シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

あなたもわたしもスパイごっこ

リアクション公開中!

あなたもわたしもスパイごっこ

リアクション

「さて、それじゃ行くとするか」
 アレックスのその号令に、コハクとジャックがついて動く。バッグと地図を持ったアレックスの歩みは全く淀みが無く、気を抜けば置いていかれてしまいそうだった。
 だが数分後、その歩みはリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)の2人によって止められることとなる。
「いたー! アレックス発見! 要はどこよー!」
「……は?」
 会うなりシルフィスティはリカインに羽交い絞めにされながらアレックスに食ってかかった。

 彼女たちがアレックスと会ったのは偶然でしかない。
 最近の騒動により【パラ実風紀委員】のメンバーとなったこの2人。彼女たちが荒野にやってきたのは、そもそもシルフィスティが要にリベンジしてやると息巻いていたのが始まりだった。もっとも、そのシルフィスティ自身は、要にはなぜか勝てないということを理解しており、リベンジというのは建前に過ぎなかった。本音は「何だかんだと無茶をするパートナー」を持った身としてアレックスに同情したことにあった――確かにリカインは無茶なことをする傾向にあるが、実際は暴言を吐くわ、敵を皆殺しにしたがるわとシルフィスティの方が性質が悪いのだが。
 その建前の下に要の自宅に押しかけようとするシルフィスティをリカインは何とか止めようとしていた。要とケンカした場合、何かしらの補正がかかっている彼女に殴り倒される結果が見えていたからである。
 そのような調子で暴れるシルフィスティをなだめすかし、アレックスから事情を聞きだしたリカインはその場で同行を申し出た。
「とまあフィス姉さん、この調子だし、キマク散策がてら、同行させてくれない?」
 本当なら要の「今の」居場所に心当たりが無いのをいいことに、適当な場所をうろついてもよかったのだが、それで偶然要に会ってぶっ飛ばされるのも嫌だったし、何よりもキマクや大荒野、及びパラ実について精通しているわけではないことから迷子になるのも嫌だった。リカインとしては、ある程度の地理が理解できる程度に散策できればそれでよかった。要がいる場所に辿り着く前に、シルフィスティをすぐにつれて帰るつもりでいた。
「まあ俺は別に構わないけどな」
「ありがと。というわけでフィス姉さん、一緒に行くわよ」
「……まあついていけば要の奴に会えるみたいだし、こっちもそれで構わないわよ」
 こうしてだんだんと同行者が増えていった。誰も要の出したヒントの場所に心当たりが無いというのは、アレックスとしては複雑な気分だったが。
「やれやれ、まったく……。結局俺1人であいつの居場所を突き止めなきゃいけない、ってことか……」
 ぶつぶつ不満を漏らしながらアレックスは地図を確認する。同時にポケットに入れていた方位磁針を手に方角を確認すると、再び歩き出した。
「そういえばさ――」
 しばらく歩いていると、不意にリカインが口を開いた。
「そういえば、アレックス君と要って、普段はどんな感じなの?」
「あん?」
 質問の意図がわからず、アレックスは思わず聞き返していた。
「いや、何となく気になったのよ。こないだの乱闘事件とかイコン改造とか、いつも2人って、要が暴れてアレックス君が抑える、っていうイメージがあるのよね。やっぱりいつもそんな感じなの?」
「……まあそんな感じといえばそうだし、そうじゃなかったらそうじゃない、って感じだな」
「何その煮え切らない答え?」
「説明が難しいんだよな。あいつはいつも突然思いついたことをやりだす、って感じだからな。ただ、毎日何かを思いついて実行するってわけじゃねえ。やっぱそれなりにインターバルっつーモンがあるんだよな」
 突拍子も無く思いついたことを実行に移す要ではあるが、毎日のごとくそれがあるわけではない。やはり何も思いつかない日というものは存在するのだ。
「じゃあ、何も思いつかない日はどうしてるの?」
「ギター弾いてる」
「ギター!?」
 さらりと口から出たその情報に、思わずその場にいた全員が唱和する。
「何だったかな……、電気使わない、フォークギターつったかな。それを弾いてたりするな」
「……そんな話、全然無かったわよね?」
「そりゃ聞かれなかったしな。それにわざわざ宣言するようなことでもねえしよ」
 要は地球の学校にいた頃から、時折フォークギターを弾いて遊んでいたという。なぜそのようなものを趣味としているのかは不明だが、おそらくは「何となくやりたかったから」というだけなのだろう。
「まああいつ音痴だし、それにまともに練習してないから、そんな対した腕じゃないんだけどな」
 それなりにギターコードは理解しているのだが、演奏の腕は素人の域を出るものではなく、「あまりやらない趣味」として稀に弾いているのだという。
