リアクション
第9章 めでたし、めでたし?
「お帰り。怪我がなくて本当に良かった」
ホテルにて。優しく微笑む桜井静香(さくらい・しずか)に迎えられて、アナスタシア・ヤグディン(あなすたしあ・やぐでぃん)は深々と頭を下げた。
「大変ご心配をおかけいたしました」
「……そうですよ、全く、どうして地球が初めてだっていうのに、一人で行動するんですか」
そう言ったのは村上 琴理(むらかみ・ことり)だった。
アナスタシアは下げていた頭を上げると、今度は彼女に向かってやや胸を張った。
「そもそもこの事件の発端は『黒史病』じゃありませんの。そうでもなければ道に迷うなんて──」
「言っているのはそういったことではなくて、心構えです」
再開して早々言い合いになる二人に、割って入ったのは白百合会の庶務・七瀬 歩(ななせ・あゆむ)だった。
「まだ、慣れてないこと多いみたいですし、失敗も仕方ないですよ。今回の経験はきっと何かに生きますし」
歩が琴理に向かって目くばせすると、琴理はそうでしたね、とあることを思い出し、息と一緒に肩の力を抜いた。
「……とにかく。皆さんすごく会長を心配したんですから。今日はゆっくり休んで元気な姿を見せて、皆さんを安心させてあげてください」
街や公園を走り回ったせいか、アナスタシアの髪は乱れ、制服もあちこち土埃で汚れている。それでも胸を張って背筋を伸ばしているところが、彼女らしいのだが。
だが、そんな彼女にカチンときた生徒が一人。
「そうよ、なんでわざわざ裏口から出るのよ。これだからエリシュオン人の考える事は理解に苦しむわ」
腰に手を当てながらブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が口を開いた。
彼女のおかげで大勢の人間が振り回されたのだ。
ブリジットとパートナーの橘 舞(たちばな・まい)は彼女の写真片手に目撃情報を探して回るハメになったし、彼女たちと情報交換しながら一人探していた歩は、黒史病患者に出会って、恥ずかしい演技をすることになった──わ、私は巫女王様の騎士、深淵のイルミアーダ! アナ、じゃなかったユーフォルビアの所在を教えてくだ……教えてもらおう(は、恥ずかしい……)──上に、これもばっちり撮影されていた。
「それに携帯のバッテリーがない?充電ぐらいちゃんとしておきなさいよ」
なおも言い募るブリジットに、舞が口を挟む。
「ブリジット、昨日の夕べ、アナスタシアさんとお話してませんでしたか?」
「ん? そりゃ確かにアナスタシアには生徒会の運営方針について小一時間ほど電話で問いただした気もしないではないけど……」
ブリジットはこほんと一つ咳払いをして、気を取り直して。
「だとしても、百合園の生徒会長たるもの有事に備えて予備のバッテリーぐらい常に携帯しておくべきでしょう?」
真実としては、生まれ故に地球の文化にあまり触れてこなかったアナスタシアの携帯の充電は、彼女のメイドが行っており、メイドが同行しない今回の地球来訪ではそれを望むべくもなかった。
のだが、何故だかそれを言うとひどく怒られるような気がして、アナスタシアは口をつぐんだ。
「ブリジットったら……」
舞は素直じゃないんだから、とパートナーの顔を眺めた。
アナスタシアが行方不明になったと言った時も、彼女はこう言った。
「この話は後よ、とりあえずアナスタシアを探しましょう。あいつの為じゃないわよ。発病者の身の安全の為よ。アナスタシアはコントラクターじゃないとはいえ、パラミタ人よ。地球人に遅れを取るわけはないんだし、下手に絡んで無礼討ちとかにされたら可哀想じゃない?」
(ブリジットは文句ばかりですけど、ツンデレさんですからね)
舞は思い出して、微笑んだ。
「何よその眼は」
「ふふふ、何でもありませんよ」
「そう? ま、いいわ。──えーとね、アナスタシア。もういい加減時間経ってるから。用意したパーティーの準備が無駄になる前に、早く行ってよね」
ぶっきらぼうに言ったブリジットの言葉に、アナスタシアが目を丸くする。
「パーティ、ですの? 何のパーティかしら、予定としては伺ってませんけれど……」
まあ、と舞は手を胸の前で組んで、にっこり笑う。
「1月7日はアナスタシアさんのお誕生日ですよね」
「そうですけれど……」
「ちゃんとしたお祝いはパラミタに戻ってするとして、やっぱりお誕生日はお祝いしてあげたいと思ったんです。
ということで、サプライズパーティをと思って歩さんたちも誘って、ささやかなお祝いの席を用意して待っていたんですよ」
アナスタシアは三人によって、ホテルの小さなパーティルームに連行された。
そこには綺麗に花で飾り付けられたテーブルがあって、ちょっとした料理や小さなホールケーキが並んでいた。
「お誕生日おめでとうございます」
「おめでとうございますー! あ、これプレゼントです」
眼をしばたたかせるアナスタシアに、舞はバースディカードを、歩は無病息災のお守りを差し出した。
それらをアナスタシアはそっと受け取ると、大事そうに胸に抱いて微笑した。
「……ありがとうございますわ。皆さんの気持ちを裏切らないような生徒会長になれるよう、これからも努力いたしますわ」
*
「ところで、どうしましょうか……」
