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リアクション
第6章
大廃都の捜索依頼。それはパラミタ全体で見れば、片隅で起きた小さな事件。殆どの人々が普段と変わらない平和な日常を過ごしている。ドクター・ハデス(どくたー・はです)もまたその1人だったのだが。
――「兄さん、ヘスティアさんがどこにも居ません」
妹のこの台詞によって、あっさりとその日常は手を振って去っていった。
「ヘスティアが居ないだと? ……まさか、昨日ヒラニプラで聞いた『智恵の実』を求めて1人で大廃都に向かったのか!?」
昨日の午前中、ヘスティア・ウルカヌス(へすてぃあ・うるかぬす)と商家で聞いた話。店番をしていたトルネという少年が、目を輝かせて話してくれた――
ハデスは、急いで席を立ってヘスティアを探しに大廃都へと出発した。
その頃、ドジっ娘メイド機晶姫のヘスティアは神殿の中を1人で歩いていた。どきどきしながら、きょろきょろと周囲を見回す。その進みは、お世辞にも速いとはいえない。
「私はいつもドジばかり……。智恵の実というのを食べれば、私も……きゃあっ!?」
カチッ、と罠を踏んで仕込まれていたバナナの皮に足を滑らせる。これ以外にも先程から色んな罠に引っ掛かっていて既にちょっと涙目である。
「なんとか、ご主人様のお役にたてるようにならなきゃ!」
立ち上がり、そうして自分を奮い立たせて前に進む。だがその時、後ろからがしゃがしゃという足音が聞こえて来た。
「こ、今度はなんですか……?」
振り返って彼女はびっくりする。無表情の機械人形が2体、それぞれに槍と矛を携え走ってくる。機晶姫であるヘスティアを獲物として認識してしまったようだ。
「はわわっ、こ、来ないでくださいっ!」
慌てて駆け出し、機械人形から逃げる。だが、明らかに人形達の方が足が速く、あっという間に距離は縮んでいく。
ヘスティアは急いで、背中に背負った追加武装ユニット・ウルカヌスシステムから六連ミサイルポッドを出して装備した。追加武装の中で、彼女が唯一アクセス権限があるものである。他のシステムは、使えない。
ロックオンはできないため、めちゃくちゃに乱れ撃ってその後どうなったかも確認せずに逃げ出した。どれだけ走っただろうか。背後から追ってくるような音は聞こえないkれど――
カチッ。
「……きゃ、きゃあっ!」
トラップに引っ掛かった途端、彼女は強力な電撃に襲われた。
「……電流が許容範囲を超えて……システムが……ダウン……」
体の自由がきかなくなって、そのまま倒れる。視界がブラックアウトしていく中、ヘスティアが最後に思ったことは――
(やだ……もう1人きりになりたくない……。ご主人様……)
◇◇◇◇◇◇
「まずは、工房である程度情報を得てから『アルカディアへ行く』事にします。
……初めて行く場所なのですからしっかりと準備はしなくては、ね」
月詠 司(つくよみ・つかさ)達は、真司達よりも前に工房を訪れ、そして今は神殿内を歩いていた。
「『智恵の実』か……此れはまた懐かしい名前だね……」
司の体を借りた奈落人、サリエル・セイクル・レネィオテ(さりえる・せいくるれねぃおて)は神殿を歩きながらそう言葉を漏らす。今の『司』の瞼はサリエルの本来の姿の影響を受けて閉じられた状態だ。額には、紫色の結晶体が現れている。
(サリエルくんは、智恵の実を知っているんですか?)
憑依された司が、内側からそう話しかけてくる。テレパシーを使っているので、共に来たシオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)とリル・ベリヴァル・アルゴ(りる・べりう゛ぁるあるご)にもその声は届いた。
「さて、ね。そんな気がしただけだ」
サリエルが前を行くシオンに顔を向けながら答えると、司も同様に彼女の背を認識して言う。
(シオンくんは今回、随分と乗り気ですね。まあ、楽しそうなのはいつもの事ですが)
「何だか楽して色々思い出せそうだから♪」
(思い出す……ですか?)
