校長室
大廃都に残りし遺跡~魂の終始章~
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第20章 暗い通路の中に、機械が壊れるけたたましい音が響く。目を光らせて向かってくる機械獣に、プリムローズ・アレックス(ぷりむろーず・あれっくす)が聖杭ブチコンダルで杭をぶちこんだ音である。毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)も歴戦の必殺術で残る1体を黙らせ、また何事もなかったように歩き出す。 「何だか、気のせいかさっきからスムーズに進むな」 ランダムワープとプリムローズの方向音痴が掛け合わさり道に迷いまくっていた大佐達だったが、随時更新されていく銃型HCの地図のおかげで何とか地下2階まで辿り着いていた。特に、最後にアップされた地図は正にレミー……いや、実に詳細で助かった。機械獣や魔物を蹴散らしながらの怒涛の進行だったので気付かなかったが、途中からカチッというお馴染みの音にも縁が無い。 地図の通りなら、また、プリムローズがジャガーを別の方向に走らせなければ、智恵の実のある場所までもう少しである。 ◇◇◇◇◇◇ そこは、美しい場所だった。遥か高い天井から人口的な太陽光が降り注ぎ、地下空間ではあったが視界一杯に緑が広がっている。土と花のかすかな匂いが鼻腔をつく、安らぎすら感じられそうな場所。だが、その楽園の主としてあるべき――彼等が目的としていた智恵の実らしきものを拝むことは出来なかった。無闇やたらに巨大な蛇がその視界を遮っていたからである。 真っ白い体にオレンジの斑模様、釣り上がった眼瞼から覗く瞳は赤。他には特記する事項も無いオーソドックスな、長大な体躯を持つ、蛇。高さだけ見るとイコンMサイズよりも下のように感じる。だが、下でとぐろを巻いている部分を真っ直ぐに伸ばせばそれを超える大きさである事が想像出来た。 瞳と同様に真っ赤な舌をちろちろと出し、蛇は物理的に上から目線で彼等に言う。 『智恵の実を得に来たのか? 残念だが、此処にそのようなものはない。帰れ』 ――自らの身体で智恵の樹を隠して追い返そうとした蛇は、来訪者の答えを聞く間も無く衝撃波を放った。並の契約者なら、その圧力に耐えられずに飛ばされて壁に叩きつけられて気絶しそうな強さを持つ、衝撃波。 だが―― 並ではない上に神殿内の影響で力が上がっていたラルクには通用しなかった。波動の闘気で衝撃波を跳ね返して拳を固め、渾身の力で攻撃する。 『ぶるおぉお!!!!』 蛇はこの一撃で一気にHPゲージを半分以下にする。首をのけぞらせて悲鳴を上げ、その声は楽園全体を揺るがした。 直後、彼等の足元が波打ったように揺れる。ただの地震ではない。地面が盛り上がり、視界を覆うような勢いで太い木の根が大量に飛び出してくる。根は鞭のようにしなやかにうねり、訪れた皆を強襲した。 「きゃああっ!?」 「京子ちゃん!! ……うっ!」 バランスを崩して倒れる京子の上に攻撃が迫る。鋭い木の根からかばおうと真は彼女を押しのけ、そして背中から攻撃を受けた。貫いた根が勢い良く引き抜かれる。同時に背から血が噴出し、驚愕の表情を浮かべて真は倒れた。 「ま、真くん……、真くん!?」 草の上に広がっていく赤い液体にパニックになりかけながらも、京子は急いで我は科す永劫の咎で彼を石化させた。これ以上の出血を防ぐためである。そこで、根を攻撃してやり過ごしつつ、ラルクが彼女のもとまでやってきて石像を抱え上げた。 「大丈夫か!? 樹の裏側なら安全だ!」 「う、うん……」 その、ほぼ同時期。 「……わっ!」 未散はダッシュローラーを使って襲ってくる木の根を避けていた。フラワシのアマノウズメを出し、防戦しようとする。そこに、次の根が迫り―― 「未散くん!」 乱撃ソニックブレードで咄嗟に根に対応したハルがそれに気付き、アマノウズメにかぶるようにガードラインを使って前に出る。だが―― 「わわっ! いきなり……危ねえ!」 「ぬぉお!!!」 ハルはガードラインごとふっとばされた。室内の植物がクッションになったようだが衝撃を緩和しきれずに体力に赤信号を点す。 