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リアクション
どうしてこうなった、などと言っている場合ではない。
ツァンダの街付近の山に突如現れたブラックタワー。その塔を支配するのはザナドゥの方からやって来た魔族『Dトゥルー(でぃーとぅるー)』だった。
辛うじて配下の『魔族6人衆』を撃退し、Dトゥルーをも倒したかに見えたコントラクター達だったが、そのDトゥルーは8本の足のうちの1本に過ぎなかった。
しかも、開放されたブラックタワーは暗雲の中に浮かぶ空中宮殿への入口であり、Dトゥルー本体はそこで待つという。
「……すごい戦いだったよ。私も助けられちゃった……もっと、強くなりたいな。もっと、たくさんの冒険をするためにも」
と、ライカ・フィーニス(らいか・ふぃーにす)はタワーの前で、空中宮殿を見上げて呟いた。
そのパートナー、レイコール・グランツ(れいこーる・ぐらんつ)は、いつになく真剣なライカの横顔を見つめている。
「そうだな……私たちはもっと強くあらねば。うっかりザナドゥ時空に取り込まれてキャラ崩壊などしている場合ではない……ところで」
「なに?」
「……なぜ今ここでバナナを食べているのかねっ!? その横顔も、イイ台詞もバナナを食べながらでは台無しではないかっ!!」
だが、真剣な表情をしたままのライカは、まっすぐな瞳でレイコールを見つめ返しながら、言った。
「――違うよレイ。これはバナナじゃない」
「え?」
「おいしいバナナ、だよ」
言葉を失ったレイコールを前にして、ライカはおいしいバナナをもぐもぐと食べ続ける。黒雲の中で稲妻が眩しく光り、はるか上空の宮殿を不気味に照らした。
『ザナドゥの方から来ました シナリオ2』
第1章
ツァンダ付近の山 カメリア(つぁんだふきんのやま・かめりあ)がブラックタワーに入り、そこから空中に浮かぶ宮殿に乗り込もうとしている。
それに続くブレイズ・ブラス(ぶれいず・ぶらす)も多くのコントラクターに協力してもらうため、カメリアが持つ『バキュー夢』の力で彼の思い出の中から取り出した『正義マスク』を何人かに渡し、その後に続いた。
更に、冬の精霊ウィンター・ウィンター、春の精霊スプリング・スプリングもまた同様に『雪だるマー』と『破邪の花びら』を携え、列に加わった。
「――待ってください、カメリアさん」
その後ろから声をかけたのが、ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)。彼女はザナドゥ時空に飲み込まれ、果敢にもDトゥルーに対して『夏のお中元スイカ作戦』と『百億万円札による買収大作戦』を敢行したのだが、非常に残念ながら失敗に終わったのである。
ザナドゥ時空の影響から解放された彼女がその事実を覚えていないのは、主に彼女にとって幸運なことであったと言えるだろう。
「何じゃ。止めても無駄じゃぞ、ノア」
カメリアは背中を向けたままで返す。それに対して、ノアは柔らかな眼差しを向けながら、言った。
「いいえ、止めるつもりはありません。ですが便利なアイテムである『バキュー夢』を持っているカメリアさんが最前線に出る必要はありませんでしょ?
幸い、ここには腕利きのコントラクターが大勢いるのですから、カメリアさんはむしろサポート役に回るべきですよ」
ノアの後ろで、パートナーのレン・オズワルド(れん・おずわるど)も頷いた。
「ノアの言うとおりだ、カメリア。時には、仲間を信じて応援することが大きな力を生むこともある」
カメリアは、二人を振り返る。誰よりも敵陣に乗り込んで行きたいのは、自らの住処を荒らされたカメリアだ。だが、この二人がそれを理解していない筈はない。
「――分かった。先陣斬って乗り込むのは他の連中に回せる任せるわい」
つまるところ、二人の言葉は冷静さを欠いたカメリアが最前線に出ることを阻止するための方便。だが、自らの身を案じた上での言葉と悟ったうえで、カメリアはその言葉に乗ることにした。
カメリアは、手に持った『バキュー夢』で空中宮殿の大まかな構造を探る。それを地面に書いて、これから乗り込むコントラクター達に示した。
「これが大まかな見取り図ということになる……。とはいえ、あくまで『こういうものがある』という概念図にすぎんがな」
カメリアが指差した先には『王の間』『心臓部』『エントランス』『庭園』などがあり、それぞれを結ぶ通路がある。
「あと、Dトゥルーに与するコントラクターもおるようじゃ。操られておるのか、本人の意志かはわからぬ。
……儂はあまり率先して戦わぬようにするから……皆も気をつけてな」
その言葉に嬉しそうな笑みを浮かべたノアは、カメリアの手を取った。
「分かってくれましたか……! では、まずカメリアさんはまずここで宮殿に向かう皆さんを応援しましょう!!