「丁度良い機会だから言うけど、実はワタシ、家でする前の事って半分も覚えてないのよね。……ツカサと契約するよりかなり前に少し調べてたんだけど……、途中で面倒臭くて飽きちゃって♪」
(自分の記憶なのに面倒で飽きるとは……)
「……で、今回の『智恵の実』よ♪」
楽して記憶を取り戻そう――ということは、最奥に行くまでの障害は全て他人任せにするつもりらしい。司はつい、苦笑を漏らした。
(つまり私に苦労しろと。……いえ、今回は私ではなくサリエルさんが苦労するんですね)
「頭を使うのは、君の役目だよ」
(……やっぱりそうですか……)
とはいえ、神殿探索を楽しんでいるのは彼も同じだ。ただ、少々皆より慎重で、パシリ体質で、巻き込まれ型なだけである。神殿に来る前、シオン達にもっともらしい事を言って工房に寄ったのも、単に自分の巻き込まれ体質が怖かっただけだったりする。
――罠、機械人形、それに情報を管理するガーゴイルですか……
罠には特に気をつけないと、と司は思う。自分(の体)よりも前を歩いているシオンが先に引っ掛かりそうなものだが、恐らくそれは万に一つも無いのだろう。
(……アルカディアといえば、理想郷という意味や聖杯伝説との関連なんてのも在りましたね……。後は『アルカディアの牧人たち』という絵画作品の暗号解釈の一つに『キリストの墓』というものが在ったらしいですが……、此処も誰かの墓だったりするのでしょうかね?)
そのうち、彼等は行き止まりに当たった。正面の壁には、見たことの無い文字で何か文章が書いてある。サリエルが博識を使ってみたが、内容は不明だ。その下には、入力釦が。
(何でしょう。これは指針の類でしょうか。それとも、暗号……? 神殿の入口は消え、ここまでは一本道……まさか、此れを解読しなければ先に進む事も、脱出する事も出来ないとかですか?)
「暗号ねぇ〜……」
シオンも文字列をしみじみと眺めて言う。
「だったらツカサの出番ね、得意でしょこういうの? きっとツカサだったら一発よ♪」
(そ、そうですか?)
おだてられて、司は照れ笑いめいた声を出す。シオンが『一発』と『よ♪』の間で『で罠にかかって、先に進めないどころかもっと面白い目に遭えるわ』と思っていた事などは露知らない。
司は早速サリエルの視界を借りて解読を始めた。だが、ひたすらに壁を見詰める『司』と面白そうに注目しているシオンに不満そうな表情をする少女が1人。
――つーか、アタシは蚊帳の外かよ……。チッ、なんだよ……パパ達のバーカッ!!
少女――リルは内心で毒づいて身を翻す。だがそこで、司のテレパシーが聞こえてきた。
(此処には何があるのでしょうね。例えば、ダミーの智恵の実が存在して、摂取したらアウト……とか……)
冗談としての苦笑い気味の台詞だったが、リルはその言葉に何かぴんと来た。
「ぁん? ダミーの智恵の実……」
足を止めて、ニヤリと笑う。
――だったら、アタシが先にソイツを見つけて3人に食わせて仕返ししてやる♪ ……で、アタシだけホンモノ食ってやる!
――見てろよ……ニッヒヒヒッ♪
リルは悪巧みを胸に司達から1人離れ、走り出した。しかしこの道は1本道――
カチッ。
「……ん?」
そこで、彼女は紫の光に包まれて通路からワープした。
(うーん……)
それには気付かず、司は壁だか扉だかを見詰め続けている。そんな彼に、色々と見えすぎて頭が混乱するだろうけど、と思いながらサリエルはアドバイスをする。
「おや……困った時はサイコメトリ、だよ司君」
(サイコメトリ、ですか? では……)
――“月詠 司”。『アルカディアニ行ク』ノガ希望ナラ……招イテヤロウ。
司とサリエルの頭に流れてきたのは、言葉ではなく思念に近いものだった。同時に、壁に書かれた問題文が読み取れるようになる。
(……? ああ、この答えは……)
答えを入力した途端、壁がずれて床の中へと収まっていく。そこから聞こえてくるのは、綺麗な綺麗な歌声。部屋の中央には縦長台形の機械の台と、流れるような金の髪を持つ美しい女性の姿。彼女の周りには十体以上もの機械人形と機械の獣。それに――魔物。
面白いほどに大盤振る舞いだ。
『誰カノ墓、トイウノナラ……此処ハ、アナタノ墓ダ』
魔物というより、この女性は何かの映像のようであった。姿が透けている。ついでに言えば室内の床も透けている。
(これは……もしかしてシリアスですか!? シリアスに襲われシリアスに倒れる……あれ?)
