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砂時計の紡ぐ世界で 前編

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砂時計の紡ぐ世界で 前編
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 なかなか微笑ましい光景じゃないですか。紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は、城の周囲の警戒の最中に見つけたその光景に、そんな感想を抱いた。
 城の、すぐ近くに花畑があった。
 花園──自生したものなのか、近隣の村人たち、あるいは城の人間が維持しているのかはわからないが、そこに戯れる一行を彼は見つけたのだ。
「あ、どうも」
「いやいや、こちらこそ」
 そのうちのひとり、笹野 朔夜(ささの・さくや)がこちらに気づき、会釈を向ける。同様の仕草で、唯斗も返礼する。
 朔夜は両手いっぱいに、たくさんの花を抱えていた。
「ここ、花がいっぱい生えてたんで少しもらっちゃいました。まずかったですかね?」
「さあ」
 こんだけあるんだし、いいんじゃないか? 思いつつ、朔夜の摘んだ花々を使いひとつの形を成していく彼のパートナーたちを見遣る。
 笹野 桜(ささの・さくら)と、アンネリーゼ・イェーガー(あんねりーぜ・いぇーがー)が花々を重ねて、絡めあわせてひとつの輪を作っていた。
「その花、なんて名前?」
「シロツメクサですよ」
 唯斗も、聞いたことのあるありふれた花の名だった。ああ、そうか。シロツメクサ、ね。
 それらを桜とアンネリーゼが縒り合わせ、輪にしていく。大きいのがひとつ──それから。
「あ、小さめのもたくさん作ってみんなに配るのもいいかもしれませんね」
「それ、素敵ですわね」
 和やかに、その作業が続けられていく。
 暖かく、やわらかなぬくもりの太陽の輝き。さわさわと揺れる花畑の草の音。その中で少女たちが織り成すそれら風景は実に牧歌的で、素朴な穏やかさに満ちている。
「追加の花、ここに置きますね」
 ありがとうとどういたしましての往還が、パートナー同士の間になされ、唯斗の前にある彼と彼女らは、笑いあう。
 史実では儚く、報われることなく消えていった姫君がほんとうに欲しかったのは、こういう光景だったのかもしれない。
 自分たちは、姫君の望んだこんなのどかの風景を護らなくてはならないと、思う。
「ん……」
 不意に、視界の隅に異物が映った気がして、唯斗は顔をあげる。
 それは、気のせいではなかった。
 城下町から、小さな森と集落とを抜けて、小川とともにグリヴァーミ・ダイム城へと向かう小道。
 そこを、三つの影が歩いてくる。こちらへと、向かってきている。
「どうだった、城下町の様子は」
 彼女ら、彼らは、敵でない。他ならぬ唯斗自身が、情報収集に城下町へと向かう彼らを見送ったのだから、知っている。
「……ああ」
 無愛想に、生返事を林田 樹(はやしだ・いつき)は返してきた。
 彼女の少しあとについてきているパートナーふたり──緒方 章(おがた・あきら)林田 コタロー(はやしだ・こたろう)が、相棒の説明不足を補うように聞き込みの成果のなさを、左右に振る首の動きで伝える。
「ダメでしたか?」
  朔夜が膝の土を払いつつ、立ち上がり訊ねる。
「これといって、な」
「アクリト先生の仮説の裏付けにはなったかな、って程度ですね」
 樹が、章が口々に言う。コタローが、それにあわせて繰り返し、こくこくと何度も頷いて強調する。
 もともとゆる族だったコタローは、願望の力によって今は幼い女の子の姿。単純な仕草なのに、その彼女の仕草はとても一生懸命であるように見えて、面白い。
「どうにも、な。やはりもっと直接、姫君に訊くべきだと思うのだよ」
「……そうか」
「そう。お疲れ様ですね、イツキ」
「っ!?」
 そして、現れたその気配は、いつの間にか「そこ」にいた。
「……アル、ト……? アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)……なの、……か……?」
 アルト。樹がそう呼んだ相手は、彼女から比べると随分、若い外見をしていた。旅の者だとわかる、ちょっと風変わりな──そんな服装。
「その、姿は。それは」
 まさに、少年。その姿を彼がとっていることに、樹は動揺をしている。
 唯斗や朔夜が知るはずもない、彼の見せるその様相は──ただ、樹だけが記憶しているもの。ずっと昔、樹とアルテッツァとが同じ道を歩んでいた頃。その頃の彼とそれは瓜二つを通り越してまったく、同じものであったのだから。
 少年の姿をしたアルテッツァは背後にヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)、そしてパピリオ・マグダレーナ(ぱぴりお・まぐだれえな)を伴い、従えて。
 樹は眼を見開き、息を呑んでいた。
 そして両者を交互に見返す唯斗たちもまた、面を食らっていた。
「!?」
 目を瞬かせ、何度も擦る。
 外見的にはアルテッツァよりもずっと年上であったはずの樹が不意に、遥か幼く、──十五歳くらいだろうか、アルテッツァ同様に若い、異なる姿に変わったように見えたから。
「なぜ」
 目を擦り、瞬きをするたびにそこにある樹の姿は現在と過去、ふたつを移り変わっていく。
「君は……何者ですか?」
 自身のパートナーの様相が移ろっていく。それを気にしながらも、章が対面の相手へと言葉を投げかける。
「旅の一座『ステラ=シアター』のアルト。……キミと一緒だった頃のボクですよ、イツキ」
 彼の言葉に、一層樹の表情には驚愕の色が広がっていく。
 今は、樹は十五歳くらいの、少女の姿となっている。
「その姿。それは……私が、撃ったときの」
「はい。キミが僕を撃ったあの頃のまま。あの頃の夢を再び見ることが、この世界でのボクの『願い』です」
 ボクが望んでいた未来は、『イツキと共に芸をして、みんなに喜んでもらうこと』。ただ、それだけだったんです。アルテッツァは、言う。
「だが、その願いは──……」
「ええ。キミの想いと、反目している。だからでしょうね、こんなにも不安定なのは」
 彼の言葉を受け止めた樹は、現在の姿にまた戻っている。そしてまた、過去へと移ろい若返る。
 いったいこれでもう、何度目だろうか。
「過去には、戻れないぞ」
「わかってますよ。……ああ、この夢が覚めなければよいのに」
 天を仰ぎ、アルテッツァは呟く。
「でもね、イツキ。過去同士なら。それならば、受け入れては──もらえませんか。今、このときだけは」
「何を言って……!」
「章。いい」
 警戒心を剥き出しにしたパートナーを、樹が制する。
 その彼女へと、すっとアルテッツァの右手がまっすぐに、差し出され誘う。
「一緒に、姫君の誕生日を祝いませんか。ボクとともに、旅芸人のイツキとして」
 今のボクは、『今』でなく『過去』だから。
 今のボクは壊れてもいないし──狂ってもいないから。
 アルテッツァが一歩、前に出る。樹の両目はじっと、彼の掌を見つめていた。
「樹」
「……」
 彼女もまた、歩み出る。一歩一歩、寄っていく。
「また、撃つかもしれないぞ」
「同じ轍を踏むほど、馬鹿ではないつもりです」
「──そうか」
 わかった。言った樹は、彼の手を取った。
 ともに、城へ行こう。姫君を、祝福しよう。過去の人間を、やはり自分たちも過去の人間として。
 今は姫は、車上の人となっているはずだから。
 他の皆とともに、彼女の帰りを待とう。