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雪の季節の恋の病

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雪の季節の恋の病

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3/〜皆が、やさしく〜

「やれやれ、まったく。とんだ出張だったわね」
 パートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)はよく眠っている。
 ひと仕事終えて逗留先のこの宿に帰ってきて、簡単な着替えを終えたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)はそう呟いた。
 ポットのお湯で入れたココアを手に、ツインルームの自分のベッドに腰を下ろす。
 しかし、国軍関係の所用でこの学校を訪れた途端、セレアナが具合を悪くしたときにはいくぶん驚いた。もともと、数日はかかる予定であったから、宿をとっていたのは幸いだったけれど。
 もう、この後は二、三日は完全にオフとなるよう、休暇もとってスケジュールの調整はしてある。セレアナの体調が戻るまで、ゆっくりしていけばいいだろう。
「好きな人がいるからこその病気、か。変わってる。ほんと変わった病気だわ」
 応対をしてくれた学校関係者は、そんなことを言っていた。なかなか変わった特質を持つ地祇もいるものだと思う。
「でも、ちょっと意味は違うかもだけど、それって恋の病ってことよね」
 無論セレアナの風邪がそれだと、完全に確証があるわけではない。
 しかし。もしそうだとしたら、とセレンフィリティはココアをすすりながら思うのだ。
「ほんと。今までずっと甘えてばっかりだったものね」
 そう言えば自分は彼女に甘えてばかりだったな、と。いや。自分だけじゃない。そのことを気付かずにいる誰かに、誰かのことを気付かせ知らせるために、その地祇は一風変わった特性を身に着けるに至ったのかもしれないな、と。
 今こうして彼女が病に伏しているのを目の当たりにしているから。自分がどれほどに彼女に依存しているのか。自分が恋人にどれだけ寄り掛っているのかを痛感するから、そう思うのだ。
「……いつも甘えてばかりで、ごめんね。あたしは元がだらしないし、さ」
 だから、頼りっぱなし。こんなあたしだから、甘えっぱなしなんだ。
「自分でも何とかしようとは思ってるんだけど……うん。難しくって。だから罪滅ぼしってわけじゃないけど、しばらくはあたしに思い切り甘えていいよ。ううん。甘えて、ほしいな」
 サイドテーブルにカップを置いて、彼女の顔を覗き込む。
 髪を脇に押しやって、自分の顔をゆっくり下ろしていく。
「だって……セレアナしかいないんだもの。あたしには……あなたしか」
 熱に浮かされる朦朧とした意識の中では、もしかするとセレアナは気付かなかったかもしれない。
「いつも、ありがとう」
 けれど、ふたりは。セレンフィリティからセレアナへの口付けを、たしかに交わしたのだった。