買いたいくらいにシリアスを求めていた司だったが、この後にあまり良い予感がしない。具体的に言うとR指定のつくホラー映画の被害者だったり赤い三角形のシールが貼ってあるゲームに出てくる背景の一部だったりという類のオチが想像出来る。
(ひゃっ!?)
だが、女性の映像が突然ぶれた。同時に飛んで来たのは、必殺が可能そうな勢いの、矢。映像を抜けて向かってきた矢に司は驚き、サリエルが実際にそれを避ける。攻撃を放った相手を確かめよう、と向かい側に視線を投げる。そこに立っていたのは、蒼弓ヴェイパートレイルを構えた見知らぬ少女紫月 睡蓮(しづき・すいれん)だった。しかし、3人が注目したのは……
「あら、こんなところで会えるなんてね〜♪」
「エクス君か。良かった、何とか助かりそうだな」
「……何のことかわからぬが……妾はまだ何もしておらぬぞ?」
光条兵器の契約器・テスタメントギアを手にエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)はきょとんとする。しかも、エクスとシオン、サリエル達は初対面だ。しかし、シオン達は確かに彼女を見た覚えがあった。多分、どこか公共の場で。ちなみにこれは、あまり理由を求めてはいけないスキル、名声の効果であったりする。
『コラ……、ムシスルナ』
その時、映像の方が焦れたのかそんな声が聞こえてきた。直後、中央の縦長機械の穴から白いガスが出てきて、シオンとサリエルは石化する。
「…………!!!」
そして唯斗達には、驚く暇もなく機械人形と機械獣と魔物達が一斉に襲ってくる。鋭利過ぎる刃物を持って鋭利過ぎる牙を持って、凶暴な空気を纏って。
「よし、エクス、睡蓮、プラチナム、こいつらを止めるぞ!」
唯斗の声を契機に、エクス達は害意のあるモノ達と対峙する。幸いにも彼等のレベルなら対処できる強さで、機械達は沈黙し魔物達も倒され、一部は逃げた。金髪美女の姿も消えていて――
「じゃあ、石化を解除しますねー」
「……いや、待て」
何事かを考えていたエクスが、石を肉にを使おうとした睡蓮を止める。
「? どうしました?」
「あの声を覚えておるか? この部屋に駆けつける前に聞こえた声じゃ」
「……誰かの墓というのならここはあなたの墓だ、と言っていましたね」
プラチナムが美女の台詞を暗唱する。発音こそ違ったが、正確さは100%だ。
「あれはこの者達に向けられた言葉。後から来たわらわ達には繰り返されず、石化ガスも放射されなかった。あの女と機械達は……、この者達が復活したのに気付いたらまた出てくるのではないか?」
「つまり、安全に先へ進むためにはー……」
「ここで戻さない方がいい、というわけですね」
睡蓮の言葉をプラチナムが継ぎ、唯斗が結論を出す。
「石化解除が出来そうな安全な場所まで運ぶしかないだろうな」
こちらは4人いるし、2人分の石像くらいなら運べるだろう。
「仕方ないですねー。じゃあ、運びましょう」
そうして、彼等は石像を伴ってライナス捜索を続ける事となった。地下2階への階段を見つけたのは、それから少ししての事だった。
◇◇◇◇◇◇
(京子ちゃん……智恵の実を手に入れて、何を得たいんだろう……)
落とし穴に鉄球、矢に槍に、侵入者を潰そうとする壁。それらを凌いで逃げて落ち着いた頃、薄茶色のたれ耳と尻尾を生やした真は、超感覚で未知の危険に備えながらそんな事を考えていた。
(……って、深く聞いちゃだめだ。俺は京子ちゃんを護る事と実を探す事にだけ集中すればいいんだ)
