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勇気をくれる花

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勇気をくれる花

リアクション

4.

「チェリッシュちゃん、手伝おうか?」
 小さな手で土を掘っているチェリッシュに、歌菜はそう声をかけた。
「ううん、だいじょーぶ」
「でも、手が汚れちゃうよ。ただでさえすでにお洋服がボロボロなのに……」
 と、心配する歌菜。
 すると横から羽純が口を出してきた。
「ここまで頑張って来たんだから、最後までやりとげたいんじゃないか?」
 黙々と作業に集中するチェリッシュを見つめ、歌菜はうなずいた。
「そうだね。あとは持って帰るだけだもんね」
 ふわりと香る花の匂い。息を吸い込むようにしてかげば、心が休まっていくようだ。
「心を焦らせるような匂いではなく、前向きにさせる匂いなんですね」
 陽一はぽそりと呟いた。自分は花の力を借りるつもりはなかった。
 ただ、勇気をくれる花を見つけられたら、ずっと想い続けているあの人へ告白しようと決めていたのだ。想いを伝えるきっかけがほしくて、陽一はここまで来たのだ。
 足元で揺れる花々にやさしく微笑みかけてから、陽一は空を仰いだ。
「今度こそあの方に……もう一度」
 返事に期待はしていないが、それでも変わらぬ想いを伝えることで二人の距離を結び続けることは出来る。
 帰ったらすぐに、あの人に会いに行こうと決意を固めた。

 綺麗な花だった。誰かに贈れば喜ばれるのも当然だ。
 紅鵡はその場にしゃがみこむと、デジタルカメラを構えた。
 青い空に向かって咲く、けなげな姿をレンズに収め、ボタンを押す。
「贈る相手はいないけど、綺麗な花だもんね。もう何枚か撮っておこう」
 ぽかぽかと日のあたる場所で、紅鵡は心行くまで写真を撮り続けた。

「それにしても、このような場所まで花を取りに来たがるなんて、何か意味があるのでしょうか?」
 と、フレンディスは首をかしげる。
 チェリッシュは花を手にして満足げだが、他にも花を採っている人々がいる。
 ベルクはこらえきれずため息をついた。
「勇気がないと成し遂げられないこともあるんだよ」
「勇気、ですか……」
 フレンディスの横顔をちらりと見やって、ベルクはまた息をつく。どこまでこの子は鈍感なのだろう?
「……俺は散々、やってるんだけどなぁ」
 呟きは彼女の耳に届いても、理解されずに流されてしまうだけだった。

「綺麗な花だね。昔、恋人たちが送りあったのもうなずけるよ」
 木の下に座り込んで、北都はヴュレーヴの花畑を眺めていた。
「ええ、そうですね」
 と、隣に座ったクナイは答え、ぎこちなく地面に置かれた彼の手を見やる。
 そっと手を重ねれば、お互いの気持ちが通じ合う。言葉ではなく、贈り物でもなく、ただお互いの温もりだけで二人は気持ちを確かめ合えた。

 手にした一輪の花を見つめる。真人は顔を上げると、すぐにパートナーの姿を探した。
 視線を感じたセルファははっとして、背中にヴュレーヴを隠す。
「日ごろの感謝を込めて……そして、これからもよろしくって感じでしょうか」
 と、真人は彼女へ花を差し出した。凛として美しく、なかなか立派な花だった。
「な、何よ、いきなりっ」
 と、セルファは花を受け取るなり、分かりやすく視線をそらした。
 そして背中に隠した手を前へ出し、真人の方へ押し付ける。
「こ、これっ……昔は恋人に贈ったっていうから」
「ああ、そんな話も聞きましたね。ありがとうございます」
 にこっといつものように微笑む彼を見て、セルファはぷいっと背中を向けた。
「別に、当たり前でしょ。恋人同士なんだからっ」

 スティンガーはじっと花を見つめている蓮華へ尋ねた。
「持って帰らないのか?」
「うん……香りをかぐだけでいいの。あの人に近づくための勇気が欲しかっただけだから」
 心配そうにこちらを見上げるヴュレーヴににこっと笑いかけて、蓮華はスティンガーへ振り向いた。
「まだまだあの人は雲の上の存在だもの。これでいいのよ」
「……そうか。じゃあ、俺はちょっと写真でも撮っておくか」
 と、スティンガーは笑った。

