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リアクション
第1章
「行くっていったって……」
大廃都に在るという神殿、『アルカディア』。機晶技師ライナスと大商家の息子トルネが其処へ向かってから約1日。彼等を探しに行く方向で話が纏まったらしい事を見て取って、モーナは窓の外を見遣る。朝から降っていた雨は今や嵐となっている。このただ中にファーシー・ラドレクト(ふぁーしー・らどれくと)を送り出すのは不安があった。防水処置を施しているとはいえ、特殊な施術をする前だ。彼女には、万全の状態でいてもらいたい。
モーナは昨日、自分の言った台詞を思い出す。
『ライナスさんが研究所を出てこっちに来るなんて……、明日あたり、嵐にならなきゃいいですけど』――
(この天気になったの、あたしのせいじゃないよね?)
そんな馬鹿な事は起こり得ないと承知の上で、ふとそう思ってしまう。
「モーナさん」
傘だけじゃこの風雨は防げない。2階に雨具があるか見てこようかと思った時に名を呼ばれ、モーナは声の主であるリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)を振り返った。リーンは緋山 政敏(ひやま・まさとし)とカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)、綺雲 菜織(あやくも・なおり)と有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)を連れていた。菜織と美幸は、それぞれに自己紹介する。
「初めまして、だな。早速だが、捜索依頼の内容について再確認したいんだが」
「ああ、そうだね……」
その時、工房に聞き慣れたタイプのチャイムが響いた。どうやらお客が来たらしい。
ドアを開けると、まず白いシャツとネクタイの結び目が目に入った。スーツ姿に長い髪。呼び鈴を鳴らしたその人物の後ろから、十代前半に見える少女がひょこりと顔を出して元気に言う。
「あなたがモーナさんですねっ? 話は聞かせて貰いましたっ!! これは冒険屋ギルドのギルドマスターとして放ってはおけません!!」
「う、うん……」
少女の勢いに少々目を丸くしていたモーナは、来訪目的を理解して招き入れる。2人に続き、メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)とレン・オズワルド(れん・おずわるど)も入って来る。彼女達の姿を見ると、ファーシーはその笑顔を更に明るくした。
「メティスさん! レンさんも……、あれ?」
「ザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)だ」
「ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)です! 今日はよろしくお願いしますね!」
ノアはにこにこと、白い花のような空気を工房内に振りまきながら挨拶した。ギルドとして正式に依頼を受けるのだから、と4人は挨拶に来たのだ。知り合いの依頼とはいえ、これはきちんとした仕事である。
「じゃあ、詳しい話をするね」
モーナがトルネが持っていた地図のコピーを出し、説明を始めた。先程話を聞きたいと言っていた菜織達やレン、ザミエルと一緒に、ノアはふむふむー、と地図に向かって頷いている。彼女からは何か、ほんわかとした暖かさを感じる。その傍らで柔らかく微笑んでいたメティスは、ファーシーに向き直って挨拶した。
「お久しぶりですね、ファーシーさん」
「うん! えーと……空京以来、かな? メティスさん達も、神殿に行くの?」
『も』という事は、ファーシーもアルカディアに行くのだろう。歩けるようになった彼女が、自分の足で未開の場所へ。
「はい。こうして同じ冒険の舞台に立てることを心より嬉しく思います」
「位置と智恵の実については把握した。行くぞ」
レンが地図から顔を上げ、くぐってきたばかりのドアへと向かっていく。ファーシーは驚いたようだ。
「えっ、わたし達と一緒じゃないの?」
「現地で何があったか判らない以上、別行動の方が何かと『保険』が利くからな。俺達は、先に大廃都を目指す」
「そんな事言って、先に智恵の実を手に入れたいんじゃないのか?」
からかうように言うラス・リージュン(らす・りーじゅん)に、レンはラスとサングラス越しに目を合わせ、苦笑した。
「そういうわけじゃない。行方不明者の捜索に来たのだからな。あえて、の選択だ」
「でも……4人だけで行くの?」
「ノアも張り切っていることですし、大丈夫……。こう見えて、私達強いんですよ。心配しないで下さい」
僅かに表情を曇らせたファーシーに、メティスは微笑み返す。
「冒険に危険はつきものだ。だが……無茶と無謀を冒険に結び付けて貰っては困る。子供達に笑って聞かせられる冒険譚。それが、俺の望みだ」
「…………」
軽く笑ってレンは言い、話の間、彼をじっと見つめていたファーシーは、やがてその顔に笑顔を戻した。
「そっか、わかった……。あとでその冒険譚、聞かせてね!」
「よし、出発です!!」
来る時同様に雨具を身につけ、張り切っているノアを始めにレン達は外へ出て行った。
◇◇◇◇◇◇
