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終章 忠誠と衷情

 旅の終着点は――ヤンジュスの村だった。
 エリシュ・エヌマの機晶石を手に入れた当初はひどく荒れ果てた土地だったその場所も、今はわずかながらだが村人たちが戻ってきて復興へと歩み始めている。
 そしてそこには、すでにエリシュ・エヌマとロベルダたちの姿もあった。
 ヤンジュスの復興を手伝うついでに、残されたエリシュ・エヌマの資料や過去の遺物を洗い直すためにやって来たのだ。そして目的はそれ以外にもある。
 ある意味で、ヤンジュスはシャムスたちにとって始まりの地でもあった。父と母の思い出も眠っており、エリシュ・エヌマの核そのものもまた、この地で見つけることが出来た。
 だからこそそこで――また新たな一歩を踏み出そうと、思えるのだ。
「整列!」
 グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)の謹厳な掛け声を受けて、『漆黒の翼』騎士団の面々が一斉に並んだ。閲兵式――今回のヤンジュスへの遠征は、これもまた目的にあったからだった。
 ヤンジュスへやって来たシャムスたちはその地に一泊した後、再びニヌアへ向けて離陸しようとするエリシュ・エヌマの前で式の準備を進めた。
 騎士、そしてコントラクターや村人たちの見守る中で、エリシュ・エヌマからシャムスが現れた。
「うわぁ……」
 その姿に、誰もが見惚れた。
 彼女は、これまでの『黒騎士』としての漆黒の鎧ではなく、一国の姫が着るような煌びやかな純白のドレスに身を包んでいた。そこには、もはや羞恥も遠慮もない。ただ一人の――『女性領主』としてのシャムスが、そこにいた。
 階段を降りてきたシャムスの前で、アムドを中心として、騎士たちが剣帯の鞘に手をかけた。それを確認したグロリアーナは、アムドと目配せして頷いた。
 そして――
「我等が領主の新たな船出を此処に称えん!」
 『女性』としての、新たな領主の誕生を祝うように、己が騎士たちが新たな忠誠を誓うように、10本の剣が宙の一点へ向けて交錯した。



「それにしても――中々似合っておるではないか? 見違えたぞ」
「からかうのは止めてくれ」
 シャムスの姿を眺めて、グロリアーナは笑う。シャムスは慣れていなさそうに裾を握りながら歩きつつ、苦い顔を作った。しかし、決して嫌そうではなかった。多少はこの旅で、スカートというものにも慣れてきたのだろうか。
 シャムスがいるのはエリシュ・エヌマの廊下だった。私室へ向かう途中で、廊下の向こう側からローザマリアが声を張る。
「シャムス! これから自動操縦だけどニヌアへ向かうわ! そろそろドレスから着替えても問題ないわよ!」
「ああ、分かった」
 私室の前で別れる前に、グロリアーナが窓から見える景色を見て言った。
「見よ、そなたの愛した地だ――今はまだ、荒野やも知れぬが、其処で力強く生きる民の姿は、妾もこの上なく愛しく思う」
 かつては、グロリアーナもシャムスと同じ、民を統べる立場であった英霊だ。そんな彼女に認められるということは、シャムスにとってもこの上ない喜びだった。
「……ありがとう」
「大変なのはこれからやも知れぬがな。共に歩んでゆこう、領主殿」
 勇壮な笑みを浮かべて、グロリアーナはその場を後にした。それを見送って、シャムスは部屋へと入る。さて、動きやすい服に着替えようか。
 と、そう思った時――突然その身体が横合いから引っ張られた。
 驚くのも間もなく、誰かの両腕に抱きかかえられるシャムス。仰向けにされたとき、一瞬だけそれが誰なのか確認できた。
「セテカ……お前……!?」
 その瞬間――シャムスの視界は遮られた。
 唇に重なる柔らかい感触。なにが起こったのか、理解できない。だが、生温かい感触が唇から広がって、不思議な熱さが頬を染めた。
 ようやく、視界が広がった。暗がりになっていたのは、セテカの頭が照明を隠していたからか。放心したように呆然となる彼女に、セテカは告げた。
「お前が好きだ」
 なにも、言い返せなかった。
 いや、というよりは、なにが起こっているのか理解が追いつかなかった。確実に言えることは、心臓の鼓動が速くなり、ひどく高鳴っているということ。耳朶の奥に響くのは、バクバクと鳴る心音だけだ。
「答えは急がない。考えておいてくれたら、それでいい」
 現実感がない。
 まるで夢でも見ているかのような心地だ。そういえば……セテカも閲兵式に出席していたんだったなと、かろうじて残されていた冷静な思考が思った。
「そのかわり、決めたなら覚悟しておけよ。おままごとのような恋愛にはならないぞ」
 言い残して、セテカはシャムスをベッドに腰掛けさせると、窓へと駆け出した。
「お、おい……っ!?」
 開いていた窓から飛び出すセテカ。
 すでにエリシュ・エヌマは離陸を始めている。上空何十メートルもあるというのに、なにを考えているんだ。とっさに駆け寄って、シャムスは窓から身を乗り出した。
 と、そこで、シャムスはバタバタと風になびく髪の下で、ロープが窓に括りつけられていることに気づいた。見下ろした先では、セテカがロープを伝って地面に降りている。
 いつの間に準備していたのか……? 用意周到な彼らしいといえば、らしいのかもしれなかった。
「まったく……なんだっていうんだ……」
 いまだ放心状態から抜けきれぬまま、火照った身体でぼふっと彼女はベッドに転がった。その手が伸びるのは、セテカの感触が残ったままの唇だった。

担当マスターより

▼担当マスター

夜光ヤナギ

▼マスターコメント

シナリオにご参加くださった皆さま、お疲れ様でした。夜光ヤナギです。
まずは遅延公開になったことをお詫び申し上げます。
大変申し訳ございませんでした。

今回のシナリオはコミカルノリでしたが、いかがだったでしょうか?
エンヘドゥやシャムスのキャラが違う! という声もありましたが、これまでがシリアスだっただけにギャップがすごかったようですね。
コミカル、シリアス、どちらも合わせて彼女たちだという風に変わらず接していただけた皆さんには、本当に嬉しい限りです。

ところで、アクションそのものに関しては、今回は色々と悩むことが多かったように思います。
言葉というのは難しいもので、伝えたいことが伝えきれず、逆に伝えたくないことが誤解という形で伝わる時もあります。
執筆者としての自分も力量不足を感じつつ……それでもなんとか精一杯書かせていただきました。

シャムス、エンヘドゥ。
これから彼女たちの人生はまだまだ山あり谷ありです。
もちろん、それはPC様それぞれもまた同じことで……それぞれの物語、それぞれのドラマがあることかと。
それは、肯定や否定でもなく、勝ち負けでもなく、出会って、起きて、生まれた、その物語です。
願わくばそれが、認め合いや成長という形に至ることを望みつつ。
そしてまた、それが一人の読者として、一人のPL様として皆さまが楽しめることを望みつつ。
今回はこれにて失礼させていただきます。

それでは、またお会いできるときを楽しみにしております。
ご参加ありがとうございました。

※2011/07/08 一部修正を加え、リアクションを再提出しました。