 ぼーっと花畑を眺めていた。勇気なんて花にもらうことない、そんなものに頼らなくても自分は……。
「叶月」
 ふいに名前を呼ばれてびくっとする。
 叶月はややむっとした表情でエルザルドを振り返った。
「何だよ。話すことなんてないんだからな」
 相変わらず素直じゃない彼の言葉に、エルザルドは笑う。
「いいよ、何となく分かったからさ」
 これまでの会話から、容易に想像はついた。叶月の雰囲気も以前に比べて丸くなっている。
 エルザルドは彼を少し羨ましく思いながら、遠くの空へ目をやった。
「とりあえず、良かったね」
「……おう」
 空は薄っすら黄色くなり始めていた。あと数時間もすれば完全に夜だ。
 叶月は沈黙を破るようにエルザルドへ言う。
「で?」
「でって……俺?」
「お前も、何かあったんじゃないのかよ?」
 どうやら気を遣っているらしい。優しさの垣間見える視線だった。
 エルザルドは笑みをやめると、花畑で花の採取を手伝っているパートナーをじっと見つめた。
「まぁ、何て言うか……あの子、今でこそ団長さん一筋なんだけどね……」
 つられて叶月もそちらに視線を向ける。
「正直、出会ったのは俺の方が先なんだけどって思うことはあるよ」
「……」
「俺だって男だよ? 目の前にいる気に入った子が、他の男にしか目がないなんて状況、気分いいわけないでしょ」
 少しわざとらしくため息をついて見せるエルザルドだが、言っていることは本心だ。
「ましてや、そのせいで後先考えずに無茶ばっかりされて……仕方ないことだって分かってるけどさ」
「ああ、何となく分かる」
 叶月の相手はショートカットの女の子ばかり追いかけていて、同好会の活動の度に心配させられてきた。いくら恋人同士になったところで、やはり彼女は女の子ばかり見ているのが現実だ。気持ちを確かめたくても、それをする勇気がない。
「俺の気持ち、分かってくれた?」
「うん。見向きもされない苦しさは、俺も知ってるから」
 一番近くにいるのに踏み込めないでいた。踏み込もうとしても跳ね返されて、自分の限界を思い知らされたような気分だった。しかし、叶月は頑張った。彼女の心の奥深くへ、ようやく確かな一歩を踏み出せた。
「嬉しいな。でも俺の場合、本人に言う予定はないんだけどね」
 と、エルザルドはうっすらと笑みを浮かべた。
「素直じゃないけど、根は優しい子だから。俺の言葉で惑わすようなカッコ悪い真似はしたくないの。思い込んだら一直線、あの子のそういうとこが好きなんだから」
 きっとエルザルドは今が幸せなのだろう。ふと、叶月はそう思った。
「死んだ妹の分まで、彼女には幸せでいてほしい……なんて思うのは、俺のわがままだけど」
 ぽつりと付け加えられた台詞は風に乗って消えていく。
「時々いじめるくらいは許してほしいけどね。雲雀にはいつも雲雀らしくいてほしい。それが俺の最優先」
 そう言ってエルザルドはまた笑う。
 叶月は納得したようにうなずいて、言った。
「いーんじゃねぇの、それで」

「これが……ヴュレーヴの花、か」
 一面に広がる花畑を見た直後、八雲は目を覚ますようにはっとした。
「キレイだね」
 と、そばでネオフィニティアが言う。
 八雲はふと足元に小さなヴュレーヴを見つけてしゃがみこんだ。
 他よりも小さな体躯なのに力強く咲いているそれに、そっと鼻を近づけて匂いをかいだ。
「……ああ」
 まるで彼女のようだ。いや、彼女しか頭の中には浮かんでこない。彼女のことだけが八雲の中を埋め尽くしていて、これ以上はないというほどの切なさに駆られる。
 顔を上げ、八雲は立ち上がった。
「今度はこの花を一緒に見に来たいな。あの子と一緒に……ね」
 先ほどまで上の空だった彼はもういない。いるのは、いつもの元気を取り戻した彼だ。
「ところで……何でそんな姿になっているんだ?」
 と、八雲は弥十郎を振り返った。
「え……あ、あはは」
 心身共にボロボロになった弥十郎は、笑い返すのが精一杯だった。