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勇気をくれる花

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勇気をくれる花

リアクション

2.

「何でいなくなるんだ……」
 叶月は、これだけの大人がついていながらはぐれたチェリッシュを怒鳴りたい気分になっていた。
「ちょっと目を離した隙にどこかへ行ってしまいましたです……」
「足だけは速かったし、あれだけおてんばだとしょうがないっていうか」
「でもチェリッシュちゃん、今頃は一人で心細いのではないでしょうか?」
「それじゃあ、手分けして探しますか?」
「うーん、それほど遠くへ行ってはいないと思うけどねぇ」
「でも探すっきゃないだろ? それでこっちが迷子になるのもごめんだけどな」
 顔を合わせた一同は、とりあえず二手に分かれることにした。

 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)はるんるん気分で森を歩いていた。
「まだ少し寒いけど、陽の中は温かいわね」
 さわさわと揺れる木々の下、彼女の頭の中には花が咲いている。
「ねぇ、少しは警戒した方が良いんじゃない?」
 と、心配そうに声をかけるのは彼女のパートナーであり、恋人のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だ。
「だいじょーぶよぉ、だってまだ二月でしょ?」
「そういう問題じゃないような……けっこう、奥の方まで来ちゃってるし」
 なおも心配げなセレアナにセレンフィリティは言った。
「あたしたちはただ花を探しに来ただけよ。ただのピクニックと変わらないわ」
 しかし、森の奥は魔物の巣窟だ。ただヴュレーヴの花を摘みに来ただけであっても、魔物からしたら縄張りを荒らされるも同じ。
 セレアナは少し歩く速度を速めて、セレンフィリティの隣へ立った。

「手を離しちゃ駄目だって言ったのに……」
 リネンは呆然と呟き、先ほどまでチェリッシュがいたはずの左手を見た。
「まぁ、地図を見せようとした隙にっていうのは予想外だったわね」
 と、ヘイリーは苦い顔をした。
 リネンが持ってきた地図を見せようと手を離した直後、チェリッシュは何かを見つけたらしく、駆け出してしまったのだ。
 すぐに追いかけたものの、結局見失ってしまった。
「女の子が一人でなんて、危険すぎるよ。だいぶ奥の方にまで来てるし」
「そうですね……早く見つけた方がいいでしょう」
 しかし、四人が二手に分かれるのもいかがなものか。
 迷っていると、後方から人の気配がした。
「おう、お前らも来てたのか」
 叶月たちだ。
 北都とクナイが頭を下げて挨拶すると、叶月はどこか焦った様子で尋ねてきた。
「小さい女の子見てないか? 茶髪のアリスで、チェリッシュって言うんだが……」
「それなら、さっきまで私たちと一緒にいたわ!」
 と、リネンは声を上げた。
「ですが、残念ながらはぐれてしまいました」
「いつの間にかどこかに行っちゃってね。私たちもこれから探そうとしてたところよ」
 クナイとヘイリーの返答を受けて、叶月は深くため息をついた。他の人まで巻き込んで、あいつはいったい何をしたいんだ!?

 二重迷子になったチェリッシュはてくてくと道なき道を歩いていた。
 さすがにそろそろ疲れてきた。しかし、花を見つけなければ帰れない。
「チェリッシュはつよい子だもん」
 自身に言い聞かせるように呟いて、茂みをかき分け進んでいく。