「だからバンドとかセッションとかに誘うなよ。そもそも下手クソだし、あんまり練習熱心ってわけじゃねえしな。ギターもかなりの安物らしいし」
 少なくともここにいるメンバーに、要を音楽に誘おうという気のある者はいなかったが、仮にいたとしたらアレックスは止めはしないが勧めもしないだろう。
「じゃあアレックス君は?」
「俺か? 少なくともギターはやらねえし、もちろん何もしないわけにはいかないから、コンビニでバイトしてたりするかな」
 何しろ要の奴は働こうとしないからな。彼はそう苦笑した。もっとも、要が働けるような仕事などありはしないのだが。
「しかしそうか、あの要にそんな趣味があったとは意外だったわね……」
 思わずにやつく顔を抑えきれず、シルフィスティはアレックスに並んだ。
「イコン魔改造の時もそうだったけど、結構要って女の子っぽいところあるのよね」
「まあ、な……」
 お世辞にもスタイルはいいとは言えないパートナーを想像して、アレックスは返答に窮する。
「あのがさつな要に女の子としての一面がある、ってことはさ、やっぱり意識ってするの?」
 シルフィスティのその言葉に、思わずアレックスは立ち止まった。
「あ、それは気になるわね。剣の花嫁って、契約したパートナーにとっての大切な人に似るっていうし、そういう話ってあるのかしらね?」
「そうよね。いくらなんでもあの暴れん坊の要よ? 意識してなかったら付き合うのって難しいわよね」
「男女のパートナーだと、大抵恋人同士になる、あるいはなりそうなのが剣の花嫁だし」
「やっぱアレックスも要を女の子として見てたりするの?」
 その質問を耳に入れたアレックスはしばらく黙っていたが、数秒後、突然大爆笑した。
「ふ、ふ、ふふ、ふはっ、ぶわははははははははははは!」
「え、な、何、どうしたの!?」
「やば、アレックスが壊れた!?」
 心配する周囲をよそに、アレックスは笑い続けた。
「ははははは……。す、すまん……! ちょ、っと、待って、くれ……!」
 その後もアレックスは笑い続け、危うく呼吸困難を起こすというところで、ようやく笑いは収まった。
「あ〜、もう、いきなり何を言いやがるんだお前らはよ〜」
 息は整えたが、アレックスの顔はまだ笑っていた。
「まさかアレか? 俺が要を恋愛対象として見てるかどうかってことか? だとしたら、くくっ……、そいつは大間違いってもんだぜ」
「……あるいはその逆でもいいけど」
「ないないないない! いくらなんでもそれはねえよ。少なくとも俺らは恋愛関係じゃない」
 何人かは期待したかもしれない要とアレックスの情事は、男の方によって完全に否定されてしまった。
「まああいつも女だから、もしかしたら誰か男を相手に恋愛でもするかもしれねえけどよ、少なくともその候補に俺は入ってねえな」
「え、そんなあっさり認めちゃうの?」
「ああ。だってあいつは俺に兄貴を見てるんだしな」
「兄!?」
 その言葉にまたしても全員の言葉が重なった。
「地球でのあいつの家ってな、すぐ近くに海があるんだ。その海の崖下のところで寝てた俺を起こしたのが出会いっつーか契約の瞬間、だな。その時にあいつ、何て言ったと思う?」
 海が割と近くにある場所が、要が本来住んでいた場所であり、たまたまその浜辺を散歩していると、崖下で壁に背中を預け寝ている男を発見した。まさか行き倒れか何かかと思って近づいた彼女は、その男の顔を見てこう叫んだという。
「お兄ちゃん、どうしてこんなとこで寝てるの!?」
 アレックスはその声で目覚めたのだという。
「あいつ、いわゆる『お兄ちゃん子』ってやつでな。かなり可愛がられてたみたいだぞ」
「そのお兄さんって……」
「もちろん生きてるよ。今も地球でピンピンしてるし、会ったこともある。あいつの兄――俊也(しゅんや)さんっていうんだけどな。まあ良くも悪くも普通の人だよ。別に頭が悪いわけじゃねえし、俺みたいに口が悪いわけでもない。似てるのは外見だけで、中身は全然違ってたな。……一応、髪形も違うけど」
 あまり語られたことは無いが、アレックスの髪は茶色のオールバックである。ちなみに俊也の方は焦げ茶のショートだ。
「つまり、要はアレックスを、その俊也っていうお兄さんみたいな人としか見てないから、恋愛対象にはなりえないと?」
「そういうこと。まあいくら兄貴が好きな要でも、兄弟を恋愛対象と見るのはまずいと思ってるんだろうな」
 その思想がアレックス相手にも適用されているのか、要はアレックスを恋愛対象としては見ようとしないのだ。
 また逆にアレックスは要を恋愛対象としては見ない。そもそもアレックス自身は、今を平穏無事に過ごせればそれでいいという「事なかれ主義」である。常にトラブルメーカー、常にハイテンション、そして常にパワフルな要を相手に恋愛などしていては身も心も持たないというのだ。
「どうせ恋愛するなら、もうちょっとこうおしとやかな方が……、って何を言わせんだコラ」
 思わず口から出た言葉を取り繕うかのように、アレックスは続けた。
「まあそんなわけだから、俺と要を恋愛関係に持っていこうって考えるのは無駄ってもんだよ」
