校長室
大廃都に残りし遺跡~魂の終始章~
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第21章 「まさか、普通に実っているとは思わなかったよ」 天音は静かになった樹を見上げた。荒ぶっていたのが嘘のようだ。 摂取という表現から、彼は『知恵の実』が木の実そのままの形態であるとは考えていなかった。年月も経っていることから単純に考えるならドライフルーツのような乾物、それ以外の可能性として成分を抽出したドリンクやタブレット、アンプル等を予想していたのだ。 だが、こうして地下で瑞々しく成長してしかも動くというのは、それはそれで実自体の不思議に大いに興味が持てる。 空気の循環システムでもあるのか、どこからか流れてくる風にそよそよと葉を揺らせるだけで自発的に動くことはない。根は全て断ち切られ、傾いて少し土に埋もれた状態で安定を保っている。突然の戦いで重傷ないしダメージを負った者も、医学部に通うラルクの処置とエクスの歴戦の回復術、京子の我は紡ぐ地の讃頌で人心地つき、今は樹の裏で草花に囲まれて休んでいた。真の傷口の治療を受け、今は包帯を巻かれている。白い包帯には赤く滲むものがあり、完全回復とはいかなかったがそれなりに元気だ。 「なんだ真、また無茶したのか」 後から来た左之助は、彼に呆れた顔を向ける。俺に任せて先に行けを実行したにも関わらず、左之助自身は大きな怪我を負っていない。 「いや、京子ちゃんが危なかったから……そうだ京子ちゃん、智恵の実を……」 「う、うん……」 京子は立ち上がり、枝についた実を1つもいだ。根を切られても、樹は果実を落としていない。彼女は、赤い星型をしたその果実を暫く見詰め――それから、静かに仕舞った。 「お、食わないのか?」 「あ、えっと、持って帰ってから食べようと思って……」 左之助に問われ、慌てて言う。この場で食べて、“彼女”の記憶を取り戻せたとして……、どんな状態になるかは解らない。 ――だから、食べるのは帰ってから。 京子が実をもいだ事をきっかけに、智恵の実を目的にしていた皆はそれぞれに果実をもいでいく。ラルクも1つ手に取り、半分かじる。 「……んー? 頭がすっきり冴えたような気もするが……まあ、帰って机に向かってみりゃあはっきり分かるか」 半分残った実は、持ち帰って研究しようとビニール袋に入れた。 「貴重なサンプルが取れて満足満足! いやー、この実にどういった成分が入ってるのかすっげぇ興味がそそられるぜ!」 まだ未発見の成分が見つかるかもしれない。確信にも近いその期待は、膨らむばかりだ。 「じゃあ早速……、いただきまーす!」 そしてこちらでも。 プリムローズと大佐は、味見をしようと実をもいで2人で同時にしゃくりと食べた。 「では、私達も頂きましょうか」 「ああ。美味いかどうか食ってみるか」 戦闘終了後に最奥に辿り着いたザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)と強盗 ヘル(ごうとう・へる)もそれぞれに味見してみる。道中は色々と推測もしてみたが、やはり、ザカコが気になるのは味である。 「「「「…………」」」」 「……どんな味?」 実を口にした4人に、興味深そうに天音は聞く。ガーゴイルと会話した際に『奪ったりしない』と約束したから手は出さないが、1つの“情報”として味は気になる。 「美味しいですよ! これぞ私が求めていた味、という感じです!」 あっという間に実を完食したプリムローズは、目を輝かせて満足そうに答える。何だか、グルメ細胞的な何かで強くなったような気がする。それで美食屋に目覚めるかは不明……というか今まで通り、いやそれ以上に何でも美味しく食べれると思う。 だが、彼女の答えでは具体的な味はいまひとつ分からない。大佐は何か違和感を感じて自分の体をぺたぺたと点検していたが、ぴたりと手を止めて天音に答える。 「食感は固めの林檎、味は梨……というのが一番近いか。しかし、口に入れた時に広がるまろやかさはドリアンを食べているようでもある」 「ドリアン? それって……、美味しいの?」 「匂いは林檎に近いから問題無いな」 言いながらも、大佐は妙な違和感を拭えずに内心で首を傾げた。骨も痛むところがあるし、何だか成長期の時の症状のようだ。――ちなみに、帰ってから身長とバストサイズを測ってみたら2〜3cmくらい成長していた。