校長室
大廃都に残りし遺跡~魂の終始章~
リアクション公開中!
第2章 最終決断 「あっ!」 ルミーナと環菜が工房に戻ると、ソファーに座っていたファーシーが近付いてきた。 「どこに行ったのかと思っちゃった。もう少しで、準備が終わるって……」 笑顔でそう言うが、僅かに表情が硬かった。緊張してもいるようだ。ルミーナは自分の中に残るルヴィとファーシーの生活の記憶を思い出しながら、彼女に言う。 「大丈夫です。きっと、無事に成功しますわ」 「うん……」 「なあファーシー、最後にもう一回だけ確認するぞ。本当に今、子供を作んのか? 先延ばしに出来んなら、今じゃなくてもいーんじゃねーの?」 「え……」 後ろからフリードリヒにそう言われ、ファーシーは間の抜けた声を出して振り返る。一瞬、意味が解らなかった。そして理解した途端に生まれたのは、戸惑いと混乱と、悲しい、という気持ち。 「それって……」 聞き間違いじゃないか、と確認しようとするけれど上手くいかなくて。 「オマエは昔ッから、箱入り娘だったんだろ? 世間知らずなんだろ? 知らねー事だらけの世界で生きていこうって決めたのは、まだほんの少し前じゃねーか」 「…………」 それは、やっぱり―― 賛成とも反対とも口にしてはいないけど、どう聞いても、後者にしか思えない。 「ほんの少しって……。……もう、1年は経ってるわ……」 「『もう』? 俺らが生まれて1年の時は、まだ何も出来ねー乳くせーガキに過ぎねーんだぜ?」 「わたしは人じゃない……。機晶姫よ。この1年で、たくさん……」 そこで、ファーシーは言葉を止めた。 たくさん……何? わたしは、何をしたの……? 大した事はしてないかもしれない。でも……でも、――それが、何? 何か、問題ある? 何よ、いつも回りくどい言い方ばっかりして、はっきり言いなさいよ。 左の小指に嵌まったおもちゃの――おもちゃとも呼べないような、指輪。それに一度目を落として。ついでに、声のトーンも落として。 「つまり……何が言いたいの……?」 「何がって……、あー、もう、だから、ガキがガキ育てられんのか? って俺は言いたいんだよ!」 「…………っ!」 カチン、ときた。 「何よ、今更……反対なら反対って言いなさいよ!」 「だから言ったじゃねーか……」 ファーシーとフリードリヒの遣り取りに、ラスが呆れたような声を漏らす。別の男の子供を作る、というのに相手が何とも思わないわけがない。彼は過去にそう言った。フリードリヒにはもう少し、別の客観的な視点があるようだが……、この言い方では『やっぱり嫌だ』と土壇場でゴネていると思われても仕方がない。事実、ファーシーはそう思ったようだ。 ……だが、彼には彼女の誤解を解く気が無かった。 誤解して、仲違いするのならそこまでだったということ。 その時は――……まあ、その時だ。 「全部責任取る、とか諦めるのは勿体無い、とか偉そうな事言っといて、結局それ? ガキはどっちなのよ!」 「誰が責任取らねーって言ったよ。子供は作れんなら作りゃいい。だけど、本当に今すぐに生む必要があんのか? 生活の基盤が整ってからでも遅くはねーだろ?」 「…………だって……わたしはもう、産むって……」 俯いたファーシーの脳裏に浮かぶのは、沢山の光景。5000年前のあの頃。“彼”の想い。渡された銅板とその結末。幸せになれと言って笑顔で消えていった――。それは、銅板を託した相手にというよりは何処となく保護者みたいな言い方だったけど……。 何より……わたしは子供を見てしまったから。ポーリアさんの赤ちゃんを見て、わたしも産みたいと思ってしまったから。苦しむ彼女を見て、少し怖いなとも思った。それでも、ほしいと思ったから。 大人になるまで待てって? 大人って何? わたしは、子供? 何時になったら、大人になるの? その時にあなたは、何て言うの? ……違う。わたしは産めと言われたから産むんじゃない。 「ファーシーさん……」 「だ、大地さん、どうしましょう……。フリッツとファーシーさんが……」 ルミーナと、そしてティエリーティアが2人の様子に心配そうな表情を浮かべて言う。おろおろとするティエリーティアに柔らかく微笑み、大地はファーシーに話しかけた。 「ファーシーさん、無理はしていませんか? 子供を作らないといけない、という思いに囚われてはいませんか? もしそうだとしたら、無理だけは、しないでください」 「…………」 「気が変わったなら、止めてもいいんです。ファーシーさんの、そしてお子さんの未来です。誰もがっかりなどしませんし、したとしても、あなたはそこまで気にする必要もありません。一番の当事者はファーシーさんですから」 ――そう、わたしと、赤ちゃんの未来。反対する人、賛成してくれる人。その理由。わたしは…… ファーシーは、いつの間にか静かになっていた工房を見回した。施術に立ち会うといって残ってくれた人達。応援してくれた人達。これまで何度も助けてくれた、大切な――人達。 もしここで、止めるって言ったらどんな顔をするだろう?