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リアクション
一方で、ガーデニアはミオスと対峙していた。
「私は百合園女学院本校に通う、ごく平凡な学生、でした。でも思い出したんです。悔やんでも悔やみきれない罪を。……だからミオス、あなたも思い出して。あなたがその生を決して後悔しないように」
鬼とも形容される妖精の眼の力で、どうか思いが通じるようにとミオスを怯ませようとするが、ミオスは頭を力強く何度か振って抗った。
「くうううっ……この割れるような痛みの原因は……貴様かぁっ!?」
叫び、ダッシュし、剣を振り回した。
……この一撃はでたらめだった。だが彼女の命を吸った刃は闇を纏い、禍々しい気を発していた。避けたガーデニアの脚は確実に剣を躱したのに、かすった闇の切れ端が、肌を斬り、血を噴出させる。
追い打ちをかけようとしたミオスの前にローズが飛び出し、銃の狙いを定めようとしたが、
「邪魔をするな! ジェノサイドクロス!」
十字架の形をした漆黒の闇が現れ、次々と彼女に襲いかかった。
「きゃああああっ!?」
全身を十字に切り刻まれ、ローズは床に倒れ込む。
ミオスは彼女を無視し、脚を庇って屈んだガーデニアに追い打ちをかけるべく、よろよろと足を踏み出した。
「……もう二度と……その名を呼べぬように……して、やる!」
尚もガンガンと響き、強くなっていく痛みを抑えるように、ミオスは激しく頭を振りながら歩みを進める。
「その後ろの巫女王と手下共々、消え去るがいい──禁術<死の讃歌>!!」
ガーデニアもローズも他の転生者たちも、ミオスのその叫びに身を固くし、来る魔術に備えた。
……だが、……身体に何の変化も起こらない。
「何が起こったの!?」「窓を見て!」
誰かが、叫んだ。ガーデニアは、窓の外を見た。
窓から見える外の景色は一変していた。──地が、揺れ、裂け。空は暗黒の叢雲が覆い、雷が鳴り響き、風が吹き荒れる。裂けた地面からは瘴気が立ち上っていた。話に聞く地獄を出現させたようだった。立ち上った瘴気は細かい霧のようになると、ミオスや城の内外の魔族たちの体に吸い込まれていった。
それがたっぷり三分ほどは続いただろうか。
「……あ、あはは……」
景色が元の風景を取り戻した時、ミオスの身体にもまた、魔族としての力が漲ってきた。頭痛を気合で抑え込むと、尚咳き込みながらも、ガーデニアの頭へ剣を振り下ろそうとした。
ガーデニアは、死を覚悟した。覚悟して、だからこそその指先を、自身の胸元に突き立てた。
「──何も、あの方から奪わせはしません。約束通り、巫女王はお守りします。 <【翡翠の瞳】ジェイド・ピューピル(Jade・Pupil)>!!」
それは、妖精族が命と引き換えに一度だけ使える技。
指先は服を肉を破り、抉り出したのは彼女の、翡翠色に光る第三の目だった。妖精族の心臓ともいえるそれを彼女は握りしめ、砕く。
翡翠の光が握りしめた掌からあふれ出し、ミオスの全身を直撃した。
「今やっと、お返しできます。今度こそ、生きて幸せに……」
掠れた息の下でそう言うと、ガーデニアは目をゆっくりと閉じた。その眼尻に涙が一粒、床に零れ落ちた。
彼女が命を懸けて生を願った神官は──だがもうこの頃には、生きてはいなかった。それを彼女は永遠に知ることはなかった。
「……」
ミオスは焼けるような痛みと、極度の疲労にゆっくりと仰向けに倒れると、天井を見つめた。
(……思い出しました……全部……)
でも、今思い出して、何になるだろう。たとえ生き長らえても、使い続けた禁術で蝕まれたこの体では、先が短いことは解っていた。特に先程の禁術は、使用者の寿命を激しく縮めるのだ。
(それなら、せめて……)
彼女は指先に最期の力を込めて動かすと、小さく印を切った。それはもう禍々しいものではなく、巫女の王国で神官が用いるものになっていた。
先程の魔術と対になる禁術<生命の讃歌(サクリファイス)>。
ミオスから噴水のように吹きあがった暖かな光が、周囲の王国の転生者へと降り注ぎ、彼らの力となっていく。
(さようなら……)
最期の記憶に光の粒を見ながら、ミオスはそっと眼を閉じ──息を引き取った。
「……危なかったわ」
黒薔薇姫の周囲には、黒薔薇の有刺鉄線の結界<黒薔薇姫の殺戮結界>が作られていた。
ミオスの背後にいてなお受けたガーデニアの翡翠の光で、自慢の黒薔薇の刺が焼け焦げている。
「……まぁいいわ」
茨は幾らでも生えてくる。そんなことより、彼女の愛する五匹のアルラウネ達は無事だったのだ。
「あのブラコン叔母様がいらっしゃって、消し炭にしてしまう前に、巫女王を頂くとしましょう」
彼女は椅子にもたれかかる巫女王を見やる。
(……手に入れたい)
ごくり、と咽喉が鳴った。
多くの人間が守る為に命を落としたほどの存在に、彼女はかつてないほどの、異常な欲求を覚えていた。
黒薔薇姫は、彼女に漂う危険な雰囲気に飛びかかってくる残る巫女王側の転生者を、取り出した“時空龍樹の霊弓”で射抜いた。僅かな時間、行動を制止させ空間に縫い止めるこの弓に、邪魔者はいなくなる。
そっと指先を伸ばし、巫女王の頬をなぞった。
「大切にされてるだけじゃないわね。長く美しい黒髪、儚げな顔立ち、それに──銀の瞳」
……目を開いていた方が素敵だと、彼女は思った。
──時は満ち、巫女王は目覚める──。
儀式の満了。ゆっくりと、長いまつげに彩られた眼を開いた彼女は、
「私は巫女王……。また、あの者が復活してしまったのですね……」
そっと立ち上がると、彼女に見とれる黒薔薇姫の脇を通り、聖剣を手にした。
巫女王の手の中で輝く剣を、薙ぐように振るう(刈羽庵君の足を持って、ジャイアントスイングの要領で振り回した)。
すると、黒薔薇姫の5匹のアルラウネ──アルラウネ・アトロパ、アルラウネ・ラヴィアン、アルラウネ・アコニトム、アルラウネ・コロナリア、 アルラウネ・ローゼン──それらが一気に浄化され、瘴気によって変容したアルラウネは、ただの植物の姿に戻ってしまう。
「どのように辛い道であろうとも、目覚めてしまった以上、私は自らの運命に従いましょう……。命を弄ぶ黒薔薇の姫よ、あなたもこの争いの輪から外れなさい……」
振り向いた巫女王の聖剣の一突きは、黒薔薇姫の胸に突き立った。
「……あ」
欲した相手は切り刻み、オブジェにするほどの我侭と残酷と享楽を併せ持つ彼女は、初めて、欲していた相手に貫かれた。
自身に何が起こったのか、理解できないまま、彼女はよろけ、眼を見開いたまま、背後にゆっくりと倒れ込んだ。
彼女をそっと受け止めた黒薔薇の咲く茨のベッドは、安らかな眠りへと誘っていた。
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