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学園祭に火をつけろ!

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2.――レッツゴー、がくさい



  ◇ 本番当日 ―― 午前 ◇

     ◆

 時刻は朝の七時。人影の疎らなキャンパス内を宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は歩いている。手には大きな荷物を持っているが、見た目のわりに重くは無いのだろう。何とも涼しげな顔で彼女はとある教室を目指していた。
「んー、確か2213教室だたわよね」
 そう呟くと、彼女は荷物とは反対側の手に持っているバッグからメモ書きを取り出す。
「うん、やっぱりそうだ。それにしても前日になっていきなり声かけられるとは思ってもなかったわ。辛うじて支度はできたけど」
 一度手にする大荷物に目を落とすと、溜め息ながらに口元を綻ばせた。
「ま、お祭りね。嫌いじゃないし、今日はちょっとだけ頑張ってみようかしら」
 呟きながら、彼女のメモ書きに記されている教室の前に着いた彼女は、扉を開けて部屋を見回す。
「あ、おはようございまぁす」
「おはようございます」
「………お、おはよう(誰かしら……? この子達)」
 祥子よりも先に来ていたのは清泉 北都(いずみ・ほくと)リオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)である。二人は何やら道具を机に並べて準備をしている最中の様だ。てきぱきとした動きの北都と、それを興味深そうに見つめているリオンの横に、祥子は自分の荷物を置いた。
「今日は二人も文化祭の出し物で呼ばれたのかな?」
 話しかけながら、彼女も支度を始める。大荷物の中身は紅茶の茶葉らしく、パッケージを一個一個確認しながら並べ、同時に数量を紙に書き出していく祥子。
「そうですよぉ。ま、あの人が持ってくる話しって、何か絶対起こるんだよねぇ…それだけが心配なんですけど」
「あの人?」
 祥子は思わず手を止めて北都を見る。彼は特に変わった様子もなく支度をしながら、支度を手伝っているリオンの方を見る。
「北都、この不思議な硝子の入れ物は何処へ?」
「あぁ、サイフォンね。それはこっちに立て掛けておいて。結構華奢だからゆっくりでいいよ」
 リオンの質問に答えた彼は、祥子に向きなおると不思議そうな顔をして逆に尋ねた。
「えっと、貴女はウォウルさんに声を掛けられて此処に来たんですよね?」
「ウォウルさん? それは女の子?」
「ウォウルさんは男の人ですよぉ」
 それを聞いた彼女は顎に人差し指を当てて天を仰ぎ、考えながら言葉を探す。
「私に声をかけたのは、女の子だったんだけどな。何て言ったっけ……」
「それ、ラナロックさんではないですか?」
 後ろからリオンがそう呟くと、祥子がぽん、と手を打った。
「そうそう、確かそんな様な名前の子だったわ。うんうん、身長が小さい癖にやたら落ち着いた顔の」
「あはは……そうですねぇ、じゃあ恐らくは彼女ですねぇ。(ラナロックさんに聞かれたらちょっと怖いかもねぇ、今の発言)」
「もしかして、その子のパートナーが『ウォウル』って人な訳ね?」
 成る程。と言いたげな表情で再び支度を再開した祥子に、「多分直ぐにわかると思いますよぉ」と返事を返し、北都も支度を再開した。
支度の最中、簡単な自己紹介をしあった三人がそれぞれ協力しながらしていると、賑やかな声が外から聞こえ、その声は三人のいる部屋に近付くと、
元気よく扉を開けた。
「あれぇ、もう人がいるですよぉ?」
「本当だねぇ、皆さんおはよー」
「でも、あれぇ? 他の人がいるのは聞いてなかったよ」
 ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)の言葉に続き、彼女の両脇から舞衣奈・アリステル(まいな・ありすてる)結衣奈・フェアリエル(ゆうな・ふぇありえる)が顔だけを出しながら順々に言う。
「おはよう、ネージュ。舞衣奈に結衣奈、貴女たちも呼ばれてたの?」
「あ、祥子お姉さま! おはようございまっす!」
 人がいることまでは把握していたようだが、それが誰なのかわかっていなかった三人。祥子の声を聞いてお辞儀をする。
「友達に、『空大が文化祭やるってよー』って聞いてねぇ、お店だしちゃおうって事になったのですよぉ」
 のんびりと部屋に入りながら舞衣奈が言う。
「でも、祥子お姉ちゃんがいるなら、違うところでやった方が良いのかな?」
 結衣奈が少し心配そうに呟いた。残念そうにではあるが、そう言った手前教室にはまだ足を踏み入れていない。
「貴女たちは何を?」
「カレーとお紅茶をメインに扱うお店を開こうかなって」
「飲食店だから、なんか出来そうな気がするんだよねぇ……」