現地に着くと、レン達は状況を把握する為に神殿の外部を調べ始めた。そこでまず探したのが、ベースキャンプ――拠点だ。メティスがふと、立ち止まる。
「此処でしょうか?」
「そのようだな」
神殿から程近い、小さな建物。天井から切り取られた空が仰げたり、入口以外から中に入れたりするだけで建物としての体裁は残っている。中に、真新しい油燈が置いてあった。
「ライナス達も遊びに来たわけじゃない。探索が長期化することも見越していただろう」
「机っぽいものの上に、クリップボードがありますよー」
「何か書いてあんのか?」
ザミエルに聞かれ、ノアはうーん……と首を傾げた。
「雨で紙が濡れちゃって、文字が滲んじゃってますねー。あ、でもここは読めます! 『ワープで入口まで戻された。もう一度確認する。色は紫』。……ワープ系の仕掛けがあるんですねー」
「何処に行き、何処で消息を絶ったか、そこから分からないか?」
「そうですねー……」
しなしなになった紙を一通りめくり、ノアは首を横に振った。そこで、これまで黙って考え事をしていたメティスが口を開いた。
「……神殿の建造に機晶技師達が携わっているなら、神殿内の情報を管理する場所があるのではありませんか? まずは、其処を目指しましょう」
「管理所か……。存在が確認出来れば捜索も良い方向に進むかもしれないな」
「んじゃ、そろそろ中に入るか?」
「いえ」
ザミエルの言葉に、メティスは首を振る。
「神殿の中を管理するのだから神殿内に……というのは些か単純な気もします。神殿の中だけではなく外の建物も注視した方が良いでしょう」
「じゃあ、とりあえず外周を一回りしてみますかー?」
「……そうですね。生憎と、情報を足で稼がねばならないのが難点ですが」
――そうして、メティス達は外に出た。
まだまだ、空は晴れそうになかった。
薄暗く広い通路に、個性を排除された機械人形がずらりと並んでいる。眼に相当する部分に光は無く、何処からも生気は感じられず無機的だ。観賞用のオブジェに見えるが、携えられている武器は紛れもなく本物だ。
禍々しくはない。だが、神殿内からは確かに拒まれているような空気を感じる。にも関わらず、この武器を持った人形からは何の仕掛けも働かない。
「僕達は、彼女達を起動させる鍵に当て嵌まらないということかな」
この機械人形は総じて女性型をしていた。黒崎 天音(くろさき・あまね)は、人形達の前を通り過ぎながらそう推測する。最初は起動前の機晶姫かとも思ったが、彼女達は機晶石を備えていない。機晶技術を利用して古代に作られた、何らかのプログラムで動く型なのかもしれない。それとも、本当にただの人形なのか――
天音は今日、駐留しているタシガンからヒラニプラへ定期報告に来ていた。そこでアルカディアについての情報を聞き、面白い依頼があると興味を引かれて今、こうして神殿内を歩いている。大廃都には一度来てみたかっただけに、タイミングも良かった。
『アルカディア』や『智恵の実』に限らず大廃都全体に興味があった彼は、しとしとと降り続く雨の中でまず大廃都の遺跡群の探索をしていた。神殿に着いたのは、丁度雨脚が強くなってきた頃。
「……不思議な空間だね」
神殿内は静かだった。中に入ってしまうと、地を叩きつけるような雨の音も聞こえない。耳に届くのは、自らの足音とブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)の足音だけ。
「無茶は感心しないが……言っても無駄か」
知的好奇心を刺激されているらしい天音の様子に、ブルーズは溜息を吐いた。こうなってしまった以上は自分が天音を守る、と周囲をさりげなく警戒する。
「それにしても、この人形……。来訪者はここから武器を調達することも可能だよね。招かれざる客人にわざわざ武器を与えるとも思えないけれど」
天音は足を止め、人形の持つ細剣に触れてみる。そこで――
機械人形が、動き出した。
「アルカディア……ね、誰にとっての理想郷なんだか。少なくとも俺にとってのじゃないな」
(理想郷……刀真達と一緒にいられる場所なら何処だって私にとっての理想郷なの)
樹月 刀真(きづき・とうま)の言葉を聞き、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)はそんな事を思う。銃型HCの画面に展開されているのは、オートマッピングで作られていくアルカディアの地図。
モーナからの依頼だ。環菜へのオルゴールとかでお世話になったし、もちろん協力したい。
地図と周囲の状況を確認しつつ歩く月夜の隣で、刀真は殺気看破で気配を探りながら神殿の中を進んでいく。空気の流れと物音にも油断無く注意を払い、警戒は怠らない。理想郷になど興味は無く、彼が欲しいのは智恵の実だった。実を手に入れて、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)に渡したい。
(御神楽環菜に樹月刀真が必要無いとは分かっている。だが……)
上手く折り合いが取れないから環菜の為に動く。此度の実は、神の力を含め弱っている環菜に役立つかもしれない。
――余計なお世話だね。
口元に浮かんだのは、自分に対する皮肉な笑み。
飛び出してくる敵が居ないか、充分に気をつけて角を曲がる。
