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勇気をくれる花

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勇気をくれる花

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 街の外れ、森に入る手前のところでセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は呟いた。
「この森の奥にヴュレーヴの花が咲いてるのね」
 隣に立った御凪真人(みなぎ・まこと)も木々の立ち並ぶ森を見つめる。勇気をくれる花が実際にもたらす効果はどれほどのものか、気になっている様子だ。
 すると背後から騒々しい気配がした。
 はっと振り返ったセルファと真人の目に、こちらめがけてまっすぐに駆けてくる少女が映る。
「どいてどいてどいてーぇ!」
 叫んだ少女は二人の前でつまずき、どたんとうつぶせに倒れる。
「だ、大丈夫?」
 しゃがみこんだセルファの問いかけに、アリスの少女は起き上がりながら答えた。
「だいじょーぶだもん、チェリッシュはつよい子だから」
 しかしその両目はうるうるしていた。
 セルファはチェリッシュの服の汚れを払ってやり、幼い頭を優しくなでた。
「あーもう、だから駄目だって言ったのに……悪いな、迷惑かけて」
 と、後から保護者と思しき青年たちがやってきて、真人は返す。
「いえ、気にしないでください。少しびっくりはしましたが」
 チェリッシュは目に浮かんだ涙をぐいっと拭い、叶月を見上げた。
「カナお兄ちゃん、はやく行かないとヴュレーヴの花がなくなっちゃうよ!」
「あら? あなたもヴュレーヴの花を探しにきたの?」
「うん、そうだよ! お兄ちゃんに大好きだよってこくはくするから、勇気がほしいの!」
 と、セルファにまっすぐ顔を向けるチェリッシュ。早く森に入りたいらしく、足踏みしている。その様子に気づいた叶月は彼女の襟首をつかんで逃がさないようにした。
「そうなんだ。じゃあ、お姉さんが協力してあげちゃうわ」
「本当に!?」
「ええ。告白するのに勇気が必要なのは確かだもの」
 と、セルファはにっこり微笑んだ。
 真人はいまいち納得いかない様子で首をかしげる。
「告白に勇気、ですか……うーん、ピンときませんねぇ」
「普通は勇気がいるものなのよ。ったく、真人ったら何にも分かってないんだから」
 と、セルファはパートナーを軽く睨んだ。
 少し離れたところから彼女たちの様子を見ていたフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は、たまりかねて声をかけた。
「みなさん、そんな小さなお子様を連れて森へ入るのですか?」
 はっとチェリッシュはフレンディスを見上げる。
「お子さまじゃないもん! チェリッシュはかよわいおとめだもん!」
 その場にいた誰もがどう突っ込めばいいのか分からなくなった。しかし、一応チェリッシュは自分のことをよく分かっているらしい。 
「ヴュレーヴの花を探しに行くんだろ?」
 と、フレンディスのパートナーベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が問いかけるとチェリッシュは大きくうなずいた。
「うん、そうだよ!」
「マスター、ぜひともお供いたしましょう!」
「まぁ、そうだな……見つけた頃にはもっとボロボロになってそうだしな」
 ベルクとフレンディスはそれぞれに笑みを浮かべた。チェリッシュの服は何度も転んでいるせいですりきれそうになっていたのだ。
「じゃあ、しゅっぱつだね!」
 と、チェリッシュが叶月の隙をついて駆け出した。
「ああ、チェリッシュちゃんがさっそく走り出しちゃいました!」
「また転んじゃうわよ、チェリッシュちゃん!」
 女の子たちが後を追っていき、叶月はため息をついた。味方が増えたのはありがたいが、こんな調子で花を見つけることなどできるのだろうか?
「では、俺たちも行きますか」
 と、真人が言うのを合図に男たちも森の中へ入っていった。

 フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)はせっせと花売り車を作っていた。
 森へ行ってしまったパートナーたちが帰ってくるまでに、完成させなければいけないのだ。
 それというのも、ヴュレーヴの花をかよわい乙女たちへ売って儲けようという計画のためだった。
 一方、その中心者である大久保泰輔(おおくぼ・たいすけ)は手にした『魔界コンパス』を見つめていた。
「うーん、こりゃ迷子確定やな」
 と、『魔界コンパス』をしまう泰輔。
「泰輔さん、魔物の毛皮って売れますか?」
 レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)は倒したばかりの魔物を指さし、尋ねた。
「毛皮? 売れへんことはないけど、メインは花やしなぁ」
 と、泰輔は返事を返す。
 花を売っているそばで毛皮を売っても売れる気がしなかった。しかも季節は春へと向かっているところだ。
「そうですか……では、残念ですが諦めましょう」
 レイチェルは魔物の遺体を道の端へ移動させ、泰輔の元へ戻った。
「で、あいつはどこ行った?」
「あちらにキレイな花を見つけたとか……」
 と、獣道を指すレイチェル。
 しばらくすると何食わぬ顔で讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)は戻ってきた。
「さあ、参ろう。時間がなくなってしまうぞ」
「……せやな。っつっても、どう進んだらいいか」
 と、泰輔は再び『魔界コンパス』を取りだした。しかし、指す方向に道はない。
 三人はしばらくの間、沈黙した。
 結局コンパスをしまった泰輔が気分を変えるように言う。
「とにかく進んでみようや。その内に道は開けるはずやで」

