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リアクション
第2章 頬の如き焼き餅
「ふぅ〜っ、みんなご苦労様でござった」
鐘撞き勝負の裏側では、それが始まるより早く、修羅場に突入していた。
真田佐保(さなだ・さほ)率いる買い出し組が、家庭科室へと雪崩れ込む。
「兄さん、大丈夫ですか!?」
「あぁ、ちょっと荷物が重すぎただけだ……」
駆け寄る紫月 睡蓮(しづき・すいれん)に、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)はにっこりと笑ってみせた。
両手だけでなく背中にも、大きな袋を背負っている。
「ひとまず、買ってきたものを料理ごとに分けましょうか」
同じく長原 淳二(ながはら・じゅんじ)も、靴を脱いで室内へ。
その場にいた皆と手分けして、調理台へと振り分けていく。
「おぉ、おぉ〜こんなものまで。
唯斗や佐保に淳二達がよい食材を確保してくれたおかげで、思い切り使えるな」
調理部隊をとりしきるのは、エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)である。
ここしばらく、ゆっくりと料理を楽しむことができなかった食堂の女将。
今日は心ゆくまで、調理器具を握っているつもりだ。
「エクス、しばらく任せる……俺は疲れた」
「承知」
「さ、兄さん……」
エクスの返事に満足した唯斗は、睡蓮に支えられて隅の座敷へと転がる。
いまはまだ留学中の身だが、年末年始は明倫館で過ごしたいと戻ってきたのに。
「やっぱ年越しは葦原の自分の家で迎えたいよなぁ……けど、ハイナから速攻呼び出し喰らうのはなぜだろうなぁ」
葦原島へと踏み入ったとき、すでに唯斗達の合宿参加は決まっていた。
落ち着くまもなく校長室へ呼ばれ、買い出しに行かされるはめに。
「帰った途端にこれとはなぁ……ま、さっさと終わらせてゆっくりしよう。
どうせハイナから土産を要求されると思っていたから、海の幸は海京から戻るときに仕入れておいたんだ。
あとはエクスの……食堂の仕入れ先に訊いてみようか。
佐保とティファニーは肉や卵を頼む。
俺は野菜類を手に入れるから……」
「唯斗、俺も手伝おう」
「淳二がやるなら私も行きます。
重い物もがんばって持ちますよ!」
いつメンと役割分担をしていると、とおりかかった淳二とミーナ・ナナティア(みーな・ななてぃあ)も助けを申し出てくれた。
出かける直前、こっそり佐保の耳許で囁く唯斗。
「佐保、ティファニーのフォロー、よろしくな」
12月31日、18時頃のことだった。
「佐保達は適当なトコで切り上げて楽しんでな。
あとは俺がやるから……っても、いまの状況じゃあんまり説得力ないか」
「うむ……では、料理が一段落するまでつきあうでござるよ」
「さぁさ、始めようか!
まずは人数分の蕎麦と雑煮の下準備をしておくれ。
わらわは年越し用に、海老やら蟹の海鮮料理と、フライドチキンやポテトなんかのパーティーメニューも完備させようかの」
苦笑する唯斗と佐保の脇で、手を叩くエクスに注目が集まる、
年末年始を料理で彩ろうという皆の想いを、ひとつにするときがきたのだ。
「はぁ〜い、じゃあ蕎麦をつくる人はこっちに来てほしいのです〜」
「オレは雑煮の汁と野菜をやるか……セリカ、餅やいといてくれ。
軽くでいいぞ」
(正直、セリカに調理は任らんねえからな)
「はぁ〜い!」
「なら俺は……お雑煮用の餅を焼く前に、まずつくることから始めねばならぬ。
これだけではとうてい足りぬであろうからな」
睡蓮に続いて、ヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)が名乗りを上げる。
餅もそれぞれ、焼きはセリカ・エストレア(せりか・えすとれあ)、搗きはヴェルデ・グラント(う゛ぇるで・ぐらんと)が指揮を執ることとなった。
「杵でつく方は力仕事だから俺がやるとして、餅を返すのは……まぁ。
ジャパニーズで忍者な佐保いるしなんとかなるか」
「もち米はもう少しで炊きあがると思うよぉ。
雑煮用の出汁も、鰹節と炒り粉と昆布でとってみたから、好きに使ってねぇ〜」
ヴェルテ達が人数配分や道具を揃えているあいだにも、せっせと動いていたメルティ・フィアーネ(めるてぃ・ふぃあーね)。
下準備の下準備を済ませてくれたおかげで、あとの作業も順調に進みそうだ。
「この餅というもの、油断ならん。
火をいい加減にあてていると表面が焦げ、火からあげるタイミングが少しでも遅れれば表面が割れて謎のふくらみがっ!」
「てかセリカ、そんな顔近づけてるとふくれたときに餅くっつくぜー?」
「しかもそのふくらみがうっかり網にくっつこうものならっ!」
「こっちじゃ雑煮ってなに入れるのが一般的なんだ?
オレ的には人参、椎茸、三つ葉、鶏肉なんだけど、それでいいんかね」
「お、おのれ……この雑煮の最も大事な食材!
完全な形と絶妙な焼き加減でヴァイスに渡さねばならないというのに!」
「椎茸は中心を飾り切りして、人参はねじり梅、鶏肉は皮をはいで角切りにして。
その皮は別個で串にさして塩ふって焼いて、酒を飲む人これおつまみにどうぞー」
「次は、次こそはタイミングを逃さん!
謎のふくらみを阻止してみせる!」
「汁はどうすっかなあ……鶏ガラでダシとって……う〜ん。
鐘つきで走りまくるし、羽根つきも契約者同士ならすげえことになりそうだし、疲れるだろ。
ちょい濃い目でいくか」
ヴァイスの腕にかかれば、食材はあっというまに芸術品へと化けてしまう。
一方、セリカの腕にかかった餅達は少し日焼けしすぎているような。
「ぷぅ〜っ」
「ぽへー」
「シュピンネ?
お餅知らなかったのですか?」
立木 胡桃(たつき・くるみ)とシュピンネ・フジワラ(しゅぴんね・ふじわら)は、焼かれる餅を凝視していた。
餅に合わせて2人とも、頬を膨らませてきゃっきゃしている。
その意気投合ぶりは、イルゼ・フジワラ(いるぜ・ふじわら)が不思議に思うくらい。
「ちょっと、味見しますねぇ〜いただきますぅ。
はふはふ……焼き餅、美味……」
「ボクも食べたいであります!」
「ずるいですよ、ボクもっ!」
イルゼにのって、シュピンネと胡桃もつまみ食い。
皆の腹時計は正確で、調理者特権を行使し始めたのは日が変わる30分ほど前のことだった。
「みんな食べるのはよいが、ハイ達が蕎麦を食べに来たでござるよ。
早く蕎麦を隣の食堂へ!」
調理者を含め、留守番組が食堂に勢揃い。
裏山からの除夜の鐘を聴きながら、手づくりの蕎麦をすする。
そうして、20秒前からのカウントダウン。
「新年キターーーーーーー!!」
ヴェルデの叫び声とともに、葦原明倫館は新しい年を迎えた。
宴会を楽しむ音は、明るくなるまで鳴り続く。
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