「ありゃ〜、それは参ったなぁ。せっかく美女2人をはべらしたって格好なんだし、要にやきもち妬かせられないかな〜、とか思ったんだけどね」
「ははははは、そりゃ惜しかったな!」
 シルフィスティのその言葉は半分は冗談だったが、そもそも要とアレックスの間に恋愛感情が無いのであれば全くの無意味である。
 だがそうなれば1つ疑問が残る。恋愛関係でもない2人が、なぜパラミタでパートナーとして行動できるのか。平穏な生活を望んでいるのであれば、アレックスは要を無視すればいいはずである。
 その答えはやはりアレックスの口から紡がれた。
「パートナー契約を結んじまった以上、あいつを放置するのは危ないと思ったんだよな。どういうわけかアンタらを殴り倒せるだけのパワーを持ってる要だけどよ、それもこれも状況がそうさせてるからなんだ」
「状況?」
「乱闘の時といい魔改造の時といい、あいつは状況がギャグであればあるほど強くなるってことだよ。これがクソ真面目な状況だと、あいつはそんじょそこらの契約者相手に瞬殺されてるだろうぜ。もちろん、アンタにだってな」
 言ってアレックスはシルフィスティを指す。
「普段からあいつは冗談ばっかり言ってるからまだどうにかなってるんだ。だがそうじゃない時に何かされたらあいつはひとたまりも無い。その前に俺があいつの動きを軌道修正する。結局は、俺がパートナーロストのショックを回避するためだよ」
 要はフェイタルリーパーではあるが、その戦闘方法は非常に単純である。とりあえず手に持った大型武器を手当たり次第に振り回すだけであり、明確な戦闘技術など持っていない――教えてくれようとしている男はいるが、要は細かい話が聞けないため効果が出ているかどうかは定かではない。そんな彼女がまともに契約者と戦闘したら、確実に負けるだろう。ましてここはパラ実。教導団(国軍)を除けば、死ぬ確率は他の学校のエリアと比べて非常に高いのだ。
 アレックス自身にも戦闘力は無い。だがバカの要に付き合わされた結果、それなりの頭脳労働ができるようになった。アレックスが状況を考え、ある程度要の動きをコントロールすることで、そもそも危険な場所に立ち入らせないようにする。
 要の家族からアレックスは「娘(妹)をよろしく」と頼まれてしまったのだ。ならばせめてそれくらいはしてやらねばならない。これがアレックスが要に付き合う理由だった。
「結構苦労してるのね……」
 思わずリカインがそう呟くが、アレックスはそれを軽く笑い飛ばす。
「仕方なくってのもあるが、要の親御さんたちは好きだからな。まあこれくらいはどうってこたぁねえよ」
「ただそうなると、要は何も考えてないのかしら。アレックス君がこんなに苦労してるのに、なんだかそれを増幅させてるような――」
「いや、あいつはその辺わかってるんじゃねえかな」
 ふと口から出た非難の言葉を、アレックスは否定してしまう。
 リカインの言葉は正しい。アレックスは要の暴走をうまくコントロールする役目を担っており、それに気づけない要は、言ってみればパートナーを危険にさらしているも同然である。だがそのパートナーによれば、要はアレックスのこの状況を理解しているかもしれないというのだ。
「契約した地球人とパラミタ人ってよ、ほら『お互いの状態が何となくわかる』って言うだろ? つまりはそういうことなんだよ」
 詳しい原理は解明されていないが、契約した両者は互いに強大な力を入手し、互いの状況が何となく理解できるようになるという。何らかの形で魂が繋がっているから、とよく言われているが、アレックスはまさにその通りだと思っていた。
「何となくどころか、言ってみりゃ俺は要が取るであろうアクションとリアクションが『わかってしまう』んだよ。俺があいつに何かを言った時、あいつがどういう返事をよこすか。それがわかるんだ。逆にあいつが何かを言ってきた時、俺は『あいつが期待する答えを用意できる』んだよ。要は自分のアクションに対し、俺がどういうリアクションを取ってくれるのかを『期待できる』。逆に俺は自分のアクションに対し、俺が『期待しない』リアクションを要が取るであろうということを『期待できる』んだ」
 パートナー契約を結んだ時点で、互いの状態がわかるということは、その分、互いを「知りすぎてしまう」ことにつながる。それがアレックスの持論だった。
「互いのことを理解できるってことは、その分円滑なコミュニケーションができるってことだ。だが俺に言わせりゃ、このコミュニケーションは『円滑すぎる』んだよ。以心伝心って言うけど、パートナーの間ってのはそんなレベルじゃない。ほとんど一心同体といっても差し支えないんじゃないかな。考え方によっちゃあ、こいつは結構恐ろしいことかもしれない……」
 そこまで言ってアレックスは、場の空気が非常に重いことに気がついた。いつの間にか場を白けさせてしまったらしい。
「っと、変な話しちまったな。まあ、聞き流してくれや。とにかく俺たちはそんなに酷い関係じゃないはずだからさ」
 これ以上話すと、それこそ自分が何を言い出してしまうかわからないと、アレックスは無理矢理話を打ち切った。