 神代聖夜(かみしろ・せいや)は黙々と森を進んでいた。
 少し後ろでは神崎優(かんざき・ゆう)神崎零(かんざき・れい)陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)と並んで歩いている。
「ヴュレーヴの花って、ずいぶん遠いところにあるのですね……」
 心なし不安そうな刹那に零は言った。
「絶滅危惧種に近い花だもの、仕方ないんじゃないかしら?」
「そうですよね……それにしても、私たちはお邪魔なのではないですか?」
「えっ、あ……それは、えーと」
 と、零は優へ視線をやり、助けを求める。
 刹那は、ヴュレーヴの花は好きな人へ贈るものだと聞いていた。自然、優と零には必要性を感じる。しかし、聖夜と刹那には関係がなさそうだ。
 それなのに、当の聖夜はさっさと進んでいるところを見ると、何か腑に落ちない。
「ほら、聖夜は獣人だろ? だから、花を見つけるのも得意そうかなって」
 と、優はとっさに嘘をついた。
「ですが、私は……?」
「それは家で大人しくしててもつまらないからだよ。ね、優?」
「うん、そうそう。たまには花を見に出かけてもいいだろっていう気遣いだ」
 どこかわざとらしい二人の様子に、刹那は首を傾げるばかりだ。
 三人の会話を耳にしながら、聖夜は悶々と思い悩んでいた。勇気をくれるヴュレーヴの花……それを見つけることが出来たら、自分は彼女へ想いを伝えられるだろうか?
 ふと後ろを振り返れば、いつもと同じ愛らしい彼女の姿が見える。ドキドキと高鳴る胸の鼓動を、聖夜はため息で押し殺す。――花を見つけられるまで、彼女には何としても隠し通さなければ。

「もう少し奥に行かないとダメみたい」
 遠野歌菜(とおの・かな)はそう言ってから、隣を歩く月崎羽純(つきざき・はすみ)を呼んだ。
「ねぇ、羽純くん。ここまで来ると森っていうより、樹海に近くなっちゃうね」
「ああ、そうだな。魔物の住処も近そうだ」
 太陽光の光は木々にさえぎられてわずかしか届かない。
 ふと近くの茂みが揺れ、歌菜と羽純は身構えた。がさがさと何回か揺れた後で、それは姿を現した。
「ふー、やっと出られた」
 茶色い髪の毛にちょこんと角を生やしたアリス・リリだった。
 歌菜はこちらを見て首をかしげる少女に、やさしく声をかけた。
「こんなところで何しているの?」
「ヴュレーヴの花をさがしているの」
 はっとした歌菜は羽純の方を見た。彼も状況を察したらしく、うなずいてみせる。
「まさか、一人で来たの?」
「ううん。みんなはね、まいごになっちゃったの」
 迷子になった人の多くはそう言うものだ。
 羽純はなんとなく嫌な予感を覚え、『銃型HC』を取り出した。
「ほら、これ貸すから持っておけ」
 と、少女へ手渡す。
「何これー?」
「また迷子になっても連絡さえつけばどうにかなるだろ?」
「さっすが羽純くん!」
 と、歌菜は感心し、少女の手をとった。
「私たちも花を探しに来たの。だから、一緒に行こっ」
「うん、わかったー」

「こんなところに何の用があるって言うんだ?」
 と、黒崎竜斗(くろさき・りゅうと)は首を傾げた。
 びくっとしてかすかに頬を赤らめるユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)
「つ、着けば分かります。あともう少し、だもんね?」
 ユリナはちらりと視線をリゼルヴィア・アーネスト(りぜるゔぃあ・あーねすと)へ向けた。
 尻尾と耳をぴこぴこさせつつ、リゼルヴィアは答える。
「うん。ボクの勘では、ここをまっすぐ進めば見つけられるはずだよ!」
 そして彼女は遠くの方を指さした。進めば進むほど、太陽光が届かなくなるのか先の方は暗くなっていて見えない。
「……魔物が出そうだな」
「大丈夫です、主殿! いざという時は私がお守りいたしますっ」
 と、ミリーネ・セレスティア(みりーね・せれすてぃあ)は先を行く竜斗の背中を守るようにくっついた。
「まぁ、それならいいんだけど」
 と、竜斗は俯いてこちらを見てくれないユリナへ目を向けた。
 ユリナは竜斗へヴュレーヴの花を贈ろうと考えていた。しかし、それを知られてしまってはサプライズも何もないため、隠し通しているのだ。
 もちろん、竜斗は彼女の考えには未だ気付いていない。
「あ、こっちちょっと危ないかもしれないから、遠回りしよう!」
 ふとリゼルヴィアがそう言って足を止め、別の道を選び始める。魔物には可能な限り、遭遇したくなかった。