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砂時計の紡ぐ世界で 前編

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砂時計の紡ぐ世界で 前編
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「どうだい、空の散歩は?」
 そう言ってダイム姫を振り返るその人もまた、なにやら不思議な格好をしていた。
 蔵部 食人(くらべ・はみと)。相棒の魔装侵攻 シャインヴェイダー(まそうしんこう・しゃいんう゛ぇいだー)をその身に纏った彼は、パートナーである魔鎧と同じ名を、ダイムへと名乗っていた。
 彼は飛空艇の操縦桿を握っている。木々を、山々を。川を、湖を眼下に望む光景に、ダイム姫は思わず、心奪われていた。
「まだ、こういう技術はこの時代には、なかったろ? 空飛ぶのなんて、初めてだろう?」
「はい。凄いです、未来の技術って」
『だろうな。楽しんでくれると嬉しいよ』
 ふたりの乗る飛空挺と並走飛行する機体からの通信。
 龍のかたちをしたそれもまた、魔鎧。雹針 氷苺(ひょうじん・ひめ)が、曲芸飛行じみた動きを見せながらふたりの前を、横切っていく。その上に跨った木本 和輝(きもと・ともき)が手を振り、楽しげにこちらへ笑ってみせる。
「とっても早くて、とっても見晴らしがよくって。それと、とってもかっこいいです」
 ありがとう、と和輝が返す。 氷苺も褒められて、喜んでいるよ。
 流れる雲を、飛空挺と龍とが次々に、追い抜いていく。
「っと。見えたぞ、城だ」
 名残惜しそうに、食人が言った。
 龍とともに飛空挺は、見えてきた城を目指し、そこにゆっくりと降下していく。
 降り立つのは、最上階。塔の上にある、ダイム姫自身の部屋。その広いバルコニーだ。
「おかえりなさい」
 飛空艇から出てきたダイム姫を、少女が出迎える。エヴァルトや翔とともに、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が。
「待ってました。……これを、渡したくって」
「わたしに、ですか?」
 歩はダイムに向け、手を開く。
「花の──髪飾り?」
「桜、です」
 ダイムに見せるそれは、桜の花びらを模した、髪留め。歩の、お手製のそれをダイムの手をとって、そこに握らせる。
「ええっと、お姫様。ダイムさんって呼んでも?」
「ええ」
「その、余計なお世話かもしれないけれど」
 歩はダイムへと説明する。日本における、「桜」という花の示す価値観と。その、美しさと。人生は、長さじゃない。なにを成したかだと──現実の世界で、過酷な運命の元にあった少女へと、言葉を伝えていく。
「長い時間耐えて、その一瞬だけ綺麗に咲く。その一瞬が、密度が人生にも大事なんじゃないかな、って思うんだ」
「……そうかも、しれませんね」
 歩の笑顔に、ダイム姫も目を細めて、やはり笑顔で応えた。彼女が自分のことを案じてくれているのだと、わかっているから。
「お、帰ってきたみたいだねぇ」
 そのふたりが、不意に開いた扉のほうを向く。
 相田 なぶら(あいだ・なぶら)が、こちらへ飛んでこようとするパートナーの守護天使──木之本 瑠璃(きのもと・るり)の首根っこをひっつかんで笑っている。
「離すのだ、なぶら殿! ダイム嬢と我輩はぜひともトレーニングを! 身体を鍛えてやらねば!」
「やめときなって。もう準備、できてるんだからさぁ」
 ──準備?
 目を瞬かせる、ダイム姫。今度は歩とともにではなく、彼女だけ。
 そんな姫君に意味深な微笑を向けながら、なぶらは彼女らの背に広がっている窓の外の青空をまっすぐに指差す。
「外、見てみなよ」
「外?」
 おうむ返しとともに、踵を返す。なぶらの示した、その先を追う。

 瞬間、飛行機雲が疾った。

 はっきりと、読み取れる白い尾を曳いて、その雲は空に文字を描いていく。
 その古いパラミタ文字は。現代の地球の言葉でいえば『happy birthday』。
「これ、は」
「よーく、見てみて?」
 文字を描いていく飛行機雲を、なぶらの言うがままじっと見つめる。
 思わず、入ってきたバルコニーの外へと足を踏み出していた。そして、気付いた。
 ひとつは、飛空挺。そしてもうひとつは──……。
「波、乗り?」
 サーフボード、という単語を彼女は知らなかった。
「『FREE SKY』といいます」
「……あなたは?」
「あの二人の、パートナーでございます。飛空挺に乗っているのが、匿名 某(とくな・なにがし)。サーフボードが、大谷地 康之(おおやち・やすゆき)
 そして私が、ミスター ジョーカー(みすたー・じょーかー)。柱の影から現れた紳士は、そう名乗った。
 彼もまた、彼のパートナーたちの描く大空の祝福のメッセージを見上げている。
「自分にとって都合のいい世界は、楽しいですか? ダイム嬢」
 その言葉にはどこか、棘があった。ハッと見返せば、けっして好意的ではない視線がこちらを見ている。
 皮肉めいた笑みに、山高帽の紳士は口元を歪めていた。
 自分にとって、都合のいい世界。ダイム姫は、言われた意味を理解して、足元に目を伏せる。
「……あなたたちを巻き込んでしまったのは、わたしです。──わたしは、わがままだったんでしょうか?」
「ええ、それは間違いなく。ただ」
「……ただ?」
 見返せば、再びジョーカーは空を見上げている。
 相棒たちの駆ける、空を。
「そのわがままに、望んで付き合っている人間がいる。そのことだけは確かです。だからあなたは──祝福を、受け入れなくてはならないのです。あなたの願いをかなえようとしてくれる者がいるかぎり」
 でなければ、私の契約者たちの努力が水の泡ですから。今度は柔らかい笑みで、紳士はそう言った。
「そう、ですね」
 違いないと、ダイムは思った。
「ですから、受け取りなさい。祝福を。メッセージを……そして、花を」
「お誕生日、おめでとう」
 そうしてかけられた声は、計ったようなタイミングだった。いや……間違いなく、見計らっていたのだろう。
 顔のすぐ傍に、大きな、……とても大きな花束があった。
「おめでとうございます、お姫様」
 本宇治 華音(もとうじ・かおん)。彼女の右手が、それを差し出している。もう片方の左手には、小さな少女の手。この世界がかなえてくれた願い──それによって人間の姿となった花妖精、まとは・オーリエンダー(まとは・おーりえんだー)が、華音の手を握っている。
 花束を、ダイム姫は受け取る。
 蒼薔薇の花束と、桜の髪飾りと。そしてこの色とりどりの花束とでもう、両腕の中はいっぱいだった。
「やっぱり、お姫様ですね。とってもお花、似合っています」
「……」
 華音がそう評し、無口な少女が無表情のままにこくこくと頷く。
「まとはの願いをかなえてくれて、ありがとうございます」
「え……」
 まさか、お礼を言われるなんて思ってもみなかった。
 深々と頭を下げる華音に、ダイム姫は面を食らう。
「だから。あなたの願いもかなえないと、です。準備、万端です」
 花束を渡して、空いた右手で華音はダイムの指先をそっと握る。
「行きましょう。みんなあなたを、待っているんです」

 さあ──、行こう。宴の、会場へ。