男の人って可愛い女の子に応援されると元気になっちゃうみたいですから!!」
「……そういうものか? まあ良い。戦地に赴く戦士達に発破をかけるのも悪くはあるまい」
ノアの言葉に素直に従うカメリア。空中宮殿に向かうべく、ブラックタワーへと乗り込むコントラクターの中には、見知った顔もある。
その背中に向かって、ノアとカメリアは激励の声をかけた。
「さあ、カメリアさん。私に続いて彼らを応援しましょう!! さあ、『頑張って、お兄ちゃん!!』」
「よし、『頑張って、お兄ちゃん!!』……え?」
戦場に赴く戦士達に発破をかけるにしては少し可愛すぎるのではないか、とカメリアは思ったが、実はいまだザナドゥ時空に捕らわれたままのノアの耳にそんな反論は届かない。
「さあ、カメリアさん声が小さいですよ!! 大きな声で!!」
「ちょ、ちょっと待てノア!! お主まだザナドゥ時空に……おいレン、どこ行った!! あ、あやつ先に行きおったな!!」
仕方なく道行く知り合いに『お兄ちゃんエール』を送り続けるカメリア。
「うう……儂ゃこんなことしとる場合と違うのに……どのお兄ちゃんも頑張れー」
と、そんな涙目のカメリアに声をかける女性がいた。
「あら、応援してもらえるのはお兄ちゃんだけ?」
「お主は……ええと確か……リカイン。リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)じゃな、何度か街で会っとる筈じゃが……あまり話をした覚えがないのう。」
普段からツァンダの街をふらふらして、いくつかの事件を巻き起こしたり、偶然遭遇したりしているカメリアには知り合いも多い。とはいえ、互いに面識がある程度で、深く会話を交わしたわけではない相手もいるものだ。
リカインも、その一人だった。
「そうよねぇ。でね、ちょっとこの二人に話したら、興味があるっていうものだから」
その言葉にカメリアが目をやると、幼いカメリアよりもさらに幼い、着物姿のかわいい女の子と、同じく着物姿の金髪の男性がいる。
童子 華花(どうじ・はな)と、空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)だ。
華花はカメリアの前に歩み寄り、にかっと笑った。
「オラ、華花っていうんだ、よろしくな、姉ちゃん!!」
元気に挨拶する華花に対して、カメリアは少し戸惑った表情を見せる。
「……ん? んむ……よろしくな」
「……? どうしたんだ?」
確かに、華花はぱっと見5歳程度。カメリアよりも背も低いので華花がカメリアを姉ちゃんと呼んでもおかしくはない。だが。
「ふふ〜ん、カメリアさんは普段から妹扱いされることが多いから、お姉さんって呼ばれ慣れてないんですよね〜」
その様子が面白かったのか、ノアがカメリアをからかう。
カメリアは少し顔を赤らめ、華花に向き直った。
「う、うむ……まあ、そういうことじゃ。別に問題があるわけではなし……まあ、好きに呼ぶがいい」
無邪気な華花は、カメリアの言葉に素直に頷いた。
「うん! じゃあこれからもよろしくな、カメ姉!!」
「……カメはちょっと」
「……じゃあリア姉?」
華花の出した代替案に、カメリアは諸手を打った。
「うむ、それならば良かろう……えーと、華花……ちゃん? はなたん? ハナ助? はなっち?」
何か親しみを込めた呼び名を考えたいカメリアだったが、ここでセンスの悪さが露呈してしまった。
「……ハナ助はちょっと嫌だなあ」
至極もっともな意見を述べる華花の頭を撫でながら、カメリアは呟いた。
「ううむ、どうもあだ名を考えるのは苦手じゃな。――華花、と呼ばせてくれぬか」
ふと、目をやるとリカインのもう一人のパートナー、狐樹廊がいる。
「ええと……お主は?」
金髪と金色の瞳を持った青年、狐樹廊はカメリアに対して深々と頭を下げた。
「お初にお目にかかります、空京の稲荷、狐樹廊と申します」
狐樹廊が下げた頭を見ると、金髪の中からフサフサとした獣の耳が見える。
「ああ――稲荷か。えーと、つまり獣人ではなく……」
カメリアの言葉をついで、狐樹廊は続けた。
「ええ、こう見えても空京の地祇の一人でして……聞けば、あなたもこの山に本体を持つ、ツァンダの街の地祇とのこと。
間近にあんなものが現出して、神社やお身体の方は大丈夫かと思いましてね」
狐樹廊の言うお身体、とはカメリアの本体である椿の古木のことであろう。確かに、ブラックタワーのせいでやや日当たりが悪くなったものの、カメリアのねぐらである神社や、椿の古木そのものは辛うじて無事だ。
「うむ。皆のおかげで、なんとかなっておる。気にかけてくれて感謝するぞ」
「いえ……やはりその地の揉め事はその地の地祇が何とかすべきですからね。
オレは基本的にあまり手出ししませんが……ともあれ、これからもよろしくお願いします、先輩」
「……先輩?」
華花はともかく、外見的には20台半ばの狐樹廊が外見11歳のカメリアを先輩と呼ぶのはやはり奇妙だ。
「いやあ、まだまだ未熟者なもので――聞けばあなたはもう1000歳を超えている古木とのこと。
やはり年上の方には敬意を払わないといけませんから」
爽やかな笑顔を浮かべる狐樹廊と、やたらと懐いてくる華花の二人に挟まれて苦笑いを浮かべるカメリア。
「なんとも……また妙な知り合いが増えたもんじゃな」
「あらあら、一気に妹と後輩が増えましたね、カメリアさんっ」
脳天気なノアの呟きと、
「……ふふ、じゃあ私はなんて呼んだらいいのかしら」
事態を楽しんでいるようにしか見えないリカインの呟きが、風に乗って消えた。
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