「あ、安全第一……ですぞ」 「な、何やってんだよ! 平気……じゃないよな」 未散は慌てるが、続く根の攻撃に阻まれてハルのところまで行くことが出来ない。そこで真を抱えたラルクが近付き、空いた片手で彼を回収していくのが見えた。混戦の中でこっちは大丈夫だ、というサインを受け、彼女は改めて木の根と相対する。コンジュラー意外にはフラワシは見えない。当然、『木』にも見える筈がなく木の根は積極的に未散を狙ってきた。アマノウズメは鉄のフラワシの能力でそれを防ぎ、苦無【天児屋命(アメノコヤネ】と鎖鎌【玉祖命(タマオヤ)】でその根元を断ち切っていく。サリエルとシオンは木の後ろに避難し、唯斗達とカイ、ローザマリアとエシクも根を1本ずつ確実に破壊し、敵の攻撃力を奪っていく。 その中で―― 「あれが智恵の実か? 何か、樹が暴れているが……」 「おとなしくさせないと食べられそうにないですねー。私も協力しますよ!」 「樹が死んで実まで死ぬとかいう事態にならなきゃいいが。といっても、このままでもどうしようもないな。……何か知ってる顔が居るけどまーいいや」 何とかかんとか無事にここまで来た大佐とプリムローズも扉をくぐって木の根撲滅に参戦した。 「これは……大変なことになってるね」 開いた扉の先で展開されている光景に、黒崎 天音(くろさき・あまね)は立ち止まる。うねうねと不規則に動く木の根と戦う皆の中に下手に混じるのは、新たな混乱を生みかねない。また、戦況はこちらの方が有利に見えた。 「暴れている樹……、まさか、あれは智恵の樹か?」 根の本体を見て、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が言う。他に、ざっと見た限り他に果樹と呼べる物は無いように思うが。 「刀真、蛇が……」 戦闘状況を見ていた漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が、白蛇の様子に気付く。大きくダメージを負っているようだが、首を震わせて再び皆を襲おうと準備しているようだった。戦闘中の誰もが根にかかりきりで、蛇には注意を払っていなかった。 「……行くか」 それを見て、樹月 刀真(きづき・とうま)が足を踏み込む。殺気看破で襲撃に備えながら、場の空気の流れにも注意する。 冷静でありながらも確実な殺気を纏う彼に気付き、反っていた蛇の頭がぶんと戻ってくる。喋っている余裕は無い、と本能が判断したのだろう。一度頭を振ると、問答無用とばかりに大きな口を開け、その牙と口腔を晒し襲い掛かってきた。牙と、盾のようにしたトライアンフの刃がぶつかりあった。 『ぐぅ……ぅ!』 力の押し合いは数秒。刀真は牙をスウェーで受け流し、尻尾からの攻撃等身体全体を使った蛇の攻めを巧みにかわす。だが、蛇も命が掛かっている。何としても首を噛み千切ろうとその口を開け続ける。 何度かの攻防の後、刀真はぴたりと動きを止めた。迫る牙を前に、光条兵器を発現する。 「終わりだ……顕現せよ『黒の剣』!」 周囲の植物や戦う皆を傷つけないように考えつつ、彼は跳躍し―― がちん! と、蛇の上顎と下顎が勢いよく合わさった。 『…………?』 白蛇は何かがおかしい、というような間を空けた。自らの身体を確認しよう、と後ろを振り向こうとする。だがそこで、蛇は首と身体が2つに分かれていることに気が付いた。一刀両断である。 『あ…………』 目を見開く蛇。それは、そのまま重い音を立てて落ちるかと思ったが―― ざぁっ、と蛇の血肉が分解していくように消えていく。まるで……寿命などはとうに過ぎていたかのように。細胞同士の繋がりを保つのは限界だとでもいうように、骨さえ残さず儚く端から崩れていく。 …………………… それと同時、智恵の樹の根の動きが、一瞬止まった。その隙をつき、ラスターハンドガンを構えた月夜がスナイプで残った根元を打ち抜いていく。敵以外を全て透過するように設定しているので他の皆に攻撃が当たることは無い。 やがて、根の数も最後になり―― 「終わり……狙い、撃つ!」 『智恵の樹』はその動きを止めた。