 チェリッシュはお姉さんたちに囲まれてはしゃいでいる様子だった。
「ヴュレーヴっつーのは珍しい花なんだよ。だから、フレイに見せてやりてぇと思ってな」
 と、ベルクは話した。彼の視線の先には、困ったような笑みを浮かべてチェリッシュを見つめるフレンディスがいた。
「勇気っつーより、ただ花を見せてやりたいんだ。もちろん、今の関係もどうにかしたいがな」
「へぇ、そういうことか」
 しかし、ベルクの顔は今にもため息をつきそうだ。
 叶月が他にも何か言葉をかけるべきか考えたところで、エルザルドが口を挟んだ。
「どうやら、叶月と同じ状況らしいね」
「ば、馬鹿っ! 俺は、でも、頑張ったんだからなっ」
 分かりやすく顔を赤らめた叶月は、次に墓穴を掘ったことに気がついた。
「頑張ったって? まさか、ヤチェルちゃんに告白できたのかい?」
「っ……お、おう」
 叶月は俯いた。できることなら今すぐ両手で顔を覆いたいくらいだ。
「その相手とは、今どうなってんだ?」
 と、ベルクが質問をしたが、叶月は答えない。これ以上、恥ずかしいことは言いたくない様子だ。
「その様子だと、無事に想いは伝わったらしいね」
「では、今現在、相手の方とお付き合いを?」
 と、真人まで口を出してきて叶月はさらに硬く口を閉ざしてしまう。
 おもしろそうにするエルザルドと真人だが、ベルクだけは面白くない顔をしていた。
「ったく、何でフレイのやつは……」
 これまでに何度となく想いを伝えているのに、フレンディスは持ち前の鈍感さでちっとも気づいてくれないのだ。いつまでも今の関係を続けられては困るのだが、問題は彼女の方にある。
「……っつっても、まだ何にも出来てねぇから」
 ぼそりと叶月は呟き、ちらっとベルクを見た。問題のある恋愛をしているのは同じだ。

「ヴュレーヴの花って不思議よね」
 ふとリネン・エルフト(りねん・えるふと)は呟いた。
「匂いをかぐと勇気が出るのよ? まぁ、おまじないのようなものだとは思うけど」
「そうでしょうね、おそらく。科学的に証明されてたら、それこそ危険だわ」
 と、言葉を返すヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)
 森に降り注ぐ陽光は温かく、春の近いことを教えてくれる。
 のんびり歩いていると、どこからか物音がした。
「もしかして魔物!?」
 と、音のした方に顔を向けるリネン。
 しかし、違った。
「大丈夫ですか、北都!?」
 とっさに清泉北都(いずみ・ほくと)を抱きとめたクナイ・アヤシ(くない・あやし)が声を上げる。
「う、うん、僕は大丈夫……だけど」
 北都は自分にぶつかってきたアリスの少女を見下ろした。少女はぶつかった衝撃で仰向けに倒れている。
 すぐに北都はしゃがみこんで声をかけた。
「怪我はない?」
「……うんっ。チェリッシュ、なかないもん」
 と、自力で起き上がる少女。
 どうしてぶつかってきたのか尋ねようと、クナイも少し腰を落とした。
「ところで、どうして一人でこんなところに? 大人の人はいないんですか?」
「え? チェリッシュ一人じゃ……」
 と、周囲をきょろきょろして少女は自分の置かれた状況に気がついた。
「あれぇ? おかしいなぁ、さっきまでカナお兄ちゃんたちといっしょだったのに」
 迷子のようだ。
 クナイと北都は顔を見合わせ、先ほどから護衛をさせてもらっている少女・悠姫を見た。
「一緒に行きましょう、小さい子が一人でなんて危ないわ」
「うん、そうだね」
 立ち上がったチェリッシュの衣服の汚れに手をかけつつ、北都はうなずいた。
 するとチェリッシュが声を上げる。
「でもね、チェリッシュはヴュレーヴの花をみつけなくちゃいけないの」
「それなら私もよ。目的地は同じね」
 と、悠姫はチェリッシュににこっと笑ってみせた。
「そうなの?」
「ええ。私も……勇気が欲しいから」
 思い人の姿を脳裏に浮かべ、悠姫は幼いチェリッシュの頭に手を伸ばした。応援するようにぽんぽんと優しく撫でる。
「ねぇ、私たちもご一緒させてもらえないかしら?」
 と、一部始終を見ていたリネンは彼らへ近寄った。
「その子の気持ちはなんとなく分かるし、人数も多いほうがいいでしょう?」
「……そうだね。いざという時、守ってくれる人がいないと駄目だしね」
 と、北都は返した。
 チェリッシュは新たなお姉さんたちをじっと見上げる。
「私はリネンよ。リネン・エルフト」
「ヘイリー・ウェイクだよ」
「チェリッシュ! 矢上チェリッシュだよっ」
 にこっと微笑を浮かべるチェリッシュは、まるで天使のように愛らしかった。