自身を叱咤して首を振る。京子は、そんな真の様子には気付かない。いや、何か気配を感じたのか不思議そうに微かに振り向く。その彼女に笑顔を向けて、真はトレジャーセンスを発動する。次から次へと罠に遭い、既に何だかもう暑い。流れる汗を拭っていると、しんがりを務めている左之助のあきれたような声が聞こえた。
「しっかし……罠だらけ……ってやつか? 話には聞いてたが……」
「兄さんが付いてきてくれて助かったよ。京子ちゃんが危なくないか気をつけながら探し物をするのはさすがに意識が途切れがちになるしね」
ああ、という相槌を打ち、左之助は少しの間の後で言葉を返す。
「まぁ、ささやか程度だろうが……俺もいないよりはましだろう」
「もう、2人共……私だって強くなったんだよ?」
2人の話を耳にして、京子はちょっと不本意そうにふくれてみせる。あまり探索には連れていってもらえなかったけど、真の力になれるくらいなら鍛えたのだ。
「怪我しても私が治してあげられるけど、でも、無茶はしないでね?」
「うん、でも……京子ちゃんには傷一つ負わせるつもりはないからね」
神殿に入ってから、何か力が漲っている。これなら、敵が来てもなんとかいける筈だ。 安心させるように京子に笑いかけ、真は今回目指す所の智恵の実について考える。
「善悪の知識を与える禁断の果実……。アダムとイブはこれを食べて羞恥心と死を与えられたんだっけか。形は無花果とか諸説あるけど、工房の地図を見る限り林檎形かな」
誰が護っていても、智恵の実が京子の希望であるなら全力で挑むだけだが。
こうして真が覚悟と気合いを新たにする一方で、京子も智恵の実の、その効果について考える。思い出すのは、空京のデパートで起きたあの時の事。もう1人の――
真や左之助には内緒だけど……、智恵の実摂取で契約前の別人格の頃の記憶を得たい。
京子はそう思っていて。
「え? これ……」
そしてふと気付く。床がいつの間にか、透明になっている事に。後方を確認するが、これまでに歩いてきた床に変化は無い。否、急速に――鈍色の床が透明な床に侵されていっていた。安定に変わりない床の上で感じる、不安定。
「! 京子ちゃん」「京子!」
ぴく、と真の耳が反応するのと左之助が注意を促すのはほぼ同時だった。急いで進行方向に目を戻すと、金髪の美女が僕であろう機械人形と獣を一体ずつ伴って浮遊してきていた。魔物もいる。彼女が進むだけ、床が透明になっていく。
まるで、通り道にカーペットを敷いていくかのように。
『…………』
薄い羽衣を着た美女は真達の前で進行を止め3人を睥睨すると、厳かにカタコト調子で告げる。
――“椎名 真”“双葉 京子”。『アルカディアニ行キタイ』ノナラ……招イテヤロウ。
直後、一度動きを止めていた僕達が動き出す。左之助は前に出て、手にした龍殺しの槍で襲ってくる機械獣を蹴散らした。そして機械人形と槍同士をぶつけ合う。存外に強い相手の力を撥ね退け、自分ではなく真達に向かおうとする人形の進行を阻みながら左之助は叫ぶ。
「俺が足止めしてやる! お前達は智恵の実を探しに行け!」
「え、で、でも……」
「行こう、京子ちゃん。兄さんは大丈夫だ」
戸惑う京子にそう言って、真は美女の間をすり抜けるように先に進む。美女達は左之助を相手にしていなかった。本当の意味で狙われてはいないし、大丈夫だろう。
「兄さん! 壁を壊さないようにそれだけは気をつけて!」
真達が先へ行くのを見送り、左之助は二度三度、機械人形と槍を打ち合わせる。
「ちょうどいい。罠よりも敵の方がやりやすいと思ってたんだ。それに槍となりゃ……燃えるぜ」
――何があっても、京子は真が護りきるだろう。
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