それが実の影響なのかただの成長期なのか{SNL9998767#笹飾りくん}の影響が今更出たのかは判らないが。 (ど、ドリアン? マジでドリアンなのか?) 未散も少し驚きつつ、味を確認しようと智恵の実をもいだ。彼女は探検しながら、ドリアンみたいだったら面白いかもー、とか言っていたわけで。ハルのところに戻って食べてみる。 「うん、一口目はドリアン……? 近いっちゃ近いな」 1つ完食して、それはそうと何か変わったかな? と考えてみる。現時点で閃きが起きたとか頭が良くなったとか新しい噺を思いついたということはなかったが……。はて? 「……食べても、特に何も変わらないぞ?」 ヘルも、変化無しの自分の状態にきょとんとする。何か変わりそうだったかと聞かれたら特に予測出来るわけでもないのだが。 「道中で少し予測として話しましたが……、神経の伝達がスムーズになる、という面は実際にあるのかもしれませんね。そうなれば知能や肉体の活動も効果的になり、思い込みの力も相まれば人によっては何らかの効果が生まれるのではないですか? それなら効果が実感出来る場合と、ヘルのようにそうでない場合があるというのも辻褄としては合うかもしれません」 サンプルとして、と持ち帰り用に1個取りながらザカコは言う。 「思い込みってそんな効果あるのか?」 「そうですね……ヘル、いつも飛行船で飲んでる酔い止め、効いてますか?」 「ん? ああ、効いてるぜ」 「あれはただのラムネです」 突然何を聞くのかと思いつつ答えると、しれっと意外なネタをばらされた。 「…………」 ヘルはしばしぽかんとして、それから何だか脱力した。 「とりあえず、効果があるのはわかったぜ……。……まぁ、心の持ち次第って事か……?」 「これが智恵の実ですか。研究用に幾つか持って帰るとして……、皐月はそれをどうするつもりですか?」 それぞれに賑わっている中で最奥に到着した七日は、実を手にした皐月に訊ねる。食べるでもなく研究をするでもないだろうに、何故、人助けよりも智恵の実を優先したのか。 「そうそう、2人を助けるついでにあのガーゴイルさんも助けようと思ってな」 「……は? ガーゴイル“さん”……ですか?」 流石の七日も、その答えは想像外のものだったらしい。 「これで、俺の記憶が……」 そう言って氷室 カイ(ひむろ・かい)が智恵の実を食べる横で、ローザマリアも実を1つ、枝から取った。今日は、エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)の為にこの遺跡を訪れた。だから、食べるのも1人だけ。 「私は、この実を必要としていないわ。これは、あなたにこそ必要な物――そうでしょう? ジョー」 手渡した智恵の実を、エシクは掌で支えるように受け取った。赤く、星の形をした実を見詰め――だが、彼女は見詰めるだけで食べようとはしなかった。 「――これを食べたら失われた記憶が……私はそれを望んでいるのでしょうか」 感情を読み取り難い、淡々とした口調。しかし、確かにエシクは迷い、意見を求めていた。ローザマリアは、その背中を押すように確信と意志を込めた目を彼女に向ける。 「……辛い記憶かもしれない。それでも、貴方なら乗り越えられるって、信じてる」 「ローザ……」 真っ直ぐな、だからこそ胸に届く言葉だった。それは間違いなく、エシクが次のステップへ進むための糧となる。 もう一度実を見詰め、今度は躊躇いなく口に運ぶ。全てを食べきった瞬間、彼女は―― 怒涛としか表現しようがない。全ての記憶が一気にフラッシュバックする。鏡に映る笑顔の少女、快活に笑うのは、かつての自分。次々に移り変わる光景、情景の中、頭に反響するのは複数の謎の声。 『アルヘナ、君はこれから生まれ変わるんだ。そして、それはとても素晴らしい事なんだよ』 『駄目です。暴走しています、止まりません』 『実験は失敗か……』 『処分したまえ。意のままにならぬ兵器など不要だ』 闇に葬られた存在。無理に施された、実験の結果。剣の花嫁が契約主の大切な人に姿を変える能力に着目し、数人の少女の姿を取れるように改造された―― ――――――――…… 様々な声の奔流に頭が耐え切れず、エシクは気を失った。 「ジョー……今は、ゆっくり休んで」 柔らかい草の上に、ローザマリアはエシクをゆっくりと寝かせる。意識を取り戻すその時まで、傍から離れるつもりはない。