 これはちょっとやりすぎではなかろうか、と箒の上から見ていて、エリシアは思うのである。
「とりゃああああぁっ! 食らいなさいなのですっ!」
 上空から、油揚げが雨あられと降り注ぐ。そしてそれをばら撒いた影が着地と同時に、手にした武器から油揚げを「発射している」。
 たしかに、使い魔は見つけた。見つけて、テンションがあがるのはわかる。わかるが。
 彼女──ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)のあのトリガーハッピーっぷりは、いささかやりすぎではないだろうか。
 食らう。食べ物を撃っているのだから、けっして表記上は間違ってはいないが。意味が、違ってないか。どう見てもあれは「食べろ」という意味でやってはいない。
「というより、もう見つけちゃってますもんね」
 油揚げを囮に見つけ出すならともかく。もうそこにいるのに。隣を飛ぶ加夜がきょとんと、手持無沙汰に眼下を見下ろしている。
「どうします?」
「どうも、こうも」
 小さな子狐の使い魔を、ジーナは追い立てていく。いくら油揚げとはいえ、直撃をすればそれは死んでしまうんじゃないか? とばかりの勢いと弾幕で。
 その上。
「さァ! 観念してもらおうか! 使い魔!」
 子狐の行く手を、林田 樹(はやしだ・いつき)の指揮する一団がふさぎ、それから取り囲む。
 じりじりと距離を詰め、狐を追い込んでいく。
 これで詰めか、と誰もが思った。これでこの捕り物劇も、終わるものだと。
 ──そう。その男が白馬に跨って現れ、乱入してくるまでは。
「貴様……なんのつもりだ?」
 樹が、そう言うのも無理もなかった。マントで全身を包んだ男、変熊 仮面(へんくま・かめん)さえ今出てこなければ、捕まっていた。捕まえることができていた。そのくらいのタイミングだったのだから。
「狐狩りといえば英国貴族の伝統的スポーツ……スポォウツウゥッ!!」
「はぁ?」
 一同の視線が、男に。変熊へと集中する。
 まさに、その瞬間。
「さあ、受け取れい! 古今東西、狐といえば……そう、油揚げだァ!!」
 男が、その下になにも身に着けていないマントを、全開にした。
 そしてマントに大量にぶらさげていた油揚げを辺りへとばらまいた。もう既に大量にそこらじゅう、落ちているにもかかわらず。
「な、なななななにをやっているかぁっ!?」
 当然、辺りはパニックである。無論、ばらまき全開にした男、ただひとりを除いて。
「あ!」
 その混乱に乗じたか、狐は逃走を試みる。その後ろで、変熊が一行に取り押さえられている。
「何をする! 捕まえるのはあっちだろう! あ、こら狐! 逃げるな!」
「同レベルだろうが! いや、あっちのほうがまだ上かもしれん!!」
「なんだとどの口が言うか! 油揚げ詰め込むぞ!」
「油揚げにされたいか貴様っ!?」
「あでっ!? いででで痛い痛い!!」
 大勢に押さえつけられながら、樹と口論しあう。樹からパチンコを浴びせられている。
 あれでは樹は動けない、とジーナが判断し、走る。しかし。
「……すまん」
「えっ?」
 重い身体が不意に寄りかかってきて、たたらを踏む。
「ど、どうしたんですかっ?」
 魔鎧、新谷 衛(しんたに・まもる)がジーナへと体重を預けて苦しそうな息をつく。
「熱が……」
「ちょ、っ! ちょっと! 今はふざけないでくださ……っ?」
 具合が悪そうなのはわかるが、今取り逃がすわけにはいかない。たのむからどいてくれと、抗議の声をあげそうになった瞬間、唇が塞がれる。
「悪いっ」
「え、えええっ!?」
 突然の、キスだった。その衝撃で追跡など、一気に思考の外へと吹き飛んでしまった。
「オレもその、感染しててな。すまん」
「だ、だからって、こんなタイミングって……! や、どこ触って……! あ、ダメ、逃げないで……っ!」
 あわあわして、もはや追うどころではない。その隙にも狐は遠くへ走り去ろうとする。
 そして。
「きつねしゃん、おいでー、だお」
「コタロー!?」
 待ち受けていた短い両手の中に、飛び込んだ。
「「あら」」
 それは上空の二人から見ていてもあまりにあっけなく。
 狐の使い魔は収まるべきところへ収まるかのようにすっぽりと、林田 コタロー(はやしだ・こたろう)の腕の中に「入った」のだ。
 コタローは油揚げを差し出しながら、小柄な体躯の両腕からはみ出すくらいの対比を持った狐に笑う。
「らいりょーぶ、こわくない。こわくない、お」
 この子には、害意はない。ゆる族の見せたその対応をそう理解したのか、くぅん、と応えるように使い魔は鳴いた。



