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ピラー(後)

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【四 陰謀は垣根の内側に】

 ネオがスタッフ用テント内で、肉まんを頬張りながらコントラクター相手にオブジェクティブ・オポウネントについての情報を開示していた頃。
 同じブリル集落の別の場所では、アイリーン・ガリソン(あいりーん・がりそん)がレティーシアに詰め寄るような格好で自らの思いをぶつけていた。
「レティーシア様……失礼を承知の上で申し上げますが、ヴィーゴ様には、典型的な反社会性人格障害の特徴が見られます。細かい例を挙げるのは差し控えますが、残念ながらヴィーゴ様の、事件への関与説には信憑性があります。またピラーの被害に対し、打開に向けて積極的な行動に出られるとも到底思えません」
 アイリーンの歯に衣着せぬ辛辣な言葉の連続に、レティーシアはスタッフ用テントの横に据えた座椅子に深く腰掛けたまま、渋い表情でじっと乾いた地面を凝視するのみである。
 決して、アイリーンの言葉を聞き流している訳では無い。その証拠に、時折眉間に皺を寄せて、ちらちらとアイリーンの端整な面に視線を向けることがある。
 痛いところを衝かれて、どうにも答えようが無い、というのが正直なところなのであろう。
 これ以上言葉を尽くすのは、良家の令嬢たるレティーシアに対しては無礼に過ぎるというものだが、それでもアイリーンは更に語気を強めた。
「恐れながら、バスケス家はクロカス家の分家。そしてヴィーゴ様は、レティーシア様の叔父に当たるお方。これ以上両家の家名に傷をつけぬ為にも、どうか、知っておられる情報を公開して頂く訳にはいきませんでしょうか……?」
 これが、アイリーンがレティーシアに詰め寄っていた要旨である。つまり、ヴィーゴに関して何でも良いから情報を出せ、というのが彼女の趣旨であった。
 ここまでいわれると、レティーシアもようやくアイリーンの意図を察して、僅かに両肩を竦めて苦笑を浮かべるに至った。
「申し訳ありませんが、私とて、ヴィーゴ叔父様とは然程に仲が良い方ではないのです。もともと、あまりひとを寄せ付けない性格の方ですから……ただ、ひとつ気になる噂を家内でよく耳にすることがあります」
 曰く、ヴィーゴにはひとりで城を出て徘徊する癖がある、というのである。しかも領内・領外を問わずに、ということであった。
 これはアイリーンも初耳であった上に、ヴィーゴの抜け目無い性格を考えると、多少意外な思いを抱かせる内容でもあった。
「しかもその際、叔父様は全く別の名前を名乗るのだとか……本当かどうかは分かりませんが、もし事実だとすれば、これ程意外な側面も、中々無いのではないでしょうか」
 確かに意外といえば意外であろうが、この情報が果たして、今後のコントラクター達の行動に、どのような影響をもたらすのかは、アイリーンにもまるで予測不可能ではあった。