(リカインの奴が男と会うと聞いたからこっそりついてきてみれば……)
 道中をゆっくりと歩いていくアレックスたちの後ろから、リカインのもう1人――いや言ってみれば「1冊」の魔道書のパートナーである禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)がこっそりついてきていた。
 あまり人の姿を表に出さず、魔道書状態で――ただし表面に天狗の面と光学モザイクを乗せた姿だったが――後をつけていたのは、ひとえに「男と会うらしい」リカインに対しあらぬお節介をしてやろうというのが目的だったのだが、最近続く失敗を思い返し、とりあえず今回は慎重に様子を見るだけに留めていた。
(話を聞く限り、別にリカインがあの男に気があるというわけじゃなさそうだな。かと思えば、あの男とそのパートナーらしき女の間には恋愛感情は無し……)
 リカインでもアレックスでも、仮に何かしら「発展する」話でもあるなら自分の出番だと思っていたが、盗み聞きした内容から察するに、どうやら現時点では完全に「脈無し」といったところだろうか。
(だったら俺様の出番は無いかなぁ。せっかく『せいぎ』の味方として動けるかと期待してたってのに――っと、まずいまずい、見失う)
 総石造りの魔道書は、アレックスたちの歩調に合わせて自らをサイコキネシスで飛ばしてついていく――途中で精神力が切れたら、あまり見せたくない人型を呼び出して運ばせればいい。今回は何もやることは無いだろうが、話を聞いておくに越したことはないのだ……。