「ウォウルさんが早く来てくれれば交渉できるんでしょうけど」
 祥子、ネージュたちの話を静かに聞いていた北都とリオンも考えながら口を開いた。と――。
「いやいや皆さん、お久しぶりですねぇ!」
「ウォウルさん!」
 教室の扉が開き、そこにいたのはウォウル・クラウン。相も変わらずニヤニヤした顔で一同を見ながら部屋へと入ってきた。
「久しぶりって、私は貴方とお会いした事ないわよ?」
「あたしもないな。初めましてだと思うけど」
「あたしもぉ」
「ボクもー」
 訝しげな顔をしながら、祥子がそう言うといつの間にか彼女の隣に来ていたネージュ、舞衣奈、結衣奈もそれに呼応して手を上げる。
「いやぁ、最近出番が少なくてねぇ……と、まぁ大人の事情はさて置いて。皆さん、今日は協力頂き感謝しますよ。そして初めまして――」
 そこで言葉を止めるうウォウル。状況をいち早く理解した祥子が自己紹介をし、次いでネージュ、舞衣奈、結衣奈の順で名乗っていった。
「話しは聞きましたよ。どうせならこの際、一緒にやってしまいましょう。おあつらえ向きにこの教室は講義室の中でも比較的大きな教室はですしね」
 それを聞いたネージュ、舞衣奈、結衣奈が喜びながらその場で跳び跳ねる。
「やったねっ! 皆で仲良く文化祭!」
 と、結衣奈が祥子、北都たちに振り替える。
「ボクたちが協力できる事があったら言ってね!」
「ありがとう」
 静かな笑顔を浮かべ、祥子が返事を返した。
「じゃあ、君たちも言ってよ。僕たちも協力させて貰うからさ」
「持ちつ持たれつ。ですね、良い言葉です」
 北都が手を差し出し、うんうん、と噛み締めるようにリオンが頷きながら言った。
「うん! 皆で今日一日頑張ろー!」
 ネージュが音頭を取って団結し、彼らは再び準備を再開した。と、そこで北都が「そうだ」と振り返った。
「ウォウルさん。今日はラナロックさんの姿が見えないけど?」
「彼女は今、とあるお二人を迎えにいってるんですよ。直に来るとは思うんだけどなぁ」
 成る程ね、と適当なところで区切りをいれた北都は再び支度に取り掛かった。
「ねぇ、リオン君」
「はい?」
 その隣では祥子がリオンに、小さな声で話しかけていた。
「彼、ウォウルさん…だっけ。何でずっと笑ってるの?」
「さぁ。少なくとも私と北都があの方と出会ってからは、あの顔が固定みたいですよ」
「ふぅん……あぁ、そのパックはこっちに頂戴。……に、しても、気味が悪いわね、ちょっと」
「ははは……」
「あれじゃあ恋人とかも出来そうに無いわね。そう思わない?」
 と、彼女の言葉に対し、リオンは何も返事を返さない。彼女は首を傾げ、思わず手元からリオンへと視界をずらす。
「リオン君? 何を黙ってるの?」
「私がお答えする必要は無いだろうな。と、そう思って」
 思わず苦笑いを浮かべる彼に対し、彼女は更に首を傾げてみる。彼の言葉の意味がわからない、とでも言いたげに。が、その答えは直ぐ様実感する事となる。二人の間にずいと首を突っ込んだのは、今二人が話をしていた人物、その人。
「『ダージリン』、『アールグレイ』等の基本はしっかりと押さえつつ、『ヌワラエンヤ』や『フランポワーズ』等の一風変わったものを揃える。いやぁ、なかなかなものですね。宇都宮 マチ子さん」
「あ、ありがとう。私の名前は祥子だけどね、サ・チ・コ」
「いやぁ、失敬。どうにも人の名を覚えるのは苦手でねぇ。おや、これは『リゼ』じゃあないか。参った参った、凄いですねぇ、文化祭の出し物にするには勿体ないくらいだ。後で一杯頂いても?」
「……えぇ(さっきの話、聞かれてないわよねぇ……?)」
 少しおどおどしながら、しかしそれを悟られない様に努める祥子。と、此処で苦笑しながらウォウルが背筋を伸ばした。
「僕もねぇ、一応男ですからね。モテたいのはやまやまなんですがねぇ。残念ながら貴女の見解は実に正しい。いや、ご立派だ」
「…………………」
「ウォウルさん、ちょっと良いですか?」
 完全に聞かれていた事を知った祥子が固まっていたところに、リオンが直ぐ様ウォウルを呼んだ。それが最大限の救済措置だと言うことに、少なくとも祥子は気付いている。
 と、各々の準備が順調に進んでいる教室に、新たな訪問者がやって来た。
「お待たせ致しました。皆様、おはようございます」
「わわっ、まただぁ。今度は知らないお姉さん来たよ」
 精一杯の背伸びをしながら調理台を作成していたネージュが、驚きながら訪問者の方を見て声を上げた。
「あら、可愛い協力者さんですわね。おはようございます」
「おはよう、ございます」
 『可愛い』の言葉に頬を赤らめ、ネージュはペコリとお辞儀した。
「ラナ。お二人は?」
 リオンたちの手伝いをしていたウォウルは特に顔色を変えるでもなく、たった今やってきた女性に声を掛けた。
「十全ですわよ」
 ラナ、ことラナロック・ランドロックは自分が今立っていた場所から数歩横にずれ、扉を開ける。