 同じくブリル集落では、復旧・復興作業に勤しむクロカス災害救助隊の面々がそこかしこで忙しそうに動き回っているのだが、その中で、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)だけは若干、他の面々とは異なる作業に没頭していた。
 彼は、クロカス災害救助隊が用意した救難用トラックを様々に増強して、次にピラーが出現した際の救助活動に於いて、更なる迅速性と確実性を追求しようとしていたのである。
 意外な話だが、カルキノスのこの発想は災害救助前の準備としては最も重要な筈であったが、クロカス災害救助隊を含め、その方面の増強策を取っている者は、ほとんど皆無だったのである。
 いわば、設備増強策を取るカルキノスは、今回の復旧・復興活動に於いては唯一にして重要な人材であり、且つ次回のピラー発生時に際しても、非常な威力を発揮するであろうとも思われた。
「やぁ……かなり仕上がってきているみたいだね」
 カルキノスの発想に刺激を受けたのか、同じく災害救助活動に志を徹している清泉 北都(いずみ・ほくと)が、カルキノスの手によって増強されたトラックに救難物資を運び込む作業の合間を縫って、休憩がてらに話しかけてきた。
 北都が差し出してきたスポーツドリンクを受け取りながら、カルキノスも手を休めて、自らが増強したトラックの陰にしゃがみ込んだ。
 如何に肉体的に優れたコントラクターとはいえ、矢張り休息は必要である。ドラゴニュートの頑健な体躯を誇るカルキノスであっても、それは例外ではなかった。
「前回は、結構ギリギリだったからな。だが次は、そうはいかねぇ。領民達を余裕を持って救助出来るよう、準備だけは万端にしておかねぇとな」
「ところで」
 カルキノスを挟んで、北都とは反対側から、今度はクナイ・アヤシ(くない・あやし)が同じようにスポーツドリンク片手に声をかけてきた。声をかけると同時に、カルキノスの周辺をきょろきょろと見回している。
「今回は、あの小さな同僚さんはいらっしゃらないのですか?」
「おいおい、本人の前でいったら、ぶっ殺されるぜ」
 クナイの的を射たいい方に、カルキノスは獰猛な牙が覗く口元に苦笑を浮かべた。クナイは何のことだか事情を察することが出来ず、不思議そうに小首を傾げる。
「淵はな、今回は攻めに転じるそうだ……ま、あいつはあいつで、被災民の子供達を相当、気にはかけてたからな。その分、俺が張り切らねぇといけねぇ訳だが」
 いいながらカルキノスは、北都とクナイの優しげな顔立ちを交互に見詰めた。
 このふたりならば、怯える子供達の心を静めるには、うってつけではないか――そう思えてきたのである。実際、北斗にしろクナイにしろ、その線の細い面立ちから、子供や女性受けが良いのは他から聞こえてくる評判でも折り紙付きではあったのだが。

     * * *

 一方、カルキノスが『攻めに転じた』と説明した当人、即ち夏侯 淵(かこう・えん)はというと、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の両名に付き従う形で、領都バスカネアに足を踏み入れていた。
 ルカルカとダリルは既に一度、カルヴィン城に入ったことはあったのだが、その後、やたらと群がり来る空京のマスコミ連中を警戒したヴィーゴ・バスケスが城門を硬く閉ざしてしまっている為、再度の入城は困難を極めてしまっていた。
 そんなカルヴィン城を遠巻きに眺めることが出来る大通りの片隅で、ルカルカ達三人はどうにもならないといった様子で、所在無げに佇んでいた。
「最初はピラーの痕跡を追いかければ、って思ってたんだけど……まさか、ミリエルがカルヴィン城に居るなんてね。正直、向こうがこんなに動きが速いとは、思っても見なかったかな」
 ルカルカの表情にはしかし、絶望の色は微塵にも見られない。
 実はつい先程、あゆみがネオから聞き出したというオブジェクティブ・オポウネント関連の情報が、携帯メールに届いていたのである。その内容からルカルカは、自身にもオブジェクティブに対抗出来る能力が宿っている事実を知り、少しばかり光明を見出す気分になっていたのだ。
 そんな訳だから、ルカルカ自身は別段、然程に気分を害したりしている訳でもないのだが、ダリルは違う。彼は、カルヴィン城に群がる空京のマスコミ連中を、幾分渋い表情を浮かべて眺めている。
「あれだけでは、片手落ちだな」
「え? 何が?」
 淵はダリルがマスコミに懸念の視線を向けている理由が、今ひとつ分からない。一方、ルカルカはダリルの考えが即座に理解出来たらしく、苦笑を浮かべて淵に肩を竦めてみせた。
「あのマスコミを呼び寄せた奴が誰かは知らんが、単に責めるだけではなく、復興財源の確保などの対案を示さんことには、ただの難癖に終わってしまうぞ」
 曰く、悪戯に不和を持ち込んで騒ぎ立てることは、決して領地領民の利益にはならない、というのがダリルの考えであった。
「被害を看過することによる行政の注意義務不履行の考え方は、ここの社会体制には存在しない。心情的に責めたくなる気持ちは分からなくもないが、その発想は制度的・法的には、ここでは正当性が薄い。寧ろ、余計なトラブルを領内に持ち込むだけだ。その辺も分かった上での行動であれば良いのだがな」
 実のところダリルには、ヴィーゴの主張が十分過ぎる程に理解出来た。
 そこは矢張り、パラミタ生まれという文化的な素養の違いであり、そういう意味では彼は、ルカルカよりもヴィーゴにより近い政治的スタンスを持っているといって良い。
 先般の避難措置の許可申請の折も、ダリルは心情的にはパートナーであるルカルカに助け舟を出してやりたいところであったが、自身の考え方は寧ろヴィーゴに近い為、どちらにも味方出来ぬというジレンマに陥っていたのである。
「封建制度の何たるかを理解もせずに、地球の現代人的発想のみでヴィーゴを責めるのは、ひとりよがりの偽善に陥るだけだ。尤も、それを理解するのは、中々容易なことではないかも知れんがな」
 もちろん、ヴィーゴの全てを許容するつもりはないが、大局的な視点を持たずに、感情論で政治を語るなど愚の骨頂だ、というのがダリルの考え方であった。
 あぁ成る程……と淵は一応頷いてはみたが、ダリル程にマスコミ連中に対する嫌悪感を抱いていない為、そのままルカルカの後ろにそそくさと隠れてしまった。
 別に自分が責められている訳でもないのだが、何故かダリルの隣に居ると、自分が悪いように思えてならなかったのである。
「今日のダリル、いつになく機嫌が悪いな」
「ん〜、まぁ、たまにはそういう日もあるんじゃない?」
 何ともいえない表情で淵に頷き返すルカルカだが、今の彼女にとってはダリルの不機嫌よりも、如何にしてカルヴィン城に潜り込むかということの方が、悩ましい課題となって重く圧し掛かりつつあった。
 だが、そんなルカルカの悩みはすぐに解消されることとなった。
 先に臨時応対スタッフとして城内に入る自由を許されていたザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)強盗 ヘル(ごうとう・へる)から、潜入ルートを案内するメールが届いたのである。
 ルカルカ達はすぐさま物陰へと身を隠し、ザカコが指定してきた位置へと足を急がせた。