「そう、じゃあ見つかったし、捕まえたんだね。よかった」
 祠の、屋根に当たる部分の組み立て作業はもうすぐ、終わるところだった。その手を休めて取り出した携帯電話からの、加夜の報告にレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が快哉をあげ、頬を綻ばせる。
 彼女へと道具を渡していたカムイ・マギ(かむい・まぎ)へとサムズアップをつくってみせ、その手を後方にも向ける。
 うん、うん。それじゃ。こっちに来るんだね、待ってるよ。何度か電話に頷いて、返事を返して。ぱたんと携帯をしまう。
「無事に見つかったのか?」
 その、レキの後ろ。大樹のふもとに敷かれた青いビニールシートの上、酒の瓶やら、食べかけのつまみやらが散乱したそこから、天神山 保名(てんじんやま・やすな)が訊いた。
 彼女と酒を酌み交わす、「絆患いの神」とともに視線を向けながら。
「もっちろん。これでひと安心、かな? 先生にも連絡しないとね」
「ほんとうに」
 頷きあうレキとカムイ。全体の雰囲気も、解決の安心感からか華やいだものに──いや、「絆患いの神」の希望を汲んで酒盛りをやっている時点で十分にぎわっていたのだが──なっていく。
「だったらあとは、その免疫薬とかいうやつだけじゃな。どうじゃ、そっちの首尾は」
「うむ、これで某も落ち着いて寝られる。その薬さえできれば安心していつでも起きてこられようというものだ」
 ふたりの地祇が、交互に言葉と視線を天神山 清明(てんじんやま・せいめい)へと移す。
「もう少し。あとちょっと……です。ここがうまくいけばっ」
 清明は腕に斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)を抱えあげたまま、空いたほうの手で作業を続けている。
「それだと、作業しにくくなーい? せめて、おぶったほうがいいんじゃ」
「いえ、こちらのほうが」
 レキの言葉に、首を左右させる。その間も、検体として血液を採取されたハツネはしきりに、注射を刺された肘の内側の絆創膏を気にしている。しかしそのうち飽きたのか、完全に体重を預け、胸に頭を寄せて眠り始めた。よし、よし。軽くあやすように彼女の肩を、清明は叩く。
 清明の口許には白のマスク。時折咳き込んでいるから、彼女もきっと感染しているのだろう。がんばるものだ。
「それにしても、ありがたいことよのう」
「どうした、絆患いの。改まって突然」
「いや、なに」
 しみじみと言う地祇に、スルメを銜えながら言う地祇。
「昔はほんとうに、迷惑をかけるだけだったからの。疎まれるばかりで、このように打開策や改善策、一緒に考えてくれる者もおらなんだ」
「ふむ、そうか。そういうものか」
 ほれ。雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)が渡してくれた缶ビールを保名は差し出す。受け取ったそれを、絆患いの神は小気味のよい音をさせて開ける。
「飲みすぎはよくないですよ?」
「知っておる。いいんだ、どうせこれからあとはまた、ぐーすか寝るだけだしの」
 寝酒だ、寝酒。地祇の物言いに、雅羅たちが苦笑する。
「薬ができたなら、もう迷惑もかけずに済む。いつかまた目覚めたら、某はこの世界を見に来るよ。お主たちがいるときであっても、たとえお主たちが行き過ぎたあとの遠い時代であったとしても」
「うむ」
「ええ、ぜひ。案内したいところも、もっとたくさんありますから」
「それはすばらしいわね」
「ほんと」
 乾杯、と。ふたりの地祇は手にした缶をぶつけあった。
 雅羅が、レキが、カムイが。そこにいた皆が酌み交わされるその酒を、目を細め眺めていた。
「よーし! こっちも安心して寝てられるような素敵な祠、作っちゃおう! もっともっと、グレードアップさせちゃおう!」
 レキが、服の袖を捲る。皆頷きあい、木材へと向かっていく。雅羅が土台を支えて、カムイが道具をレキへと差し出す。
「すっごいの、作ろうね」
「ええ」
 小気味の良い、工具たちの作業音が木々の合間を抜けていく。
 きっと丈夫な、そして立派な祠ができる。その意識を、皆は共有していた。