武器と武器のぶつかり合う音が聞こえたのは、その時だった。反射的に目を遣った先で、ブルーズが如意棒で機械人形の細剣を弾き飛ばしている。だが、これを契機に他の機械人形も一斉に動き出す。
「成程、やっぱりただの人形じゃなかったか」
「数が多いな……一度、引くか」
天音とブルーズは、人形達から距離を取る為に走り出した。その先に居るのは、刀真達。
「君達も来てたのか」
刀真は天音達と入れ替わるように、機械人形と対峙した。
数体倒して距離を取ると、人形達は攻撃をぴたりと止めた。しかし、先程のように壁際に並ぶことはなく統一の無い動きで神殿内を歩いている。4人を認識出来なくなったらしい。
「神殿に入った時点で入口は消え、通路を進んだ先に部屋。その先にはまた通路……。部屋は必ず、道の突き当たりにあるのね。扉のある部屋は、今のところ無いわ」
月夜はこれまでに記録した地図を彼等に見せ、天音は機械人形に襲われた時の経緯を話をする。歩きながら、これまでの情報交換である。
「彼女達は、何を求めているのかな……?」
「天音、敵は任せろ……だから遺跡の探索は任せた」
刀真が言い、4人はそれぞれに役割を分担し最奥部を目指し始めた。
背後から、鋭利な武器を持った機械人形が何体も追ってくる。
追われているのは、加速ブースター2基とフライトユニットを装備して閃崎 静麻(せんざき・しずま)を担いだクリュティ・ハードロック(くりゅてぃ・はーどろっく)だ。出力を全開にしている為、距離はみるみるうちに開いていく。倒さないのは、神殿の仕組みやシステムはまだ不明だ。とりあえず、下手に周囲を攻撃しない方が良いという静麻の判断からである。理由は判然としないが、人形達は探索をしていた静麻達のうちクリュティだけを狙っていた。
「マスター静麻」
人形達も見えなくなり、何度か角を曲がり部屋を通過した所でクリュティが口を開いた。前方に、入口にガーゴイルの石像が置かれた部屋が見えてくる。
「ああ、あそこには何かありそうだ」
飛行状態のまま、扉は無いその部屋に入る。
「……おっと、本が保管されてる場所に出てきたな」
室内には赤いカーペットが敷いてあり、その上に本棚が並んでいる。棚同士の間は随分と広い。棚の中には――薄く古そうな本が、沢山詰まっていた。
そしてまた、天音と刀真達も情報管理所へと近付いていた。この通路にもまた機械人形の姿があったが、今のところ襲ってくる気配は無い。
「それにしても『大荒野の引き籠り吸血鬼ライナス』が、ヒラニプラにいるなんて珍しいね」
「ファーシーという子に今日、施術をするらしいの。ライナスさんは、ファーシーとは長く関わっているから」
「施術か……でも、それにしても珍しいよ」
ライナスとは面識があるがファーシーの事情には明るくない。それだけに、月夜から話を聞いてもやはり稀有な事に感じられる。そんな事を話しているうちに、4人はガーゴイルの守る部屋に辿り着いていた。
「おや、先客のようだね」
中に入って静麻達の姿を見つけ、4人は彼等へと近付いていく。天音は、興味深そうに本棚に目を遣った。
「図書室のようなものかな。さて、ここに何があるのか……、ん?」
何かが擦れあうような音が聞こえて振り返ると、先程のガーゴイルが剣を持ってこちらを注視していた。答え如何では直ぐにでも攻撃してきそうな雰囲気である。
「ガーディアンか……言葉は通じるのかな? 『君が守っているもの』が何なのか知りたいな。僕らにとって意味の無いものなら、争って怪我をしたり手間を掛ける必要も無いしね」
『…………』
攻撃に転じられるキーワードが不明なだけに、安易に『アルカディア』という単語は使わない。ガーゴイルは暫し沈黙し、やがて――
『私は、此処の本を守っている』
喋った。管理者であろうしならば礼儀を、と静麻は名を名乗り挨拶する。天音とブルーズ、刀真と月夜も順に挨拶した。それが終わってから、静麻が口を開く。
「この神殿に来たきり帰らない者がいるんだ。出来れば、ここの内部構造や智恵の実といった情報を知りたい。ここの本を閲覧してもいいだろうか」
『駄目だ』
即座に断られた。
「何故だ? まさか、閲覧許可は他の場所で発行されるのか?」
『この神殿の本を守るのが私の職務だ。奥の宝を守る為にも中を見せる事は許されないし許さない。その本を戻せ。でなければ盗人として断罪する』
ガーゴイルは、低い声を更に低くした。その『彼』に天音が言う。
「……なるほど、知恵の守護者という訳か。実を奪ったりはしないから、その代わり情報が欲しいな」
『聞こえなかったようだな。本を読むことは……』
「君から直接聞きたい。本は読まないよ。それならどうだろう?」
『…………』
ガーゴイルの表情が苦々しいものに変わった、気がした。それを見ながら、月夜はこの部屋と守護者の存在を銃型HCに入力する。御神楽 陽太(みかぐら・ようた)から探索者全体に向けてネットワークに呼びかけがあったし、もとよりデータを分析してもらい折り返し情報を貰うつもりだったのだ。
それを終えると、彼女は次に友人の如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)に携帯で連絡を入れた。
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