 ルカルカ達を迎え入れる為、ザカコとヘルは城外の用水路へと流れ出る地下の下水道へと急いだ。
 実のところ、ザカコもルカルカ同様、ピラーの痕跡を追跡するところからミリエルの捜索に着手したのであるが、早い段階でクロスアメジストの所在地がコントラクター達の間に広く通達された為、即座にバスカネアへと引き返し、臨時応対スタッフの身分を用いて何食わぬ顔で城内への再潜入を果たしたのである。
 城内では、ヘルがザカコの帰城を待ち受けていた。のみならず、今後、臨時応対スタッフの身分を持っていない者が城内に潜入する為のルート構築も、既に完成させていたのである。
 こういったところは、流石に手早いヘルであったが、その効果が早くも、ルカルカ達を城内に招き寄せる為に発揮されようとしていた。
「ルカさん達を迎え入れるのはまぁ良いとして……問題は、ミリエルさんの所在が未だにはっきりしない、ということですね」
 約束の合流ポイントである用水路脇の通用口に到達したところで、ザカコは渋い表情で、水面に反射する僅かな陽光の煌きを眺めながら呟いた。
 ヘルも同様の不安を抱えていたらしく、ザカコの声にちいさくかぶりを振る。
「問題はそれだけじゃない……オブジェクティブもさることながら、ミリエルがここに居るということは、ナラカ・ピットもこの近くのどこかにある、という理屈になる。これは看過出来ない事実だぞ」
 ヘルのこの指摘は正しい。ザカコ自身も頭の片隅で考えてはいたことであり、出来ればあまり、面と向かって口にしたくはなかったのだが、こういう辺り、ヘルは容赦の無い性格であった。
「現実を避けようとしても、向こうは避けてはくれんさ。ならば、こちらも受け入れる覚悟を決めなければならん。お前も、分かっていたことだろう?」
 別段ヘルはザカコに説教をしようという意図ではなかったが、結果的に彼を諭す形となってしまった。勿論ザカコとて、ヘルの口にしている内容が正論であることは、重々承知している。
「それはまぁ、確かに分かってはいますけど、考えるのはまた後程……あ、ルカさん達が着いたようです」
 ザカコはここで、ヘルとの議論を打ち切った。いや、そもそも議論ですらなく、ヘルの一方的な説教に近かったのだが、ともかくも彼は、ルカルカ達の到着を口実に、ひとまずこの話題からは逃れたかった。
 ミリエルの存在と、ナラカ・ピット、そしてオブジェクティブ――切っても切れないトライアングルだが、今はなるべく、考えたくはなかった。