アナスタシアたちをパーティに送った後、静香と琴理が向かったのは、琴理が宿泊していた部屋だった。
そこには事件の元凶となった魔道書・黒ずくめの少女と、契約者の
涼風 淡雪(すずかぜ・あわゆき)がベッドに腰掛けていた。
事件が全て終わった後、公園に最後の確認をしに行った琴理は、同行していた
高務著 『黒歴史帳・第参巻』(たかつかさちょ・くろれきしのおとぼりうむさん)と、パートナーを背負った
高務 野々(たかつかさ・のの)と共に、この二人を見つけたのだった。
「校長としては正直なところ、こういった被害が出るのはもう終わりにしてほしい。けが人が出なかったのは不幸中の幸いだけど、パラミタの住人が危険で、百合園が危険な場所だと思われても困るし……」
複雑な表情で、静香が二人を見比べた。
「でも、これはこちらにも非があるよね。縁あって迎えた魔道書だし、今まで図書館にいてもらっていただけで、積極的に能力のことや抑え方を調べようとしてこなかったわけだし。これからどうするか、が大事だけど……」
「──あの、処分……燃やしたり、無理に研究するなどは、可能な限り避けていただけますか? あの、いえ、お願いします!」
野々の背から落ちるように降りて、ベッドに腰掛けた『黒歴史帳・第参巻』が、今日何度目かの懇願をした。
「……珍しいね?」
静香に発言をそう言われ、琴理は頷いた。
「ヴァイシャリーから空京、百合園本校への強行移動に疲れて、高務さんにずっと背負われて、それでも彼女を探していたんです。私もお願いされてしまいました。
あの、ノノさんは──こちらの魔道書さんのお名前ですけど──以前から、彼女を知っていたんだそうです」
先日ノノが黒の少女に会い(声をかける勇気がないので遠くから様子を見るだけ)に行って、見つからなくて。仲のいい司書からいなくなったことを聞いて、それで百合園本校の視察に行ってしまったのではないかと思って、野々に頼んで連れてきてもらったのだ。
「言っておきますと、この子が自発的にしたいことを言うのは珍しいので。べ、別に心配だからじゃなくてですね? 私の秘密が広まr……」
「──と、いうことで、複雑な事情なんですよ」
琴理は苦笑した。以前の事件で彼女は、ノノの中身がどんなものであるのか、ある程度予想が付いていた。だから多分ノノは、この黒ずくめの少女を「同じ」だと共感して、心配していることも。
実はもう一つ秘密があって、ノノの中身が、今回の騒動となった小説が、「中二真っ只中に購入して黒歴史的な意味でのバイブル」として少なからず影響を受けている──ということもあるのだが。これは野々が墓場まで持って行かなければならないので、琴理は与り知らぬことだった。
「私も、処分は望んでいません。今回の件は、監督と言いますか、私の対処の不足でもありますし……」
うん、と静香は頷いた。
「でもせっかくだから聞いておこうかな。ノノさんは、どうしてそんなに親身になるの?」
「……友達になりたいから、でございます……」
身を縮こまらせて、頬を染めて、消え入りそうな声で、ノノは言った。
それを見て、静香はうん、と再び頷いた。
「良かった。やっぱり……監視とか管理じゃなくて、そうやって考えてくれる人が側にいることが、この魔道書さんにも大事だと思うから。こちらの涼風さんもお友達になってくれたみたいだしね」
「それじゃあ──」
「うん、心配しなくて大丈夫だよ」
ノノの顔がぱあっと明るくなった。そろそろとベッドから降りると、少女の前にゆっくり立つ。それから恭しい一礼をした。
「通称は『黒曜燕ノノ』でございます。『ノノ』とお呼び下さいませ」
少女もまた、ゆっくりと立ち上がる。そしてようやく、自身の名を告げた。
「わたしは──『失われた物語』」
<了>
新年からこのような特殊なシナリオにご参加いただき、ありがとうございました。
今回、蒼空のフロンティアのリアクションの中では、最もプロット作成に時間がかかったリアクションになりました。
内容については、皆さんのアクションが全てでした。これはご覧いただけるとお分かりになるかと思いますが、すごく濃かったです。こちらとしてはできるだけ、皆さんの考えていただいた設定を活かしたつもりですが、ご満足いただけるかどうか……アクション公開し合いっことかされると、きっと面白いと思いました。マスター自分だけ受け取っているのが、とてももったいなかったです。
連絡事項としましては、
・基本的には病気にちなんだ称号をお付けしています。
・アクションになくても「ダイスを振った」のが明確で、アクションに反しない場合は、反映させていただいた場合があります。
・お名前について補足すると、書いている途中「前世名」と「現世名」、「なりきっている人の本名」、「PCさんのお名前(そのまま登場の場合も、誰がプレイしているか判別する場合も)」の四種類がありますが、特にアクションに明記がない場合、適宜「現世名」などをお付けしている場合があります。
また、私信頂いた方、ありがとうございました。お返事できず申し訳ありませんが、大変励みになっております。
では、宜しければ、また次回でお会いいたしましょう。
次回は(おそらく)春頃、百合園女学院生徒会のほのぼの系シナリオを予定しています。