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砂時計の紡ぐ世界で 前編

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砂時計の紡ぐ世界で 前編
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リアクション

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 バイクのタンデムシートに揺られるダイム姫は風を切り裂きながら、後ろへと流れていく周囲の光景に興味津々の様子だった。
 かぶせたヘルメットは、ややぶかぶか。運転する十田島 つぐむ(とだじま・つぐむ)の後ろで、そのバイザーから細めきょろきょろと動かされる彼女の目が覗いている。
「大丈夫か? 苦しかったりしないか?」
「はい! お馬にもずっと、わたし乗れなくて……だからすごく新鮮で、楽しいです!」
「そっか……そうだな」
 身体が、弱かったんだもんな。つぐむは納得に小さく頷く。
 同時に、城に残してきたパートナーたちは果たして、目的のものを見つけられただろうか、とふと思う。ミゼ・モセダロァ(みぜ・もせだろぁ)と、ガラン・ドゥロスト(がらん・どぅろすと)。それから、竹野夜 真珠(たけのや・しんじゅ)。彼らは今頃、グリヴァーミ・ダイム城の中の探索に勤しんでいるはずだ。
「ところで」
「うん?」
「十田島さまはどうして、そのような風変わりな格好をしてるんですか? 未来からきたほかの皆さんともどこか、違うような」
「……仕様です」
 つぐむの服装。まず、ヘルメットはいつもの、愛用の品。……なんだけれど。
 上から順に、見ていこう。
 髪からして、普段どおりとはいかない。やたら光沢のある金髪に、気付けば染まっていた。
 それから、胸元や袖口にレースのフリルのついたYシャツというか、なんというか。
 そして──下半身は白タイツに、かぼちゃのようなもこもこ半ズボンが覆い尽くしている。
 いわゆる、おとぎ話の王子様ルックとでもいえばいいのだろうか。北欧なんかでこの格好で野宿なんぞした日には凍死するんじゃないかというほどの、防寒・実用よりも装飾を優先したそれら服装を今、つぐむは身に着けているのである。
 こうなったのも、城に残してきた真珠のせいだった。
 城といえば王子様とお姫様、と短絡に考えた彼女がふと願ってしまったおかげで、砂時計のつくりだしたこの世界は真珠とつぐむの格好を彼女の想像したそれらに変えてしまったのだ。……真珠のほうはえらくご満悦であったようだが。
「あの分だと、多分ミゼの願望も似たような感じに叶っちゃってるんだろうなぁ」
「?」
「ああいや、こっちの話」
 保護者役を任せてきたガランには少し悪いことをしたかな、とも思う。
 ミゼの見たがっていたもの。古城のイメージ……それは、『地下牢と監禁部屋』なんて、あんまりといえばあんまりなものだったから。
 少なくとも、姫君に対してはほいほい言えるものではない。だって、他ならぬ彼女こそ、おそらくは今ミゼの願望によってそれらが顕現させられている城の持ち主なのだ。
 なんというか──魔改造をしてしまって申し訳ない。そんな気さえ、芽生えてくる。そりゃあ、古い城なのだしもとからそういった捕虜の扱いのための部屋のひとつやふたつ、あったかもしれないが。増やしてどうする、増やして。
「それにしても、もう結構走りましたよね? どちらまで行かれるんですか?」
「ん? ああ、それは──秘密、かな。心配しなくても、もうじき着く」
 だから、もうちょっと辛抱しろ。ちらりと後ろの姫を見ながら、つぐむはステアリングを軽く傾ける。
 小道が、小川と併走する。
 この川は、無数にあるうちのひとつだ。この先には──同じようにいくつもの川の注ぐ、大きな湖が待っている。
「ダイム姫」
「はい」
「あんたには、楽しむ義務がある。楽しんでもらう義務があると思うんだよ。もう、他の誰かからも似たようなこと、言われたかもしれないけどさ」
 俺たちを呼んだからには、呼んだ側の責任として。
