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機械仕掛けの歌姫

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機械仕掛けの歌姫

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 第一章 少年と歌姫の交差―始まりの少し前―


 空が茜色に染まった夕方。
 どこかの校舎の二階の教室。外気は身を切るほどに寒くて、窓の外ではたんぽぽの綿毛のような雪がぱらぱらと降っていた日のこと。
 煤原大介は制服に身を包み生徒用の椅子に腰をかけ、窓際で佇む少女の歌声に耳を傾けていた。

 ――思い描いた理想。懸命の努力と残した足跡。
 それでもわたしはあなたに近づけることなく。まがいもののまま。


 それは大介にとって聞き覚えのある詩。
 自分の○○○○○として共にいる彼女がたまに口ずさむ曲だった。

 残されたのは数多の傷跡。心に刻まれた幾多の記憶。
 進んできたその道は、決して平坦なものではなく。
 夢も希望も全て、過程(うしろ)で失った。


 二人だけの教室に流れる彼女の詩はどこまでも透き通っていて。
 ちょっと悲しげな音色だけど、今まで聞いたどんな曲よりも繊細で綺麗だと大介は思う。

 だからこそ、叫ぶ。
 この偽者の姿で、ただ叫ぶ。
 人形(わたし)は人間(あなた)ではなく、わたしだと。
 まがいものや偽者ではなく、唯一の自分の存在を――。


 だが、詩の終わりを間近に彼女の詩は唐突に止んだ。
 大介は不思議そうに彼女を見る。しかし、その顔は知覚出来ない。
 彼女の顔にはモヤがかかって、はっきりと見えないからだ。

「どうしたの、□□□? 最後まで聞きたかったのに」

 大介は彼女の名前を呼ぶ。しかし、その名前もすっぽりと抜け落ちていて大介には聞こえない。
 ただ、彼女が大介のほうを振り向いたところを見る限り、その三文字の名前は彼女のことなのだとは分かった。

「いえ、少し昔のことを思い出してしまいまして」
「……そっか。確かその詩は□□□を生み出してくれた人が教えてくれたんだっけ?」

 大介の言葉に彼女は重々しく頷いた。

「……この詩は、□□□という名前以外での唯一の所有物ですから。
 失敗作の烙印を押されて棄てられた◇◇◇である私の、唯一の」

 そう言う彼女の声はどこか悲しげ。
 大介は口をつむぎ、彼女の独白に耳を傾けていた。

「だから、口ずさめば奇妙に安心するんです。だけど、同時に昔のことも思い出してしまう。
 歌わなければいいのかもしれませんが、私は弱い存在ですから、ついこの詩に頼ってしまって。
 そして、また一人で落ち込んでしまうんです。……困ったものですよね?」

 自嘲気味にそう言う彼女に、大介は何も言えない。
 躊躇わずに否定したところで、それが憐れみとしか映らないことを大介は理解している。それは、彼女が長い時間共に歩んできた○○○○○だから。
 そして、首を横に振ることもしないまま時間だけが経過し――。

「なら、創らないか?」

 唐突に大介は口を開いた。

「えっ?」
「なければ新しく創ればいいじゃないか。□□□が自分の所有物だって胸を張って歌える詩を。
 それが自分の心の拠り所に為ったら、昔のことを思い出さずに落ち込むこともない」

 大介がそこまで言うと、彼女は思わず吹き出してしまった。

「……笑うなよ」
「ご、ごめんなさい。
 詩とは無縁の大介がそんなことを言うなんて、あまりにも予想外でしたから。つい」

 彼女はまた吹き出しそうになるのを必死でこらえる。
 それを見た大介はどこか不機嫌そうに、彼女から顔を背けた。

「でも、そうかもしれませんね。
 なければ新しく創ればいい、ですか。……ねぇ、大介?」
「んっ?」

 彼女の呼びかけに大介は彼女に視線を戻した。
 その顔は相変わらずモヤがかかっていて、表情は分からないはず。

「もし完成したら――」

 けれど、大介は彼女は笑っているだろうと感じた。
 それも花も俯くほどのとびっきりの笑顔なのだろう、とも。

「一番最初に聞いてくれますか?」


 これは、大介の夢。深層心理から構築された忘れた記憶の一部。
 失ってしまった懐かしい日々の残滓を、彼は風景付きの夢で毎日見てしまうが。
 どうしても大事な彼女のことだけが、思い出せずにいた。