のポーズで固まるセルシウス。
「(こ……このコンビニという商店は、多種多様化されていると思っていた……しかし、よもや銀行のシステムまで内包していようとは)」
「シャンバラの文化レベルは進化してるから、ぽぽいっとエリュシオンに応用しちゃうのは悪くないと思うわよ?」
オルベールの意見に声を弾ませたアスカが同意する。
「そう! 緊急時にも必要な商品を揃えている他に、老若男女にそしてお財布に優しいお店……それがコンビニ! これを応用するとエリュシオンの発展にも間違いなく繋がるわ」
と、セルシウスの肩にポンッと手を置くアスカ。
「……スケッチブックを持った君も設計士なのか?」
「設計士? 私は画家を目指しているのよ」
「画家……?」
「だけど、芸術は機能性を含んでいるもの、そう思わない? 見て!」
アスカが店内の棚を指差す。
「まずコンビニの各商品の配列に注目すべきよ〜。私達みたいにいつも利用しているとそれが当たり前のように感じるけど、初めて入って尚且つ、設計士の金髪ギリシア彫刻君には分かる筈よねぇ?」
暫し棚を見つめていたセルシウスがカッと目を開く。
「そうか! なんという事か……」
「気付いた? お菓子・飲み物・雑誌、漫画と各コーナーを作って、商品をお客様に分かり易いように配列してる事。そして店に入った瞬間に欲しい商品がどこにあるか分かりやすくする為に
陳列棚は低く設計されている事に」
「効率性と機能性を極めつつ、芸術と商売の二つを両立させているのだな!」
「そして最近では地域性を重視して、店のレイアウトや内装を微妙に変えるお店もあるの」
「くっ……私は、設計士を何年も続けていてこんな事にも気付かぬばかりか、画家志望の人間に教えられるとは……」
「中々、興味深い話だな。なら、行商人の本格的な意見も聞きたくないか?」
セルシウスとアスカが顔を向けると、紙パックの珈琲牛乳を片手に持った佐野 亮司(さの・りょうじ)がニヤリと口の端を持ち上げる。
自分の移動販売用トラックに乗って行商で各地を回っていた亮司は、空京に帰る途中でコンビニを見つけて立ち寄ったのである。いくら凄腕の行商人とはいえ、疲労はあるのだ。
挙動不審なセルシウスを見かけて最初は立ち入らない様にしていた亮司であるが、アスカと商売の事について教えられていたのを目にして、行商人として居ても立ってもいられなくなった。そこには、エリュシオン出身者のセルシウスが故郷にて開くであろうコンビニが滅茶苦茶な物にならないよう、との親切心もあった。最も、「それはそれで面白そう」という気持ちが若干あったのも言うまでもない。
「店内の商品の陳列方法を見てみな。店に入った客が壁伝いにぐるっと回ることが多いから、壁に面してる部分には衝動買いしやすい雑誌やドリンク、あと食べ物類なんかを陳列するようになってるんだ」
「そ、そうか! 意識させず購買意欲を刺激する、という事だな?」
「そうだ。だから店の外観の作りもな、ほぼ全面がガラス張りになってるだろ? これは一応意味があって、外からでも店の中が見やすくなって客が入りやすくなったりするんだよ。開放的にする事でクリーンなイメージを作るんだ」
「な、成程!!」
「流石、闇商人ね!」
「だから闇商人いうなと」
亮司とアスカを真っ直ぐに見つめるセルシウス。
「私は、エリュ……いや、私の故郷でコンビニを開く事が出来ると思うかね?」
「……どうかな? 上手く馴染めば大丈夫だと思うけど、そもそも24時間営業ってのは忙しい都市部のライフスタイルに合わせたものだしな」
各地を渡り歩く行商人の亮司はセルシウスがエリュシオン出身だという事にとっくに気付いていたが、あくまで『エリュシオン』とは言わない所に、亮司らしい優しさが見え隠れする。
「大丈夫よ! お店のデザインさえガッチリ出来ていたなら繁盛すると思うけど?」
「それはカフェとかブティックとかの発想だと思うが……」
抗議したのは「そもそも24時間営業する代わりに、殆ど定価販売をしているコンビニというシステムがスローライフを地でいくエリュシオンに馴染むのか?」という疑問が亮司の胸には引っかかっていたからだ。
しかし、アスカはセルシウスの手を掴み、元気よく訴える。
「もし、エリュシオンにコンビニを建設をするなら、内装デザインを私にも手伝わせてくれないかしら〜? 設計においてもアドバイスとかできるし、やっぱりいつも使用している常連の声を聞くのも素敵なコンビニオープンの第一歩よぉ? 手伝いだから人件費もせがまないし、お買い得よ?」
「(……アスカ、売り込み過ぎだろう?)」
と、サングラスの後ろの亮司の目がやや苦笑する。
「……是非!」
アスカと意気投合するセルシウスを残し、珈琲牛乳をレジへと持っていく亮司の心の中には「エリュシオンでコンビニか……商品はどんなのを回せばいいだろうか?」という今日一日は楽しめそうな仮想シュミレーションが残るのであった。
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