「だからさ、見逃すなよな」
「え?」
「空を。ようく、見てるといい」
 そうだ。知らないから、きょとんとしているからこそ、驚きは喜びに、楽しみに変わる。
 ダイム姫。彼女もきっと、喜んでくれると思う。
 そのためのルートであり、皆と一緒に組み上げたひとつの手はずだった。
「あ……っ」
 湖が、見えてくる。そしてそこに佇むひとりの人物のもとにつぐむは愛車を走らせていく。
「お待ちしていましたわ。打ち合わせた時間、ぴったりですわね」
「まあな」
 八塚 くらら(やつか・くらら)は、その両手いっぱいに蒼い薔薇の花束を抱えていた。
 バイクの後部座席から降り立ったダイム姫へと、彼女はそれを差し出し、受け取るよう促す。
「わたしに?」
「ええ。私が……私の願いがつくった、蒼い薔薇ですわ」
 蒼い薔薇──すなわち、幻。かなわぬ、存在しえぬものの象徴を。
 存在しないはずのものでも、この世界なら叶えられる。現界していられる。そんな想いのこもった、彼女の願いがつくりあげた花を姫君へと渡す。
「……?」
 ダイム姫は、じっと手渡された花束の蒼い花弁を見つめていた。その彼女が、なにかに気付いたように顔をあげる。
「霧が……出てきてます、ね?」
「ええ」
 広い湖面を、白く霞む霧が立ち込めて埋め尽くし始めている。ひんやりと、涼しげな風を肌に感じる。
「ようく、見ていてくださいな」
 笑顔でくららは、彼女に前進を促した。
 一歩、二歩とゆっくりと、湖の岸へダイム姫は歩いていく。
 霧は徐々に濃くなり、色を強めて──スクリーンとなっていく。
「あ……っ」
 その、乳白色の虚空のキャンバスに七色が広がった。
「虹……です……!」
 そう、虹。とても大きな、虹だった。
 霧という背景とのコントラストも鮮やかに、湖の対岸同士を繋がんばかりに大きな虹の橋が湖上いっぱいにかかっているのだ。
「どうだい? お姫様」
 これを見せるために、つぐむたちは姫をこの湖まで連れ出した。そして虹を作り上げたのは、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)の魔法。
 虹を生み出した張本人である彼はパートナー、ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)とともにそっと、虹に見とれる姫の肩を叩く。
「これは……あなた、が?」
「ああ。こっちのゴルガイスにも手伝ってもらってな。ま、共同作業さ」
「うむ」
 相棒の言葉に、竜人は頷いた。
「どうだ、気に入ってもらえたか?」
「はい……。すごくきれいで、こんなに大きな……。こんな素敵な虹、はじめてです……っ」
「そりゃそうだ。そのためにつくった虹だからな」
「その通り。気に入ってもらえたのならば、我々にもこれ以上のことはない」
 どこからか、小気味の良い透き通ったメロディーが風に乗り流れてくる。
「?」
 綺麗で、静かな音。それは、どこからきているのだろう?
 胸に蒼い花束を抱いて、きょろきょろと姫君はその源を探す。
「……あ……」
 桟橋近くにある、一本の大きな木。その根元にベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)がいる。腰を下ろした彼はアコースティック・ギターを抱え、それを奏でて。
 不意にその音が止んで、彼は懐から一本のブルースハープを取り出しそれもまた、鳴らす。
 淀みのない。湖面に響く音。
「俺たちの祝福は、こんな感じだ」
「楽しんで、いただけましたか?」
 グラキエスと、くららの言葉。もちろん、と姫君はそれに首肯した。
「そっか。陸の散歩はここまでだ──だから」
 つぐむが、くいくいと親指を立てて天に向け、指し示す。
 一同の目が、そちらを見た。そこからなにがやってくるのか、知る者も、知らない者も。
「ここからはうんと、空を楽しんでくるといい」
 霧の立ち込める中を、ふたつの影が彼らのもとへと降りてくる。
 ダイム姫を迎えにきたそれらは、鋼の龍と、飛空挺。
 空飛ぶ小さな艇の船体には、『オーロラ・ハーフ』。そう、刻まれていた。